忠臣蔵を換骨奪胎した大作。 ロラン・バルトがテクストは読み手のものであると作者に死を宣告したように、読み手には解釈の可能性が開かれている。それは歴史のナラティブにおいても同様で、可能性はときに何よりも美しいものを生み出しうるものなのである。長文感想は重大なネタバレを含む考察のため閲覧注意。
▼基本情報
対象年齢:18歳以上
ジャンル:燃え萌えサウンドノベル
形式:選択肢有一本道ADV
音声:フルボイス(主人公除く)
容量:7.13GB
操作性:標準
システム:良
内容物:キャラメル箱(230×160×40)、マニュアル、ゲームディスク(CDケース内プレスDVD2枚組)、萌えゲーアワード投票用紙、
マキシシングル(オープニングテーマソングⅡ「Dearest Sword,Dearest Wish」Full.ver、OP.ver
エンディングテーマソングⅡ「蒼穹」Full.ver、Instrumental)
▼CG枚数及びHシーン数
イベントCG数:150(差分は含めない)
シーン数:11(内蔵助2、安兵衛3、新八郎1、主税2、一学1、右衛門七2)
▼プレイ時間詳細
仮名手本忠臣蔵編 8:30(=体験版ロングバージョン)
江戸急進派編 6:25
百花魁編 6:20
仇華・宿怨編 4:00
刃・忠勇義裂編 5:55
Total 31:10
▼備考
はじめの選択肢で体験版ショート、ロングバージョン収録範囲をスキップ可能
同人サークルれいんどっぐ作「ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1- 假名手本忠臣蔵編」、
「ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1- 江戸急進派編 -Edo radical faction」、「ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1- 百花魁編」は
本作に収録されているためプレイしたいならば本作のみでよい(幕の終わりにある次回予告等は本作未収録である)。
ちなみに「僕はキミだけを見つめる ~I gaze at only you~」、「四季の詩 -Poetry of the four seasons-」を
読んでいるとニヤリとできる場面があるが、未読でも差しつかえはない
▼考察(ネタバレ有)
剣道に対して意欲がわかずにいれば恋愛に倒錯し、それにも動機が無く必然的に失敗する駄目駄目の駄目男深海直刃は
しかし何らかで他者より優越したい自分を持っているために、自分にない強い魅力を持つ者に惹かれ、憧れを持ち傍にいたがる。
そうしては無意識に自分のルサンチマンをその憧れの対象に投影して解決させることで欲求を段階的に満たしていくと云う、
斜に捉えればへんてこな精神構造を持って、最後にはヒーローになって日本を救い、ハーレム状態にまで至ってしまう。
率直に言えばこの男はまるで幼児のようである。そのような男が主人公であっていいものであろうか。
更に言えば物語世界には矛盾が多くも横行していて、あちらを立てればこちらが立たずの砂上の楼閣は
突っつけば瓦解してしまう危惧をはらんでいるのであるが、しかし何かしらの違和を生じさせうるテクストは
不思議な特徴を持っているようで、これを紐解けばおそらく納得を優先したい私にとっての作品の真理を見出すことができる。
というわけで、独自の解釈を以て矛盾をなしうるかぎり無くしていき気持ちよく終われたらと思う次第である。
プラグマティズムに倣い、またマーク・トウェイン氏の言に倣い、思うままに曲解する。
