複雑な構造の先にあるメッセージはとてもシンプル且つ力強いもので、読後は形容し難い幸福感に包まれた。彼らの物語をしばらくの間…できればいつまでも覚えていたい。
この作品のタイトルを初めて見た時、何やら凄そうだなとヘラヘラしながら思ったのをよく覚えている。「神話」なんてそんな...太陽神やら女神様やらが出てくる厨二要素満載なゲームなのかなとか考えていた。であれば「考察ゲー」やら「難解」と呼ばれている事に合点がいくなぁと。
実際、手に取ってまじまじと見てみるとジャンルは「影探しADV」だという。ますます訳が分からなくなった。しかしだからこそ、どんな作品が待ち受けているのか期待とわくわく感を抱きながらプレイできたのだと思う。こんなにも恵まれたスタートを切れて本当に良かった。
さて、本作を読み終えての感想だが物凄く面白かった。読み始めは世界同士の関係性がいまいち掴めず、またキャラクター同士の会話を見てもあまり面白いとは感じなかった。正直に言ってこの時点では期待より不安の方が大きかった。
だが、物語が動き出すとその時感じていた不安は一気に「楽しさ」へと変わっていった。動き出した時点では何が起きているかはわからないわけだが、何もわからなかった登場人物達の情報が少しずつ少しずつ開示されていくあの感じが堪らなかった。
本作を理解するうえで大きく役立ったもの、それは人物相関図とノートの存在。人物相関図はその名の通り登場人物達の情報を整理する際にとても助かった。やはり文章だけだと曖昧になっている部分もいくつかはあるため、ああやってビジュアル化してくれると嬉しい。また、物語が進みごとにちゃんと情報が追記されていくあの仕組みもよくできているなと。
また、ノートについては主に世界の繋がりを整理する際に。本作はMYTH、2002年(A)、2002年(B)、2016年、アグニ歴200年と複数の世界を有している。現実と仮想の二つの世界を有する作品はよくあるが、現実と仮想×nの作品はそこそこ珍しいのかなと。まあそんなわけで気を抜くとあべこべになったりするのだが、それを阻止してくれたのがあのノートだった。実際に主人公もノートに記載することで状況を整理していたというのも素敵だなと。登場人物と一緒になって世界の仕組みを考えていく、ADVの良さが詰まっていた。
といった感じで物語はそこそこ複雑な作りになっていたが、だからと言って考察しなければ物語を理解できないわけではない。情報が欠けている部分、もっと知りたいと思う部分こそあれど、それが作品のテーマに大きく関係しているかというと私はそうではないと思う。考察する余地はあるが考察を強要してはこないと言うべきか、しっかりと訴えたいものは伝わってきた。
MYTHが人為的に創られた世界だと分かり、主人公たる田辺命人が現実へ帰ろうと躍起になっている時はそういうオチ(現実世界へ抜け出す事がゴール)なのかなと思っていたが、そんな生温い作品ではなかった。
本作のテーマは架空世界から抜け出すことではなく、架空世界の人間にも生があるという事を主張したかったのかなと思う。現実へ帰ることを夢見ては絶望して、また夢を見た命人へ突き付けられた答えはあまりにも辛すぎるものだった。オーディンに利用されたとはいえこの作品はなんて惨い使い方をするのだと、彼の正体が明らかになった際は同情した。しかしながら物語を読み終えてみると全部が全部彼にとって不幸だったとは思わない。そう感じたのは梓門のあの台詞があったから。
「架空の人間だって生きてるんです!」
ハッとさせられた。私は途中から現実はどうなっているか、現実での彼女たちはどういう人物なのかと、「現実」の事ばかり考えていた。だからこそ市井諒子や田辺命人への関心がとりわけ大きかった。だがこの作品にとって重要なのはそこではなかったのだ。たとえ創られた世界であっても生きていることには変わりないんだと、現実に生きることだけが全てではないと教えてくれた。
その考えをスッと受け入れることができ、「良いなぁ」と感じることができたのは実際に登場人物たちに魅力があったからだろう。オーディン、ヴァルキリー、綺姫、悧里...。本当に皆生きていた。彼らがどう生きていたか降り返ってみると中々感慨深い。それこそ序盤の日常風景にもちゃんと意味があったのだなと。
そして、その事を踏まえた命人について考えると哀れむ気持ちなんて欠片もなくなる。むしろこの世界に誕生したことを祝福してやりたくなる。
物語は終わってしまったが、彼らの生活はこの先も続いていくはず。たとえ現実がどうなっていようがあの世界は続いていくのだ。外から見ればそれはとても閉鎖的なものであり、一概にハッピーエンドだとは言えないかもしれない。けれど私はそんな世界を「美しい」と思う。
また一つ忘れたくない物語に出会えました。素晴らしい作品をありがとう。