「許容」というぬきたし無印とは異なるテーマでマイノリティの生き方についてフォーカスして描き切った神作。さらに、前作からストーリー、笑い、熱血もパワーアップしており、これらを兼ね備える作品でより高いレベルのものは今後現れないだろうと言っても過言ではない大傑作に仕上がった。
前作ぬきたし無印ではマイノリティとマジョリティの境界線、そしてその先の共存をテーマにした大作であった。その続編である本作『2』では生物学的には男であるが性自認は女である水引を中心にマイノリティについてさらなる無理解と共存(理解)の間の「許容」という観点から深掘りを試みて『ぬきたし』ワールドの完成度を極限まで高めた大傑作である。特にSenzuripoint Paccoman 第29章「The Steel Six」では戦闘そのものの熱さと淳之介と水引のやりとりを通じて許容というぬきたし2のテーマが非常に高いレベルで仮託され、全創作物のバトルシーンでも間違いなくトップに食い込む最高の出来となっている。
もくじ
1.固定観念による悪意なき差別
2.無理解から始まり、「許容」を通して、『1』の共存へ至る
3.淳之介と水引の戦いに仮託されたぬきたし2のテーマ
3.1仲間と理解
3.2強者と弱者
3.3許容と理解の実践
4.許容の楽園、青藍島
5.おまけ
1.固定観念による悪意なき無意識の差別
『1』では幼少時代の淳之介の巨根、麻沙音のレズビアンという性癖、そして文乃の母の裏風俗勤務という事情によりマイノリティが悪意の下、差別に晒される様子が描かれた。しかし、『2』ではマイノリティの苦難とは決して悪意によるものだけではないことが示される。それは水引のセクシャリティ─肉体と心の性別が異なるジェンダーアイデンティティの乖離、つまりはトランスジェンダーの無理解であった。青藍島では本島では規制されるドスケベが推奨されている。しかし、その実態は規則や教育により徹底して「男女」という区別が前提となっており、疑いようのないものとなっている。例えば『1』の文乃の頃から示されていたが、水乃月学園の制服は必ず戸籍上の性別によって決められている。仁浦県知事らから逃れるために偽の戸籍しか持たない文乃が男用の制服しか着ることができないのはそのためであった。その他では撃墜王や総選挙など青藍島のイベントには男と女を明確に区別しその中間─グレーゾーンを設けるようなことはなかった。要は青藍島であっても「男は男、女は女」という性の区別の認識が青藍島のマジョリティには疑問を挟む余地のない常識、当たり前となっているのだ。水引のように肉体は男であるが心は女、そんな人間の存在がいるという考えることさえないのである。これの何が厄介なのかというと間違った理解をしている訳ではないため、それを正すということさえできないのだ。誤解をしているのであれば説得ができるだろう。しかし、そもそも問題そのものが理解の埒外にあるのであれば正しようもないのだ。
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青藍島とは、すべてを受け入れてくれる場所だと伝えて聞いていた。
本島では禁止されているドスケベが、どんなことでもできる。
マイノリティの楽園。
その言葉をネットで見つけた時、ワタシは心が躍る。
もしかしたら、ここなら居場所があるかもしれない。
ずっと迫害され続け、ついに秘めるしかなかった、ワタシの。
けれど青藍島にも、ワタシの居場所はなかった。
一般的な青藍島人A
「ナヨナヨしてて男らしくないんだけど………おちんちん付いてるんだからもっとシャキっと勃起しなよ!」
一般的な青藍島人B
「あはは、君本当に女々しいねぇ~?もっと男とおちんちん磨いたほうがいいんじゃない?」
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肉体が男であるならば、心も男らしくあるべき。男は男、女は女。そのような「普通」の価値観が絶対視される、というよりも当たり前になっており、誰からも秋野水引という存在が理解されない、認められない。誰も認識することができない。それはまさに悪意なき差別。これに比べれば『1』で示された悪意による差別の方がまだマシであったのかもしれない。文乃の母はドスケベ条例に違反する裏風俗に加担していたがために迫害された。ならば当然、裏風俗を辞めた上でそれを告発等の措置を取れば迫害は止まったであろう。幼少期の奈々瀬は処女は気持ち悪いという青藍島の風潮の影響を強く受けたクラスメイトから大怪我寸前までイジメを受けたが、これも誇りと処女を引き換えにすればイジメは止まっただろう。事実、青藍島の思想に染まりつつあったかつての淳之介はあまりにエスカレートする奈々瀬へのイジメを止めるために奈々瀬を襲うことで助けようとした。