注釈しておくとリアリズムに則った解釈であるため、穿った視点を許容できない方は注意されたし。
本作本稿に於ける真理は私のみに宿っているため他者にとっては塵屑にもなりうるのであるから。
>もう、三次元はこりごりだ……。
-仮名手本忠臣蔵編 序章より引用-
この物語は、性は深海、名は直刃と云う、彼女いない歴=年齢の冴えない男の妄想譚である。
本作に於ける物語の側面には、簡潔に要約して
「深海直刃が江戸時代にタイムスリップして、赤穂浪士となり、最後には仲間とともに日本転覆を防ぐ」
と云う物語内容がある。が、視点を拡大して見れば、物語行為に問題があることがわかる。
具体的に見てみよう。下記に引用した文面は、主人公・深海直刃が校内で袴田に告白し、失恋した直後の場面である。
>こうして、オレの3度目の恋は儚く散ったのであった……。
>オレの名前は、深海直刃(ふかみ すぐは)。
>陵南学園の2年生。
>言わずと知れた、彼女いない歴=年齢の冴えない男だ。
>だが、こんなオレが……
>この後、信じられないような出来事に巻き込まれようとは、露
ほどに思わなかった。
-仮名手本忠臣蔵編 序章より引用-
この語りもそうであるが、本作の語り手は基本的に深海直刃である。
「オレ」と云う観点から物語を眺めて語る(内的焦点化)、物語世界内の語り手として機能している。
しかしながら、>この後~中略~思わなかった と、物語世界内の語り手でありながら、
描写する場面から時間軸が未来にある事象を語っているのであるから違和が生じうる。
そして、上記引用のような物語技法――先説法――が、本作の物語言説には非常に多いのである。
>江戸で、そんな事態が起きようとは知らないオレは。
>あの一件以来、家から一歩も出して貰えないようになっていた。
-仮名手本忠臣蔵編 刃傷より引用-
これは、直刃が存在しない視点で全知の語り手が語る物語内容(松の廊下で起きた刃傷事件)に対して語る場面である。
本作における全知の語り手は地の文は叙事文を除けば一切なく、全て(一章誤記を除く)が会話文、括弧付けした心情描写になっている。
であるのに物語世界内の語り手が物語世界外の語りについて言及し得るこの視点は、物語世界外から内的に焦点化されている。
要するに、通常の叙述ではないナラティブの形式的特徴を持っているということであり、
これは深海直刃が現在進行形で物語に接していないことを意味している。
物語世界内の語り手が物語内容を語るとして俯瞰的な立場にあることは
視点に仕掛けが講じられている(含意が生じる)可能性があり、或いは構成に密接に関わってくるのである。
>この日からオレの運命が……。
>いや、赤穂浪士の運命が大きく動き出す……。
-仮名手本忠臣蔵編 大石内蔵助より引用-
では、何故、深海直刃がこれらのように語りうるのか、それを解明してみよう。
ここで採用した方法は、思いつく視点を当てはめてみて挙げられた命題に多く適合しうる視点を探す、
名付けて、「数撃ちゃ当たる理論」であるが、消えていった視点はおいておいて適正解だけを述べると、
”深海直刃は自虐的で現実逃避をする傾向にあり、それによって生み出された主観的世界を語っているのではないであろうか”と、
着地点としては非常に荒唐無稽なところに落ちたが、これがまた馬鹿に出来ないのである。
先ずは、通常の物語内容から矛盾点として現代と江戸時代が繋がらない問題を挙げる。
・性別の齟齬
タイムスリップ前
>いや、この人は主税と書いて『ちから』って呼ぶと姉貴から教えてもらったっけ。
>この人は大石内蔵助って人の息子だったんだよな?
