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HARIBOさんの飢えた子羊の長文感想

ユーザー
HARIBO
ゲーム
飢えた子羊
ブランド
Zerocreation Games
得点
85
参照数
220

一言コメント

明朝末期、人身売買をする男と男と女の物語。 暗い雰囲気の中で交錯するそれぞれの思惑、変化する主人公とヒロインの関係性、主人公と相棒の関係性が見事。 読み応え十分、面白かった。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

私は海外産のノベル形式ゲームをやったことがなかったのですが、本作の予想外のクオリティには驚かされました。
満穂の過去に注力した伏線は読み応え抜群。明朝末期に忠実かどうかはわかりませんが、世界観と空気感は真に迫るものがあり存分に物語に浸れました。墨絵風のようなCGと背景も世界観をうまく演出してくれていましたし、総合的に見て完成度が高い作品でした。面白かったです。



〇システム、翻訳等


2024年10月Ver.1.32でプレイ。
日本語フルボイスが追加されたバージョンです、メインヒロインの満穂役には釘宮理恵さんを起用、幼さの中に芯のある彼女を演じるのにピッタリでした。
その他の声優は一部のチンピラに少し違和感を覚えることもありましたが特に不満は無し。

翻訳精度はたまに変だな、とか変換がおかしいなということはありましたが、お話の流れは十分わかりますし登場人物の心の機微も伝わってきましたので、おおむね高水準なのかなと思います。
おそらく翻訳の過程で削り落とされたり丸められたりしている表現があると思うのですが、翻訳されてこれならば原文ではどれほどのものなんでしょうね。オリジナルを読んでみたいものの、中国語どころか英語もおぼつかない身としては無理なのが悔しい。

フローチャートはざっくりとしたものですが、必要十分。分岐条件が書かれているのも好みです、ヒントを頼りに数回試行すればEND回収も容易でしょう。スキップ速度も高速の部類でしたから再プレイにストレスを感じませんでしたし。



〇登場人物とストーリーについて少々


・良と舌

私はこの二人の距離感がとても好きでした。二人の関係性は基本的に利害関係から成っていましたので、お互いの主張が大きく齟齬した結果がアレなのは納得ですが、そうならないために舌は配慮していたのですよね。

「知らないほうが安全なこともある」
「言わなければお前は俺を責める、あるいは怖気づいて、この仕事をやめてしまう」

子羊たちに対して急に優しくなったことを問いただされた際に言った舌の言葉。

これはまさしくその通りで、舌は良がそうなることを予期していたのです。そして予期できたということはそれだけ良のことを理解していた、憎からず思っていたのでしょう。

これに対して良は、”俺は知らないままでいてほしいと心から思っていた”と、舌の心境を十分に理解していたのですから、良も同じく舌のことを憎からず思っていたのでしょう。

それをわかっていながらも

”だがーー俺は知らなければならない。”

と決断した瞬間に袂を分かつ覚悟は決まったのだろうなぁということを感じて、崩れてゆく二人の関係を思って少し切なくなりました。

二人はお互いを「狼」と定義して最後まで本当の意味で心を許し合える関係性では無かったのだと思います。ですが死ぬことでその軛から解放されたのかな、なんて思えたシーンがあるのです。

「彼の肉塊は馬の動きに合わせて上下に飛び跳ね、嬉しそうに俺と一緒に町を出た」

宿屋の前で出会った刺客に自分たちとの相似点を見つけ、舌に話しかけたシーンです。
良の一方的な視点であり舌は物言わぬ死体以下の物質ですが、こんな強烈な比喩をぶつけてくるのかと一瞬目を疑いました。
これは生き残った者の心理的納得のために使われる、ある意味傲慢にも見える考え方ですが、二人の関係性にとってはこれが何よりの安らぎのような気が私にはするのです。
駄馬の上からは、彼の、人を舐め腐ったような「ハハハハハハ」という笑い声がこだまするようで。


・満穂と各エンド

最初は様々な知見や機転により賢しらな少女の印象、続いて舌の遺体を処理する様子などから歪さと闇を。そして過去を知ることで、彼女の無念と苦悩と復讐心を。最後に変わっていく仇に対する葛藤を。
物語が進むにつれ新たな印象が更新されていき、彼女の魅力にズブズブとはまってしまいました。良の過去についてあまり触れなかったこととは対照的に、彼女の過去はこれでもかというほど詳細に描かれているのがまたウマいのです。


