それでも愛してくれることを、信じられるのか? 誠実な愛の前に立ち塞がる疑念を乗り越えて見せる物語。
物悲しく落ち着いた館の醸し出す濃厚な雰囲気の描写だけでも心が静かに痺れる、非常に上質な物語である。この世界観を味わえただけでも、プレイした価値があったというものだ。
それだけでなく、ストーリーそれ自体も非常に秀逸だ。何も巧妙な伏線とその回収だけではない。登場人物の視点を飛び移ることで、繰り返される悲劇は「運命」やら「因果」といった人の手の及ばない何かではなく、むしろ疑念やすれ違いといった人間味あるものによって展開されたことが示され——だからこそ、これらの齟齬を突き止め、理解し、受け容れることで最後には救いある結末に辿り着いた。物語とは人が紡ぐものでありその主従は反対では無い。悲劇の登場人物が悲劇を打ち破るカタルシスに、いたく感動した。
しかし、他人への疑念や心のすれ違いを乗り越えるのは、本当に難しい。それでも相手を赦し、愛せるか。もしくは——それでも相手が自分を許してくれる、愛してくれると信じられるか。自分は本作の主題をそこに見た。一方的な思いでは何も解決されない、しかしお互いに許し合い愛し合えるかは信じ難い。…何故なら、自分もまた、悲劇の主人公だから。他人の悪意に踏み潰されてきたから、他人の優しさは信じ難い。やましい過去を積み重ねてきたから、それが受け容れられるとは思えない。「他人の悲劇だから耐えてこられたんだよ」、じゃあ自分の悲劇は、自分がそうしたように、他人にも受け容れてもらえるのか。
この「疑念」とそこから始まる破滅への過程が、本作では執拗に描かれる。「やっぱり無理なんじゃないか」と思える程度に。もし一つ疑念が解けても、また次の疑念が生まれ。…だが、ミシェルとジゼルは遂に乗り越え、ここから物語に救いの光が差し込む。絶えず疑念を抱えながらも、少しずつ歩み寄り、心(と体)の秘密を打ち明け、疑念を吐き出しては、認め合っていった、その過程の描写が執拗であったからこそ、納得がいく。ミシェルの全てを受け容れ愛するジゼルの抱擁が、全く作り物の様に思えない。これは…やられましたよ。相互理解には絶対的な無理がある、全てを赦す愛なんぞ誰も持てやしない、と半ば確信を持っているからこそエロゲー批評空間という場で匿名でちまちま感想書いているのに、こんなに丁寧に描かれたら、もう納得するしかない。
ともかく、どこまでも誠実な愛は存在する、人間捨てたもんじゃない、と思える作品であった。フィクションに過ぎない、と一笑に付すことは、私には出来ません。
以上で好意的な感想は終わりです。以下には、否定的な感想を少しだけ。
外伝と現代編は、蛇足に思える。…まあ、途中で止めたから、意見を言う資格が無いようにも思うが。
「外伝 -A Requiem for Innocence」については、なぜもう一度モルガーナの悲劇を語り直す必要があるのか、理解しがたい。本編の終盤で、十分丁寧に描かれたと思うのだが。それに、本編を終えてからまた悲劇を読み直すのか…と思うと、読む気力が失せる。
「現代編 -Reincarnation」については…興醒めしてしまった。別に描かなくとも、いいのですよ。悲劇の呪縛から解き放たれたその後には、また別の苦難と、大きな幸福が待ち受けているとしても、それはまた別の物語。登場人物も、読者も、そして作者も、これ以上縛り付けられることは無いではありませんか。