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kazamiさんのフェアリーテイル・レクイエムの長文感想

ユーザー
kazami
ゲーム
フェアリーテイル・レクイエム
ブランド
Liar-soft(ビジネスパートナー)
得点
90

一言コメント

エドワード・ゴーリー作『不幸な子供』という絵本はご存じだろうか。私はあれを読んだ時、「童話や絵本は子供に読み聞かせるために作られた作品である、と定義するなら、“子供に見せられない童話や絵本”は、何と呼べば良いのだろうか」と考えてしまった。その答えは出ていない。ただ、この作品は、“大人になった子供たちに捧げる残酷童話”と呼べるのではないだろうか。少女たちの“夢”を壊さないように、“ごっこ遊び”に付き合ってあげるシチュエーションはとても新鮮で面白かった。嗜好が合う方は、このシチュエーションだけでもお腹一杯になれるであろう。ちなみに、これから本作をプレイされる方は、アリスから攻略することをお勧めする。それと、ギャラリーモードへは入らないこと。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

――「夢を見続ける人と夢から覚めた人は、どちらが幸せ?」
『プリンセスチュチュ』第6話より。

――それは、現実逃避かもしれない。
けれど、彼女たちにとっては、死から逃れるための、“最後の砦”であったのだ――。

素晴らしい。このメッセージを描いた作品は、私の知る限り、他に類を見ない。

多くの作品では、「夢の世界から現実の世界に還る」、「子供から大人になる」ことをもって、ハッピーエンドとしている。

「現実逃避をやめ、リアルと向き合う」ことをもって、人の“成長”であると主張する。
この主張は“客観的で正しい”メッセージであると多くの人に看做されるだろう。

だが、果たしてそれは、本当に“正しい”ことなのだろうか――?

――“最後の砦”を壊された彼女たちは、“死を選ぶ”のではないだろうか?

このメッセージは、明らかに、名作たちに対するアンチテーゼであると言えるだろう。

“大切にしていたクマのぬいぐるみを投げ捨てる”ことが、“大人になる”ことであるとは、私は思わない。

物語から覚め、憔悴しきったアリスの姿は、かつての溌剌とした彼女との大きなギャップに、胸を締め付けられる思いがした。
私はこのシーンで一番、感動した。

多くの作品にありがちな、「夢を見るのはやめて、現実を見なさい」という主張は、私は好きではない。
それは、“常識を振りかざした、物語の否定”に他ならないと思うから。

もっとも、ラストでは本作も、「夢の世界から現実の世界に還る」、「子供から大人になる」というエンディングになっている。

そのエンディングが王道であり、“常識的”であることは事実ではあるが、
むしろ、「夢の世界を糧に、現実の死を回避する」ことをエンディングとして欲しかった、という思いは私の中にある。

現実には、多くの人間は“それほど強くない”し、大人であっても、現実逃避は必ずしも否定されるべきではない、と私は考えている。

実際、トラウマを“忘れる”ことで、立派に社会で生き抜いている、という人は多いと思うし、それは否定されるべきではない、と私は思う。

「忘れるって、悪いことばかりじゃないのよ。頭の中のゴミ箱は、きっと神様からの贈り物だわ」
アリスの言葉。

――“トラウマを乗り越える”ということ。

多くの作品において、“トラウマを乗り越える”ということがテーマとなる。
そこでは、ドラマを盛り上げる装置として、“主人公がヒロインのトラウマを癒す”ことが描かれる。

実際は、トラウマというものはそんなに簡単に乗り越えられるものじゃない。

“トラウマの重み”を、多くの作品は軽んじているのではないか。
そのことを、この作品は訴えかけているように思える。

「――この子はね、自分の頭の中の「楽園」を壊されて、自らも壊れてしまったんだよ。
彼女はね、いわば、お伽話症候群は何が何でも治すべき病だ、という治療方針の犠牲者なんだよ」
深夜にドロシーの墓参りをしていたイケノの言葉。

もっとも、このイケノの言葉もラストでは、「楽園」の裏の顔を知らなかったがゆえの考え方、という扱いになっているが。
私は、イケノの考え方は否定されるべきではないと思うし、それを描いたところが、この作品のオンリーワンの価値があると考えているのだが。

古いエロゲーじみた陵辱要素を入れるためなのだろうが、
“娼館”設定を入れて、最終的に、イケノの考え方を否定してしまったところが、この作品の最大のミスであったように私には思える。

なお、レクイエムルートには2つのエンディングがあり、“夢から覚めず、永遠にネバーランドで遊び続ける”というラストも用意されている。
こちらは上記の指摘を解消するものではあるが、真犯人の推理に失敗したルートであることから、トゥルーエンド扱いされているとは言いがたい。