麦穂に囲まれ、猫に魚を与えて笑う幼女時代。
弟、男児に家族の期待と目が向くのは時代からして当然で、それに少し嫉妬しながらも弟を愛しく思える心がありました。

干ばつで麦穂は死に絶え、猫も食料と化していく中、絶望の中でも下賤な影絵師で日銭を稼ごうとする父の助けになろうとする様子には甲斐甲斐しさがありました。

父が帰らず、食べるものもなく、壊れていく母と足手まといの弟に囲まれながら食いつないでいく様子には哀れさが見えました。弟は大事な存在、でも少し疎ましく、しかしそれを失えば母が壊れていくことは明白で、だから生きているという幻覚こそ見えたのでしょう。

弟を茹で、母が壊れ、死に、彼らを食べて、帰るべき家に火を放った彼女には決意が見えました。

山道、街道を歩き悪漢に囚われ抗う彼女には闘争心が見えました。他者を排斥してでも成し遂げなければならないという信念も。

宿屋の老調理人、置屋の姉さんとの交流で、荒んだ彼女の心に沁みる優しさ、それに感謝の念を感じる彼女には信頼が見えました。老調理人が残した靴は確かな価値を持って、良の送った靴とリンクし彼女の葛藤の一助になったことも大きいです。

質屋で小袋を見つけた彼女には、父が死んでいたという悲しみと、自分たちを捨てたわけではないという安堵と、仇に対する増悪と復讐心が感じられました。

過去編だけでもとても濃い彼女の成長と挫折と決意が見えるのですが、これを現代のもろもろの行動に当てはめるとまた重厚なのです。
そうして合わさった全体のストーリーに彼女の思惑が占める部分も当然大きく、彼女が良をどう見極めるかが鍵であったと言えます。

良の選択が「狼」から良、つまり善性に寄って行くにつれ彼女の葛藤が深まり、結末に変化をもたらす構成ですね。
「無言」「逃げて」「見えず」「餓死」が基本エンド。


■「無言」
何も告げず姿を消して豚妖の屋敷に押し入り、罪を良に擦り付ける形で終わるエンド。
無言ですから彼女の考えは最後まで良にはわからないのですが、これが何よりも残酷に思えるのです。
良は洛陽までの旅路で多少なりとも穂の気持ちを理解していたつもりになっていたと思いますし、それは間違ってはいないと思うのです。でも、わずかに足りないから穂は何も告げてくれなかった。
理解していたつもりが理解できていなかった、信頼されていたつもりが信頼されていなかった。問いただす相手は既に亡く、自分も死に向かう。この辛さたるや、まさに復讐、実に残酷で。

■「逃げて」
「無言」と同じ流れですが、「逃げて」の一言が加えられたエンド。
このわずかな一言によって変わったのは結末、侠客としてその生涯を終えられる花道が用意されたことです。この花道は当然満穂によって用意されたもので、この上ないほどの贈り物でした。
これは私の想像ですけども、復讐心を捨てきれない、逃げられるなら逃げてくれても良い、でも自分では逃がせない、もし捕らえられるのなら覚悟をさせてあげよう、そして、せめてもの手向けの舞台を。みたいな感じですね。

あと私が少し古い価値観なのは承知した上で言わせていただくのですが、ここの満穂は実に「いい女」なのです。後ろに楚々として付き従うのではなく、「花道は用意してあげたわ、あとは自分で歩きなさい」と、背中を押してくれるような。

「私、〇〇を必ずもう一度男にしてみせるわ」

CLOCKUPというブランドから出ている「眠れぬ羊と孤独な狼」というゲームの女キャラの言葉で、私の大好きなセリフです。似たような雰囲気を感じたので少し紹介させていただきました、狼つながりということでご容赦を><

ちなみに見ようによっては良が満穂に踊らされているようにも見えるのですが、むしろそれが良いのですよね。
女に転がされて気持ちよく踊っているのが男の粋だと思うのです、花道に立ってからどうのこうの考えるなんて無粋ですから。

