TSゲーとしては久々の傑作だった。何しろ主人公が女になるという変身や入れ替わり物ではなく、男の主人公がもうひとりの自分(クローン)を女として生誕させる作品だった。これはもはやSF作品である。本作をTSゲーと扱うのは何か違うのではないかと思えるくらい筋の通ったトゥルールートの存在が頭を離れない。本作はTS作品に興味が無い人でもプレイ可能な『ちゃんとストーリーがある良質のエロゲ』となる。フルプライスでそれなりにボリュームがあり、他のエンドにも漂う一定の「せつなさ」みたいなものがたまらない作品だった。
「俺が楽しみにすると発売延期するというジンクス」が今回も発動してしまったが、同時に起こる「クソゲーか大穴の二択」というジンクスのうち、本作は見事に大穴だった。しかもTSゲーであり、予想外に素晴らしい展開である。
27歳、コミュ障、独身、デブ、ブサイクの主人公・神宮アキト(かみや・あきと)は、もともとはある会社のサラリーマンだった。しかし対人関係がうまく行かずに退職し、その会社向けの仕事を請け負う個人事業主(SE)として生計を立てている。
趣味は、アニメ・ゲーム(ソシャゲ、エロゲ)であり、新作アニメはフルコンプで録画し、毎月月末には大量のエロゲを予約してショップに通うオタクである。
アキトは27歳の誕生日の朝、誰からも「ハッピーバースデー」のメールひとつ来ないことに落ち込んでいた。このままひとりで居るのはさびしい、しかし誰かと付き合うのはハードルが高く、女という存在自体が面倒くさい。
世界観は近未来であり、少子化への対策として政府は満29歳以下の男女に対してセルフクローニング化を認め、アキトはこの公募に応募した。そして、初回生誕クローンとも言うべき自分自身のクローンを、女性という形で作った。
しかし、このクローン女性は男性主人公(アキト)の記憶を受け継ぎながら女性化している存在であり、自分がなぜ女性化しているのかについては理解していない存在であった。
TSゲーとしてはアキトが女性化したことで起きるイベントを期待したものの、クローン女性は予想外に自我を持っているのだった。
そのため、クローン女性はアキトのことを「元俺」と認識しているが、アキトはクローン女性のことを「中身は俺だが、俺とは別の存在」と認識しており、この認識のズレがストーリー展開に影響して来るのである。
今後アキトは果たして、クローン女性とうまく付き合って行けるようになるのか、はたまた『俺は俺』と自分の好きなような道に突き進んで行けるのか。
当初は名前も付けず、クローン女性に対するアキトの態度のぞんざいさが気になったが、世間の反応としては妥当なのかもしれない。
クローン女性はたまたま外出した際に出先で名を聞かれ、とっさに自らを「アキラ」と名乗るのだった。
共通ルートには、クローンである「女の俺」を作った国立研究所に定期的に検査に行くシーンまである。本人がクローンとHしても子供が出来る確率が極端に低いとか、仮に離婚しても国が責任を持って「人権を持ったひとりの人間」としてサポートするとか、今までのTS作品ではまず登場しない場面がある。何というか、すげえ。
初期設定からしてクローンはアキトと結ばれるのがすでに決まっているのかと思っていたが、この検査のシーンを見るとクローンがアキトの元を離れる展開(バッドエンド?)もあり得るのだと思えるところに妙なワクワク感があった。
CG数は64、Hシーン数は47である。
七Gという方の原画がおおむね美しくて素晴らしいが、CGが一部崩れているところと、アキラがせっかくかわいい下着を恥ずかしい思いをして試着して買ったのにCGで登場するのはあまりかわいくないヤツだったりするところと、幼馴染の詩織が同じ服しか着ていないところが気になった。
こういう部分は誰もチェックしないものなのだろうか。
WendyBellはこういう作品を出すブランドじゃないので偶然の産物と解釈するが、TSゲーとしては久々の傑作だった。
こういう予想外のTS作品の登場は大歓迎である。
以下は各ルートの話になるが、ネタバレ要素が多分にあるので閲覧にはご注意いただきたい。
1.樟葉(くずは)センパイルート
クローン女性がアキトに頼まれて成果物の納品に行き続けると、アキトの元職場のセンパイであり、現在は雇用主側である樟葉(くずは)センパイと親しくなる。
センパイにはみずからを『アキトの妹のアキラである』と名乗っていた。
この間、偶然に出会った幼馴染の詩織は、アキラにアキトとの関係を問いただして来る。『妹だ』と言うことに軽い不信感を持つものの、これをきっかけに詩織はアキトの元に通い妻よろしく食事の世話や掃除などをしに現れるのである。たびたびやって来る詩織の前に、アキラは自分の居場所の無さを感じて、詩織がやって来た時には無理やり外出するようになった。
