つまり、どういうことだってばよ? 『魔女こいにっき』編
発売日にクリアしておきながら、8年後に考察をあげる時代に取り残された人間は誰でしょう。はい、私です。
今さら『魔女こいにっき』の話題を振っても耳を傾ける人は少ないでしょう。
正直、何のために書くのかと思う部分もありますが、理由を挙げるならやっぱり「この作品が好きだから」ですかね。
それに、『魔女こいにっき』というおとぎ話が世間から取り残されてしまった今だからこそ……ふさわしいのかな、と。
私は発売日にプレイして「なんか、よくわからないけど好きだ!」と思ったんですよね。ただ直感で。
残念ながら、世間の評判はかんばしくありません。今なら理由もわかります。
まず何より、「よくわかんねぇよ!」それに対して私はこう返す「そうだな!」。ほんとそうだな!
数々の考察記事で、「これはメタ構造でプレイヤーがヒロインを置いて別作品に移るあり方を皮肉っているんだよ」「物語のあり方を描いてるんだよ」なんて言われたりしていますが、これは正しい。
なぜなら、本作品は星空めておの『Forest』に感銘を受けて作られた話だからです。
そう断言できる理由としては、両作品とも童話を散りばめて物語のあり方を強調し、主人公が急激に老人になったり想像妊娠があったり、色々な場面が重なっているからです。さらに内容が難解、プレイヤーは置いてけぼり、なにより新島夕がそのライターを好きだと言っていたからです。自分も『Forest』が好きだから波長が合うのかな。
ただ……それが『魔女こいにっき』を通して一番に伝えたかったことか、というと、違うんじゃないかと個人的に思っています。
もっと単純な話なのではないかと。
初プレイ時は理解できなかったけど、新島夕の全作品に触れた今ならわかる気がします。
これは『恋心の一生』について語っている話なんですよね。恋心の人生と言いましょうか。
出会いによって恋心が産声をあげ、成長して、結婚し、いつしか老いによって恋心だけが現実から取り残されて、それでも歩いてきた道を振り返ったとき、その恋は確かにあって……遠く、見えなくなったとしても、その恋心は永遠となってその人に刻まれている。
物語性とかそんな小難しい話ではなく、ありふれた身近な気持ち、現実にしかないその気持ちを強調するために物語構造を引っ張ってきているのだと思います。光のない所で影を気にする人はいないけど、白昼では見入ってしまうことがある。みたいな話です。
以下プロローグ。
あるところに二人の夫婦がいた。
美しい男と美しい少女は、自然な成りゆきといくつかの偶然を交えながら恋に落ちます。
互いが互いを好きで。それだけで世界の何もかも、華やぎ、優しくなり、まるでおとぎ話のような時間が二人に訪れる。
この世にこれ以上はないというほど美しい瞬間に二人は永遠を誓う。
おとぎ話なら、ここでめでたしめでたしで終わるだろう。
けれど、人生はそうはいかない。
いつか少女は歳をとり。おばさんとなり、皺ができ。生活の疲れはかつての美しさを蝕み、貧乏は彼女の心を僻ませ。夫とのすれ違いは彼女の愚痴を多くする。
一方の夫も、頭は薄くなり。腹は出て。いつでもどこか遠くを見ていた夢見がちな瞳は、ただ日々の暮らしの往復を映すばかり。
あれほど、みずみずしくお互いに満ちていた想いはどこかに消え失せて。
二人はほとんど話すことすらなくなりました。
いつか見た、あの美しいおとぎ話の面影すら、そこにはない。物語はどこにいったのか?
