ErogameScape -エロゲー批評空間-

houtengagekiさんのCROSS†CHANNELの長文感想

ユーザー
houtengageki
ゲーム
CROSS†CHANNEL
ブランド
FlyingShine
得点
100
参照数
1764

一言コメント

主人公やヒロインの生き様を通して、人と人との繋がりについて、さらには人の心というものについて、とても深いメッセージ性をプレイヤーに伝えてくる傑作。長文はネタバレ全開。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 人の心というものの本質に触れた作品ですね。
作品全体に深いメッセージ性が込められており、物語としての読み応えも抜群。
プレイし終えた読み手の心に大きなものを残す傑作だと思います。
終盤の名シーンにおける、心を何かが突き抜けるような感動は、いつまでも後を引くような充実感があります。
「泣きゲー」ではない感動、というものがあるのだということを教えてくれる1作です。

 とりあえず1周目以外は全てネタバレに該当する気がするので、
それ以降の部分に触れずに感想を書くのは難しいので、ここからは基本的にネタバレを自重せず感想を書きます。
あと、あまりにも思い入れが強いため、相当痛々しい文章になっているということを、先に断っておきます。

↓ここからネタバレ



















 作品のスタイルとしてはループ物ですね。
同じ1週間を何度もループしながら、主人公やヒロインの内面が深く描かれていき、
それを通して物語が語られていくという感じです。
 
 まず、この作品は舞台設定が面白いですね。
主人公やヒロイン、友人たち8人の少年少女を残し、すべての人間が消えてしまった世界。
この状況設定のおかげで、キャラクターの内面がむき出しで描かれているのがいいですね。
主人公の太一は「たった8人なのに殺し合ってしまうのか」みたいなことを言っていましたが、
むしろ、人数が少なくなったほうが一線を超えてしまいやすくなるんでしょうね。
人の目っていう抑止力が無くなるから。
各キャラクターの抱える、狂気のような部分を際立たせるためには、ピッタリな舞台設定だったと思います。

 加えて、太一たちが通う群青学院は、社会への適応ができないような異常性のある学生を
集めて更正させる施設でもあると設定されており、これも上記の狂気のようなものを扱うために
有効な設定になってますね。
設定として、コミュニケーション能力に問題のある学生ばかりが集まっているわけですから。
そして、各キャラにそれぞれ違った問題点が設定されているため、様々なテーマを内包させることができていました。


 主人公たち以外の人間が消えている、同じ一週間をループし続ける、といった世界設定から、
SFとしての色合いも大きいのですが、そうした設定は、登場人物の人としての素の部分をさらけ出させ、
人間としての弱さを表現して主題に迫っていく、という流れを表現するための物である
という意味合いが強く、SF作品としての面白さは副次的な要素となっていますね。
それでも、平行世界およびループ物が好きならば、SFとして見ても相当面白い内容ではありますが。

 ゲーム開始当初はSF的な要素は何一つ明らかにされていませんが、
一見、淡々とした学園生活や部活動が描写されているだけの1周目の時点でも、
ヒロインや友人たち、それに主人公自身の心理描写など、ふとした拍子に含みのある描写がなされて
不穏な雰囲気が見え隠れしていることを、何となく感じ取れるようになってはいます。
そして、1周目を終えたときに、人が消えた世界であるということを明らかにして衝撃を与えてくれますね。
 さらにその直後の周では、最初の日に戻されている上、1周目をある程度なぞった内容でありながら
過去エピソードの部分は背景がセピア色になる演出が加えられ、正確な「現在」の姿が明らかになり、
しかも1周目と異なり、結末には悲惨な展開が待っている…
この1周目と2周目の落差により、かなり陰鬱な要素のある作品だということを思い知らせてくれます。

 さらに、世界がループしていることを主人公が悟ることで、ループ物としての展開が
本格化し、プレイヤーを強く惹き込んでくれるわけですが…
この閉じられた世界で繰り広げられる人間模様が悲惨なものだと実感するのは、
1周目のようなハッピーエンド的な結末を迎えることが一切ない、ということが
プレイヤーに明かされた時でしょう。
主人公である黒須太一が、ループしても記憶を連続させるようになると、
このループ世界がどれだけ過酷で救いのないものであるか、思い知らされます。

 このようなループ展開で少しずつストーリーを進めていきながら、
各周回のプロローグなどで、太一の幼少期などの過去エピソードの描写も進んでいき、
生い立ちや幼少期の体験を知っていくことで、彼が異常性を持つ理由もプレイヤーに悟らせてくれます。
この「CROSS†CHANNEL」は黒須太一の物語ですので、彼の内面や過去が深く掘り下げられていくことで
どんどん物語としての面白さが深みを増してきますね。
主人公である太一としか顔を合わせない謎の気さく少女「七香」の存在と、彼女が太一に訴えかける言葉も、
大きな伏線であると同時に、鬱々としがちな雰囲気にやや救いをもたらしてくれて、良いアクセントになっていました。

 そうして、太一が何とかハッピーエンドがないかを模索しながらループを重ね、
ヒロイン達の内面に触れていき、その結果彼が下す決断によって
物語はどんどんクライマックスに向かっていくわけですが…
終盤の章「たった一つのもの」~「CROSS X CHANNEL」
このあたりの流れは本当に素晴らしかった。
ヒロインそれぞれが抱えるものと正面から向きあって決着を付けるエピソードである
一連の送還パートは、充実感と同時に寂寥感も襲ってきて、実に感慨深い。
泣けるシーンもあり、音楽による印象的な演出もあり、
太一とヒロイン達との物語のラストを飾るに相応しい出来でした。