もし、こちらをトゥルーエンド扱いしていればどうなったか、とも思うが、
その場合でも、“娼館”設定の必要性は感じられない。


――「そんなの、「聖書」を読めばわかることじゃない。」

序盤のオディールの言葉。
この言葉は私の想像力を刺激し、一気にこの物語の結末のシーンが脳裏をよぎった。
それは以下のようなものである。

――彼女たちは「聖書」に縛り付けられている。
誰かが書き記した「物語」の登場人物として生きることに拘泥し、その世界に囚われている。

その世界に浸っている間は、彼女たちには“自分の意思”というものがない。
そこにあるのは、“登場人物としての演技”だけだ。

――自らの運命を、誰かの手に委ねてしまうこと。

それは不幸なことだと言っても良いだろう。
そのような彼女たちが、自らの意思で、自らの運命を選択し、自立への道を目指す――。

これが、私がこのシーンで一気に閃いたこの作品のあらすじだった。
この時点では、それが図星であったとしても、私を感動させてくれることを願っていた。
要するに、「ナラティブ・セラピー」のお話になるのかな、と思っていた。

個別エンディングで描かれた、「現実での死を選ぶよりは、夢の世界に逃避した方がマシだ」というメッセージは、良い意味で私の予想を裏切ってくれたのだが。
ラストでは、“想定内の無難な着地”になってしまった。


・マイナス点

和姦はともかく、陵辱シーンは必要なかったと私は思う。
“娼館”設定があるおかげで、「楽園」から脱出することの意味がブレてしまっていると感じた。

つまり、「物語の世界から現実の世界に還る」というメッセージを伝えたい場面で、
「虐待を受けている監獄から脱出する」という意味合いの方が強くなってしまうために、
前者のメッセージが薄れてしまっている。

「物語の世界からの帰還」と「監獄からの脱出」では全く意味合いが違ってくる。
前者は内面的な心の成長のテーマとなるが、後者は単純に物理的暴力からの危機回避に過ぎない。

それゆえ、“娼館”設定が足枷となり、「夢から覚める」というラストの爽快感を減衰させてしまっている。

これは大きなマイナスと言わざるを得ないだろう。

・現実世界での後日談を描かなかったこと

あれほど「現実の世界」を恐れていた彼らが、実際に現実の世界でどのように生きているか。
これは必須であったと思う。
墓参りだけでは不足している。

現実はそんなに甘くない、と作中にもあったが、相当な苦労をしていることだろう。

その厳しい現実をも含めて、それでも頑張って生きているという姿を、エピローグに描くべきだったと思う。


総じて、アリスの死や、グレーテルの復讐など、シビアな場面を描き切った筆力は評価したい。

ただ、心の闇と向き合わせ、夢の世界から覚まさせることが、最悪の結果を招くこともある、という貴重なテーマを提示しておきながら、
ラストでは、それを捨てて、ありきたりで無難な回答に落ち着いてしまったこと。

古いエロゲーじみた陵辱描写を入れるための“娼館”設定が、「夢から覚める」というラストの爽快感を減衰させてしまっていること。

無難なラストは大目に見るとしても、せめて、“娼館”設定さえなければ、もっと純粋にラストの感動に浸れたと思う。


体験版の段階では、十分、名作となり得るポテンシャルを持ちながら、
この2つのミスにより、名作になり損ねた作品――これが、私の評価となる。

ともあれ、大石竜子氏の美麗な絵柄と、野心的な作品を世に出し続けるライアーソフトの存在は、美少女ゲーム業界にとって貴重な財産であると私は思っている。

ライアーソフトがいなくなったら美少女ゲーム業界は終わりだ――と、私は割と真剣に考えている。

今回は、残念ながら、『Forest』超え、とはいかなかったが、
これからも、野心的な作品を世に出し続けていただきたい。

――私は応援している。

製作陣に敬意を表したい。



――これは、深い心の闇を抱えた者たちの、絶望と悲しみにまみれた、残酷童話。

――罪憑き。

ふと、この単語が脳裏をよぎった。

P・S
ミュージカル仕立てにしたら、楽しさがアップしたかもしれない。
ゲルダが唐突に歌を歌いだしたら、ゾクゾクっと来たに違いない。
「Let It Go」のようなキラーソングを(爆)


▼ 私の考えたもう一つの物語(2015.9.20 追記)


二次創作小説「ジ・エンド・オブ・フェアリーテイル」

https://note.mu/kazami7/n/n4df990779e9f


▼プロット(2015.8.29 追記)