//
>おおいしくらのすけ。
>この人がさっきの主税って人の父親。
>そして、赤穂浪士のリーダーだった人か。
仮名手本忠臣蔵編-日蝕-より引用
タイムスリップ後
>なるほど……まさに昼行灯だな。
>男と女の違いはあるけどその部分は同じだということか。
-仮名手本忠臣蔵編 悲報より引用-
清水一学は現代の史実では男性で、タイムスリップ後は女性になっている
>清水一学「だから、お腹に子を宿した鶴姫は子を産み落とした後、すぐに里子に出した」
-仇華・宿怨編 より引用-
深海直刃ははじめ、赤穂浪士が男であることをはっきりと認識していながら、
物語世界で女体化された現象を肯定し、にもかかわらず歴史的事象の繋がりを確信している。
三章に江戸時代で刻んだ相合傘が現代に残ることは明らかに異常である。
理論立てしたとして、譬え相合傘が歴史改変の対象から除外されたとしても、
後の歴史で語り継がれる赤穂浪士の性別に差異があることだけはあり得ない。
それは>鶴姫は子を産み落とした とある史料の史実からはっきりしている。
全体的に、直刃に都合のよいことだけ物語内容の齟齬が看過されているのである。
物語世界に遍く散りばめられた矛盾には原因があるはずのため、
あり得ない現象の代名詞、非現実的現象であるタイムスリップのルールについて、波及的に以下に提示する。
時間操作の構造
・赫夜は時空を自由に行き来出来るが、物語世界では因果律の矛盾が完全に無視されているため事象は世界差で連続しない
・御籤に付与するループには指定回数ループ(一度目)と永劫ループ(二度目)がある
・直刃がループして赫夜が後を追っていることから、現代に繋がる江戸時代の世界が並行して複数存在している
・意識のみのタイムスリップを可能とするための江戸時代にある依代(浅野直刃/身体)が
消失(二章死亡、三章帰還、四章死亡)、または残存する(新八郎分岐三章死亡)
┣二章安兵衛の火事装束着用時には衣服が残り、三、四章直刃の火事装束着用時には衣服ごと消える
┃┗浅野直刃が史実で行った歴史的事象に齟齬が起きないよう物的証拠が残らない「修正力」が存在する
┃ ┃(相合傘は修正力の枠の外にある、また地に埋まった観測されない事象であるため除外か)
┃ ┗赫夜は歴史の改変が可能と踏んでいるため事を起こしたはずである。
┃ 様々な干渉で小事を変えられることから大事もそうであるという思考であったのであろうか、結果「史実通り」となっている
┃ ┗現代の歴史さえ変わらなければ実際の事象がどうであろうとよい歴史の修正力=歴史の基軸が現代にあることを示している
┗浅野直刃の存在は四十七士中史実に名が残らない存在であるため討入りの日以降に限定して依代は深海直刃の行動に委譲される。
ここまではいいが、呪いを解けば共に消失し、死亡すれば残存する不確定性の現象がタイムスリップ構造に欠陥をもたらしている。
唯一討ち入り前に死亡した三章で身体が残ったのは、一度目にタイムスリップした際に指定回数ループを
赫夜が設定した(江戸急進派編>赫夜「次が最後の宴よ)ことで通常の死を迎えたためであり、以降の歴史的矛盾が不明である
(二章で安兵衛が直刃の消失を認識していることから尾を引くことは間違いなく、何らかの補填があったはずである。
もしかしたならば兄の失態を嘆いた小夜が兄の名を語り討ち入りに参加するトンデモ展開が繰り広げられる可能性も)
・タイムスリップには日食と大々凶の御籤が必要
┗晴天においても御籤札を持てば日食を観測できるようになり体感温度までも低下することから、
主観的な意識体験が日常生活世界からずれていると考えられる。これは主観的世界解釈が存在することを強く後押しする
・解呪方法
被術者、白蛇、及び白蛇の毒に感染した者を殺害することで呪いは解ける(江戸急進派編 画策 荻生徂徠が古文書で得た情報)
>清水一学「言っておくけれど、上野介を殺しただけではお兄さんの呪いは解けないわよ?」
>清水一学「上野介とは別に白蛇も殺さないと決して呪いは解けない」