■「見えず」
豚妖の屋敷に押し入らず、葛藤の末入水自殺を選択したエンド。
残される言葉もなく、真意も問いただせず、命の危機もなく、為すべきこともない。なんとも物悲しい終わり方ですが、私はこれが実に「彼女らしい」と思うのです。

彼女の本質は「猫」であると冒頭で定義されていました。
猫に関してよくある言説として「死ぬ前に、目の届かない場所に隠れる」というものがあり、私はこれにリンクして想像したのです。
この説は動物の行動として必ずしも正しくはないとも思いますが、羊や狼などを人相として人物に割り当てているのですから、あえて多少なりともステレオタイプな見方をしたゆえの想像です。

このエンドでは満穂が死んだどころか本当に死んだのかすら見えず、それが「残酷な復讐である」と作中で書かれています。しかしそれと同時に「やさしい復讐」とも書かれているのです。
それは、このエンドには他と違う「良の未来」が残されているからなのでしょう。生きることが必ずしも良いことだとは言えませんが、少なくとも満穂にとっては価値のあるものだと私は思います。


「お父さんが死んでも、お前を捨てたりしない。お前も財児も死なせはしない」
「生き延びるんだ、ずっとずっと。」

亡き父に残された言葉は彼女の中で確かな価値を残していて、その生きることを良に託すということはすなわち、愛が根底にあるからなのだと思います。「好感度が高い状態」という分岐条件もその理由ですね。

■「餓死」
豚妖の屋敷に押し入らず、自殺もせず。葛藤の末に決断ができなかったエンド。ごめんなさい、あまり好みでは無いです。

他のエンドでできなかった会話と問答により彼女の胸中はさらけ出されますし、その感情発露は実に良かったです。ですがそこからTRUEに至る過程が私には強引に見えるのです。
良が語る、餓死を引き起こした根本原因についての理論を満水が容易く受け入れるのもなんだか腑に落ちませんし、因果関係についての問答も当事者意識が見えません。

問答の一部を引用します。


穂「弟は病気で死んだ。母は首を吊って死んだ」
良「じゃあ俺のせいじゃないだろう?」


そりゃあ直接手にかけてはいませんけど、そういうことじゃないだろうと。


穂「父親が食料と薬を買って帰るはずだったの!」
穂「お前に殺されて、帰ってこなかった……食料も薬もなく、弟は死んだ……母は弟が死ぬのを見て自分も首を吊った……みんなお前のせいで死んだ!」

ーー俺が家族を死なせたと信じ込み、責任から逃れられないようにしたーー


まぁその通りなのですけど、随分と他人事だなと。翻訳の都合でしょうか。



ーーそう言われると、確かに彼女の家族を皆殺しにしたと言えるーー
ーー俺は彼女に殺され、仇を討たせてやるべきだーー


受け入れるのがいやに早すぎるような。


ーーいや。それはどこかおかしい!!ーー
ーー一家全滅の罪を俺が全部かぶるのは、どうも何かがおかしい気がする。ーー
ーー仇敵は他にもいる!!ーー
ーーそいつこそ俺たちの最大の敵なのだ!!!ーー


不快に思われたら申し訳ないのですが、私には責任転嫁に思えてしまうのです。

これが舌だったらもう少しうまく展開して納得できる言葉に変えてくれそうなものですが……良の頭の中で自己解決するこの一連の急展開は、彼の不器用さがより際立って見えるのですよね。
舌、惜しい人を亡くしたものです。

TRUEについては後述します。

■「応報」
女の子らを金で売った良を見て、満穂が見限ったエンド、私は結構好きでしたね。葛藤の末、良を悪人と結論付けた終わり方は悲しみと安堵を感じました。

仇であり悪人と定めた男が善人であってほしくはない、しかし善人の側面も見せてくる。
その中で明確な悪性を見せてくれたことは明確な動機と理由であり、それにより決断できたことはひとつ、安堵です。
重ねて、旅の中で生まれた愛着もあり、期待を裏切られたことによる悲しみも同時に。