○設定の変更

・「楽園」は普通の精神病院。虐待や洗脳等はない
・黒の少女や妹の生霊、物語を現実にする魔法等は存在しない
・洗脳で捏造された罪の記憶ではなく、純粋に過去の悲劇の事実を思い出す
・主人公が記憶喪失になった原因は、洗脳ではなく妹の事故のトラウマから
・ゲルダルートでアリスは死んでいない
・主人公の本名を「修一」、ゲルダの本名を「サーシャ」とする


○プロット

◇第一章

ゲルダとカイとして『雪の女王』の物語を辿り終えた、主人公とゲルダ。
今は、二人で一つの部屋をシェアして暮らしている。
二人はいつでも一緒にいて、この世の春を謳歌している。
今、二人にとって、そこは「楽園」に見えたことだろう。

しかし、「いつまでも幸せに暮らしました」とはいかない。
やがて、カイ――主人公は、過去の記憶を思い出し始める。
初めは幸福な記憶から。しかし、やがて忌まわしい光景も混じってくる。
それは苦痛を伴うものだった。

「カイ、無理に思い出さなくてもいいのよ。あなたが思い出したくないのなら。
私はあなたの意思を尊重するわ。」

しかし、記憶の再生は止めることはできない。
一度、蘇り始めた記憶は濁流となって湧き出してくる。
自らの意思で選択するのではなく、その時が来れば、否応なく、夢から覚まされるのだ。
望むと望まないとに関わらず、外の世界へ投げ出される日が近付いてくる。

毎日、悪夢で目が覚める。
不眠症が続いている。睡眠導入剤の量が増えてゆく。
医師からも忠告を受ける。

(……私のせいだ。私がいるから、カイを苦しめてしまう……。
私は……。一緒にいない方が良いのかもしれない……。)

別れ話を切り出すゲルダ。
主人公の反応は彼女の予想していないものだった。

「……お願いだ、ゲルダ……。どこにもいかないで……!
君を失ったら、僕は……。本当に、一人ぼっちになってしまう……!
僕はどうなったっていい。眠くても、辛くても、耐えられる。でも、それだけは耐えられない!
君だけが、唯一の支えなんだ!」

涙を流して懇願するカイの姿に、ゲルダは覚悟を決めた。
これから何が起きようとも、彼のそばにいることを。

「カイ……もし、夢から覚めても……。一緒にいましょう……?」
「……うん、約束するよ。ゲルダ……。」

溢れ出す記憶は、苦痛を伴いながら、二人に本当の自分の姿を突き付けてくる。
それは、優しい夢から覚めることを意味していた。
主人公は自分の罪を思い出し、意を決して告白した。

「打ち明けるのが怖かったんだ。
本当のことを言ってしまったら、本当の僕を知られてしまったら……。
縁を切られるかもしれないって……。」
「大丈夫よ、カイ……。私があなたを嫌いになることなんて、絶対にないわ。」
「ありがとう、ゲルダ……。」

やがて、二人は自分たちの名前を思い出し、互いの名前を呼び合った。

「カイ……。あなたは、修一だったのね。」
「うん、そうだよ……。サーシャ、君はどうして、こんな遠い病院に?
普通はそんなことしないよね。」
「だって、それは……。あなたが好きだから……。」

頬を赤らめながら告白するゲルダ――サーシャは、とても魅力的な恋する女の子だった。
カイ――修一は、キスをするべきか迷ったけれど、数秒の逡巡の後、彼女の手を握ることに落ち着いた。

「サーシャ、僕たち二人でどこまででも行こう。」
「そうね。きっと、二人ならどこへでも行けるわ。
ずっと二人で、どこまでも行きましょう……。」


◇第二章

氏名、生年月日、住所、家族構成……全ての記憶を取り戻した二人は、退院手続きを済ませる。
医師たちは治療の成果に喜びながら、彼らを見送った。
彼らはもう、優しい物語の世界に居続けることはできない。
厳しい現実が待っていることだろう。
それは、夢を見続けていた方がマシだったと思えるほど過酷なものになる予感がしていた。

(私はもう、絵本の中のゲルダじゃない……。ただの子供でしかない……。
ゲルダ、ゲルダ……。私に勇気をちょうだい……。
私はあなたのような人間になりたかった。愛する人を守れるような、強い人間に……。)