//
>呪いを解くには上野介と白蛇の2つを殺さないと解けない。
>そして、呪いを縛る術というのは。
>上野介のみが呪いで覚醒し、白蛇は出現しないというもの。
>確かにオレが三度目のループで元の世界に戻ったとき。
>白蛇と吉良、吉良の影武者を討って戻ることが出来た。
>なら、白蛇が現れないのなら、オレと一学は元の世界に戻ることはない。
-刃・忠勇義裂編 忠勇義裂より引用-
>そう……未だオレと甲佐一魅は呪いが解けていない。
>なぜなら、吉良邸で消滅した吉良上野介は影武者であり。
>本物の吉良は生きている。
>要するに本物の吉良にも呪いが掛かっている影響で、オレと甲
佐一魅はこの時代に留まっているということだ。
-刃・忠勇義裂編 エピローグより引用-
甲佐一魅は本物の吉良を殺害するため米沢藩にいるが白蛇が封じられた今、解呪のすべはないはずである。
直刃の主観で法則が変わっている。ちなみに、呪いに関係なく御籤を使えば現代に戻ることができ、
現に赤穂浪士46士とともに一度現代に戻っているが忘れられている。甲佐一魅の行動も矛盾している。
交えた蛇足は無視するとして、以上から物語世界におけるタイムスリップ現象がどれだけいい加減か分かったことであろう。
そもそも呪いなんて現実に即していない現象はなく、深海直刃の主観的世界と考えたほうがよっぽどに説得力がある。
ではここで、物語が始まる切っ掛けを解釈に沿って述べる。
三年前の事故と失恋が尾を引いて三次元に絶望している直刃が、初詣で泉岳寺に趣き御籤を三度引いて大々凶を出した。
(もし巫女が赫夜であるとして、直刃は自分の意思で籤を引いているというのに
何故一度目に都合しないのか理解できない。後述する解を先にいうならば、
この巫女は一般人で直刃に「顔を覚えられた」だけにすぎない。この記憶が後に効いてくるのであるが詳細は後述する)
そして、赤穂浪士が眠る墓前にて下記文面を強く思い、情念が生まれるのである。
>この墓で眠ってる人たちは、自分の殿様のために仇討ちしたのか……。
>皆、凄ぇ強い人だったんだろうなぁ。
>オレなんかと違って……。
//
>オレもここで眠っている赤穂浪士の爪の垢でも煎じて飲めば、少しはマシになるのかな。
>いや、ならねぇよな……。
>だって、オレは。
-仮名手本忠臣蔵編 日蝕より引用-
莉桜への負い目に失恋と、心に澱のように広がる割り切れない思いを抱え、
精神的負担が大きいところにオレ「なんか」とは違う「凄ぇ強い」存在を認知したことで
抱えた思いに心が耐えられなくなり、後にすぐ皆既日食――ある種の非現実的現象――を目撃したことで
「深海直刃が江戸時代にタイムスリップして、赤穂浪士となり、最後には仲間とともに日本転覆を防ぐ」、
現実逃避の先――異質な現象的意識を創発したのである。この現象的意識は直刃のイドに依る主観的世界であり、
よって、ひたすらに満足を求める盲目的衝動を満たす物語内容が構築されている。
自分と云う世界内存在が「凄ぇ強い」赤穂浪士になって、他の「凄ぇ強い」赤穂浪士とともに「凄ぇ」事をする、
日常生活世界にはありもしない「主観的な意識体験」のみに終始する主観的世界にある。
そうして、日常生活世界に身体をおいておきながら、錯覚でも幻覚でもない「タイムスリップした世界」を意識しているのである。
直刃はタイムスリップの直後に主観的世界が夢ではないか確認しているが、方法が阿呆のそれであり、
>小夜「でも、痛かったんだろ? なら、これで夢じゃないことも分かったな?」
-仮名手本忠臣蔵編 播磨国赤穂より引用-
直刃は股間を抓られ痛みを感じているが、これは夢と感覚するに有効な方法ではない。
痛いと感じる夢であったのならば何の意味もないからである。
要するに、夢の実在を判断する方法は無く、物語世界外最強の存在たる我々読み手が判断する他ない。
>さすが、リーダーだけあって墓も他の浪士とは違って立派なんだ
-仮名手本忠臣蔵編 日蝕より引用-
>身体が大きくなった!?
