安楽椅子探偵を思わせるオムニバス形式の作品、浅生詠氏らしい登場人物達のドロドロとした心情描写の果てに今を生きることに対するメッセージが込められている
リルナツに興味を持ったのはシナリオライターが浅生詠氏であったことであり、過去作品はバイオレンスと凌辱に満ちた物語である「euphoria」、「夏の鎖」、「erewhon」を描いている。今作の第一印象である爽やかな百合とはかけ離れた印象を持つ作家である。
エロゲではサクラノ詩の真琴ルートを担当していたため、バイオレンスや凌辱のないシナリオも知ってはいるものの、全年齢かつこれまでの作品とはかけ離れた内容でどのような話が見られるのか楽しみで仕方がなかった。
内容はミステリーの安楽椅子探偵物を思わせるオムニバス形式の作品であり、探偵役のリルヤ、調査役のナツカと役割を分担して登場する人物達が抱えている問題を明らかにしていく内容であるが、犯人を逮捕をゴールとしていない。
関わった人物達が前を向いて歩いて行けるように、調査によって明らかになった情報を使い、当事者達の心に響く絵を描くことをゴールとしている。物語にはタイトルの通り故意ではなくても嘘をついている人物がおり、登場人物達の自覚していない嘘や、誰かを思う故の内に秘めた嘘を暴いていくことになる。
各章ごとに登場人物達のドロドロとした恋愛感情が描写されることになるが、この心理描写は間違いなく浅生詠氏らしい内容であったと思った。
百合作品ではあるが、リルナツは同性同士で付き合う、結婚することが当たり前の世界観であり、ドロドロした描写の中で同性を愛することへの悲恋は重点に置いておらず、そう言った世界観であることが受け入れられたので、百合が特に好きではないものの、女性同士の恋愛に対する感情が自然に頭に入ってきた。
客観的に見れば悲惨な過去を持ちながら、どこまでも健気なナツカは魅力的だった。そんな彼女を心から信頼し、必要であれば自分の命をも懸けるリルヤは、安楽椅子探偵役にありがちな表に出ずにリスクも背負わず、相棒に対して詳細な説明をしなかったことに罪悪感を覚える描写すらないキャラとは真逆であったため、非常に好感が持てた。
3章からリルヤとナツカの2人について掘り下げられていくが、正反対に見える2人の心の距離が縮まっていく様子が丁寧に描写されており、4章の困難を乗り越えてエピローグに至ると彼女たちがこれからどのような道を歩んでいくのか、もう少し見届けたい気持ちになった。
暗い過去を持ち、後ろ向きな心情を持っている人物が多い中で、過去を変えることはできなくても、今をどのように生きるのかに対するメッセージが込められている作品だった。
一見すれば辛い過去にもどこかに救いがあり、見方や振り返り方を変えれば、過去に囚われ続けることなく前に進んでいくことできる。リルヤの絵は登場人物達の過去への向き合い方を変えるきっかけを作るものとなっていた。
4章ではイヌイの策略によって、現実はそう簡単に上手くいくものではないことを突き付けられるが、それでもリルヤの絵に救われ、ナツカと交流をした登場人物達は少しずつ過去を受け入れて向き合い方を変えることで乗り越えようとしている。
過去への向き合い方を変えることで、今をもっと前向きに生きられるようになるというメッセージが込められている。すべての登場人物が誰かへの思いを理由に行動していることから、心温まる優しさに満ち溢れた物語であったと思う。
リルヤとナツカの2人の主人公が非常に魅力的に描かれており、万人受けしやすいため、非常におすすめしたい作品であった。