締めに語られた「その先」がこれです。
ある日男は……妻を連れて散歩に出かける。
今更、交わす話題もなく。見慣れた近所を歩くのは、二人にとって苦痛でしかない。
妻もまた、気まずい思いに駆られている。
ふと通る車の窓に映った自分の老いさらばえた姿と、そこに乗っていた美しい女性を引き比べて憂鬱を感じる。
今日に限って自分を誘った夫の気まぐれをうっとうしく思う。
そんな感情は夫にも伝わり、二人の散歩はぎくしゃくとしている。
そもそも俺はどうして今日に限ってこいつを誘ったのか。さっさと帰ろう。そして、テレビでも見ようと思ったとき。
ふと、ほのかな木漏れ日が妻の顔を照らし、そこに一瞬、若い頃の姿を見て夫は思う。
あらゆるものが繋がって、今があることを。何ひとつ消えたわけではない。ただ、遠くにいっただけなのだと。
そして……男は口にする。
「君といられて幸せだった」と。
妻は……何言ってるの……と、口にしながら、少しうつむいて……そうして二人で家に帰る。
それが物語だ。
これが恋心の一生です。
忘れられがちですが、恋心という形のないものにも生涯はあって。
当時いだいた、あざやかな感情は時間が過ぎても確かにあって。
だけど現実は恋心だけを残して老いていく。
それでも今この瞬間があるのは君との恋のおかげで。
幸せだと思えた瞬間は確かに心の中に残っている。
恋心は消えたわけではなく、ただ遠くに行ってしまっただけ。
君といられて幸せだった。
新島夕という人間は、良くも悪くもテーマが一貫しています。
紡いだ言葉は大衆を楽しませるためではなく、追い求めている答えを見つけるために書きつづっている気がします。
そのため、届く人にだけ届けばいいやと思っていて、表現は婉曲的で、すごくめんどくさい書き方をするので大多数には伝わらない。
ただこの人は、プロローグとED曲を大切にしていて、そこに本質がつまっています。
上述した『恋心の一生』。
さて、そのあり方は一通りだけでしょうか?
いいえ。恋を実らせる者がいれば、当然、恋に破れる者もいます。
そしてその恋心というのは、本人に気づかれず散っていくものが大半です。
それが描かれているのが、もう一つの終わりであるEND2。
そう、本来これは暴かれずに終わる物語で、そうでなければいけない。だからグランドエンドではなくシークレットエンドなんですよ。
敗れた者の恋心の一生というのは、まさに慟哭。思わず目をそむけたくなるような悲しみと痛みに包まれています。
だけど、それもまた真実であって、語らなければいけない側面ではないでしょうか。
この表と裏が合わさってようやく『魔女「恋」にっき』なんですよ。
だから。それが蛇足という意見は大いに違う。恋心の良い部分だけ取り出してしまえば、そりゃ気持ちいいでしょう。
だけど、それでは『この世にこれ以上はないというほどの美しい瞬間に二人は永遠を誓う。おとぎ話ならここでめでたしめでたしで終わるだろう』これと何も変わらない。最高の瞬間だけを切り取ってしまえば、おとぎ話のその先を語ったEND1がとても空虚な物になってしまう。
痛いんですよね、恋心ってものは。
けーこちゃんは、大切なモノの命をその手で奪ってまで、神様に向かって恋の痛みを叫びました。
大好きだった猫をその手で殺してまで。見向きもしてくれない神様に「自分はここにいる」のだと泣きさけびました。
「あなたにその覚悟があるのなら、世界はあなたにひざまずかなければならない。世界はそうでなければならない」
「それほどの覚悟を見せながら、あなたの願いを、叶えてくれないのだとしたら……それは神様ではない、悪魔だ」
崑崙はただ寄り添います。
神様から見向きもされないその子たちに。世界から見捨てられた恋心に。読み手として泣き続けるアリスに。
自分だけは、ただそばに立ち、その悲痛にまみれた狂ったような慟哭に耳を傾けるのです。
……彼女だけが、恋を失った者たちの、唯一の神様だったのです。
「あなたが望むなら。物語を、続けましょう」
ここでの「物語」というのは、「恋」であり「幻」であり「夢」のことで「愛」ではない。
ただひとり、一生報われない「恋」を続けましょう、そうとても悲しいことを言ってるんですよね。
だけど、それが恋を失った者たちにとっての、アリスにとっての救いになるのです。
彼女は天使か。はい、天使です。
移植版の追加シナリオでは神父に聖女だと言われるほどに。