-仮名手本忠臣蔵編 大石内蔵助より引用-
物語一章、仮名手本忠臣蔵編では「凄ぇ」赤穂浪士の「リーダー」である内蔵助とともに偉業を為す物語となっている。
自分のストレスを効果的に解消できる物語内容というわけである。
百歩譲ってタイムスリップが実際に起こったとしても
身体が大きくなったり小さくなったりするなんてあまりに馬鹿げている。が、直刃は動揺してそれで終わりであったのである。
身体の伸縮はパッケージとしてはコミカルとシリアス、ロリィとアダルティのギャップの効果を期待されたものであるが
物語内容として大きく関わりがないこれは下記引用に隠されたと思しき設定として見て取れる。
これは先にも述べた直刃の”まるで幼児のよう”な精神構造がもたらしたもので、
>内蔵助「な、なんじゃと? 私たちの他にも直刃と夫婦になりたい者がいるのか?」
>主税「しかも、一人や二人ではないですね?」
>右衛門七「でも、小さなオナゴが多いような……」
-刃・忠勇義裂編 エピローグより引用-
幼児であるからコンフォートゾーン(ここにおける意は「類は友を呼ぶ」)が現象的意識の登場人物に
反映されているために直刃の身近な人物の大半が「幼児」になっているのである。若しくは小児性愛が原因とも考えられる。
そして、本来男である内蔵助達が女体化されたのは、恋愛に餓え失恋に至った直刃の欲求がもたらした現象と考えられるのである。
そこには、邪魔な「真理」は不要で、譬えば内蔵助の場合では年が四十路であること、妻りくの存在などが無視されていて
また、上記引用を見ればハーレム願望が透けて見えていることなど、直刃に非常に都合の良い世界になっている。
ちなみに、現象的意識内に登場する人物の容姿は日常生活世界で記憶したものを流用しているようである。
三章現代の舞台に「四季の詩 -Poetry of the four seasons-」の背景があったため、エロゲーの登場人物も混合している。
自然、過去作である「僕はキミだけを見つめる ~I gaze at only you~」をプレイしていてもおかしくはない。
莉桜>矢頭右衛門七
???>矢頭小夜>夜里子
巫女>丹羽赫夜(町人、寺女、農民など
宮市菜夏>蕎麦屋の娘
宮市真冬>土屋主税
立花律歌>土屋家・家来
美浜秋心>畳職人の屋治助
白鷹春夜>日野家用人・垣見五郎兵衛
熊林良男>日野家・家来
袖山タカシ>呼び込み、魚屋、江戸の仲買人やモチツキの町人など
宮市辰夫>宿所の主人
宮市恵美>各所に点在する宿屋の女主人・女将
佐原拓実>絹屋の若旦那
真名瀬莉亞>風魔党の頭領
他、キャスバル・レム・ダイクン>斜唖、アカギ>亜可城、アミバ>阿見馬、阿部高和>阿部さん、田宮榮一>田宮さん、骸骨剣士>骸骨の侍
物語世界でヒロインと恋愛関係に発展するような男性人物(討ち入りCGのみに登場する男性赤穂浪士)が
一切描写されていない、また彼女いない歴=年齢の冴えない男が後に異常にモテていることから
自身の願望に直結した世界構造になっていると推察できる。
各章と各登場人物に五常と直刃の精神構造に起因する原因があらわれているのも
直刃によって創発された主観的世界であるからと考えれば得心がいく。
自発的に紡がれる物語から章ごとに問題を拾えば、深海直刃と云う人物が見えてくるはずである。
ちなみに五常とは、儒教で説く五つの徳目のことで、言うなれば人が人であるために必要な精神の構成要素であろうか。
荻生徂徠が儒学者であったように元禄時代には「儒教」と云う信仰がある。
「仁」、「義」、「礼」、「智」、「信」の徳を見れば、順に一から五の章に符合していることがわかるように、
物語世界内現象的意識には無意識的にテーマ(遵守する徳性)が定められているように見受けられる。
一つ、「仁」とは、思いやりの心を持つことであり、万人に慈愛の精神を向けるものである。>大石内蔵助(対として直刃)