復讐なんてものは本来、余計なことを見ずに考えずに粛々と遂行すべきだと思うのです。どんな人間でもいろんな側面を持っているわけで、そんな側面を見たら復讐の刃が鈍るのも道理なのですから。それでも知りたい、見てから見極めたいというのは彼女の捨てきれない優しさなのか分かりませんが、その葛藤が物語の根幹でもあるのですよね。



〇飢餓とTRUEについて


タイトルの「飢えた子羊」、ED後のメッセージ「この作品を”もう餓死者が出ないように”生涯をかけた人たちに捧げたい」を見るに「飢餓」というものに対する並々ならぬ思いをテーマにしていることがわかります。
主役の良、満穂ともに貧困にあえいでいるのは飢餓が原因ですし、貧困により他者への思いやりがなくなるこの世界では、登場人物すべてに対して「衣食足りて礼節を知る」という諺がしっくりきます。
皮まで剝がされる樹木、小銭のために子供を売ること、そして度々出てくる食人の描写はリアリティがあり、読む人に訴えかけるものを感じました。

ただ、その「食人」に関する描写が強すぎるあまりに飢餓というテーマがぼやけているように感じるのです。
それを強く感じたのが豚妖、彼のイメージはペドカニバリズム野郎です。私腹を肥やした役人の元締め、蓄財の象徴、すなわち飢餓の対極の悪者ですが、最初に植え付けられたペドカニバリズムのイメージがどうにも抜けない。
特に彼の食人は緊急性、必要性のない人肉嗜食であり、庶民の緊急事態下での人肉食と対照的で悪性がことさらに強く描写されている。人肉食に善悪の区別をつけるつもりはありませんが、ちょっと極端だなと。

「餓死」で真の仇敵は誰か気が付いた、となるシーンでは豚妖をはじめとする権力者に怒りの矛先が向くのですが、これが急に思えるというのは先述した通り。
”自分は確かに満穂にとって仇だが、自分だけではない”という葛藤から脱却するために都合の良い悪役をあてがっていると言いますか。豚妖自身も小物で、飢餓という強いテーマを表現するのには足りていないですし、豚妖を倒したところで取って代わる人が現れるでしょう。

例えば「ともに生きる」では闖王軍が勝利しましたが、これはおそらく史実に則っています。彼のモデルになった軍はその後進撃を続けますが、規律は乱れ、早々に歴史から退場しますし、略奪行為も横行していたと言いますから、庶民にとってみれば搾取する人間が一時的に変わるだけなのかなと思うのです。

そう考えると良の決断は、振り上げたこぶしの落としどころを見つけるためのものなのでしょうか。そもそも革命というものは理屈では無く、不満の爆発なのですからこれはこれで道理なのかもしれませんが。


また物語全般を通して見ても、満穂の過去と復讐、そして葛藤のほうが印象深いので「飢餓」「餓死」のテーマがそこまで胸を打ちませんでした。翻訳によるものがあるのかもしれませんが、私の読解力不足かもしれません。
とりあえず建設的なところで、満穂という人物の存在が強すぎた、というのが私の中の一つの結論です。



〇おわりに


グダグダと不満点を書いてはいるのですが、「ともに死す」も「ともに生きる」も好きです。

「ともに死す」は本当の意味で気持ちを打ち明けた二人の最初で最後の共同作業ですから。作戦や礼儀作法は満穂が考えたもので、これまで舌がやっていた、不器用な良を支える立ち位置はまさに女房役という言葉にふさわしい。終わり方も実に綺麗な幕引きで、緞帳の落ちる音が聞こえそうなものです。

「ともに生きる」は急な9年後だったりいろいろと納得できないところも多いんですけど、素直に素敵だと思っています。
他のエンドが説得力のある悲劇を提供してくれているのだから、雑でもなんでも未来がどうなるかわからなくても、生き抜いた二人の未来があるエンドは素敵なものでしょう。

「彼女は生きている、俺もだ。これがもう、最高の結末じゃないか」

ーー「ともに生きる」の実績より。ーー

ところで、最後に船に乗るとき、馬ってどうしたんでしょう?
満穂に手を引かれて船に乗る描写しかなかったので、繋がれたまま置き去りにされていないかが唯一の心残りです。