紙芝居再び。躍進を遂げていく快男児<片倉重蔵>に読み手である我々はただ惹かれる。浪漫を駆り立てられる。彼と彼の運命の相手には強固な信愛が見られ、お互いを高め合うその関係はある種理想を体現しているように思える。明治維新という時代の変革期に生きる町の人々の営みは、栄枯盛衰の理が描かれ地に根付いている。舞台と役者、そして演じ手は貴方という観客を待っているのである。冒頭の掴みは強烈であり、触れてしまったら後はもう流れ落ちるだけ。そして劇中、貴方は問いかけられ、一つの選択を迫られる。どう選択するかはいつだって個人に委ねられている。貴方が選ぶ答え、その運命。貴方が選んだ道に、貴方が捉えた本作の様相が描かれる。――せいぜい、振り回されるがいい。
全年齢対象作品。
四話構成の時代劇+和風伝奇ビジュアルノベル。CDケース、プレスCD。
スクリプトエンジンは吉里吉里。操作性、システムともに標準。
Amazon様が取り扱っておられるので入手は容易です。機会があればどうぞよしなに。
▼あらすじ
――認めさせてやる――
武士の世が終らんとする中、若侍は不意に運命とすれ違った。
商家の一人娘、中村蛍の手を取った瞬間、全てが動き出す!
強引、破天荒、けれとも頼もしい男が、愛する女と共に戦い、
道を切り拓いて行く。『流れ落ちる調べに乗せて』の前日譚。
二人三脚で紡がれる新たな立志伝――ここに開幕!
(パッケージより転載)
▼批評及び、サークル「影法師」作品の新規プレイヤーに向けて
同サークル前作であり、本作の二世代後に繰り広げられる物語である
「流れ落ちる調べに乗せて(以下流落とする)」を読み終えて臨んだ
「闇を奔る刃の煌き」という作品について、物語を暴露しないよう語らせていただく。
前作との相違点について
不定内的焦点化を手法とした流落では、「章」という隔壁を立て主体者を交替している。
それ故に文章を読むテンポが隔壁毎に変わり、読み進めづらいというのが所感であったが、
本作では主な主体者<主人公・片倉重蔵>を軸に、他の人物を短めに挟む感じだろうか、非常に読み易くなっている。
絵はモノクロからカラーになり、予想以上に見栄えが映える。
音楽は前作から転用されているのを主に、多少追加されていて依然世界観を支えている。
演出は疾走感や臨場感を加速させる新しいモノが追加されているなど動的演出の強化がよく分かる。
これらから全体的にブラッシュアップを施された正統進化作品となっていることは一目瞭然だろう。
文章だけでない「ビジュアルノベル」としての進歩が見られ、それに傾倒する読者として大変喜ばしいことである。
次に、関連性について
本作で語られる時代が流落の過去であることは、それすなわち帰結を知りえていると同義である。
片倉重蔵という主人公に焦点をあてると、彼は本作から流落にかけてミッシングリンク化が成されているのだが
どのような過程があっただろうか、一つの人生譚に欠けている部分を示唆する人物の語り〈伏線〉が存在している。
これらをどう拾うかは流落を未読か既読かで変わる。
予期する展開の重み<本質>を求めるなら流落から、物語を快く楽しみたいなら本作から始めるとよいだろう。
▼雑多な感想
構成について
一言で表すなら「無駄が無い」が言い得ているだろう。
提示する表題について、話の締めに明示されることになる各話の起承転結から、
重要で無いと思われた一つのプロットのテーマが他のプロットで訓戒として浮かび上がり、
更に更に、読み手に促される一文の想起から反芻する流れは見事としか言いようがなく、完璧と形容するに相応しい。
全体を俯瞰して見ればテーマの提示を強調する表現の繰り返しがあな恐ろしや、である。
物語においては立身出世を時代のそれに合わせて明朗快活艱難辛苦とあれやこれやも取り揃え、
文章が与える像は確実に上の段階に昇華している。
昨今の冗長化された、譬えるなら伸びきった麺のような作品を置き去りにする「無駄がない」作品であった。
登場人物について
重蔵や蛍他、本作には魅力的な人物が多すぎる。
その魅力的な人物に慕われる主人公の構図を描くことは、読者に“喜”を与えるのに非常に有効な手段といえる。
話は逸れるが、《主人公が誉められる》事象を上手く描ける作品はそれだけで価値が高い。
主役が相応の立ち回りを見せ、周りの人間はそれを納得する形で賛辞を送る。
この一連の流れは読者が主人公に感情移入するしないに関わらず“喜”を象るようできている。
誉められて嫌な顔をする者がいるだろうか。よほど捻くれていない限り、第三者からしても精神的充足は起こりうる。
言い換えるなら、何もしていないのに満足感(充実感)を簡単に得られる娯楽の本懐である。
話を戻すとしよう。劇中には人物一人ひとりの思想と演じる舞台があった。
性格一辺倒でない歴史からくる人物像。親から子へ受け継がれた意思であったりと各人物の基が劇上に散りばめられていた。
成り立ちがあるということは当たり前であるがその当たり前さえ忘れられた
昨今の属性先行が目立つ人物背景とは異なる、それぞれの生き様が克明に描かれた素晴らしい登場人物達である。
総括
観客を魅了する「紙芝居」は一ジャンルとして確立し、それに惹かれた私はただ誉めることしかできない。
私の言葉は貴方方に届くだろうか。届くならば聞き届けて欲しい。
本作は、前作から『全体的にブラッシュアップを施された正統進化作品』であり、『無駄が無い』。
『“喜”を象るようできている』、『それぞれの生き様が克明に描かれた素晴らしい』『紙芝居』であった。
ただただ面白かったのだ。この興奮、高揚感を感じたいなら、観客となり劇場へ来るがいい。
最後に
私が素晴らしい紙芝居と評した前作を超えてくれた本作、その演じ手に、礼賛と喝采を――