一つ、「義」とは、利欲にとらわれず、正しい行いを為す心を持つことである。>堀部安兵衛(対として小平太)
一つ、「礼」とは、折目正しく、そして、相手を大切に思う心を持つことである。>大石主税(対として新八郎)
一つ、「智」とは、是非の心を持つことであり、物事を論理的に捉え知識や経験を通じた正邪の区別をつける判断を持つものである>甲佐一魅
一つ、「信」とは、信義を貫く心を持つことであり、約束を違えず、誠実であるものである。>右衛門七
深海直刃は表象された五徳から学び、精神を育んでゆく。
一章、仮名手本忠臣蔵編では、基本的に歌舞伎・仮名手本忠臣蔵から回りくどさを廃した「凄ぇ」物語上で
「凄ぇ」内蔵助から認められる物語展開に沿って物語られているが、はじまりとおわりを見れば分かるように
深海直刃の赤穂浪士に対する心情と行動が正反対に変わっている。
はじめは、非常に利己的で自分のことしか頭に入っていないため、
評定での無血開城の前後では赤穂浪士の顛末を知りながら自らの命惜しさに赤穂から逃げようとしている。
が、最後には自らの意思で切腹――共生し、共に死す決断――をしようと鍔を浮かしている。
赤穂浪士四十六士に対して仲間としての愛を向けているのである。これは大石内蔵助から得た「仁」の徳である。
理想たる「深海直刃の『仁』」の表象である大石内蔵助は、理想であるが故に万能(強弱を併せ持つ)で、
それに対して深海直刃は、幾度も>凄ぇ……。 と言っているように、信仰の対象としてその生き様を学んだ。
そうして、他者に向けた視野の拡充「仁」を得るのである
二章、江戸急進派編では、「仁」を用いて仲間の死を回避するべく単騎で吉良上野介を討ちにいく。
途中出会ったのが、「深海直刃の『義』」の表象である堀部安兵衛である。
山科に滞在した直刃が知り得ない裏面として、江戸急進派の人物達がどう動いていたかを物語る今章は
片手落ちの裁きに対する正当な報復行為(江戸時代ではこれを正「義」とする)、つまりは「義」についての物語内容になっている。
士官を前に忠「義」を果たそうとする群兵衛、お梅にとって正「義」の象徴であったのに恐れられたことで
「義」にたいして畏れを持ってしまい剣を持てなくなってしまう安兵衛、姉に「仁」を向けるも結果的に「義」を欠いてしまい
それを取り戻そうとして死を迎えてしまう小平太、師匠である安兵衛の恩「義」に報いるべく死を覚悟して立ち向かった直刃。
様々な人物を通して深海直刃は武士道(「義」の精神)を学んだ。そうして、「武士道とは死ぬこととみつけたり」の真意を知ったのである。
三章、百花魁編では、歴史の奔流に飲まれることを恐れた深海直刃が静観を決め込むことから始まる。
それを妨げるのが、「深海直刃の『礼』」の表象である大石主税である。
礼は、義務――「義」を務めること――によって生じうる礼節であり、これに沿って
狼から助け出してくれた深海直刃にたいして礼を以て寄り添う。
彼女は深海直刃のある表象であるのと同時に、「運命」の表象でもある。
主税は「礼」に拘るあまり、近衛家の者と望まない結婚を受け入れようとするが
これは家老の娘としての「宿命」であり、本人にとっては逃れえないことなのである。
それに対して直刃は、「運命に翻弄され、元の世界に還ることを諦めてしまった自分と『同じ』」であると自己投影している。
>(抵抗なんかできないんだ) と諦めていた直刃はこの事態に直面して、
これを見過ごしてしまえば本当に還れなくなってしまうであろうと、そう思ったのやもしれない。
>そのとき……。
>何処からか声が聞こえた……。
//
>『運命に従うのか抗うのか』
>『それはお前次第だ』
-百花魁編 婚儀より引用-
この謎の声はイドによるものと思われる。
自分が何度断ろうともめげずに振り撒いたその笑顔が、祈りが、叶わないとしたら
