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gggrrrさんの雪子の国の長文感想

ユーザー
gggrrr
ゲーム
雪子の国
ブランド
Studio・Hommage(スタジオ・おま~じゅ)
得点
100
参照数
172

一言コメント

自分が触れてきた物語の中でも、最高の主人公の一人

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

国シリーズ3作目。このシリーズは処女作の「みすずの国」以外は、タイトルに名前が入ってる人物が主人公になることがありませんね。この「雪子の国」でも雪子は主役ではあっても、主観である目線の持ち主ではありません。主人公はハルタという青年。このシリーズの中で唯一の「人間」の主人公です。「みすずの国」では天狗の力を先天的に持って生まれた異端の少女、美鈴。「キリンの国」では故郷を捨てて人間の国へと下った四国・白峯の天狗、圭介。そしてこの先の「ハルカの国」では白狐の化けであるユキカゼが主観として物語の主人公を努めます。つまりは、みな「普通」ではない人を主軸に据えた物語が展開されるのですが、この「雪子の国」は本当に神通力も持たず、これまで天狗の国となんら関わりを持たなかったハルタが主人公となる、ある種の異色の作品です。

ですが、個人的に「国シリーズ」のなかでの最高傑作はこの「雪子の国」です。その大きな要因を担っているのが、他ならぬ主人子のハルタです。前作の圭介もそうでしたが、どうしてここまで私の好みのど真ん中のの人物を描いてくるんだ、この作者氏は……!

舞台は、「みすずの国」から15年後の日本。「みすずの国」ではあんなにも「人間上がり」の美鈴たちを馬鹿にしていた天狗たちが、完全に日本、というより人間たちに敗北し、とうとう「天狗の国」は亡くなってしまいました。「みすずの国」「キリンの国」ではなんて嫌な国なんだと感じられた天狗の国も、もう失くなってしまったとなれば、寂寥感や無常さというものを感じずにはいられません。「みすずの国」から5年後に鞍馬と愛宕で戦争が起こり、最終的には「どっちも敗けた」という結果が残りました。自治領としての形が剥奪され、とうとう天狗の国が日本のなかに組み込まれ、彼らの国は亡くなったのです。もう、天狗たちにはなんの権限もありません。狗賓を馬鹿にしてきた彼らは、人権すら無い状態で日本という国に放り込まれる形となりました。なので、今回描かれるのは「亡国の想い」と表していいと思います。

タイトルを冠する雪子は、愛宕のお姫様。しかし、もう10年も前に彼女の国は無くなりました。でも彼女はまちがいなく天狗で、並みの天狗を遥かに凌駕する神通力を持ち、母から受け継いだ白蛇の呪いすら有している。10年より前ならば、何よりも誇られ、敬われるその要素は、しかし天狗の国がなくなった今、なんの価値もないものに暴落しています。それどころか「あってはならないもの」と規定され、存在そのものが罪といわんばかりの扱いを受けています。「人道的な天狗の帰化」を掲げる政府は表には出しませんが、帰化プログラムから滲み出る本音は、そうしたものでした。

それでも雪子は、いつかは故郷の愛宕を取り戻そうと努力します。優等生として帰化プログラムをこなし、「日本国籍」を得て愛宕再開発に参加するーー それを目標に頑張ってきた彼女に待っていた現実は、すでに開発が進み、重機によって掘り返され、かつての面影を残さない荒涼とした故郷の姿でした。

現実に打ちのめされ、依るべきものを失い自失状態にあった雪子が出会ったのが、ハルタです。彼は出会い頭、雪子が文字通りに吐き出してしまったものを、避けずに受け止めたことで、2人の関係性が始まります。

ここで雪子がハルタに惹かれていく描写を、きちんとされていくのが、とても良い。あまり引き合いにするものではないとは理解していますが、巷に溢れる異世界ものやソーシャルゲームのようにデフォルトで「ヒロインが主人公に好意を持つ」設計になど、されていません。雪子にはこれまで歩んだ道のりがあり、そして頑張りきれずに逃げてきた場所で、ハルタに出会い触れたからこそ、彼女はハルタに恋をしたのです。男の私から見ても、こんなことされたら惚れますよ、ってな具合で納得できる描写をされています。

そして、わたし的な一番の目玉である、主人公ハルタ。もう、本当に気に入ってる主人公です。彼の人柄を一言で言えば、まず「誠実」が来るでしょう。どんなことにも真っ直ぐに向き合う。それも若さの勢いに任せた考えなしではなく、まず相手の心を汲もうとすることから始める姿は、「本当に高校生か?」と思わせるくらいの思慮に富んでいます。けれど、けっしてインテリ気質というわけではない、都内の名門校に通ってるという意味ではインテリ的なところもありますし、体格にも運動神経にも恵まれていますが、それを活かして努力していたのは彼であり、彼の成果というものでしょう。キャリアウーマンの母を持ち、離婚したとは言え父との関係も良好。彼の人生には暗いものはないはずで、将来有望、明るい未来が彼を待っているはずなのに、彼にはそれが出来ない。誰も責めないというのに、彼だけが彼が幸せになることを許さない。

「置いていけない」 ハルタの行動の動機の中枢にあるのがこの感情です。作中でユリさんが語りますが「アンタの優しさは悲しい方に流れていく」というのはまさに正鵠を射ていて、このハルタという青年は、悲しみを負っている心を放っておくことが、どうしても出来ない性質を持っています。彼に特異な箇所があるといえば、まさにこの一点。普通の人ならば、「仕方ない」「自分にはどうしようもない」と諦めてしまう、諦めて当然のことが、彼には出来ない。どうしてもその悲しみを背負おうとしてしまう。共に分かち合おうとしてしまう。だから猪飼を雪子を、ホウズキを放っておくことが出来ずに、面倒ごとに真っ直ぐに向かってしまう。誠実に、思慮深く、痛みを覚悟して。その性質は三つ子の魂百までというもので、子供の頃に両親が離婚した際、母親の元に残ったことからも伺えます。本当は父親の方が好きで、父親についていった方がずっと楽しくて過ごしやすかった筈なのに、彼はより「悲しい方」を選ぶ。

