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sunatokageさんのキコニアのなく頃に phase1 代わりのいる君たちへの長文感想

ユーザー
sunatokage
ゲーム
キコニアのなく頃に phase1 代わりのいる君たちへ
ブランド
07th Expansion
得点
79
参照数
2852

一言コメント

竜騎士大先生の商才には脱帽せざるを得ない。このゲームはおそらく日本のノベルゲーム史上で最も世界市場を意識して作られた作品だ。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ひぐらし、うみねこをプレイした人たちの多くは「キコニアのなく頃に」の情報が公開された際に
竜騎士大先生の頭がおかしくなったのではないかと疑ったことだろう。
従来手掛けてきたミステリーから離れたのは、悪い意味で予想を裏切ったうみねこ真相編での
ユーザーからの怒りの声で懲りたと考えられなくもないが
代わりに出てきたのが中学生がはじめて書いたような
出来損ないのライトノベルのような専門用語が羅列するストーリーとキャラクター紹介だ。
過去シリーズのファンが「いったい何を考えてるんだ」と混乱するのも無理はない。

しかしその疑問はこの作品が世界最大のゲーム販売サイトであるSteamで英語対応で発売されたものであることを知れば氷解する。
竜騎士先生本人がインタビューなどで語っている訳ではないが、自分はプレイをはじめて数時間で確信した。
この作品は大多数の創作者がするような「SFを書きたい」「バトルをやりたい」といったところから生まれたものではない。
「日本だけでなくグローバル市場でも売れる作品を作る」というところからスタートし
人種や国に関係なく興味を引きつける題材として「戦争とナショナリズム」や「LGBT」を選び
面倒な歴史問題クレームを避けるために国家の再編成が起きた未来を舞台にすると言った具合に
「世界市場で売るためには何が必要で、何が障害になるのか」を考えそこから逆算して物語を作っているのだ。

そう考えるとひぐらしやうみねこと全く違う作品になるのは当然といえる。
あの2つの作品は良くも悪くも日本という地域性、日本人という国民性に依存しているからだ。
さらに言えば伝奇ホラー、メタミステリーというジャンル自体がマニア向けでプレイ人口が少ない。

こうした視点で本作を振り返るとグローバル展開を見据えた様々な工夫が見受けられる。
エチオピア出身のガネットやマダガスカル出身のアンドリーのキャラクターデザインは
もし日本でだけ売るつもりならもっと「日本人が好きな黒人造形」に寄せたものになっていたはずだ。
海外の紛争にはカシミール地方など現実の領土問題を出しながら
日本の戦いを東西日本を分断する「ガラスの海」で行っているのも
政治的な意図がなかったとしても日本人のシナリオライターが
日本陣営が中国陣営を蹴散らして尖閣諸島を奪還するような展開を書くのはいらぬ反感を買うと考えた冷静な判断だろう。
LGBTなどデリケートな問題を論じる際のバランス感覚も素晴らしい。

近年はメーカーが過去に発売したエロゲーをSteamで英語販売するケースが増えているが
それらはあくまで日本人に売るために作ったものを外国人にも売るというものだった。
しかしキコニアは確実に外国人のプレイヤーを意識して作っている。
既に家庭用のRPGやアクションゲームでは行われてきたことだが
まさかニッチなノベルゲームにおいてもこういう作品が登場するとは驚きだ。
時代は着実に変化しているんだなぁ。

以下は99%当たらないであろう今後の展開予想。

ひぐらしが田舎の村で起きる惨劇の謎解きから人を信じることの大切さを謳ったヒューマンドラマへと論点をそらしたように
今回も前半と後半でテーマと論点はシフトしていくでしょうが
前半は「どうすれば戦争を防げるのか」について色々試しては挫折する展開になると予想します。
鈴姫の祖父ルートから外交的解決を目論んだり、市民運動に期待してみたりという感じですね。
でもまぁこうした目論見は当然失敗し、主人公たちはそのたびに絶望する訳です。
そこで出てくるのが今回の裏テーマである「仮想現実」です。
肉体を捨ててネットに移住すれば電気信号のパターンだけで幸福感を満たせるんだからそっちの方がいいじゃないと。
戦争したいやつらも仮想現実ならデータ復元するだけで全て元通りだし、やりたい放題できる。
虐殺工場のビジョンを見ている都雄はそれを拒絶するけど
仲間たちの中には現実で酷い目にあってる人間も多いのでそっちに賛同する人間が出てくる。
「わざわざ不幸な現実を直視する必要があるのか?現実から逃げてもいいじゃないか」
「お前は恵まれた人生送ってるけど、お前が俺の立場でも現実を選んだかよ」みたいな意見の衝突が起きる。
それを空戦バトルしながら論破して、やっぱり仮想現実に逃げずに現実を良くしていこうとなり
めでたしめでたし・・・と思いきやここで衝撃の事実が発覚、実は都雄たちが現実だと思っていた世界は
とっくの昔に仮想現実であり都雄も虐殺工場で脳髄だけの存在に加工済みだったのですみたいなことが
後半のどんでん返しとして明らかになる。
(科学者たちが若いままだったのは「叡智」と呼ばれるプログラム言語を理解して、自分のステータスを書き換えてたから)
EP1で何度も出てきた「駒」という表現はどれだけ優秀でも兵士は社会の歯車に過ぎないという意味ではなく
画面の中の存在が画面の外に出ようとするのは不可能だという意味だった訳です。
そこでまた発狂したり絶望したりを繰り返した後、画面の外の存在であるプレイヤーが
ゲーム画面を操作するという形で主人公たちを助け
最終的にサーバー内に補完されていた遺伝子データから培養槽で肉体を作り出し
そちらに意識を転送して現実に戻りハッピーエンド。
これが自分のEP1をプレイした時点で考えついた風呂敷の畳み方です。

まぁ謙遜抜きで99%当たらないでしょう。
なぜかといえばこのストーリーは2010年代に発売された2本の良作ノベルを組み合わせた展開だからです。
竜騎士大先生は「○○のパクり」「二番煎じ」「ワンパターン」といった批判が大嫌いなので
仮にこれらの作品を知らなかったとしてもパクりと言われた時点で全く違う方向にストーリーを変えるはず。
自分としても己の空っぽの頭で考えつく程度のありきたりな展開ではなく
良い意味で予想を裏切る物語を見てみたい。早めの続編を期待しています。