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amaginoboruさんの西暦2236年の長文感想

ユーザー
amaginoboru
ゲーム
西暦2236年
ブランド
Chloro
得点
95
参照数
826

一言コメント

思考と実践を促す作品。日常にある違和感や誤った方向へ進みがちな事象を取り上げ、解説・ケーススタディ・実践を用いて読み手の意識改革を促すノベルゲーです。こう書くとビジネス書・啓発書を想起しますが見せ方が独創的で、また物語としても非常にレベルが高いため説教臭さや押しつけがましさは一切感じませんでした。とりあえずOPムービーが同人離れした超クオリティなので、それを見て興味がわいたら買いでいいと思います。長文前半は物語序盤を簡単にですが解説しています。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

時代は23世紀。人類がテレパシーを使えるようになり、口頭や文章による意思伝達が
希薄化した世界。2234年、テレパシーやインターネットを好まないヒメ先輩と主人公
ヨツバは、口頭と筆記を用いて様々な実験を行う「実験部」を夕刻に実践していた。
その3年前、ヨツバはテレパシーの使えない同級生、ハル・シオンに興味を持っていた。
そして時同じくして廃墟で会合した、テレパシーしか使えず五感を持たない少女もまた
名前をハル・シオンといった。


『西暦2236年』の序盤は2234年の部活動と3年前の回想を繰り返して進行します。
同じ名前の同じ顔をした二人の少女。なぜテレパシーが使えないのか。なぜテレパシー
しか使えないのか。なぜ廃墟にいたのか。その辺が徐々に解明されていく物語だと
思ってもらえればOKです。ティザーサイトや作品冒頭にある99通のメールとか複数の
世界とかは追々絡んでくるので。

本作を楽しむ上で肝要なのが思考と実践です。問いや疑問に対してすぐに答えを求める
のではなく、まずは自分で考えわからずとも正解を出す努力をする。答え合わせをして
結果や解答に満足するのではなく、次の疑問はないかを考え必要があれば実践に移す。
そんな心構えで読み進めることで更なる意味を成す作品です。要はアンチョコにすぐ
頼るなってことですね。

純粋な一物語としても十分秀逸ですので、肌に合わないようなら考えずサクサク読み
進めるのも手です。ですが可能な限り問題には積極的に考えたり、現実で実践して
ください。とあるエンディングでは考えた結果面白さが増すような展開もありますし。


それと繰り返しになりますが、OPムービーは本当に同人離れしたクオリティです。
技術的な面もさることながら、ムービーを見ればどんな作品かが大体把握できるのが
大変見事ですね。視聴者が受けた印象そのままの作品ですから。

もちろん商用にも技術的に素晴らしいムービーもあります。ですがこれだけ口頭説明が
面倒な内容をムービーだけで感覚的に説明できてしまうそのセンスは昨今のノベルゲーに
おいては実に稀少です。大抵は動画で理解できるぐらい内容がシンプルな作品だったり、
ムービーとまったく異なる展開で騙す詐称ゲーですから。複雑な作品を感覚的に伝える
ことのできる動画という意味で、本作のそれは一際見事なクオリティといえます。



以下ネタバレ感想。Ver2.00の内容のため、旧バージョンをプレイされた方もネタバレ
にはご注意ください。















PHASE13のアレ、初っ端に0を引いたためループ系かといきなり勘違いしました。
PHASE2あたりまで進めて「読み直す前に選択肢試すか―」と15を引いたところで
仕組みに気づきました。その後計算を間違えて1度13へ逆戻り。学生時代にケアレス
ミスで減点くらった思い出がよみがえりました。ぐぬぬ。あと「14へ行け」で
エンディング(GAMEOVER)に繋がるのはちょっと面白かったです。偶然でしょうけど。
むしろPHASE18や19で終わる方が意図的なんだろうなーとかどうでもいいこと考えたり。
意味のない文字列数列に意味を持たせる愚かな人間です。

