――これは、心に深い傷を負った一人の女性の手記。繊細に揺れ動く"大人の女性の心の機微"を、ここまで緻密に描き切った作品を私は他に知らない。これほどの心理描写は、女性作家でなければ描けないだろう。(私の勘違いという可能性は否定しないが) その一方で、一瞬の判断を誤れば即座に無法者の餌食になるという、血の凍るような緊迫感が心地良い。これは探偵物の醍醐味であろう。一方には揺れ動く女性の心の機微という"静"を置き、もう一方にハリウッド映画さながらの"動"を置くというドラマツルギーは見事と言うほかない。脱帽である。
――数年ぶりに参加した同窓会で、誰も声を掛けてくれない。
――それほどまでに、変わってしまった"私"。
――無垢であった少女時代はもう、記憶の彼方。
――こんな私を叱ってくれる人の存在が何よりも愛おしい。
――汚れてしまった。
――無垢だった自分には、もう戻れない。
――何もかも失くしてしまった。
――それでも、ただ、生きている――。
……何という哀愁であろうか!
「縁談」という、女性の人生においてどうしても避けがたいテーマを軸に、
癒えることのない傷痕を抱え、殺伐とした世界で、孤独に生き抜いている一人の女性の姿を描き切っている。
この"哀愁"は、ハードボイルドの範疇に含まれるのかどうかはわからないが、少なくとも、素晴らしい文学性・芸術性を有しているように思える。
この作者の筆力は、希氏にも匹敵するほどの名文家であるように思える。
※以下、引用※
「ともあれ姉さんはまだ毒婦を気取るには十年早いよ……(略)」
喬が何を言わんとするのか、その大方はもう感じていたのだと思う。だけどそのまま、もっとはっきりとした言葉を求めてただ神妙にしていると、弟はふと我に返ったようにそれきり口を閉ざした。
*
「……喬さん、もう姉様は……いつかの姉様のようには出来ませんのかしら……何か良い知恵があったら、どうか、教えて頂戴……」
*
「今の史ちゃんの事、変に嘆いてばかりでしょう……どうしてそんな史ちゃんになってしまったのって……そういうの、本当によくなかったって、きちんと反省しているのよ」
*
こんな時ばかりは、史絵自身も唯の若い娘で居られる気がして……
今の生業を忘れ、穏やかな自分へと立ち戻れる事に、まだ救いがあるようにも思わされるのだった。
※引用終わり※
どうだろうか。
この、"大人の女性の繊細な心の機微"が、伝わっているだろうか。
そして、大人になってしまった、子供の頃のようには振舞えない、姉弟の関係の繊細さは、どうだろうか。
これほどの女性の心の機微を描き切った作品を、私は他に知らない。
殺伐とした闇の世界で孤独な戦いに身を投じているがゆえに、
光差す世界で素朴に生きる家族と一緒に暮らす生活、帰るべき家があるということが、どれほど輝いて見えるのか。
この家族観は、確かに、Key作品やジブリ作品などのステレオタイプな家族観とは別ベクトルものである。
そして、私には、こちらの方がよりリアリティを感じさせる。
――そして、姉弟の禁断の性的行為の話題。
「姉として」と「女として」の狭間で揺れ動く関係。
それを、雪乃というもう一人の姉を登場させて描き、掘り下げたことは、秀逸な展開であると言ってもよいだろう。
卑近な言葉で表すならば、"姉ゲー"ということである。
一点、特筆すべきは、親友のすみ江さんの声の演技が非常に自然で素晴らしかった。
声質は草柳順子さんに近いと思ったが。お名前を覚えておかなければならない。
自分が結婚するなら、迷わず、すみ江さんを選ぶべきであろう。
(余談であるが、すみ江さんの役どころに、最近、読んだ、『罪と罰』を彷彿とさせた。)
一人の大人の女性としての史絵の生活を描くにあたり、かけがえのない親友としてのすみ江さんの存在は不可欠なものであったと言えるであろう。
すみ江さんと二人で遊びに出掛ける時間こそが、史絵が"どこにでもいる、一人の女性"に戻れる貴重な瞬間であっただろう。
ラストの終わり方は、些かエンターテイメントに走ったきらいがあったが、
それさえなければ、100点をつける価値のある作品であった。
このような作品と出会えるから、ノベルゲームは辞められないのである。
製作陣に敬意を表したい。
※以下、『フェアリーテイル・レクイエム』に少し言及します。
※必ずプレイしてから読んでください。
※以下、『フェアリーテイル・レクイエム』に少し言及します。
※必ずプレイしてから読んでください。
私は時折、自分の直観を信じる気持ちにさせられることがある。
この作品との出会いは、まさに運命を感じざるを得ないものだった。
本作の舞台設定は、『フェアリーテイル・レクイエム』とよく似ている。
尤も、ありふれた設定であろうから、決して、パクリなどとは呼べないであろう。
ただ、この作品をプレイしていて、幾度も脳裏をよぎったのは、
――もし、『フェアリーテイル・レクイエム』が、ファンタジーで終わるのではなく、よりリアリティを追求した作品を標榜したならば、このような作品になり得たのではないだろうか。
そのような思いであった。
無論、どちらの方がより優れているのかなどということを述べたいわけではない。
両者は全くジャンルが異なるものであり、それぞれのベクトルにおいてクオリティの高い作品であることは疑う余地はないであろう。
ただ、私の個人的な感情として、『フェアリーテイル・レクイエム』に感じた不満点を、この作品は、解決してくれるものであったように思えるのである。
それは、すなわち、"リアリティ"の一語である。
※上記で『フェアリーテイル・レクイエム』に少し言及します。
※必ずプレイしてから読んでください。
※上記で『フェアリーテイル・レクイエム』に少し言及します。
※必ずプレイしてから読んでください。