このように、悪意による差別というのはその原因や槍玉に挙げられるものがはっきりしている。しかし、悪意なき差別はそうもいかない。そもそもマジョリティからすれば相手を害しているという認識さえないのだ。前提がないからこその差別。男は男、女は女であることが当然だという、当たり前という名の差別。それこそが、水引きを傷つけるものの正体であった。誤謬だという意識があれば、正せるかもしれない。しかしそれが当たり前という認識なのであれば、直そうとすることもできないのだ。この事実こそがもっとも残酷で水引を絶望へと追いやった。水引のことを、そんなものはないとして青藍島のマジョリティは振る舞っている。水引は本島ではもちろん、マイノリティの楽園であるはずの青藍島民であっても自分は自分であることすら認めてもらえないのだ。服装の規制、同性愛者の排斥、男は男で女は女という意識一一ドスケベセックスに性の区別を当然のごとく持ちこんでいることこそが、無意識の差別なのだった。人は、特別な出来事だけに苦しめられるわけではない。至極ありふれていることに、ありふれているがゆえに、蝕まれていくことだってある。大多数の語る常識の輪から外れた少数派には、常識なんて前提自体が目には見えない毒になるのだ。
しかし、水引にはたった一人だけ理解者がいたのだ。それこそB世界の"性帝"淳之介。水引同様性的マイノリティであるレズビアンである麻沙音を妹に持ち、その妹を守るために己の苦痛の日々を受け入れた青藍島の被害者であるからこそ水引が青藍島の「常識」「当たり前の価値観」の被害者であると見抜くことができ、青藍島で受け入れられないマイノリティを認めることができたのだ。そんな水引が自分と同じく青藍島に、ドスケベ条例に苦しめられている淳之介を救いたいと思ったのは至極当然のことだったのだろう。しかしB世界では淳之介が性帝としてSSの、ひいては青藍島の広告塔として利用されたことでA世界はドスケベ法、そしてUSDの施行が目前であった。水引は本島の性的マイノリティにたいする扱いから逃げて青藍島までやって来た。島外がドスケベ法、USD施行地域となっても元から捨てた場所だ、さほど感慨もないだろう。しかし、淳之介─性帝はそうもいかない。ドスケベ法、USDをより浸透させるために今まで以上に望まぬ性行為を強要され、それが大勢に晒されるのは火を見るより明らかだ。───だから破壊するのだ。人の認識を変えるのは難しい。一度抱いた気持ちはなかなか覆らないものだ。青藍島にやってきた運動家たちだって、青藍島に本島の常識に照らし合わせて「偏見」をもっていた。彼らがこのまま何もなければ価値観の根本的な変化が起こり、心から理解できる日はそうそう来ないだろう。だからこそ水引が目指したのは混乱。ドスケベ法が作られた上でそれを管理するSHOが崩壊してしまえばこの国は無法地帯となり混乱の渦に巻きこまれる。淳之介が性帝としての役割が求められることのない社会を、そして水引自身がここにいると認められる社会を作るには
「価値観の逆転など生易しいものではない、道徳を、常識を、倫理観を、そのすべてをぶっ壊す」
ことこそが正解だと信じて疑わないほどにまで「普通」の価値観、常識に苦しめられた。わざわざ訴えかけなければ、バックボーンを知らなければ自分の存在は許容してもらえない、理解されない。解決の糸口が見えない悪意なき差別こそもっとも人の心を苦しめる差別であると本作は水引を通して力強く描くのだ。
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2.無理解から始まり、「許容」を通して、『1』の共存へ至る
しかし、水引が起こす暴動による価値基準の崩壊はマイノリティが他者へ理解させる方法として不適切であることも同時に示唆される。それは『1』でマイノリティとマジョリティの逆転が起きた時も、SSが消滅して郁子や礼がこの先どうやって生きていけばいいか分からなくなった時も….それを起こした者にとって住みやすくなったとしても結局第二第三の水引が生まれるに過ぎないのだ。そして暴動による価値基準の崩壊であぶれた者が己を理解させるために取る行動はなんであろうか?それはまた同じことを繰り返すということではないのだろうか。何かを踏み台にすることで自己の地位を確立すれば今度は己が踏み台にされることも容易に想像がつくだろう。そのような悪循環を淳之介は『1』で痛感したのだ。
「何かの犠牲の上に成立するものの意味なんて。
そんなものはないのだと、マイノリティーは学んだはずではないか。」
