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sonataさんの燐月 -リンゲツ-の長文感想

ユーザー
sonata
ゲーム
燐月 -リンゲツ-
ブランド
Selen
得点
90
参照数
1008

一言コメント

Selen風純愛(笑)の一番の特徴って、「純愛ゲーに出てくるような聖人みたいなヒロイン」と「調教ゲーに出てくるような、駆け引き上手の打算的かつ偽悪的な男」が恋愛(純愛にあらず)することだと思うんですよ。純愛ゲーに出てくるようなヒロインである鮎美を、押しに弱いという一点を攻めて「ギスギスせずに」エロエロな展開に持っていく流れは、調教ゲー出身のメーカーならではの芸当であり、『はらみこ』の勘違いっぷりを見るに、もう二度と拝めない可能性を考えると、悲しくて仕方ありません。その希少価値を考えて90点。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 初回のプレイは、発売直後に終わってて点数も付け終わってたんですが(80点)、最近のselenを見てる内に書きたくなってきて点数も付けなおしました。凡百の萌えゲーメーカーに成り下がるかもしれないSelenを見て、悲しくなってしまったから。いや、萌えゲーそのものは肯定的ですけど、Selenには求めてないので。
 ま、そんな話はともかく、個別にシナリオ見つつ、このゲームの素晴らしさを書いてみようかと思います。

鮎美
 メインヒロイン。異常に嫉妬深いところはともかく、まあ純愛ゲー、萌えゲーらしいキャラ造形のヒロインです。
 冒頭にも書きましたが、このゲームにおける鮎美の最大の魅力は押しの弱さであり、それを最大限に引き出してくれてるのは、主人公である直人君です。彼の強引さと鮎美の押しの弱さはまさしく(見てる分には)最高の相性であり、このゲームならではの良さがよく出てます。具体的な例としてこんな展開があります。

俺はぐずぐずといい訳する暇を与えないように、そう言って駆けだした。
鮎美「あっ、燐堂さんっ、待って!」
すっかり俺のペースにはまった鮎美が慌てて追いかけてくる。
必死にこちらの後をおってくる鮎美を見て、俺は確信した。
こいつ、押しに弱い!
俺は走りながら、次の作戦をあれこれと考えはじめた。

 なんて素晴らしい文章なのでしょう。プレイした当時は「めずらしいなぁ」程度の認識しか持たなかった私ですが、今ならこの作品の特徴を現した、これらの文章の素晴らしさに尊さすら覚えてしまいます。
 状況にながされてる内に、知らず知らず直人君を受け入れてしまう鮎美は、結局会って二日目で付き合ってキスされて、乳揉まれます。そんで一週間ほど経ったら、ほとんとレイプ並の強引さで処女を散らされてしまいます。いや、それ以上にすごいのは、それも結局受け入れてしまっちゃってることなんですけど。なんという流され体質! 実際は、理由となる設定があったりするのですが、そんな瑣末な事はどうでもいいのです。その後も、知らず知らずに直人君に対して独占欲を抱いて、些細なことでヤキモチを妬いたりしてくれます。こんな可愛らしくてエロいヒロインがいていいのでしょうか。
 その後の展開は……まあ、こんなんもいいんじゃないですかね。といった感じです。


美津菜
 Selenならでは、という意味ではこのシナリオが一番じゃないかと思います。個人的に一番好きなキャラとシナリオです。
 持ち前のずる賢さで騙し続ける直人君。そして、いかにもエロゲ的なキャラゆえに疑問を抱かずエロいことやられまくる美津菜。途中途中、心の交流を深めるシーンが挟まるものの、事実だけ列挙すると実際はとんでもない展開になってるわけです。
 実際は、直人君は打算的にやってるエロ方面のアプローチと、直感的にやってる善意のアプローチとの二つがあって、どっちかっていうと、エロ方面の打算の方が目立ってるわけです。でもそんな直人君に対して、美津菜は言います。

美津菜「私……自分が常識知らずなの……知ってる……」
直人「えっ?」
突然の言葉に俺は驚きの声をあげた。
そんな俺のほうには視線を移さず、美津菜は外を眺めたまま、小さな声で語り始める。
美津菜「……いくら、辞書を読んでも……ダメだってこと……それも、知ってる」
美津菜「だけど……私は……それでよかった……」
美津菜「一人でいれば……誰にも、迷惑……かけないから……」
直人「美津菜」
まさか美津菜がそんなことを言い出すとは思わなかったので、俺は激しく動揺した。
そんな俺を前にして、美津菜はさらに独白を続ける。
美津菜「そんな、私に……あなたはいろいろ、教えて……くれたの……」
美津菜「だから……ありがとう……」
直人「……」
美津菜にどうかえしてやればいいかわからなくなり、俺は思わず黙ってしまった。
だって、こっちはいろいろな下心や算段があってやったことなのに……
しかも、教えたことはロクでもないことばかりだ。
奇妙な罪悪感が湧き上がってくる……

 まさしく平成の菩薩。まあ、この時点での美津菜では直人君の算段を読めたりはできないだろうから、全て善意と解釈して生まれてきた言葉なんでしょうが、それでもこれはすごい。
 菩薩の如き人間性を持つ美津菜と、打算さを持った精神構造の直人君。このアンバランスな構図は、Selen(とelfとalice soft)以外では作れないものであり、直人君がその内に改心していく流れはまさしく、美しい、の一言に尽きると思います。途中エロに走ってるせいで読み手はシリアスに徹し切れませんが。
 正直な所、直人君の改心をライターが意識して書いたかっていうと99%ありえない、って言えるんですが、そんな細かいことはどうでもいいのです。直人君は、意図しないアンバランスな構図の中で、成長していく。そして美津菜の方は、ライターの意図したとおり成長していく。そう、これは意図しないビルドゥングスロマンと、意図されたビルドゥングスロマンの二つが組み合わさった物語なのです。
 このシナリオは、主人公と美津菜と鮎美の三人で織り成す、ある種の恋愛物語であり、そして意図が半ば混じった成長物語でもあります。他のシナリオは、他にも手広くテーマやネタを拾い上げてるせいで、シナリオとして微妙な部分があったりするのですが、このシナリオだけは手堅く作られています(その分インパクトは最低だけど)。
 これほどまでに美しいシナリオを無難な萌えゲーに堕した『真・燐月』の罪は重いです。ぶっちゃけ、他のシナリオはどう改悪されようがなんともなかったんですけど、これだけは……。

残りのシナリオ+その他
 無難なものだったり、ちょっと変わったこれもselen以外じゃ書けそうにないものだったり。
 まあ、他がこんなんだから美津菜のシナリオが計算ずくで書いたものじゃないと言えるわけなのですが。
 CGに関しては文句なしですカワギシさんの絵は、塗りも含めて考えるとこの頃のが一番いいような気がします。

 冒頭で書いたように、もうselenがこの手の絶妙なバランスで成立した作品を書く可能性は低いんじゃないかと思います。
 selen風純愛、としてのオススメ具合でいったら、やっぱ借金姉妹1が一番になってしまいますが、燐月も捨てたもんじゃありません。ぜひともこのバランス感覚を楽しんで欲しいです。まあ、他の方の感想を見るに、私の意見は確実に少数派なので「何コレ?」で終わる可能性も少なくありませんが。

余談
 どうやら、真・兄嫁も立派な純愛ゲー(でも寝取り)らしいですが、未プレイなので分かりません。どこにも見つかりませんねぇ……。