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asteryukariさんの夏ゆめ彼方の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
夏ゆめ彼方
ブランド
ペットボトルココア
得点
84
参照数
171

一言コメント

棋士を目指す少年による田舎の夏を舞台にした成長物語。現実的な話でやや重いが、心に残る作品。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

フリーで三時間程度で終わるということで、夏と田舎の雰囲気を味わえればいいかなと思っていたのですが、プレイしてみると、普通のキャラゲーかと思うくらい可愛いヒロインが登場したり、物語の後半はそれまでとは打って変わって現実的な話になったりと読みごたえのある作品でした。

東京から田舎に引っ越してきた小学生が同級生にどんな反応されるか。まずは、まあ浮くと思います。そこから本人がどういうアプローチをしていくかによって人気者になるかハブられるか決まっていきますし、もしくはそのどちらでもない主人公のような目立たない、いつも一人でいるやつという立ち位置からスタートしていくと思います。

そんな主人公が父親の影響で将棋を指し、棋士を目指していく話。始めたタイミングが良かったとしか言えませんが、今日では将棋が大ブームであり、現実でも、アニメや小説といったサブカルチャーでも多く取り上げられていて非常に入りやすかったです。特に将棋には「千日手」というルールがあるのですが、それも最近知ったばかりのものだったのでプレイしていて楽しかったです。

主人公は杏という神様と出会いそれがきっかけで友達ができていく。その友達が大悟であり、仲間のリーダーで頭は弱いが情が深い。そんな大悟達と上手くやっている様子を影から見ている、同じく東京から田舎に引っ越してきた歌音というキャラクターが出てくるのですが、この娘が本当に可愛くてこんな可愛い娘とのイチャイチャストーリーがフリーゲームで味わえるなんて思いませんでした。ツンデレ、泣き虫、依存気、高飛車という文字だけで彼女の魅力が伝わってくるのですが、それに加え容姿も好みだったのでプレイ中は終始悶絶していました。

主人公に惚れるきっかけは、いじめられているとこ助けてもらったというテンプレなものなのですが、お礼にクッキーを焼いて、しかもそれを父親からのお礼だと嘘で保険をかけながら、付きまとって早く食べるよう急かしたり、味の感想を心待ちにしてたりするのがとても可愛かったです。この娘の√はそのまま子供を授かりゴールインというごく普通のキャラゲーの様な終わり方でしたが、こちらまで幸せな気持ちになりました。

そんなイチャラブサクセスストーリーとは異なり、作品の本筋となる話ではまさかの主人公が険しい棋士の道に敗れ、二十八歳引きこもりネットゲーマーになってしまうという展開に。棋士を目指し頑張っていた兄を応援していた妹の、兄の現状に酷く絶望し冷たく当たる、かつての友達は棋士の道と大学進学を皮切りに関係が切れ、久々に会った時には結婚して子供もいる、など中々に重い話になり、現実的にあり得る話なだけにやっていて辛かったです。

主人公が棋士になれなかったのは奨励会三段リーグの厳しさ故であり、実際に調べてみたのですが、棋士になるには奨励会に入り、三段に上がった後、三段同士でリーグ戦を行い約三十人の中から上位二名に入ることで四段に上がることができ、そこで初めてプロ棋士として認められるそうで、その割合は一,二割程度らしいです。幼い頃から勝ち続け周りからも天才と期待されていた主人公ですら霞むほどの精鋭揃いの勝負の場で勝ち星を増やしていかなければならない。色々な勝負事においてそうなのですが、負けないような試合運びを続けていった結果それが仇になり、肝心なところで踏み込めなくなって負けてしまうんですよね。

そんな絶望した主人公がこのまま終わるかと思いきやそんなことはなく、杏と再会することで様々な思いを吐露し挫折を乗り越えていくのですが、すぐにまた夢を追いかけるのではなく、アルバイトから始まる社会復帰物語仕立てなのがよかったです。まずは今まで迷惑をかけてきた周りの人間に対して、自分のことはその後で。プライドが高かった主人公が成長する重要な場面だったと思います。

その後はプロ棋士になるためのもう一つの方法であるプロ編入試験にて合格し四十一歳で念願のプロ棋士になります。これはアマチュアとしての実績を積み、公式戦でプロ棋士相手に十戦以上対局を行い、勝率が六割五分以上のものがやっと受けられる試験であり、そこでまたプロ棋士と六局中三勝できればプロ棋士として認められるという厳しいものです。

ひぐらしの鳴き声の演出や田んぼ道により、田舎の夏の雰囲気を十分に見せつつ、神様である杏などはあくまできっかけ作りなものにとどめ、話は現実的に描くというのがよかったですね。後半、どうしても都合が良すぎるという部分が続きますが、そこまで現実性を突き詰めたらバッドエンドにしかならないので仕方のないものだと思います。