「君は聖女だ。その力は神様より特別に授かったもの。なぜ神がそれを授けたかというと、救済をさせるためだよ」
「ひらひらの桜の花が舞う。それを誰かが見て美しいと思う。それはささやかながら確かに救済だ。けれどその救済によって誰かが傷つくことはきっとないだろう。神がなす救済に比べれば、君がなす救済とは、ひらひらの桜の花びらが人を慰めるごときのものということだよ」
自身の矮小さを、崑崙もまた理解しています。
彼女の魔法は、あくまで「ひとひらの桜」であって、うつくしいと思える一瞬であって、数分後には地面に落ちている虚構であって。
たとえ実のない嘘だったとしても、それでも、そのひとひらの桜が人を慰めることだってある。
彼女はただ、虚構によってアリスが慰められる日を待っているのです。
そして失恋が語られるEND2の最後。
ずっと読み手として閉じこもり、泣きじゃくり、つづられる物語にすがり、逃避していたアリスは失恋を受け止め始めます。
そこには失恋に対する苛烈な思いもありますが、受け止めて、ああしようこうしよう、そういう自主性が加わっていくのです。
その姿を、主人公も肯定的に迎えています。
今はもう、お前を愛することができない。
その代わりに……この痛みを、歯車の悲鳴を愛そう。
だから語るが良い。それがありえないものだとしても。叶わぬものだとしても。
いいじゃないか。お前はつたないながら語り始めた。
人に語られるだけじゃなくて、自ら、語り始めたんだ。存分にそれをすればいい。
世界にこうあれと、願えば良い。
やがて物語は竜として、天をふるわす咆哮をあげるだろう。
恋心が成就した「その先」と、恋心が成就しなかった「その先」、恋心の一生をつづったのが『魔女こいにっき』というわけです。
多くの方が構造面を主題に挙げますが、新島夕が伝えたかったのはココかなと個人的に思っています。
そうして移植版の追加シナリオ『黒の章・灼熱の王子と小さな竜』。END3で、恋心が成就しなかった「その先」の「先」が語られるわけです。
「恋はどこからきて、どこにいくんだろう――――」
結局のところ、新島夕という人間が生涯をかけてつづっているのは、これなんですよね。
めんどくさい書き方をしますが。遠まわしに書きすぎて届く人は限られますが。
「君がどこからきて、どこにいくとしても――――」
そうして、たとえアリスのように他人から見たら黒く汚れている恋心であっても、それが純粋な恋心であるのなら肯定しているわけです。
その先に失恋しかなかったとしても、一生懸命追いかけることは永遠となってその人に何かを残してくれるはずだから。
そしてED曲『永遠の魔法使い』で「僕」としてアリス(崑崙)の心情がつづられる形になります。
■ 時系列(表)
さて、作品のテーマについては上記したので、次はもっと小さい視点で見ていきましょう。
まず作中に出てくる『魔女こいにっき』とは何なのか?
「魂を物語として刻むことで永遠の命を与えてくれる」魔導書です。
つまり「命は老いるものだけど、本の物語の登場人物として魂を閉じこめてしまえば老いることはないよね?」という話です。
【崑崙ルート『昔話』】
物語の始まりは、主人公ジャバウォックが砂漠の国の王になったところから。
彼は夢想家で、国民に夢のあることを語り、聞くものすべてに生きる夢を与えていました。
やがてその夢である「永遠に止まらない時計塔」を実現するために多くの魔法使いを呼びますが、その夢は現実に侵食されて財政を圧迫していきます。
ついに、現実に負けた国民の夢が、ジャバウォック王に「嘘つき」のレッテルを張り、彼を国から追放してしまいます。
ジャバウォック王はそれでも夢を信じ続けます。この先に楽園があるのだと、一緒について来てくれた者たちに言い続けます。
いいえ……すでに彼は、自分の語る夢を信じられなくなっていました。国民の「嘘つき」という言葉を背中に載せて、それでも彼は嘘を吐くしかありません。なぜなら彼は王だから。最後の希望まで奪ってしまったら、彼らは砂漠の真ん中で足を止めてしまう。
結局、彼の言葉の中にはおとぎ話しかなく、なにひとつ真実はありませんでした。
楽園の実現を信じていた。平等の実現を信じていた。国民の永遠の幸せを信じていた。
けれど、なにひとつ果たせなかった彼は、ただの罪人です。
……本当に、そうでしょうか?