かつて淳之介も元々は青藍島の転覆を目論む男だった。B世界の水引のように、全員に知らしめてやると。俺という存在を、すべての人間に分からせてやる......とだからこそ、自分という存在を知らしめるために復讐を始めた。俺はここにいると、全世界の人間に理解させるために。しかし、復讐に善悪など、存在しない。だから復讐する権利はあっても、そこに正当性などというものはあってはならない。なぜならそれは、同じ世界で生きることを、無為にする行為だ。
復讐は、様々なものを生み出す。むしろ、いろいろなモノを生みすぎてしまう。恨み、恩讐、怨恨。それらによって生み出されたのが………橘淳之介であり、防人老人であり、秋野水引なのだ。それらによって、彼らは生きてきた。いや、生かされてきた。
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だがそれでも、復讐は誰にも止められない。
自分自身でしか、止められない。
淳之介
「だから俺たちは、自分の矜持を持って天秤にかけなければならない!」
淳之介
「復讐を遂げ、自らの無念を晴らすことを優先するのか!それとも一一
一ーそれとも、残された願いを聞き届けるのかだ!」
一一復讐の是非を、残された者が決めなければならないのだ。
淳之介
「俺はーーこの子の望む世界を見てみたいと、そう決めた」
そのためなら、すべてを敵に回したっていい。
身を焦がすほどの怨念も、すべて記憶の彼方に封じこめる。
それは復讐と同じくらいエゴイスティックなこ
とだ。
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かつて淳之介は自らの恩人であった文乃の母を殺した青藍島の人々を激しく憎んでいた。しかし、再び青藍島に戻って来た淳之介を支え、助け合い、励まし合い、愉快で幸せな日々をくれた仲間たちも───また青藍島の人間なのであった。だからこそ淳之介は自己のエゴイズムのために無念を晴らす行為のことを「同じ世界で生きることを、無為にする行為」だと形容したのだ。
青藍島の人間。そのような十把一絡げな区分を設けその全てを否定する行為は自らに手を差し伸べてくれる理解者を自ら拒否することに他ならない。
そんな淳之介が見つけた答えた答えこそ憎しみを断つことだ。それは理解である。しかし、水引やかつての自分、そして桐香が求めた誰も彼もが強力な制度、力によって理解を推奨、強制することではない。『1』の桐香ルート、文乃ルートでは誰彼構わず理解を求めることを戒めた。マイノリティが理解を「求める」ことが重要なのではない。それは水引が失敗したことだ。そもそも理解できないものを要求することはどんな分野であろうと困難である。無理解という極端なよそ見でもない。暴力による理解という極端な強制でもない。『1』の序盤では復讐者として青藍島に恨みの炎をたぎらせていた淳之介が『1』の文乃ルートで、そしてたとえ自分のものとは異なる世界であっても『2』Senzuri Point Paccomanで青藍島を守るため命を賭けるまでに青藍島が愛しく思えたのはNLNSの仲間たち、そして真ドスケベ条例下での「許容」があったからだ。
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淳之介
「俺たちに必要なのは、本当の自分を理解してくれる大切な人だ」
桐香
「しかし先輩は…誰彼構わず理解を求めるのは、子供のすることだとーー」
淳之介
「ああ、そうだな.……理解を求めることが必要なんじゃない」
淳之介
「理解される努力と、理解する努力が必要なんだ、俺たちには」
マイノリティは、いつだって理解されない。
だったら、理解される必要がある。
けれど、それは暴力的に理解を求めるのではなくて。
ただ、そこに存在していることを、知らしめることで。
淳之介
「無理解な相手に、自分という存在を許容させることだ」
分かってくれなくてもいい。
ただ、その場にいることを認めてくれること。
マイノリティという存在を、許容させること。
暴力的な理解を求めるのではなく、無意識の差別でもなく。
その許容こそが、俺たちに必要なものなのだ。
すべての人間が、すべての人間を許容できるようになれば。
理解できない相手が存在するということを、ただ許せるようになったらーー
──マイノリティは、それだけで生きていける。
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淳之介は自分の巨根を周囲のクラスに理解してもらえなかった。だからそれを隠し続けた。しかし、淳之介がかつて巨根と詰られたコンプレックスを文乃の母が個性だと肯定してくれたように。青藍島の全住民に比べればほんの少数だが、『1』のNLNSや『2』でSSビッグ3が冗談まじりにバカ騒ぎしながらも淳之介のコンプレックスを気にしてくれたように。『1』で桐香が淳之介の巨根を欠点だと認識したことが間違いだと言ってくれたように。礼がたとえ勃起できなくともSSの席を設けて性行為をさせる代わりに鍛えてくれたように。郁子が『1』でも『2』でも何度もちょっかいをかけてくれたように。