それは自分と云う存在が、この人生――生も死も無い運命――においてこれからも敵わないことになってしまう。
であるから助けたのである。この時点では直刃は愛情を向けてはおらず、自分を助けたに過ぎない。
しかし、後に萱野の死によって運命に抵抗することを諦めてしまった自分に対する主税の行動から、主税の「礼」の真意を知るのである。
義務ではなく、―真に自分を思ってくれていると、知るのである。
そうして直刃は、彼女なら自分を助けてくれるのではないかと心の底から想い、祈るのである。
>直刃「オレを……」
>直刃「オレを救ってくれ……」
-百花魁編 春嵐より引用-
こうして、「礼」を学んだ直刃は、吉良の影武者(本物)を前に「仁義」と礼節を尊び、決して掴むことのできない「風」を掴む。
>「そして、大石主税が家臣、深海直刃……」
>「その命、貰い受ける」
//
>オレがこんな言葉を口にしたのは。
>共に戦い、共に死んでいった仲間たちの尊厳を守るためだ。
>武士は誇り高き者でなくてはならない。
>ここでオレが見苦しい態度で臨めば、それは仲間たちへの恥となる。
>仲間の分までオレは誇り高い武士でなければならないのだ。
>だから、オレは武士の礼を以って今の言葉を口にしたのだろう。
-百花魁編 梅香より引用-
現象的意識内で現代(≠現実)に戻ると、表題が「終わりの始まり」に変更される。
これは、直刃が三徳を取り戻したことで『悟性』の表象が主観的世界の法則を崩壊させるべく現われたのである。
四章、仇華・宿怨編では光あるところにある「影」に焦点をあてた物語内容ではあるが、
主観的世界解釈では「深海直刃の『智(悟性)』」の表象である甲佐一魅が、
深海直刃がつくりあげた美しい忠臣蔵の世界像(上位情念/欲求の塊)を
理性と知性を以て「壊す」――つまりは現実に目を背け虚構に没頭する「元」を無くすことで
現実回帰を目指した物語内容をあらわす物語言説になっている。
三章の最後に直刃は生きていく糧を得て、現実を生きていこうと決心したことにより
やっとのことで悟性の表象が現象的意識に現出したと考えられる。
甲佐一魅は深海直刃の忠臣蔵像を壊すべく知性で切り込んでいき、
そのたびに深海直刃は一度信じ切ったはずの内蔵助他赤穂浪士に対して懐疑心を抱く。
影を浮き彫りにすることには成功したがしかし一魅は深海直刃の一部であるため
同時に傷を負っていくことになり、やがては疑問を持ってしまう、この情念は本当に壊してもよいのか、と。
そうして興味を抱いてしまったのか、主観意識に理解を示そうと接触を図ったのが性行為であり、
ここでは、下記引用のよう言っている。
>駄目ね。快感に理性が負けていちゃ
-仇華・宿怨編 光と影より引用-
その後に直刃の賭けに乗るか否かを決定する場面があるがそこでは
>どのくらい時が過ぎただろう。やがて、一学は静かに目を開ける
-仇華・宿怨編 光と影より引用-
となっているのに実際には直刃の視界が暗転から瞼を開くように明転している。
この演出は、一魅が直刃であることを暗に示しているかのようである。
直刃の憧れの表象である「凄ぇ」内蔵助に勝てば現象的意識が崩壊、反対に負ければ悟性は情念に従って、
「信」を得るべく、また、自己実現の欲求を満たすための次周の演出を担当することになり、結果、情念が勝ったのであった。
こうして、正邪を見極めた深海直刃は『智(悟性)』を学んだのである。
五/終章 刃・忠勇義裂編では主観世界解釈で二つの目的を持っている。
一つ、「深海直刃の『信』」の表象である矢頭右衛門七(莉桜の表象でもある)が長助の遺言を守り
そして、仲間から「信」頼を勝ち得る目的。これまでの物語世界で直刃が成長してきたように、
そして直刃がまだ解決できていない心的外傷を超克できるよう成長させるため直刃は見届け役として見守る立場となる。
