短編。あい、アイ、愛。様々な形の愛。愛がいっぱい。そんな作品
ぼくはしろさんの絵は嫌いじゃないんですが(J・さいろーとか、腕のあるライターさんと組んでいて目にする機会は多い)、ゲームについてくる取説程度の大きさの設定資料集を見て酷くガッカリした。ラフ画が見れるのですが、そのラフ画の線が非常に荒く、小学生の落書きかと思わされるようなものでした。また、文章と一枚絵がミスマッチなシーンもあり、恐らく、思ったとおりの表情が描けない人なのではないかなあと感じました。人目を惹く独特の絵であり、今後も美少女ゲーム業界で活躍していくクリエイターさんだと思うので、胡坐をかくことなくどうぞ修行してください。最近劣化しているように感じますよ。
音楽は印象に残らない。シンフォニック=レインは、例えばぼくはアルのテーマ曲「Feel the rain」が強く耳に残っているんですが、本作羊の方舟は全く憶えていない。そもそもBGMあったっけ? というカンジで、音楽面ではかの作品にボロッ糞に負けていると思います。あと、ボイスもないです。SRは売れなかったんだー……と邪推してしまいます。あと選択肢もないです。
お話の内容。隕石が地球に衝突する。そんな荒唐無稽な話が現実問題として降って湧いて出て、その隕石が地球に落下するのを防ぐため、世界から異能者が集められます。阻止するためには異能者が最低一人、シャトルに乗って隕石を消す必要がある。シャトルに乗った者が生きて帰って来れる確立は0パーセント。そんな事実を知らされ、彼らは誰が死ぬべきか決めていく。概要はだいたいこんなカンジでしょうか。
彼らはそれぞれ番いとなって行動し、そうして話が進んでいくのですが、その中で一番魅力的なのは、やっぱりウォルシュとシャオリーのペアかな。この二人については、多分ノリノリでライターさんは書いていたんじゃないかと思います。逆にアキラとサイファのペアは、ぶっちゃけ見ていて退屈です。異能者は、何か圧倒的な体験を経て強く願うことから能力が開花する、といったカンジの設定で、そういった設定上いかにして異能者となったのか、その過去が読者にとって何より興味のあるところであると思うのですが、アキラの場合そういった過去が全く触れられずに終わります。アキラは記憶を(自身だけでなく他者も含め)消す能力を持っているのですが、ではどういった体験から自身の記憶を消したいと願い異能者となったのか、最後の最後まで解らず、個人的に残念でした。「なんにもなかったこと」によってアキラがシャトルに乗る決意をしたのは解りますが……。もう一組のペアであるアロイスとアイも、まああまり好みではなかった。
以下ウォルシュとシャオリーのペアに焦点を当てて感想を書きます。
ウォルシュ・クーパーが異能者としての力が発現した理由は、とてもやるせない気持ちにさせられました。
「人を殺したことはなかった。それが彼の誇りだった」
という記述から、粗暴であった彼も倫理的、秩序的なものをしっかりともっていた人間であると解り、あの瞬間ウォルシュを襲った困惑、恐怖、後悔、そして怒り、そういった感情が一層リアルに感じられて良かった。
理不尽な世界に対して。浅薄な自分自身に対して。あの時、ああすれば良かった。そうすれば、こんなことにはならなかったのに。
そう。無数の選択肢があったんだ。だけどそれも、結局起こってしまった後では所詮ありえたかもしれないという都合のいい妄想にすぎない。そしてウォルシュは、そんな慰めにすらならない可能性ではなく現実を生きている。無数の選択肢の中から選び取った未来は間違いなく少女を、そして自身を不幸にした。あの時パンを与えなければ、そもそも出会わなければ、いま雪の上で横たわっているこの物乞いの少女は骸にはならなかったのに!
ウォルシュが他者を不必要に挑発し、嘲りの言葉を浴びせるのも、彼が赦されたいと無意識の内に思っていることを物語っています。彼は死をもってしか赦されないと思っている。
そんなウォルシュに対しシャオリーが向ける感情は、恐怖から憎悪へ、憎悪から憐憫へ、憐憫から愛情へと変わってゆきますが、その移ろいがとても自然に感じます。ゲーム中の期間はわずか五日間程度だったと記憶していますが、そんな短い期間で目まぐるしく変わる彼女の感情にさほどの違和感も持たないのは、人物の描写や背景が優れているからだと思います。どうやらこのライターさんは専門的に学んだ人のようで、それでか、と納得します。あとがきでは物腰の丁寧な人、といった印象を与えますが、書いている作品を見るに、実は激情家なんじゃ、と思ったり。
シャトルの中で最期の時を共に過ごすウォルシュとシャオリー。様々な感情から解放されて、何も無いんだと告白した彼に対し
「ウォルシュ。本当に何も……何もないの?」
そう不安そうに訊ねる彼女は可愛らしかった。
小説版では加筆されています。
アキラの物語も、アロイスの物語も、ウォルシュの物語も、サイファの物語も、シャオリーがウォルシュとの出会いから得た異能者としての力によって示された可能性の未来。シャオリーは愛する人のため、物語を書き続けていたのです。
そして最後は、アガペー(というかそれよりも上位で完全なもの)によって、誰の犠牲も出さずに終わります。
シンフォニック=レインもそうでしたが、このライターさんはキリスト教の信仰をモチーフの一つにするのが好きなようです。そちらの方面に造詣の深い人は、設定などを考察する楽しみもあるかもしれませんね。
(2011/1/29)
小説『零と羊飼い』のあとがきの次のページに、
本書は株式会社工画堂スタジオから発売されたデジタルノベル『羊の方舟』を原作としたオリジナルストーリーです。
原作スタッフのメインシナリオライターであった著者が執筆の際に改題と内容構成の変更を施し、本書は出版されましたが、『羊の方舟』の作品内容に関する公式見解を提示するものではありません。
なんて注釈があって、なんでこんなこと書いてあるのかなあ、と思っていたのですが、My Merry May及びMaybeをやって理解しました。あの作品がこのライターさんの個性が一番解りやすく出ています。シンフォニック=レインとか本作を面白かったと思った方はあちらもやってみて損はないかと。