ErogameScape -エロゲー批評空間-

HARIBOさんの西暦2236年の長文感想

ユーザー
HARIBO
ゲーム
西暦2236年
ブランド
Chloro
得点
73
参照数
17

一言コメント

総合的にはあまり好みの作品ではないが、演出や展開など製作者のこだわりを細部まで追求した点は見事と言う他ない。後半の展開は微妙に感じてしまった、しかし前半はかなり好きな展開で楽しく読み進められた、あとマスコ可愛い。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

物語の構成は良く練られておりOP含めた演出もクオリティが高い。
根幹のSF設定は細部まで練りこまれており、それでいて私のような門外漢でも一定の理解ができるように噛み砕いて解説してくれている。
ヒメ先輩に比べ相対的に知識が劣るヨツバを聞き手に据えることで噛み砕いた説明に違和感を覚えさせないのも素晴らしい。

そしてマスコの存在は本作を語る上で非常に大きい、私が思うに最初から最後までヨツバにとっての本当の味方は彼女しかいない。
AIの中でも人間らしさを備えた個体であり、それを活かしたヨツバとの軽快なやり取りは実に微笑ましかった。相棒ってこういう関係を指すんじゃないかな。
しかし本質は人間とは明確に異なる人工知能であり、その点が描写されるにつれ何とも言えない不気味さと寂寥感のようなものが押し寄せてくる。彼女が「心」を持ち得たかについては“NO”と答える他ないと思うのだが、1つ目のENDでの端末限界、すなわち別れを見てしまうと何とも言えない気分になる。
幾度となく否定されている概念だが、マスコがクオリアを理解していたら私にとってこれ以上の救いは無い。




と、SF展開及びマスコの魅力を賞賛したうえで、あくまで個人的な感想として「私の好きな作品でではない」と言わせていただく。

個人的に微妙に思えたところはナガノより先、アーカイヴにたどり着いてからである。
C.S.により世界の本質が開示され物語のスケールは大きく広がったわけだが、反面ひとつのテーマについて掘り下げることがあまりなく、全体がふわっとした世界観に思えてしまったのである。哲学要素の按分が大きくなってきたからかもしれない、私は生き方みたいなものに理屈をつけるのがあまり好きではないから。
この世界の成り立ちと、この先のヨツバの内省・内観に目を向けてみればそこに落ち着けるのは道理ではあるのだが、ここまでのストーリーで見せてくれた概念への説得力がなんだか乏しい。まぁこの世界のすべてはアリスがそうだと決めればそうなのだろうが……。

また、スケールが広がったこととは対照的に彼らの世界は狭まったとも感じる。
基本的に図書館の中だけで進行する世界であり、最終的に登場人物はヨツバとC.S.の2人に移行していく…あのC.S.を数えることは適当とも言い難いので実質ひとりかもしれない。
当初はPASSがいたが次第にフェードアウトして姿を消し、先導者たるヒメは壊れていく。マスコの存在の大切さは先述した通りで、彼女が消えてからの関係性はどうにも温かみに欠けるのだ。

とはいえそういう変化があってこそヨツバは自分の内面に向き合え、何千年という時間の末にハルに向けた感情に終止符を打てたともいえる。
数千年の中で考え自問し答えを出すためにはAIであるマスコは居てはならない、だって彼女は絶対的な味方なのだから。

ただ、先述したとおり私の本作の好きな要素は当初設定の面白さとマスコの魅力に起因している。
それが損なわれていく展開は読んでいてどうにも虚しく思えてしまうのである。


もっと掘り返して見てみるべき作品なのだろう、私の気が付いていない伏線はまだまだあるのだろう。
「私があまり好きではない」という評価は私がそこに魅力を感じられなかったという、ただただ私の好みの問題である。

ちなみに先述した本作の好ましい要素をピックアップした作品が「西暦2236年の秘書」だ。
マスコが非常に可愛く、また本作冒頭のSF、特にAIに関するところをピックアップしている。個人的にはこちらの方が好きな作品となったことは言うまでもない。




その他、単発的に思ったところを。



〇ヒメ先輩について


表面的な強さや博識さと自負の強さ、これは翻せば内面の弱さにも繋がる。
何かうまくいかない、自信がなくなるとヨツバに頼るところなどは一見すれば哀れにも見えるが、私にはとても美しく可愛らしく見えた。
彼女のルート中、身体でヨツバに誘惑を仕掛けるところなど俗らしく、唐突なフェラシーンでヨツバの「飲んでください」などの指示に唯々諾々と従う様子など庇護者への依存を感じられて実にウマい。
また半ば廃人と化してヨツバの後ろを付け回すところもいじらしく、そんな意志薄弱の状態でもヨツバ以外に犯されることに抵抗を示す様子は健気かつ無意識的な打算も感じられて美しい。

他にも過度な知を求め調子に乗るなど「人間らしさ」というものを凝集した、実に愚かで愛しい存在だった。



〇TRUEルートでのハルとの交際描写について


ハルは案外「普通の女の子」であり、彼女との関係性にはエロゲ一般のような結婚を見据えた運命的な縛りはないのである。巷のクラスメイトらのように惚れた腫れた、付き合った別れたというのが普通。
なんとなくこれまでのハルのイメージから一途な清楚系を想像していたところに「かぃちょー」などと小文字を使う様子は想像できなかったが、そういうところも含めて普通の女の子なのだろう。

告白を保留したり。
付き合っている意味を考えてみたり。
マンネリした関係性に冷めたり。
メールがこないことにやきもきしたり。
ぞんざいにされることに腹を立てて。
でもそれを言ったら嫌われてしまう。
でもたまりかねて吐き出して、謝ったり謝られたり。
拗ねられたり、キレたり。
そうしてすれ違って……。

そんな甘酸っぱいような、イライラするような、青少年らしい恋愛模様は共感で胃がキリキリするほどの出来栄え、見事だった。



〇マスコ(クラスメイト)について


先に述べた相棒、味方という要素はAIとしてのマスコのみならず、クラスメイトのマスコであるときも共通して保持している。

電話で告白の相談をした際に

「ハルは別に会長さんのこと好きじゃないと思うよ」

と苦言を呈す様子はその時点では彼女に悪感情を覚えそうなものだが、最終的に彼らが思いを添い遂げる未来が無いことを知ってからでは捉え方が変わってくる。
いずれ破局する交際の価値や意味を俯瞰して考えるのは無粋かもしれないが、ハルと付き合うことで感情を振り回されたり大事なものを犠牲にしている事実はあるので、これを未然に防ぐ彼女の苦言がヨツバのためになっているのもまた真実である。



〇演出について


CG表示のスクロール演出や自動送り、選択肢、ムービーなどクオリティが高く細部まで凝っている。
基本的には素晴らしい出来栄えなのだが、ほぼキャンセルができないところは残念。“こう楽しんでほしい”という制作側の意気込みは伝わるのだが、プレイスタイルや場面によっては不満を覚えるところもあるのでは。
個人的にはCGが複数表示される長めの場面転換などぐらいはキャンセルさせてほしい。
また周回プレイなどの際も同じく、加えてスキップ速度もあまり早いとは言えないためストレスがたまる。
制作のこだわりとユーザビリティは必ずしも相反するものではないが、個人的には少し微妙に感じたところだった。