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oku_bswaさんのノベルゲームの枠組みを変えるノベルゲーム。の長文感想

ユーザー
oku_bswa
ゲーム
ノベルゲームの枠組みを変えるノベルゲーム。
ブランド
自転車創業
得点
75
参照数
1124

一言コメント

「ノベルゲームの枠組みを変える」という言葉に嘘偽りはないのだが、このタイトルを見た時に多くの人が想像するであろう「他のノベルゲームにも影響を及ぼすような革新的な作品」というものを期待していると肩透かしを食らうかもしれない。それでも本作が従来のノベルゲームにはない「新しさ」を提示した作品であることは間違いないと思う。仕様は変われどANOS・記憶管理システムを駆使した謎解きと答えを閃いた時の爽快感は今作でも健在。この快感は自転車創業作品でなければ味わうことができないだろう。製作者側も認めているように実験作としての意味合いが強く、シナリオ・操作性などを含めまだまだ改善の余地は大いにある。個人的願望としては、このシステムが更に洗練され完成された時にこそ、本当の意味でノベルゲームの枠組みを変える力を持った傑作が生まれることを願ってやまない。

長文感想

未プレイ者の方に配慮してネタバレなしで書きます。この作品は時間がかかっても是非自力でクリアして欲しいしその方が何倍も面白く感じるはずという思いから。
その為作品内容に深く突っ込んだレビューというよりも簡単な作品紹介と言ったほうが良いかもしれません。過去作のデータ数を見てもメジャーなブランドとは言い難いですが、これを読んで一人でも多くの人に本作や他の自転車創業作品に興味を持って貰えればレビューを書いた身としてはそれに勝る喜びはありません。



プレイ時間は10~11時間ほど。
難易度はそこまで厳しいものではない…はず。ロストカラーズでは一つの謎に3時間近く詰まるということもありましたが今作はそこまで悩むこともなく割りとサクサク進めることが出来ました。過去の記憶を駆使してワードを当てはめていったこれまでの作品と違って自分で直接動かしていく分、謎解きがより理解しやすいものになっていると思います。

本作独自のシステムは大きく分けて3つ。これらを駆使して謎解きに挑戦していくことになります。
①ウィンドウの枠組みから飛び出たANOSちゃん
②文字通り「ノベルゲームの枠組みを変える」
③これまでの記憶管理に近い役割を果たす「フリッカー」

マニュアルには
「今作では操作方法を探す事もゲーム性に含まれています。
色々試してみてください。」

とあるので自分もこれ以上語ることはしません。気になった人はまずは体験版をどうぞ。
過去作と仕様はガラっと変わっていますが今作でも謎解きとそれを解けた時の爽快感は健在。これは紛れもない自転車創業の作品です。

ただ過去作と違って今作ではかなり動作を要求されるので操作していく上で面倒と感じる部分もあるかと思います。同じ場所を何度も行き来して謎解きするのは変わらずですが、そこに一回一回の動作が加わるとやはり手間はかかる。バックログがないのも意図的なものだと分かってはいるがやはりプレイする身としては欲しいのが正直な所。自分は面倒とも取れる謎解きの試行錯誤の過程こそが自転車創業作品の醍醐味だと思っているのでそういうものだと割り切って特に気にしませんでしたが。

シナリオはプレイヤーを意識した作品の性質上メタ的な色合いが濃く、ストーリー展開もそこまで劇的なものではなくあっさり目なので、物語自体の評価ははっきり言って高くありません。キャラの魅力も過去の作品と比較するとちょっと弱いかな。(シンシアちゃんは別だけどね!)あと世界観は前作までと繋がっているのでプレイ済だと懐かしさと共にそういえばこういうものだったなと思うかも。もちろん未プレイでも本作をプレイするにあたって全く問題はありません。ただタイトルを見てストーリー性にもこれまでにない新しさを期待していた人は注意が必要。