物語的にはこの「意味」という言葉がヒメとハルの結末を決定づけた印象です。
人間らしく好きな意味でその人を好きになるヒメと、意味がないから先が続かないハル。
最初にヒメEND見て釈然としなかったのが、トゥルーを見てからだと比較対象ができる
だけにより鮮烈でした。ハイ、ヒメ先輩派です。

というかハルが振られ前提なので比較は意味ないんですよね。振られる魅力を持った
ヒロイン、ということなので。振られてビターエンドとなるためのキャラ像。これまた
見たことないタイプのヒロインでとても興味深かったです。ただ現時点で私は2周目を
まだプレイしていません。

ヨツバはハルを好きになった理由がなかった。本当に?

違和感として漠然と受け止めてはいても、それをプレイ中にはっきり意識した人は
どれだけいるのでしょうか。私は意識していませんでした。いわれて初めて気づかされ
ました。ヨツバが親の不在や雲・虹の不自然さに気づいたように。

ならどうするか。確認ですね。不自然に気づいたら追求と実践。それが『西暦2236年』
一番の主張です。つまり、周回プレイをしてこその本作というわけですね。だから
MEGANEモードがついているんですねーちくしょーどこまで作者は先回りしているんだ!
メガネマスコに癒されつつ読み直してきます。一部シナリオ違うらしいですし。



それはさておきヒメルート。こちらもなかなかエグいですね。絵なしとはいえレイプ
シーンがあるとは思いませんでした。物理的にフルボッコにもするし。それでも「それ」
は自分を保つためにヨツバに縋るしかなかったわけで。愚かな人間の様子がこれでも
かと書かれていて実に醜い。

ただそこからの白黒画面とハサミの音は読解力の足りなさから意味を読み取ることが
できませんでした。殺して肉体を捨てたとかそーいうお話ではないし、ハサミで何かを
絶ちきった?3周目でわからなかったら誰か答え合わせさせてください。ということで
未プレイのあなたもプレイしましょう(ダイマ

ですがラストのヒメ先輩を探すシーンは最も印象に残りました。序盤で出される
設問がホントにもう好きすぎる。


問題――
いま、タロウくんとアカネちゃんがいます。タロウ君は分速80メートル、アカネちゃんは
分速50メートルでそれぞれ歩き始めました。スタートの時点でタロウくんはアカネちゃん
よりも50メートル前方にいて、二人はまったく同じ道のりを進むとします。さて、この
二人が出会うことはあるでしょうか?(ヒメ注:日常の範囲で答えてね)



当時のヨツバは「前の人の方が早いから、追いつけない」と答えた。
マスコは「競技場のような周回できる状況なら追いつける」と答えた。
ヒメ先輩は「お財布を忘れたから折り返した。だから会えた」と答えた。
私は「地球上だから直線で歩き続ければいつか追い抜く」と答えた。
(マスコとかぶってますが、いちお答えが出る前に考えました。)

そしてラストのヨツバが出した答え。そうくるかー!ってなったの私だけでしょうか?
あのグダグダで優柔不断で自分本位で考えない実践しないすぐ答えを求めるヨツバの
答えがこれですよ。確かに日常の範囲だし納得もできた。シャッポ脱ぎましたええ。
(答えを覚えてない人は再プしましょうさあ起動しよう。)

ここって答えを見る前に多少なりちゃんと考えてないと、感動が降りてこないと思うん
ですよね。それこそ自分で調べて見つけて体感した時のような感動はなくて、ヨツバの
解答に「ふーんあっそ」で読み飛ばしたんじゃないでしょうか。それこそ親・雲・虹の
ように。序盤で問題に対し真面目に取り組み、一方で物語のクライマックスという形で
「実践」しているヨツバを見せてくれたからこそ、私は感動できたのでしょう。
つまり思考と行動という「テーマ」と、ヨツバとヒメの「物語」がここ一番のシーンで
綺麗に交差しているんです。

