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taiki_VAさんの西暦2236年の長文感想

ユーザー
taiki_VA
ゲーム
西暦2236年
ブランド
Chloro
得点
90
参照数
1137

一言コメント

テンプレ展開に辟易している人に是非プレイしてもらいたい一作。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

同人の為、商業作品に比べて短いながら、その密度は大変濃く何度も心を抉られる作品だった。
本作と他のエロゲーなどを比べること自体違うのではと思うほど別格というか明後日の方向性を向いていた。
売るための要素を排除(攻略キャラ人数、エロCG枚数など)してテーマのみ追い求められるのはやっぱり同人の強みだなと強く感じた。

このような方向性の結論・内容の小説や自己啓発本とかを探せば私が知らないだけで多分あると思う。
また、ノベルゲームでもどこかにあるのかも知れない。
しかし、ここまで全ての要素を高クオリティでノベルゲームとしてまとめきったものは無いだろう。(多分
それほど「ここが弱い」という部分がほぼ見られなかった。

●シナリオ:二転三転するシナリオと伏線回収、そしてテーマ。
      哲学的で理解しづらいところもあるが、しっかりエンタメに落とし込んでいる様は見事。

●キャラ絵:萌え絵とかではないが安定した絵柄。
       立ち絵に比べてエロのイベント絵では崩すことで生々しさを表現している(のだと思う)

●演出:特筆物。ここが弱ければここまで評価していない。
     序盤から引き込まれること間違いなし。ゲームでしか出来ないギミックもあり感心した。

●BGM:耳に残りつつシナリオを邪魔しない良曲揃い。クリア後にはサントラが欲しくなり購入した。

●背景:イベント絵以外は基本実写加工を行っているが、本作には実写が適している。
    またそれさえも利用している。
     聖地巡礼したくなるかも。

●システム:特に問題無し。しいて言えばもう少しスキップ速度が早いと嬉しかった。


本作の前日譚として「西暦2236年の秘書」が存在するが、これは特にプレイ必須ではなく世界観の理解・補強と「マスコ可愛いよ、マスコ」っていう人の為の作品である。

とりあえず興味湧いた方はOPムービーを見れば良いかと。
この歌付きのムービー自体もセンス溢れ、この時点で本作のレベルの高さは推し量れると思う。
考察、テンプレでない展開、SF、哲学などのキーワードでビビッとくる人には是非プレイして頂きたい作品。


以下ネタバレ全開で感じたことをつらつらと。
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序盤のヨツバ世界は理想の心象鏡世界であり、両親がいない、雲が無いといったエロゲ・ギャルゲでは疑問に思わないお約束的な箇所を違和感として突き、かつ伏線としても利用しているといった形は大変面白かった。
そういった意味で心象鏡世界=エロゲ・ギャルゲ世界と言い換えられるのではないか。

そして、その理想を写したエロゲ・ギャルゲ世界内に隠した自身のドッペルゲンガーと両親を見つけ、隠した理由を考えることで、ピアニストになるというアイデンティティを親からの過剰な期待とロボットとの比較が耐えられず苦痛となり手放したことを思い出す。


C.S.「自分のなりたい自分は自分ではないのです」
    「君が君というものを形作っている限り、どうしても不満や不安は生まれてしまいます」 
   「でも、本当はきちっと線引きなんてできないし、しなくてもいいんですよ」
   「そんなことに怯えていたって何の意味もないです」

ヒメ「できないことをできないと認めることで、初めてできるようになることもあるわ」
マスコ「視界が開けるんですよ。じゃあ何が出来るんだろう、何をすればいいんだろうって」
ハル「自分の姿を、しっかりと、間違わないように見てあげて」


そして「ピアノが楽しいか」という問いに対して「はい」と言うことで自己肯定を行い現実世界への移動?を果たす。
思い出の廃屋でハル・シオンと出会いハッピーエンド。
嫌いな自分を肯定し、もう物語としては完膚なきまでのハッピーエンドだ。
2人はそれから末永く睦まじく暮らしましたとさっていうナレーションが聞こえてきそう。
自己肯定を果たしたからこそED曲内でも拍手喝采なのだろう。
ここらへんはあまり知らないがエヴァの「おめでとう」みたいだなと思った。


…しかし、このEDにたどり着いた後に新たな選択肢が選べるようになる。
物語としては完結しているのに何を描こうとするのかと思ったらハッピーエンドのその先だった。
この段階でやっと自分の姿をしっかりと間違わないように見ることが出来たが、それをヒロインに対してまで適用してくるとは。


前述した 
ハル「自分の姿を、しっかりと、間違わないように見てあげて」
はなんという皮肉。


通常、物語に主人公とヒロインがいれば結ばれるのが普通であるし、別れるとしても相応の理由がある。
それを「好きではなかった」という結論で締めるっていうのは大変インパクトがあった。
これが突飛な結論なら酷いクソゲーであるが、ここに至るまでの状況、未来の可能性一切無しと言い切っているからこそ説得力が生まれている。

ハルと廃屋で2人きり、初めて見る女性の裸、秘密の会合と特殊状況であるからこそ恋に恋しておりお互い見誤っていたのだろう。
メールのやり取りの中で「付き合ってみたらこんなもんか」っていう文章もあったのが、やはり吊り橋効果での恋愛だったのが分かる。

本作自体は「ハル・シオンのことは好きではなかった」という答えを見つけることが主題。
「好き」を「自身の夢」などへと置き換えても良いだろう。
「好きではなかった」=「適性が無かった」とも言い換えられる。
例えばプロスポーツ選手なら身体能力が必須だが、それはハル・シオンとヨツバがどの未来でも上手くいかないように、身体能力が低い人では絶対にプロスポーツ選手にはなれない。

そういった意味ではED1でヨツバがピアノ自体は肯定するが、Trueではピアニストという夢への決別を行ったようにも感じた。
だからといってピアノ自体を辞めるわけではなく違った付き合い方をヨツバは行っていくだろう。

プレイしていていろいろ自身を省み反省するところも多々あったが、作中で自分が一番救われた描写がある。
それは全ての可能性の中でハル・シオンとは絶対上手くいかなくても、ハル・シオソとは上手くいくという提示。
自分にとってクリア後にすごい救いとなった。
なぜなら、必ずハル・シオンとは上手くいかないが別の道では幸せになれる可能性があるということだから。
これがあるとないとでは自分の中では大分読み味が変わっただろう。

心象鏡世界=エロゲ・ギャルゲ世界と言い換えたが、その中でマスコというキャラは更に特に特殊な立ち位置。
理想の心象鏡世界の中でエロゲ・ギャルゲのように画面内から自身を無条件で肯定してくれるのだから。
事実、実際の現実世界でマスコはツール補助程度しかできていない。
だからこそ廃墟内のドッペルゲンガーと両親に会いに行く前にマスコとは離別する展開となったのだろう。


「エロゲ・ギャルゲキャラによる無条件の肯定からの脱却」

「恋愛・夢への自己肯定」

「恋愛・夢に対してどうにもならないことへの許容」


本当に「わたしをフカンするノベルゲーム」だった。


※「の秘書」のテーマソング「Juliet」がメチャ好き。
近未来感溢れていて聞いていてすごい気持ち良い。