彼がそうした人格形成に至ったのは、生まれてくるはずだった妹を、忘れることが出来なかったから。生まれることなく去ってしまった妹を、彼は忘れることが出来なかった。妹を置いたまま、幸せになることが出来なかった。なんと不器用で生きづらい性格をしているんでしょうか。でも、そんなハルタだからこそ猪飼の心を溶かし、雪子を幸せにすることが出来るのです。

彼はいつも悲しい方を選ぶ。だから選ばれた悲しみに暮れる人に春を運ぶ。希望をもたらす。その名前の通りの人、『春太』

彼の「誠実さ」は、本来ならば物語のクライマックスとなる雪子の告白のシーンの後でもっとも発揮されます。主人公とヒロインが結ばれました、めでたしめでたし。普通の恋物語ならば、そこで幕が引かれるところですが、この話は違います。彼らの人生はそこで終わりではなく、そこから始まる困難を乗り越えなくては、幸せになることは出来ない。だから、その「困難さ」と「それに挑む覚悟」までがしっかりと描写されます。雪子と生きていく、ということが何を意味するのか。そのために、何を選び、誰を傷つけなくてはならないか。雪子を選ぶということは、母を捨てるということ。その痛みに耐える心を持つということ。それすら覚悟し、ハルタは東京で戦います。家族と、環境と、そうしたこれからも続いていくものと。まあ、あんまりにも誠実すぎて、待たされる身の雪子はヤキモキしていたようですが。

このくだりがとことん現実を語っています。例えば、今の、2023年のこの世界で言うならば、ウクライナ人と結婚したいと言えば、両親や親戚はどんな顔をするか。ロシア人なら、スーダン、イエメンの人たちなら…… 一緒になると決めれば、絶対に大きな難問に当たることは目に見えている存在。この物語では天狗という形になっていますが、それはこの現実の我々となんら変わることではありません。それでも貫くのなら、本当に辛い覚悟が必要で、そしてそれは一過性のものではなく、一緒にいる限り続いていく問題。戸籍の問題、周辺環境の問題、子供の問題…… 考えれば考えるほど怖くなる、だからトシという何でも出来る筈だった人は、逃げてしまった。でも、ハルタは立ち向かう、戦う覚悟をした、そして歩みだした。なんて勇気、同じことが自分にできるとはとても思えません。たぶんどっかの異世界に転生して神様からとんでもない能力与えられたって無理でしょう。自分という人間でいる限り、絶対に逃げます。でも、ハルタは逃げない。

「みすずの国」で登場した祐太郎さんが言っていましたが、「本当の心は冬にある」「生きるのが辛いのに、そこに帰りたくなる」というのは、彼やハルタのような人に適用されるのであって、自分のような易きに流れる人間は出来ない芸当です。辛いのも苦しいのも御免で、重たい荷物はさっさと放り投げるにこしたことはありません。でも、ハルタや祐太郎さんには、出来ない生き方なんでしょうね。なんて不器用で素晴らしい人たちなのか。たぶんこの人たち、異世界転生とかしたら、辛くていいことなんかなくたって、それでも元いた世界に帰ろうとするんだろうな、と思います。


話は変わりますが、この「雪子の国」は前作の「キリンの国」の主軸となる男同士の友情という要素もかなり持っています。猪飼との馴れ初めや、一緒に「山陰ストレンシャー」として遊んだ経験、そして彼の問題への向き合い方など、圭介とキリンの友情物語を見ていた気持ちを思い出しました。そして、圭介も「捨てる」ことが出来なかった男だったように、ハルタもそうですね。ホウズキが最初にハルタを見たとき「圭介」と言ったのは、2人に似たものを感じたからなのでしょう。背格好が似ていたからなおさらに。

また、シリーズを通してみると、「おお」と思うシーンやキャラも多いです。美鈴、祐太郎、ヒマワリといった過去作キャラの出演は普通に嬉しかったですし、ヒマワリの子供の虹子の存在も、まさにあの母にしてこの子あり、といった具合で面白かった。虹子の父親はおそらくキリンなのでしょう。美鈴が「眉毛はお父さん似」と言っていたので、確かにキリンの眉毛を受け継いでいる感じがします。

気になるキャラはリュウさん。どうも、ただの人ではない描写がされています。神通力を使いかけている描写があり、そのキャラ造形がなんとなく鞍馬天狗の「龍王丸」や「雲竜」に似ているんですよね…… 名前も「リュウ」だし、もしかして一族だったりするんでしょうか……

その他には、愛宕と鞍馬の戦争の只中にいた白狐たちの存在。「あれは狐の刀、厳津霊(イカズチ)と列波よ」と愛宕の天狗の棟梁が言っていましたが、厳津霊はユキカゼだけが持つ魔剣だったはず。となるとユキカゼとハルカも、天狗の国の解体に一役買ったのでしょうかね…… キリンの国のイカズチ丸の事件だって、白狐たちと一緒にそれを起こした理由は、日本政府の陰謀から天狗の国を守るためだったから……

それと、気になったのがうどんです! 途中で2回出てきたうどん、定食屋の裏メニューとリュウさんが作ってくれたうどん、あれトラユキですよね!。「ハルカの国」の3作目大正星霜編に登場した狸の化けのクリが考えぬいて生み出したうどん。トラユキ。ああ、受け継がれていくものもあるんだなと、なんだかじぃんと来てしまいました。