彼がどういった人々と出会い、どのような日々を過ごしてきたのか。雰囲気づくりの上手さも相俟って、いつまでも読み続けてしまうような一作だった。
あらすじを読む限りでは超能力者とそれを取り締まる人々との抗争~のような内容だと思っていた。しかし、蓋を開けてみると全然違っていて、序盤こそ能力を駆使する場面が揃っていたが、終盤は人間ドラマを中心とした話が多く見られた。しかもすっきりとはしない暗めの話が用意されていたのでそこそこ衝撃を受けた。
この物語は主人公の歩みをそのまま作品として書き記したモノであり、その事には序盤の時点で勘付く。だからこそこんなにも読み耽ってしまったのだろう。彼がどんな生き方をしてきたのかが気になって仕方なかった。
また、登場人物が目を引く人ばかりで、本当に読めば読むほどその人物についての理解が深まり面白い。加えて超能力やらゴールデンドーン社の謎なども絡んでくるため...いつの間にか残り二、三チャプターくらいしか残っていない事に気付いた時は頭の上で疑問符が飛び交った。のめり込みすぎて時を忘れていたのだ。
全編通して語りたい場面はいくつもあるが、シズキに最も大きな影響を与えたのはやはりマリヤだろう。はじめは綺麗なご令嬢が現れたなくらいの印象だったが、作品にとっても主人公にとっても非常に重要なキャラクターであった。
女装に気付きながら主人公を好いていたり、アンドレイ監禁の件で何やらただのミステリアスな女の子ではないということは認識していたが、ベロニカとの会話を見た時は恐怖のあまり鳥肌を立ててしまった。
アンドレイは自分と会ったことを後悔している、忘れたいと思っている。ベロニカもそれは同じ。マリヤと自分たち家族の縁を断ち切りたいと思っている。だから心優しいマリヤちゃんは「消してあげた」わけだ。本当に恐ろしい。あの「にやーっ」と笑う口元だけ映すのがまた上手い。
この辺から彼女の本性が露になり、主人公に対してもこれまで以上に歪んだ欲望をぶつけ続けることになる。端的に言って彼女は狂っていた。だが、狂っているのは彼女だけでなく主人公も同じ。女装して彼女の言いなりになり、性行為中は傷付けられることで快楽を得る。その異常な共存がやがて日常へと変わっていく様はとても気味が悪い。勿論これは誉め言葉であり、よくもまあこんな話を書いたなと。
そんな二人の共存がどこまで続くかと見守っていたが...少しほっとした。まあ当然気分はよくないし、面白さもないのだが主人公はそうやって「のし上がってきた」のだと思うとなんだか感慨深い。本当に意味で自由になり、好きな事で成功を収めた。しかし、その裏にはこのような背景があり、それを作品として世に出すなんて...やはり彼はどこか壊れている。
また、作中の重要人物の一人であるデジャンのお話はかなりお気に入りだった。彼の話はシンプルで、父親の仇であるイェレナをいかにして討つかというものだったが予想外に好きな展開が来て気分が高揚してしまった。
内側にペンダントを隠していたのもそうだが、デジャンに対する姿勢を変えなかったのが愛だよなぁと。新品の靴も、私立の学校に通うお金も、旅行の代金も全部彼女出してくれたもの。父親との幸せな家庭は彼女によって守られていたわけだ。
いつか息子と同居することを夢見てこれまで頑張ってきたのだと思うと涙が出てくる。無論、彼女のしてしまったことは許されないけれど、息子を想う強い気持ちだけはしっかりと伝わってきた。切ないけれど、あの結末もかなりお気に入りだ。日和らずよくやってくれた。
あとはエンドについて、一本道で終わるというわけでもなく五つの結末が存在していた。そうそう、あのキャラクターとの絡みが見たかったんだというものからシズキの超能力の謎に迫るものまで、欲しいものが揃っていた。そして、五つ目の結末はなんとハッピーエンド。ここにきてハッピーエンド用意してくるのかと、にわかには信じられなかった。
みんなが自分の成功を祝ってくれて、死人も出ていない。そんな夢のような空間が広がっていた。だがこれは果たして本当にハッピーエンド目的で作られたのだろうか。完全フィクションだと宣言していることに加え、マリヤを最後のCGに持ってくる。やってくれたなぁ...。
想像とは大きく異なる内容だったが、かなり夢中になってプレイしていた。すっきりとはしないし感動系でもないけれど、心は満たされている。不思議な余韻を残してくれる面白い作品だった。