サーシャは修一の家族に会いに行くことを提案する。
修一は悪い予感しかしなかったが、彼女の勧めに従って、家族と会う勇気を奮い立たせた。

二人は、寝たきりになっている修一の妹の病院へ向かった。
目的の病室が近付くにつれ、修一は気分の悪さを訴え始めた。
サーシャはもう帰ろうかと声をかけたが、修一は弱々しく首を振って悲壮な微笑みを浮かべるのだった。
震える手で病室のドアを開いた瞬間、彼は大きく目を見開いた。
彼の視界は鮮血の赤に染まっていた。

――それは、僕の罪のかたちだった。

鋭利な刃物で心臓を貫かれ、膝ががくがくと震える。
呼吸ができない。
僕はその場に崩れ落ちた。
サーシャが必死に身体を抱き支えようとしてくれるが、足に力が入らない。
あぁ、僕はつみびとなんだ。

「サーシャ、僕は、僕は……僕は、つみびとなんだ……!
僕は……つみびとなんだ!」

「……あなたはつみびとなのかもしれない。
でも、妹さんはそうは思っていないはずよ。あなたを恨んだりはしていないと思うわ。」

「そんなこと、わからないじゃないか!」
「修一、私はあなたを信じている。
私はずっとあなたのそばにいるわ……。」

サーシャは涙を流しながら、修一を抱きしめた。

「あぁ……! ごめん……。ごめん……!」
「私はあなたを許すわ……。誰があなたを責めたって、私はあなたを許すわ……。」
「ごめん……! ごめんよ……。ごめん……。ごめんよ……。」

修一はずっと謝罪の言葉を繰り返していた。
やがてその声が消え入るまで、サーシャは彼を抱きしめ続けていた。


◇第三章

ホテルに戻った二人は、翌日、修一の実家に行くことにした。

「ごめんなさい……。無理をさせて……。」
「いいんだ、サーシャ。これは、僕の戦いだから……。戦わなきゃいけないから……。」

会えば罵りを受けるだけなのは分かっていても、修一には他に帰るべき場所はなかった。

「修一、生きていたのか」
修一を見た父の一言目はそれだった。

「何しに来たの!? あんたのいる場所はないわよ! 出て行って!」
母の一言目はそれだった。

「あのさぁ、修一、空気読めよ。お前は一生、病院にいてくれなきゃダメなんだよ。な、分かるだろ?」
兄の一言目はそれだった。

「お前、女なんか連れてんのかよ。ん? どっかで見たな。どこだったかな……。」
「あなたが“首吊りごっこ”で修一を殺そうとしていた時よ。」
兄は絶句した。

「おじさん、おばさん、聞いてください。この男は、修一を殺そうとしていたんですよ。
冗談半分だったのかもしれない。でも、冗談じゃ済まないところだった!」
「何なの、あなた……。頭おかしいんじゃないの!?」
「警察を呼ぼう。賢治は部屋に戻れ。」

「2年前の12月15日! 神聖な教会で、この男は“首吊りごっこ”をしていたんです。
もう少しで修一を殺すところだった。殺人未遂です! 私はこの目で見ました!」
「いい加減にして!! 何なのあなた! 部外者でしょう! 出て行け!!」
「それだけじゃない。事あるごとに、この男が犯した罪を、修一が身代わりになっていたんです!」
「うるさい!!出て行け!!」
「早く警察を呼んで!!」

サーシャは僕をかばおうとしてくれたけど、僕はもう彼らに理解してもらおうという気力は失われていた。
妹に取り返しのつかないことをしてしまった負い目もあって、反論する気も起きなかった。

「もういいよ、サーシャ。この人たちは、もう、僕の家族じゃないんだ。」
「でも……。」
「僕の家族は、もう、いなくなってしまったんだ。」
長い沈黙の後、サーシャは僕にこう言った。

「……じゃあ、私があなたの家族になるわ。よかったらだけど……。」
「えっ……!?」

頬を赤らめながら告白するサーシャ。それは突然のプロポーズだった。
呆気にとられる両親の前で、修一は答えた。

「うん、ありがとう、サーシャ……。うれしいよ!」
見つめ合いながら手を取り合う二人は、そのままキスをしそうな雰囲気だった。
蚊帳の外に置かれた修一の両親に向けて、サーシャは言った。

「あの……。おじさん、おばさん、修一君は、私と結婚します。
それじゃ……。失礼します。」

深々とお辞儀をした後、サーシャは修一の手を取って家を出て行く。
修一の両親は最後まで呆気に取られた表情でその後ろ姿を見送っていた。

後日、サーシャは修一の実家に出向き、諸々の手続きを済ませた。
一つは、婚姻届。もう一つは、戸籍の異動。そして、パスポートの申請書だった。
修一の両親は、息子と同い年とは思えないほどしっかりとした少女に舌を巻きながら、厄介払いとばかりにそれらに同意した。