それでも謎解きメインでこれまでのノベルゲームにはない新しさを楽しみたいという人には自信を持ってオススメする作品です。フリッカーを駆使してある仕掛けを解いた時は思わず声を上げてしまいました。この他作品にはない斬新さが自転車創業作品の一番の魅力でしょう。プレイ時間も個人差はありますが、そこまで長くはかからず、気軽に楽しめるので自転車創業作品をやったことがないという人も安心して楽しめると思います。しかし完成度という面では過去作のロストカラーズの方が圧倒的に上なので個人的にはこちらの方がオススメ。ロストカラーズはまさにノベル「ゲーム」の一つの完成形と言っても過言ではないかと。こちらも興味があったら是非手にとって見て下さい。

ネタバレなしで書いたためどうしても抽象的な説明ばかりになってしまい、今一つ作品内容を思い浮かべにくいかと思います。拙い文章で申し訳ないです。
ざっくり一言で言うなら「とりあえず体験版をやってみて、ちょっと面倒臭そうだけどこれまでやったことがないタイプの作品だし何だか面白そうだなと感じた人は購入して損はない」ということです。




次に話を変えてノベルゲームの「ゲーム性」について自分が思っていることを。ゲームである必要性とでも言えばいいかな。
僕は何も周回要素があり何度もやり込める遊戯性を有した作品だけがゲーム性がある作品ではないと思う。作品において何か一つでもゲーム媒体でなければならない理由やゲームという土壌を物の見事に活かした上手さというものを感じ取る事が出来れば、それは十分「ゲーム性」がある作品と言っても良いのではないか。自分はそういう一工夫ある作品の方が好きだしこれからもそういった作品は高く評価していきたい。

もちろんここで一本道の作品だったり単純に選択肢を選んでいく作品を批判するつもりはないし、自分はそういった作品も好きなのだけれど、極論を言ってしまえばその作品に何かゲームである意味や独自性を見つけられなければそれは別にゲームである必要はないし、アニメや小説でやっても大差はない訳で。マルチエンドの作品でもヒロインごとに話数を設定すればアニメでも十分表現可能だし、それこそ選択肢がない一本道の作品なんかはボイスや音楽があるかないかの違いこそあれ、定期的に挿絵を挟んだ小説でも特に問題ないのではと思ってしまう。せっかくわざわざゲームを媒体にしているのだからゲームならではの要素があって欲しい。

プレイした作品で幾つか例を挙げると、

「EVE~burst error~」のマルチサイトシステムを駆使した総当り方式
「EXTRAVAGANZA~蟲愛でる少女~」「水仙花」のフローチャート方式
「Quartett!」のFDDシステム
「LOVELY×CATION」のラブリーコールシステム
「Strawberry Nauts」のPITシステム
「ELYSION~永遠のサンクチュアリ~」「媚肉の香り ネトリネトラレヤリヤラレ」の移動パート
「GUN-KATANA(銃刀)-Non Human Killer-」のFPSパート
「MIND+REAPER」の戦闘パート
「Forest」のテキストと音声が違う演出

など、これらは紛れもなく自分にとって一つの「ゲーム性」であった。
もちろんこれ以外にもまだまだある(書淫、YU-NO、蒼色輪廻辺りは未プレイ。特に書淫は凄くやりたいけど高い…)し、選択肢を上手く利用した演出もゲーム媒体ならではの手法だと思う。

最近では「古色迷宮輪舞曲~HISTOIRE DE DESTIN~」が遊戯性ではない、もう一つのノベルゲームの「ゲーム性」を提示した作品として記憶に新しい。自分はこの作品に90点とほぼ満点に近い点数を付けているが、それは単に独自のシステムや「クオリア」などをテーマに物語の登場人物とプレイヤーとの距離を近づけたシナリオ内容だけを評価したのではなく、何よりも昨今の萌えブームの流行に逆らうかの如くこういった意欲的な作品を出してきた事が嬉しく、高く評価したいと思ったからだ。確かに粗は多いがそれを差し引いても自分にとっては最上級の作品であった。