四章で矢頭右衛門七をゆるキャラと評したあの深海直刃が性行為にまで及んでいるほど懸命に応援しているのであるから
右衛門七が仲間全員に認められる場面には感嘆するものがある。と、こうして右衛門七から「信」を学んだのであった。
>内蔵助「いや、大将は右衛門七だ。お前は吉良邸で一方的に殴られても一切、口を割らなかった」
>内蔵助「その気概と根性は同志からも信頼されている。大将という役目は何よりも仲間から信頼されていることが大事じゃ」
//
>あの事件が怪我の功名となって同志の信頼を勝ち取り、今回の大抜擢に繋がったのだ。
-刃・忠勇義裂編 光炎万丈より引用-
ここに至るまで気になったのが直刃の浅右衛門への態度である。
深海直刃は莉桜から奪ってしまったことによる心的外傷が未だ治っておらず、そのため未だ峰打ちに拘っている。
そのような直刃には死を軽く扱う浅右衛門に辛くあたる他ないのである。
個人的な意見を述べると、ここは「礼」を以て対応して欲しかったのが正直なところである。
>直刃「首斬りのアンタに嫌われるなら本望だ」
-刃・忠勇義裂編 山田浅右衛門より引用-
ここから、終わりに向け全てが収斂していく。
その前に、深海直刃が未だ暗闇の中にいる(現象的意識に感けている)ことを下記引用で確認しておく。
>オレは夢を見ていた。
>それも凄惨な夢を見ていた。
>その夜、月は妖しい血の色に彩られ……。
>空は哭き、大地は吠え、海は荒れ狂った。
>聞こえてくるのは、人々の逃げ惑う声と紅蓮の炎が猛り狂う音……。
>何とかしなくちゃ……。
>オレがなんとかしなくちゃ……。
>そう思えど、身体が動かない。
//
>目を開ける……。
>すると、そこはまだ暗闇の中だった……。
-刃・忠勇義裂編 大坂より引用-
>まだ、オレは闇の中で出口への僅かな光さえも見い出せていない。
-刃・忠勇義裂編 忠義より引用-
>直刃「長い年月、竹刀を握れなかった」
>直刃「だから、オレは嫌なことから逃げ出して他の楽しいことを探したんだ」
>直刃「でも、見つけられなくて」
>直刃「そんな自分が嫌で嫌で堪らなくて」
>直刃「それでも、竹刀を……現実を受け入れるのが恐かったんだ」
//
>右衛門七「ねぇ?直刃しゃん?」
>右衛門七「その話はまこと夢の話なのです……か?」
>直刃「え……?」
>右衛門七「あ……」
>右衛門七「いえ、なんでもありません」
-刃・忠勇義裂編 過去より引用-
最後の目的は、「深海直刃の『深海直刃』」の表象である深海直刃(物語世界内現存在)が
「仁」、「義」、「礼」、「智」、「信」を以て物語世界を終わらせることである。
理想の「凄ぇ強い」存在になるため、ド派手に、スペクタクルに、
非現実的な展開――千鳥に導かれては人間の域を超え、あり得ない跳躍力をみせたり大質量且つ音速で
飛んでくる相手と搗ち合ったりする戦闘、全員が幸せになりましたとさめでたしめでたしハッピーエンド――を繰り出すのである。
そうして、はじめて主役を任されたこの第五物語世界で深海直刃は満足したのであった。
>甲佐一魅とは一緒に元の世界に戻ろうと約束して別れた。
>それがいつになるのか。
>半年になるのか一年になるのか。
>まぁ、気長に待とうと思ってる。
>もう少しだけ、オレも皆と一緒にいたいから。
-刃・忠勇義裂編 エピローグより引用-
戻ることを誓いながらも、この居心地の良い空間に浸っていたい武士の残心が直刃を留めている。
これは夢ではない。譬え主観的世界であろうとも深海直刃にとってこの物語は真理なのであろうから。
最後に
「ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1-」における代表的なイメジャリーとして「月」がある。
>月は何でも知っている というのであるから、この月こそ物語世界を傍観している「 」なのであろう。