淳之介が抱えるコンプレックスを知っていながら触れ合ってくれるだけで、そこにいていいと許してくれたみんなのおかげで、淳之介は自分のコンプレックスであるイチモツを受け入れることができたのだ。
同じく麻沙音のレズビアンというセクシャリティ打ち明けた時、奈々瀬がそんな大事なことを話してくれてありがとうと言ってくれた。それだけで絶対にNLNSを守り抜くと誓うことができた。
また、コンプレックスを受け入れられたからこそ、かつての敵だった、潰そうとまでしたSSと理解し合うことができたのだ。
人間はそもそも誰しもが少なからず、理解されない生き物である。『1』の感想でも書いたが、人間のアイデンティティーは肉体的にも、精神的にも、社会的にも多数の要素から構成されている。そのすべてが他者に理解されるというのは無理であろう。それを隠してもいい。曝け出してもいい。当然、隠しながらも分かって欲しいという矛盾したものも包含する。水引の性はその筆頭だろう。隠している、話したくないから理解されない。しかし、理解してもらいたい。無理解ではない。暴力的な理解の強制でもない。共存は遠いかもしれない。しかし、その存在を認識して、そこにいることを許してもらえる、そんな機会や場所を作ることが共存の第一歩なのだとぬきたしは『1』と『2』の描写をふんだんに用いて高いレベルの説得力を持たせて叫ぶのだ。
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だからこの島が、もしもコンプレックスのすべてを許容できたらーー
理解してくれる誰かを、見つけられる場所があれば。
見つける努力を誰にも迫されない、そんな優しい場所さえあれば。
……そこからが、きっとスタートになる。
より多くの、理解者を手に入れられるチャンスが得られる。
もう、傷つくこともなく、殻にこもる必要もなく。
より多くの人々と、同じ世界を生きることができる。
……(中略)……
また彼の目的を、完全に潰えさせることでもない。
真なる意味での”共存”を目指しー
俺たちは、闘わなくてはいけない。
それが、仲間たちと共に歩んで共存を勝ち得た、俺の…
淳之介
「俺が、橘淳之介であるために」
橘淳之介の、最終的な理想なのだから。
桐香
「強制的に理解し合う環境があれば、そうすればきっと、みんなが幸せになるはずだと。けれどーーそれは違ったんですね。
私たちには分かってもらうための努力と、そして他者を許す寛容が必要で一ー理解を強要することなく、そして虐げられることもなくーー一一数少ない、真の理解者を見つけられる環境を、作るべきだったんです。」
理想論であることは、俺たちにも分かっている。けれどもしも、本当にそんな島があるのなら。──きっとその島は楽園なのだろう。派手さも、瀟酒さも、見栄えだって良くないかもしれないけれど。
そこはきっと、変態たちの桃源郷なのだ。
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無理解から許容へ、そして許容から共存へ。無理解からいきなり共存へ行かなくても良い。ただ許容の場さえあれば──既存の価値観で理解できないマイノリティがいるということを認める機会さえあればいい。そうすれば理解者が訪れることだろう。同じコンプレックスを持つマイノリティと出会うこともできるかもしれない。そのマイノリティが生まれたそのこと自体が、同志の存在の証拠なのだから。別に秘めたままでいたいのならそれでも良い。同志を、理解者を見つけることを強制することも抑圧することもしない。見つけたければ高らかに自分はここにいると叫ぶことが許される。それこそがマイノリティにとっての理想郷なのだ。
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3.淳之介と水引の戦いに仮託されたぬきたし2のテーマ
3.1仲間と理解
29章「The Steel Six」にてハメドリくん率いる水引によるマイノリティを苦しめる「常識」を破壊するための戦争がついに始まった。各所で破壊活動を開始するハメドリくんとSS、新たに結成したB世界のNLNSが各所で激戦を繰り広げている様子が描かれる。ギリギリのバランスを保っている中でその拮抗を崩すために出撃するアーマーハメドリくんを纏った水引とそれを阻む淳之介の各所を巡る戦いが描かれるがあらゆる創作物の中でも屈指のテーマ性を誇るバトルであるので書き留めておきたい。まずは「仲間と理解」だ。
2.で語った理想郷をB世界でも実現させるために水引を止める淳之介の第一声はこうだった。
「こんなことをしてなんになる!?