かなり前置きが長くなってしまったがここから本作を絡めた話に入る。
http://www.anos.jp/anos7/anos7.htm#novel
「ノベルゲームの枠組みを変えるノベルゲーム」公式サイトの、自転車創業の「ノベルゲーム」というものに対する認識と本作を作るに当たっての心構えです。よろしければまずは読んでみて下さい。(読まなくてもこれ以下を読むにあたって特に問題はありません)

「ノベルゲームにはまだやれることがある。」

本作がノベルゲーム全体の枠組みまで変えうる力を持った作品だとは自分は思っていないが、最初に述べているノベルゲームにはまだやれることがあるという事は十分に感じたし提示できていると思う。「ノベルゲームの更なる可能性」と言っても良いだろう、生まれ変わったANOS・記憶管理システムは、遊戯性とも違うし前述した作品が持つようなゲーム性の更に上を行き、それでいてこれまでの自転車創業作品とも別の新しい「ゲーム性」を見せてくれた。

ただ、一つこの自転車創業の理念に苦言を呈するとするならば、いくらゲーム性がメインのノベル「ゲーム」であっても物語という形式を取っている以上はどうしても物語の質も重要視されるということだ。正確にはこの場合重要となるのはゲーム性と物語の親和・融合具合と言ったほうが良いか。物語単体で比較した時は他の作品に劣っていても、そこに自転車創業ならではのゲーム性が加わり、ノベルゲームとして比較した時にはその優劣が逆転する場合はいくらでもある。しかし本作はストーリー展開がやや淡白で乏しく、いくらそこに新しいゲーム性が加わってもシナリオが良いとされている名作達には及ばず、他に影響を与えるような革新的な作品にまでは至らなかった。
ロストカラーズがノベル「ゲーム」として一つの完成形にあると言ったのはこのゲーム性と物語との融合が非常に良く出来ていたからだ。ストーリーだけを見ても面白く先が気になるし、尚且つその中にANOS・記憶管理システムを駆使した謎解きが見事に埋め込まれている。まさに鬼に金棒だ。

製作者側も言っているように本作は短めの実験作的な扱いなので、いきなりこのレベルを期待するのは酷だったかもしれない。全ての面でまだまだ改善の余地があるかと思うので、未プレイの過去作をまったりやりながら楽しみに次回作を待とうと思う。この新しいANOS・記憶管理システムが更に洗練され、尚且つそれを十二分に活かす物語と見事に合致した時にこそ、自転車創業が目指すノベルゲームの枠組み変える力を持ったノベルゲームが生まれるのではないか。
点数は75点か80点で少し迷ったがノベルゲームが秘めている可能性の一端は見せて貰ったし今後の期待も込めて80点にした。自転車創業にはこれからも他作品にはない「ゲーム性」を有した作品を生み出すブランドとして頑張って欲しい。



近年のノベルゲーム産業全体を見渡すと、ラノベやアニメに追いやられコンテンツとしての価値が年々弱まっている事が分かるだろう。これはここ数年の市場規模の縮小具合や有名ライターが次々とラノベやアニメの脚本に移っている事実を見ても間違いない。今はノベルゲーム業界にとって非常に厳しい時期にあると言えるのではないか。
それでも自転車創業やYatagarasu(八咫鴉)を始めに、僅かではあるがノベルゲームの新しい在り方・更なる可能性を模索する動きは出てきている。この動きが大きなうねりとなって業界全体を巻き込んだ流れになる可能性は極めて低いと思うが、この新しい物を生み出そうという意欲的な姿勢が見え続ける限り、自分はノベルゲーム産業に期待を抱くことは止めないしこれからも応援し続けていきたい。


一本の作品紹介から最後は随分と話の規模が大きくなってしまいましたが、これで本作のレビューを締めくくりたいと思います。話が二転三転したり拙い文章だったと思いますが最後まで読んで頂きありがとうございました。