 そして「CROSS X CHANNEL」……
黒須太一という人間の描写が、ここにきて最高潮を迎えます。
ここからはひたすら彼の心理描写のみが綴られていきますが、それがもう、圧倒的な読み応え。
完璧な孤独の中にいる人間の心理、その描写が本当に細やかです。
自分と関わりを持った人たちのことを思い起こし、考察していく描写から、
どんどん孤独に心が蝕まれていく様子が、とても印象的に描かれています。
そして、CROSS X CHANNELというエピソードのラスト。
幼い頃の体験によって壊れてしまった少年が、人間としてのまともな部分を取り戻す様。
そのシーンの感動を、言葉で表現するのは難しいです。
ただ、太一が得たもの、そして「与えられていたもの」の尊さに、
これ以上ないくらい気持ちのいい衝撃を受けるのみ。
ここは、掛け値なしに名シーンでした。


 この後、挿入されるスタッフロールで流れる主題歌も素晴らしかった…
孤独を選んだ少年の心理を歌いあげている名曲です。
歌詞がライターの田中ロミオ氏自身の手によることもあり、シナリオ展開とのマッチ度が完璧。


 その後、エピローグを経てゲームは終わりますが、
スタッフロール直後の、太一の放送をみんながそれぞれの場所で聞くシーン、
あそこに、このゲームに込められたメッセージの多くが集約されているように思えます。
あのシーンにおいてラジオから流れてくる太一のメッセージは、とても説得力があります。
それは、彼がそこに到るまでにどう生きて、
そして、人としての真っ当な心をどう手に入れることができたか、
その過程をプレイヤーはずっと見てきたからなのでしょう。

 特に、見里と友貴が聴いた放送は心が震えました。
ああ、それでいいんだな、という感じで……
とても強く心に響いたことを、今でもよく覚えていますし、
間違いなく、自分自身の価値観に大きな影響を与えてくれました。
この作品の持つメッセージの強さは、本当にすさまじいものがあります。


 非常に高いメッセージ性を込めつつ、主人公の生き様を通して感動させてくれるという、
ほとんど完璧な形でまとまった名作です。
こういったテーマを持つ作品は、人物描写を深くすればするほど物語としての深みも出てくるものですが、
その意味で、この作品は最高峰のレベルにありました。
この人物描写の深さは、田中ロミオというライターの本当に素晴らしいところだと思います。

 最後まで読み終えても、描写されていない謎も残っており、
考察の余地を残すというよりは、やや説明が省略されている感じなので、人によっては
消化不良感を覚えてしまうでしょうから、ここが本作において欠点となりうるところですが…
個人的には、SFとしての完成度よりも、作品に散りばめられたメッセージこそが
この作品において最も価値のある要素だと思っているので、あまり不満を覚えることはありませんでした。
物語としては、しっかりと大事な部分を消化しきって完結していましたしね。



 それにしても、黒須太一という人物は本当に奥の深い人物造形をされていると思います。
彼は人として異常ではありますし、その内面に感情移入することは難しいかもしれません。
ただ、彼が周りの友人たちに溶け込むために精一杯普通であろうとする姿には、とても感情移入できる。
学校だろうと企業だろうと、人間の集団に適応するためには誰でもそういった努力をしているものですし
例えば空気を読む、周りに合わせる、適切な距離感を保ってコミュニケーションを試みる、など…
ゆえに太一の願望と行動には感情移入がしやすい。
でも根本部分が狂っているがために彼の努力はいつも実らないわけで、それが切ないですね。

 太一だけでなく、ヒロインの多くもそれぞれに異常性を抱えているわけですが、
それらは異常さを分かりやすく表現するために強調されて描写されているものの、
どれも、現実社会で普通の人が軽度に抱えていてもおかしくないような物ばかり。
人とのコミュニケーションについて悩んだことのない人はあまりいないと思いますから、
読んでいて身につまされるものを感じる人は多いのではないでしょうか。

 作品を通じて、人として「普通」であるということが、どれだけ貴重で得がたいものであるか、
ということを読み手に再確認させてくれるようなゲームだと思います。
人間というものが一人で生きて行くのが難しい生き物である以上、
たいていの人は学校や社会にとけこまないと生きていけないわけですが、
それが困難な人もいるし、うまくいかずに疲れてしまう人もいるでしょう。
更には、家庭においてもコミュニケーションに関する苦労はつきまとうこともあるでしょうし。
 そういったことに悩んだり、苦しんだことがあるのなら、このゲームをプレイすると
感化されるものがあるのではないでしょうか。
生きること、人と関わっていくこと、それらを重く考えている人にとって、
この作品には救いのあるメッセージが込められていますから。


 個人的なことを言えば、この作品に出会ったことで、自分は人生が変わったと思います。
このゲームをプレイしたのは2005年のことでしたが、
この作品は自分に、生きることに対してポジティブな気持ちにさせてくれました。
生きることが楽になったのです。

 正直、欠点のない作品ではありません。
ですが、自分にとってこの作品が自分の心にもたらしてくれたものは、
大きく後を引くような充実感のある感動と、価値観の変化という、非常に大きなものでした。
何もかもがひっくり返されたわけではありませんが、ある一部分においては本当に大きな、
そしてポジティブな変化で…
これほど、「やって(読んで)よかった」と思った作品は現状他にありません。
あらゆる映画、小説、漫画などの他メディアの著作物を含めてもです。
ゆえに、この作品には100点を付けました。
今後、この作品を上回る面白さを持つ作品が出てきたとして、それに100点をつけたとしても、
この「CROSS†CHANNEL」にも、ずっと100点を付けたままでいるつもりです。
それだけのものを与えてくれた作品ですから。