お前が救われることなんて、この行為の先にはないんだぞ──!」
だが水引は己だけではなく、自分を認めてくれた──唯一許容してくれたB世界の性帝淳之介をSSの傀儡から解放するためにも戦っているのだ。両者の主張は平行線を辿り、決して戦いを自分の意思で放棄することは無かった。しかし、空中での戦いという生命の危機に瀕する極限状況であるからこそ両者の飾り気のない本音がぶつかりあい。今まで秘められた水引の叫びが露わになる。性の乖離が迫害となり、悪意なき差別に晒されて続けて来たことは決して否定できない。だが、ここで一つ決定的に大きな違いがあった。淳之介が「分かり合えばいい!話し合えばいい!共存ってそういうものだろう!?」と水引に問いかけた時に水引は「会話で決着がつけば差別など生まれていない!」と会話による和解の可能性を切り捨てていたのだ。水引の過去に何があったのかはB世界の淳之介の肉体が見る夢からたびたび語られるが、そこで注目したいのが文乃だ。まず、大脱膣の開催前に見た夢では水引らトリ公は文乃の確保に成功したが、その目的のため防人老人に引き渡すことはなかった。そのため、文乃はトリ公の中で水引をずっと見ていたのだ。あらゆる欺瞞を見抜く豊玉の瞳で。文乃を確保して間もない頃から水引は文乃を恐れていた。
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すべてを見透かすような眼は、こちらの本心まで暴いてしまうような、恐ろしい光があった。
だから彼女がではなくて一ーこちらのほうが、心を閉じてしまっていたのかもしれない。
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次に、SSがトリ公に敗れた後の夢では防人老人への引き渡しの代わりに仁浦県知事と手を組み、SHOの一室を借り受ける交渉を仲間と一切の相談をせずに独断で決行した時にもその理由を話した時、奈々瀬、美岬、ヒナミは賛成していたが、文乃だけは「ただひとり。特異な目をした少女を除いて」と語られた。このシーンは後のために内容が伏せられているが、SHOの設備を使うということ、ハメドリくんについて麻沙音以外のNLNSは知らなかったことからおそらく兵器であるハメドリくんの量産に関するものを伏せたのだろう。その嘘を文乃だけは「特異な目」で見抜いていたのだ。さらに決定的なのはクーデター決行直前の回想のことだ。淳之介たちを陥れる作戦に文乃を連れて行かなかったことを思い出す時の文乃への感想が淳之介と決定的に異なるのだ。
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あの瞳。
ピンクがかった紅の瞳を見ていると、心の底までを見透かされているようで。
どうにも、不安定な気持ちになってしまうのだ。とにかく、あの瞳は自分の近くに置いておけない。
小賢しいガキ、本当に腹立たしい。
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水引は仁浦県知事に文乃保護の代わりに防人老人への出資、その他を支援を受けた。しかし、水引は文乃を自らの復讐のための"手段"としてしか見ておらず"人"として接することがなかったのだ。トリ公の仲間のことを同志と謳いながらも嘘を、心の底に秘めたものを暴く豊玉の瞳を恐れていた。いや恐れて話せないのだ。仲間にさえ作戦に関する相談をしない。麻沙音以外にはハメドリくんのことを話さない。ハメドリくんを麻沙音に秘密でハメドリくんを水引の制御に置くプログラムを仕込んだ。水引は(一部だが)同じ目的を持った同志すら信頼しなかった。そんな水引がどうして最も秘めた自己の性の悩みを相談し、真剣にぶつけ合うことができるだろうか?水引は自分のことを話すという歩み寄りの第一歩さえとれなかったのだ。
一方で淳之介が『1』で文乃を確保した時、文乃を引き渡せばドスケベ条例の破壊という念願が叶う場面において、防人老人が文乃の祖父だという裏が取れるまで引き渡しを拒んだ。その理由は過ごした時間こそ同時は短かったが、仲間だからであった。