東洋の魔女・崑崙はその言葉を否定します。私はあなたに救われたのだ、と。
確かにあなたの言葉は現実性がなく実現する力はなかったかもしれない。けれど、魔女として迫害されてきた自分にとって、その夢物語は涙を誘うほどに美しかった。
彼女は『魔女こいにっき』を差し出します。彼は物語の語り手になることを選びます。
信じてくれた者たちを失意のまま終わらせないために。おとぎ話の最果てに連れていくために。永遠に止まらない時計塔を見せるために。
永遠に終わらないおとぎ話を――――
【カノンルート】
そうして、ジャバウォックは仲間とともに日本へゆき、恋物語をつづっていきます。
しかし。終わらないおとぎ話なんてどこにもありません。
歌音との恋物語は、自分が現実には何も残せない物語の一部であることで破綻しました。
恋した女性は、別の男性と一緒に歩いていきました。
それでもよかったのです。あの二人なら、きっと終わらない恋物語を見せてくれる――――
その期待は、ふたりの死であっけなく幕を閉じます。
【シンデレラストーリー】
恋をした女性の子供・ありすに恋をしました。
シンデレラのお姫様と王子様ような煌びやかな時間を過ごします。今度こそは、そう思いました。
しかし、永遠に老いない彼を見て、ありすは心を壊していきます。
相手は変わらないのに自分だけが老いていく。自分のせいで無理をしている彼を見て、彼女は思うのです。そこに恋はあってはいけない。
けれど、すべてを忘れることはできず、いつの間にか見えなくなってしまった彼への恋心を求めて学園に通いながら、一方で彼を否定します。
恐怖して拒絶するありすを見て、ジャバウォックは耐えられなくなりました。
魔法使い・崑崙に頼み、彼は自分の記憶を消したのでした。
【個別ルート】
記憶をなくしたジャバウォックは、零や周防、柏原と出会い、物語を紡いできます。
魔女こいにっきに消化されるに過ぎないそれら恋物語は、しかし、ジャバウォックの恋に対する心の傷を少しづつ癒し、恋のあり方を教えてくれるのでした。
【時計坂姉妹ルート】
やがて、彼は街のからくりにたどり着きます。
200年前に恋仲だった歌音が、ジャバウォックとの約束「永遠の時計塔」を作り上げるために、自分を歯車にしていたのです。
魔女こいにっきを研究し、力を流用し、自分の魂を本に閉じこめて永遠の命をさずかり、時には物語から幻想を産み落とし、時計の針を止める要因を排除していたのでした。
ジャバウォックはその「永遠」を否定します。機械仕掛けの物語を否定します。
誰かを犠牲にして成り立つ「永遠」のどこに美しさがあるのか。
時計塔を見上げたとき、同じ夢を見て、同じ憧れを抱かせる。だから「永遠」は美しいのだ。
過去の亡霊を退治したジャバウォック。しかし、時計坂零もまた、その命を失いかけます。なぜなら彼女も歌音から生み出された幻想の一部だったのです。
彼女を救うため、ジャバウォックは自身を維持するための魔力を使い、眠りにつくのでした。
【崑崙ルート】
1年後。目覚めたジャバウォックのそばには崑崙がいました。
ぼんやりと浮かぶ、ありすとの記憶を崑崙に重ねます。イチャイチャ、チュッチュッ。
真実の記憶を取り戻した彼は、再びありすと会することを決意しました。
【プロローグ】
ところが、ありすは彼を認識できませんでした。
その瞳に映ったのは竜――――物語であるジャバウォック、その真実を突いた姿を彼は「バラゴン」と名付け、こう口にします。
「世界を救うために、戦ってほしい」
そこからふたりは、街に散らばった物語の欠片を集めていきます。
願うことはただひとつ。ありすの記憶を取り戻すこと。
【エピローグ】
やがて、彼女は真実にたどり着きます。自分がすでに老婆であることに。
記憶を取り戻したありすはジャバウォックの手を取り、歩みだそうとしたところで、はたと、その手を離してしまいます。
思い出したのでした。ふたりの間に、恋心があってはいけないことを。