(もう、とっくに縁は切れている。どこで野垂れ死のうと関係ない。)

それが、かつて修一の家族であった者たちの本音だった。


◇第四章

朝もやに包まれた港は、静寂に包まれていた。
停泊する大きな船に人々が乗り込んでゆく。
二人はサーシャの故郷へ向け、旅立とうとしていた。

「……本当にいいの?」
サーシャは何十回となく繰り返した問いを投げかける。

「いいんだ。もう、ここに僕の居場所はないんだから。
妹がいるから、心残りがないわけじゃないけど……。
でも、今は、新しい場所へ行きたい。」
「……うん、分かったわ。」

固く手を取り合いながら、船に乗り込んで行く二人。
国を出て、新しい居場所を探す――それが、彼らの出した答えだった。
無論、確たる成算があるわけではない。
サーシャとて身寄りのない孤児の身の上である。
けれど、彼女には、自分の故郷の方がまだ、自分たちが生きていく上で望みがあるように思えたのだった。
それは単なる望郷の念として片付けられるものなのかもしれない。しかし、彼女にとっては、自分なりに自分たちの将来を考え抜いた上での答えなのだった。

汽笛が鳴り、ゆっくりと船が動き出す。
不安げな少年と決意を秘めた少女の横顔が船窓のガラスに映る。
少年の故郷が遠ざかってゆく。
もう二度と戻ることはないのかもしれない。
そう思うと、少年の頬に一筋の涙が伝った。
少女はハンカチを取り出して、少年の頬を優しく拭いてやるのだった。


◇エピローグ

――それから、何年か経って。

サーシャの故郷の町で、二人は小さな本屋を営んでいた。
ここに至るまで、語り尽くせない苦労の連続だった。
諦めて国に帰ろうと思ったことも一度や二度ではない。
けれど、それらの困難の悉くに対し、サーシャは怯まずに挑み、そして、自分たちの居場所を勝ち取っていったのだった。
それは、かつて彼女が憧れていた「聖書」の少女の姿と同じようだった。
実際、彼女は自分たちの力ではどうすることもできないような困難に直面した時、決まってその絵本を開き、勇敢な少女のことを思い出したのだった。

(……ゲルダ、ゲルダ……。私に勇気をちょうだい……。)

外はいつものように雪が降り続いている。当分は止まないだろう。
暖炉では暖かな火がパチパチと音を立てている。
その上には年老いた女性の写真が立ててある。

サーシャは読み聞かせコーナーで子供達に絵本を読んであげている。
その絵本のタイトルは、『雪の女王』。

「えーっ、またゆきのじょおう?」
「ごめんなさいね。違う本にする?」
「ううん。それでいいよ。」
「ふふっ、ありがとう。
……この本はね、私に勇気をくれたの。
とっても大切な本なのよ。」
「へぇ~~。」

子供達に囲まれて大好きな絵本を読み聞かせるサーシャの表情は生き生きとしていた。
その様子を、修一は嬉しそうな表情で見つめている。

(ここに来て、よかった。君と出会えて、本当によかった。)

「さぁ、それでは、お話をはじめましょう……。」


――Fin――








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以下、『Forest』について、少しだけ言及します。

必ずプレイしてから読んでください。

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以下、『Forest』について、少しだけ言及します。

必ずプレイしてから読んでください。

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発売前から、『Forest』と比較されることが宿命づけられていたこの作品。

全体的なプロット、演出、芸術性は比較することができないが、
私は、二点だけ、この作品が『Forest』に勝ったな、と思える点がある。

一点目は、大石竜子氏の美麗な絵柄のさらなる進化。

『Forest』の時も十分、魅力的であったが、現在の大石竜子氏の絵は、当時よりもさらに芸術性が高まり、進化しているように思える。
これは特筆すべき点であろう。
ぜひ、このままの路線で進化し続けていただきたいと思っている。

二点目は、冒頭でも触れたが、「夢の世界から覚めて、現実に還りなさい」という、ありきたりで無難なメッセージに対し、アンチテーゼを提示したこと。

これは、『Forest』でも描けなかった部分である。
この一点をもって、私は、『Forest』を超えたな、と感じた。

尤も、ラストではぶれてしまったのであるが。
個別ルートでは、このテーマを確かに描き切っていたように思う。

正直なところ、「夢の世界から覚めて、現実に還りなさい」というメッセージは、
ステレオタイプであり、ありきたりで無難で、つまらないと私は思っている。
要するに、食傷気味なのである。





















































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上記に、『Forest』について、少しだけ言及します。

必ずプレイしてから読んでください。

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