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彼女は、条例を潰すための装置や道具では決してない。
大義を成すため誰かを蔑ろにするというのでは──仁浦氏のやり方と何も変わらない。
俺は絶対に、そんな真似をしたりはしない。
自分の目的のために誰かを傷つけるような真似は──もう、二度としたくなかった。
淳之介
「島の人間の大多数は、このふざけた条例を奉してる。俺たちのような少数派は、いつも無視され、蔑ろに扱われてきた。
島の繁栄に必要な犠牲だと──そんな言葉で切り捨てられてきたんだ
その俺たちが──目的のために仲間を犠牲にするような真似、していいわけがないだろう.....!」
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そして淳之介は仲間には自分の心から秘めていたいはずのコンプレックスを打ち明ける。時にはその経緯である迫害と文乃の母の死、そして幼い奈々瀬にしてしまった過ちを心の傷を自ら抉りながらも語り、自らのコンプレックスから目を背けずに何度も直視した。そうして仲間たちの間だけでも橘淳之介とはこのような人間であると、そしてNLNSのメンバーたちが抱えるコンプレックスも相互に「理解」して同じ目的に向かって進み、最後には真ドスケベ条例という共存の道を勝ち取った。
仲間の間だけであっても相互理解を深めてコンプレックスである巨根を克服した淳之介と仲間であっても信頼せずにコンプレックスをより深めていった水引。その違いは作中で文乃などを通して克明に描かれているのだ。文乃が水引の独断のクーデターの後、塹壕跡地にて淳之介と邂逅するシーンはまさにその違いを象徴するシーンだろう。仲間を信用せずに青藍島のみならず本島の秩序まで破壊することこそが自らの正義だと疑いようもなく信じるまでにコンプレックスが肥大した水引から文乃が離れ、それを迎えたのが仲間に自らのコンプレックスであった巨根とバックボーンを打ち明けて理解を得てそれを克服して出会い頭に史乃に巨根を、オナニーを見られても全く動じなかった淳之介というのはまさに本作のテーマである理解をこれ以上なく巧妙に表象したシーンだ。
これが最終決戦の場において水引の「会話で決着がつけば差別など生まれていない!」「(迫害を受けたが)結果的に幸せになった人間が言うことをどうして受け入られる!」「(努力をすれば理解者が得られる)そんな理想論を、現れるはずがない!」というあたかも正当性のあるように見える主張を淳之介が「努力を怠った人間」と両断した理由の正体なのだ。
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3.2強者と弱者
次に記したいのが「強者と弱者」だ。淳之介と水引の戦いはそのほとんどが空中での戦いであった。淳之介は『1』でも『2』でも幾度も戦いを経験してきたが、空へ放り出されたことはともかく、空で戦ったことはなかった。亀頭装置という飛行手段こそあれど、武装は穿き丸と菊紋一字のみで生身での飛行であった。一方で水引は高い飛翔性能を誇るフルアーマーハメドリくんに身を包み完全武装で戦いに臨んだ。この戦いは明らかに水引の有利である。しかし、水引が淳之介を引き離そうとしても振り落とそうとしても淳之介は水引に食い付き続けた。水乃月学園のグラウンドに叩き落された時も、ドスケベ遊園地の観覧車の崩落に巻き込まれそうになった時も、亀頭装置の射出先に乏しいバブみ幼稚園に誘導された時も決して水引から離されずに戦い続けた。それは『2』の世界で絆を深めたSSの仲間たちが淳之介に水引を託してくれたから、水引を説得できるのはもう一人の水引とも言えるほど似通った淳之介だけだから彼ら彼女たちが全霊をかけて淳之介にバトンを繋いでいったからだ。
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郁子
「あははっ……はぁ……はっ……え……ダーリン!?全隊1時の方角、落下物に備えて、重なってクッションを作って!!」
ゴリマス
「ラジャーでありますぅ!よいっしょお、ふうううぅんんう…………っ!