その姿を見たジャバウォックは語り聞かせます。最後の物語を。ようやく見つけた永遠のおとぎ話を。
ある日男は……妻を連れて散歩に出かける。
今更、交わす話題もなく。見慣れた近所を歩くのは、二人にとって苦痛でしかない。
妻もまた、気まずい思いに駆られている。
ふと通る車の窓に映った自分の老いさらばえた姿と、そこに乗っていた美しい女性を引き比べて憂鬱を感じる。
今日に限って自分を誘った夫の気まぐれをうっとうしく思う。
そんな感情は夫にも伝わり、二人の散歩はぎくしゃくとしている。
そもそも俺はどうして今日に限ってこいつを誘ったのか。さっさと帰ろう。そして、テレビでも見ようと思ったとき。
ふと、ほのかな木漏れ日が妻の顔を照らし、そこに一瞬、若い頃の姿を見て夫は思う。
あらゆるものが繋がって、今があることを。何ひとつ消えたわけではない。ただ、遠くにいっただけなのだと。
そして……男は口にする。
「君といられて幸せだった」と。
妻は……何言ってるの……と、口にしながら、少しうつむいて……そうして二人で家に帰る。
それが物語だ。
たとえ老いて、ふたりに距離ができたとしても、恋心が消えるわけではない。ただ遠くに行くだけ。
一緒に過ごす時間の中で一瞬でも幸せだと思える瞬間があったのなら、それは永遠だよ。
君といられて幸せだった。
【シークレットエンド】
■ 時系列(裏)
隣国の姫・アリスは、自分がジャバウォック王に愛されていないことを知っていました。
自身の恋の重みに耐えられなくなった彼女は、魔法使い・崑崙に『魔女こいにっき』の製作を命じます。
彼女は考えたのです。アリスとの間に恋物語が生まれないのなら、自分を別のありすに投影してその恋物語を永遠に読み続ければいい。
自分は読み手で、彼は語り手。たくさんのありすを集め、彼にバレないようにヒロインの真名も隠しました。
ところが、一つ大きな誤算が生まれます。
永遠のおとぎ話を求めた彼が物語を終えようとしたのです。
いくらかの策謀をめぐらすも、彼の決意が変わることはありませんでした。
「あなたは、さっそうと明日へと去ってしまった。私だけが取り残された」
……本当は、おとぎ話のように、広大な砂地の中から自分を見つけてほしかった。物語のように手をつかみ、恋をつづってほしかった。
けれど、その思いは最後まで一方通行で、思い続けた彼は、別の女性と添い遂げようとしている。
神様に向かって恋の痛みを叫ぶことがそれほどの悪でしょうか。
かつて婚姻を結んだアリスに、ジャバウォック王はを告げます。
「永遠に一緒にいたいと……思った。けど変わっていくんだ」
「嘘つきだと言われてもしょうがない。でも、語らなければならない。人は、本当に世界にあるものだけでは、やっぱり寂しいから」
彼の生み出す夢物語は、たとえ一瞬だとしても彼女に幸せを与えたはずです。永遠を残せていたはずです。
「私は、私は……っ、そんな、はかないものがほしかったんじゃない」
ジャバウォック王の求める「永遠」と、アリスの求める「永遠」は違ったのです。
彼女はただ、近くで永遠に愛してもらいたかった。
アリスは『魔女こいにっき』の読み手であることを放棄します。
二人でずっと、同じ物語・同じ時間の中を生き続けるため、ジャバウォックと共に物語の歯車となることを選びます。
歯車に押し潰される中、意外にもジャバウォックはその行為を賛美するのでした。
「お前はつたないながら語り始めた。人に語られるだけじゃなくて、自ら、語り始めたんだ」と。
■ 所感(※同ライター作品の少々のネタバレあり)
断わっておくと、あくまで自分の解釈です。
読者の数だけ読み方はあり、特に『魔女こいにっき』は新島夕作品の中で一番解読が難しいと思っています。彼の真意を完全に読み解ける人はおそらくいない。ちなみに、その下に『恋×シンアイ彼女』『アインシュタインより愛を込めて』があり、その一段下に位置する『はつゆきさくら』まで来るとかなり親切な設計。
ただ、ここまでまとめて思うのは……
……シークレットエンドって、恋カケでは?