やがて、アキトはアキラに、詩織と親しくなったことや初体験を済ませたことを打ち明けるのであった。
たびたびの行く宛ての無い外出に無気力化したアキラは、いつしかセンパイの会社の前に来て、センパイに会いたいと思うようになるのであった。
このルートでは、アキトが詩織と親しくなった結果、アキラのことを単なる同居人くらいにしか思わなくなり、アキラがセンパイと親しくなっていくのに気が付きながらも何も言わないというダブル浮気のような展開となる。
そして、アキラがセンパイ宅で偶然放送していた『クローンの研究』というTV番組を見た時に、みずからがそのクローンであることを明かすのだった。
女性化して世に生を受けながら男性主人公に相手にされなくなるという、クローンの孤独のようなものが描かれたルートであり、TS作品以上にSF作品のような味わいがあった。アキラに感情移入してしまうとこのルートは泣けてしまう。
トゥルーエンドに対するアナザーエンドと思えた。
2.痴漢のおじさんルート
クローン女性がアキトに頼まれて成果物の納品に行く際に、電車の中で痴漢に遭う場面がある。この時に好奇心で面白がって痴漢にされるがままにしていると、痴漢のテクニックにはまってしまう。やがてアキラは快感を求めて痴漢目当てに電車に乗るようになる。その結果、痴漢のおじさんはアキラに『もっと気持ちがいいことをしてあげる』と待ち合わせ場所を指定するのであった。行き先は地方のひなびた旅館であり、まさかの痴漢のおじさんとの一泊二日旅行であった。
そして、痴漢のおじさんから痴漢をするに至った身の上話を聞いたアキラは、おじさんに同情するのであった。
このルートはTSゲーとは思えないエンドであり、珍しいエンドに思えた。
3.詩織との快楽のとりこルート
クローン女性がアキトに頼まれて成果物の納品に行く姿をたびたび目撃した幼馴染の詩織が、アキトとの関係を問いただして来た。『アキトの妹のアキラである』と説明するが、「お茶ぐらいになら付き合う」の選択肢を選ぶとこのルートに入る。やがて詩織はアキラにファッションセンスをレクチャーしたりおしゃれな外食店に一緒に行ったりと、女友達として仲良くなるのであった。しかし実は詩織はバイセクシャルであり・・・。
最終選択肢の片方を選ぶとこのルートとなる。TSゲーではお約束のレズシーンが本作にも登場する。
4.詩織との3P肉欲ルート
3番のルートの分岐形であり、最終選択肢のもう片方を選ぶと詩織・アキラ・アキトとの3Pエンドとなる。
本作では最も未来が無いエンドと言える。
5.アキトと肉棒オナニールート
アキトに頼まれる納品をことごとく断っていると引きこもりになってしまうが、アキトが納品に行っている間にアキラはオナニーにはまるようになる。どんなオナニーが気持ち良いかを検証しているうちに、アキラはバイブやディルドーよりも気持ちが良い肉棒(アキト)の存在に気が付くようになる。
アキトと結ばれているように見えるが、それはアキラにとっては愛の無い肉棒オナニーでしかないのであった。
アキラがアキトの肉棒をオナニーの道具としか見ていない、精神的な結び付きがまったく伴っていないエンドとなる。
6.トゥルールート(進展の無い二人)
5番のルートからの分岐であり、アキトとアキラがようやく結ばれるエンドとなる。
ところが、もともとは同じ人間であり、もうひとりの「俺」に対してお互いに過剰なものは何も求めずに、「今までどおりで行こうよ」みたいな平和な展開となる。やがて、ひとりからふたりに増えたオタクたちは、手狭になった元のマンションを引き払い、引越しをするのであった。
アキラという「もうひとりの女の俺」を、アキトが初めて正面から見据えてその存在を認めるストーリーでもある。
しかし、ふたりの間には何の進展も無いのである。
このエンドの最終展開には不覚にも涙が出そうになった。
冒頭の、ひとりで居るのはさびしい、しかし誰かと付き合うのはハードルが高いし女という存在自体が面倒くさい、それならば俺のことを最もわかってくれるもうひとりの女の俺をクローンとして作ろう、というきっかけ部分に改めて戻ってしまうところに、ストーリーの巧みさを感じた。
このルートには1番のルートに内包された「クローンの孤独」が存在しないのである。しかし1番のルートと同様に未来があるのである。
まさかこのようなTS作品が登場するとは思わなかった。
【以下、雑記】
※攻略順としては、個人的には6番を最後にプレイすることをおすすめしたい。まさかのさわやかなエンドで終われることと思う。
※計名さや香・歌唱の主題歌が素晴らしい。
特に、オールクリアしてから聞きなおすとアキトとアキラのテーマとも言える「深み」みたいなものを感じることが出来る。