元より本作はテーマと物語を非常に丁寧に絡ませています。テーマに寄りすぎれば
登場人物の行動がいかにも設定された人形のように見えますし、物語の主張がすぎても
本題がぼやけてただの娯楽作品になってしまう。そのギリギリをついて常に読者を
楽しませてくれるのが本作ですが、その最たるがこのヒメルート最後のギミックだった
ように思えます。

実はそこまで大それたシーンじゃないのかもしれません。ですが物語は自分で想像を
膨らませて読んでこそ、だと思います。意味のない文字列数列に意味を見つけるのが
人間で、それが想像力です。なればたとえ大多数の読者や作者が意図しない事柄でも
そこに自分が意味を見出したなら意味はある。それを確実化するために理由を探し、
実践して具体化する。それは答えだけを求めず思考と実践を求める本作の姿勢そのもの
だと思うのです。

だからヒメルートのヨツバの答えは感動できたし、PHASE13の「14に行け」は偶然。
でもPHASE18や19で終わるのは意図的だと思います。そういう意味を見つけました。
だって人間だもの。みつを。

以上「思考と実践を促す物語」それが私の本作への評です。大変素晴らしいノベルゲーでした。



蛇足
おそらく私も同様に、スルーしてしまった面白さや観点がまだまだ作中に残って
いるのでしょうね。それを探すために、そしてヨツバがハルを好きになった理由が
本当になかったことを確認するために、やっぱり周回はしないとダメみたいです。
MEGANEです。

ただ周回するにあたりひとつ本作へ苦言が。セーブ&ロードやりづれーです。あと
スキップ遅いです。演出カットと既読カットもありません。システムはちょっとダメダメ
ですね。読み直すための本作が読み直しづらいのはアウト。次回作はその辺を調整して
いただけると嬉しいかぎりです。


蛇足2
物語の読み方について。
これがテストならば「書いてあることだけを読み取るのが正解」とかいわれちゃうん
でしょうけどね。ヨツバとハルのやり取りにも「テストの答えは良い点数をとれるものが
正解」的なこといってましたし。まぁそんなつまらない読み方はしたくないものです。


蛇足3
あと「うんこ」のシーンも大好きです。爆笑もしましたけど、これ答えだけを求めて
知識を求めないヨツバだからそう見えたんでしょうね。貪欲なヒメ先輩には神のごとき
文章に見えたわけですから。どんなに素晴らしい論文数式も、興味ない人にしてみれば
うんこに等しい。皮肉とウィットの効いた面白いシーンでした。


蛇足4
でもヒメルート、2013年に飛んだ理由はまだはっきりとしないんですよね。もしや
パラダイムロストが起きたのがこの付近?だとしたらヒメがアリス?情報が少なくて
理解できていません。やはりMEGANEか・・・。

でもアリスに関しては予告にあった通り、次回作に繋がるのでしょうね。
アリスの午後茶会、西暦2236年を読み直しつつ楽しみにしています。





――2015年10月30日追記――


◆MEGANEモードの違い
 ・OPムービーの内容、曲のピッチ、一部歌詞の変更
 ・マスコの立ち絵やスチル、マンガの大半がメガネ着用
 ・一部テキスト変更。
 ・一部1枚CGの差し替え。

※物語の根幹に関わる部分の変更はなかったと思います。たぶん。



◆2周目プレイ所感
ヒメルートで新たにわかったことは、パラダイムロストが2025年に起きたという
証拠がない点のみでしょうか。ワンダーランド=パラダイムロストとはどこにも
書かれていなかったなと。じゃあ2013年10月5~6日ってなんなのさって話ですけど、
背景写真の撮影日で現実とリンクしてるとか、そのぐらいしか思いつきません。
白黒画面とハサミのシーンは・・・ヨツバが拒絶して自分の理想ではないヒメとの
関係を断ち切った(=刺殺?)としか読めません。うーん自分の至らなさが悔しい。


ただハルトゥルーに関しては前向きな解釈ができました。アイの物語だなぁと。
あのヨツバの行動って、彼がハル・シオンにできた最大のことだと思うんです。

だって幸せな結末を求めるために7764年以上VHSを見続けたわけじゃないですか。
絶望と戦いつつ。私なら1年どころか半年たたずに諦めてます。昔好きになったから
なんて理由だけで、そこまで個人に入れ込む理由がないですから。それは2231年の
ヨツバにも同じことがいえます。