自分も驚きましたが、身体的な「永遠」を求めるアリスと、心情的な「永遠」を求めるジャバウォック。
臆病に読み手に徹していたアリスが、ようやく恋に本気になり駆け始める。
新島夕がそれを賛美する。(ただし暗黒)
あまりの内容の黒さ、主人公の性格の違い、構造の複雑さで気づかなかったけどそうか……
そこから次作『恋×シンアイ彼女』に移るのは、必然だったのかもしれませんね。
本作は新島夕らしからぬドス黒さ。異端の存在。
毛色が違うので、新島好きーからは迫害を受けそうな作品ですが、本質は同じと言えます。
『魔女こいにっき』:失恋→『恋×シンアイ彼女』:両者の中間→『アインシュタインより愛を込めて』:結実
締めを似たような展開にしながら、上記のような変遷をしているのが面白いですね。
しかも『魔女こいにっき』は駆けることを決意するまで、『恋×シンアイ彼女』は全力で駆けたことによって得られたもの、『アインシュタインより愛を込めて』はさらにその先の結果が記されています。
まるで物語の世界を旅しながら少しづつ真理に近づいている様を見せられているようです。
ひとつのシリーズといっても過言ではないでしょう。
(『エレアノール』→)『はつゆきさくら』→『魔女こいにっき』→『恋×シンアイ彼女』→『アインシュタインより愛を込めて』
シリーズ説を推すには、あまりにも『魔女こいにっき』の毛色が違いすぎて、なかなか理解を得られなさそうですが。
■ 『魔女こいにっき Dragon×Caravan』
PS Vitaへの移植版。
PC版の内容に加えて『黒の章・灼熱の王子と小さな竜』『失われた物語』、Hシーンに代わり個別に少しエピソードが追加されています。
『失われた物語』では、『はつゆきさくら』ドラマCDで明かされた宮棟閑が〇〇の〇、みたいな本編に必要ない衝撃的な情報が明かされます。
『黒の章・灼熱の王子と小さな竜』は、シークレットエンドの続編です。冒頭で記載したように、恋心が成就しなかった「その先」の「先」が語られます。
※ 以下、ネタバレ解説。がっつりネタバレ。ネタバレしかない ※
アリスが恋心に決着をつける話です。
詳しくは省きますが、面白いなと思ったのは、甘楽の父の性格がジャバウォックで母がアリスなんですよね。
ふたりの話を通してプレイヤーにアリスが受けた仕打ちを追体験させつつ、甘楽ことアリスは二人の間にある幸せを感じ取るわけです。
今は憎しみを向けているジャバウォックとの間にも、過去に幸せを感じた瞬間があること、つまり彼の言っていた「永遠」を感じ取ります。
そしてアリスはありすに問います。失恋について。彼女は答えます「たとえ叶わなかったとしても、恋はとても素敵なものだよ」と。
無意識な部分があるとはいえ、ここでアリスが救われるわけですね。
その結果を踏まえて、アリスが恋敵ありすの背中を押すのが良いですね。
これもまた恋心の一生。崑崙が願ったように、ひとひらの桜がようやくアリスの恋心を癒したのです。
そうして締めの部分。
魂が解放されて戻った現実で、アリスはジャバウォック王に言います。「嘘つき」と。
ずっと「王は嘘つきではない」「楽園へ連れて行ってくれる」と自分に言い聞かせていた彼女にとって、それはまぎれもない別れの言葉。けれど、その顔に、彼に対する憎しみはありません。
関係を解消したジャバウォック王は、ありすのそばで過ごすことはせず、生涯を物語をつづることに費やします。
その詳細は文献に残されておらず、だからこそ読む者の想像をかきたて、後世に生きる者たちに多くの夢物語を届けましたとさ。
めでたしめでたし。
個人的にPC版の終わりも、移植版の終わりも、どちらも甲乙つけがたいほど好きです。
テーマを大事にしたのが前者で、登場人物の生き方の描写に注力したのが後者という印象ですかね。
アリスのジャバウォックに対する最後の言葉が「嘘つき」なのがすごく良いです。わかってるな、とうなずきます。
恋に破れた者の恋心がどうなるか、その先をじっくり読みたい方は『魔女こいにっき Dragon×Caravan』を買ってみてください。
(驚くほどネタバレしてしまったけどな!!)
■ めでたしめでたしのその先
最後にひとつ。なぜPC版の音楽モードにある『初恋』と『永遠の魔法使い』が逆に誤植されてるんだい?
これは絶対に許されないミスだよ?