そしてすべての可能性を見尽くして、幸せな結末が一つもない事実にたどりきます。
いつぞやヒメ先輩が悪魔の証明の難しさを説いていましたが、ヨツバは実践しちゃった
わけです。パネェ。

次にとったヨツバの行動。幸せになれないならどうするか?シュンに導かれつつ
考えた結果、ハル・シオンに事実を告げました。君のことが好きじゃなかったと。
悪魔の証明で得た結果です。

物語的に見れば感動的なシーンですけど、ヨツバにしてみれば最悪の結末ですよね。
ハル・シオンと一緒になれないのは当然として、7774年以上の月日と労力と絶望の
結果が何もないんですから。それどころかドッペルゲンガーも見つけていないから
心理宇宙内の本当の自分にも気づいていない。ベッドから目が覚めてもハル・シオンは
もちろん、ヒメ先輩もマスコもいない。正真正銘なにもない。しかも世界は現実の
欲望から作られたある種のイミテーション。知ってしまったヨツバは、自分がそこに
いる実感すら湧かないはず。哀しいまでにバッドエンドです。

でも結果として、心理宇宙にいたハル・シオンは不幸せな人生を歩まずに済みます。
ヨツバの行動のおかげで。別にハル・シオンのために行動したわけではありません。
しかし共にする可能性を探ったのであれば、それは結果としてハル・シオンのため
といえます。全てを失ってまで決行した、ヨツバのハル・シオンへの無償行為。
実に愛です。たとえ好きの気持ちが嘘だとしても、そこに愛はあったのかなと。
以上が私の考えるPHASE19の意味です。

C.Sは著書で述べます。
「私はこの19番目の次元に「アイ」という名前をつけることにしました。
それは、Iでもあり、愛でもあり、哀でもあります。」と。

なるほど。



ヒメのヨツバに対する要求は露骨に表現されます。教えるべき生徒でいてほしい。
自分にあこがれる後輩でいてほしい。自分を見失わないよう観測し続ける存在でいて
ほしい。そして欲求を得るためには手段を選びません。女の武器もガンガン使います。
でも相手の要求は飲みません。不要なときは即ポイチョです。だから最後にヒメの
要求を受け入れたヨツバを美しいものと認識してハッピーエンドに至ります。
(例の白黒ハサミシーンの内容にもよりますが。ヒメとヨツバが溶けて、意味のある
もの何でもかんでも美しいと思ってた可能性も大です。スミマセンそこまで読めて
いません。)

対してハル・シオン。ヨツバへの要求は何も出さない上に、異物の介入を嫌悪します。
ハルは犯された後におかしくなり、シオンは人間とロボの区別を読書感想文の題材に
取り挙げる。カラスが体育館に飛び込めば不自然な態度をとり、ヨツバとのセックスで
破局が始まる。自分ではない何かが入ってくること自体を許せないのがわかります。

ハル・シオンの望む友人・恋人像とは「本当の自分を見てくれるだけの人間」なので
しょう。心身ともに一定ラインからは中に踏み込んでこない、かつ「シオン」を認めて
くれる人。凄くわかりづらいですが『フォークソング』の志帆と透の関係から肉体関係を
取り除いたもの、みたいな感じでしょうか。著名なコミック『魔方陣グルグル』で
デリタが提示した方法でもあります。遠くて近い関係です。
PASSを人のように扱い、肉欲に負けて手を出してしまうヨツバと相性が悪い最たる
理由は(他にも色々あるのでしょうけど)そこにあるように見えました。

だからヒメルートには分かりあえた(ような)エンディングがあり、ハル・シオンに
できた最大のことは、好きでなかったと告げることだった。ヒメルートと同じく自分で
考え実践し、かつそれが相手に対しできるほぼ最大の行為だからこそ、2つの結末は
等価であるように思えます。