郁子
「そのまま翔んでいって──淳之介くん!!」
淳之介
「任せろぁあああああああああ!!!」
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礼
「淳之介──!?4時の方角!観覧車の方角、一斉掃射用意!ってェーー!!
全弾打ち尽くしても構わん!!何としても性帝を守り抜けェーーー!!!」
スス子
「すすすすすすすすすすすっ!!」
フェラチオウム
「じゅるるるるるるるるるっ!!」
蘭
「頑張ってくださいね、性帝……!」
凛
「まったく、手のかかる副会長様ですねぇー!」
シューベルト
「絶対に勝つんだ、僕たちに見せてくれ─淳之介!!」
淳之介
「承知したぁああああああああ!!!」
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水引
「何をつ、うぐううう……!?アーマーが、動かなーー!?」
桐香
「私の糸で捕らえられるのは一瞬……お願いしますね、先輩?」
淳之介
「承まったあああああああ!!!」
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これこそがお互い平行世界から引き合わせるほどに似通った淳之介とB世界水引の決定的な違い。一人で生きていくには限界がある。A世界でNLNSをはじめとした仲間と信頼関係を築き、B世界で性帝に対する畏怖をほぐし、橘淳之介として触れ合うことに何度も挑戦した淳之介と理解してもらうことを放棄した水引。その差が歴然とした武力の差を埋めたのだ。そして、その姿こそ水引の理想でもあった。
「誰かと同じ場所を、同じ空間を、同じ世界を、生きてみたい」
誰かと認め合い、お互いが近くにいることを肯定し合える。そんな関係を求めて水引は青藍島に流れ着いた。畢竟、青藍島に水引を受け入れる土壌さえ培われていれば水引はこうならなかったのかもしれない。B世界は性帝の存在により、SSが力を増してドスケベ条例をドスケベ法、USDへと広げていく過程で男と女の区別がA世界よりも明確になった。A世界では桐香が水引を副会長にしたこともあってハメドリくんという殻に閉じこもって身を守ることができたが、B世界では水引への無理解の程度はA世界よりも大きかったのだろう。どんな人間であろうと理解してもらうには時間がかかる。しかし、それをセクシャリティのせいにするというそれ自体が差別的考え方にならざるを得なかった水引がA世界の淳之介を呼び寄せたのは必然であったのかもしれない。
どれだけフルアーマーハメドリくんのライオット弾を喰らおうと、鋼鉄の肉体の打撃を喰らおうと、何があろうと淳之介は水引を止めるために食らいつく。B世界の水引が決して言うことができなかった自分の心の裡を、その身に抱える激情を何の遠慮もなく拳、弾と共にぶつけることができて、淳之介もそれに負けじと穿き丸と菊紋一字を手に水引と口論をする。
「誰かと同じ場所を、同じ空間を、同じ世界を、生きてみたい」
平和的な形では決してないが、水引が憧れたが決して出来なかった対等な立場での真剣なぶつかり合いがここに叶っていたのだ。武装に関しては水引が強者、淳之介が弱者である。そして水引のクーデターにより社会的立場さえもこの関係は成立している。即辞任はしたSS指導者という強者の水引と反逆者という報道がなされた弱者の淳之介。しかし、その差がSS、新NLNSによって埋まったのだ。故に青藍島の空で対等に、長時間も生身の淳之介と完全武装の水引が渡り合えたのだ。これと似たことを淳之介に出来て水引にできないことがあるだろうか?淳之介と水引は辿った道が異なるだけの鏡合わせの存在なのだ。
「そっちができることを、こっちができないわけないだろう──!?」
これは水乃月学園校庭ひ淳之介を墜落させようとした時の水引のセリフである。迫害を受け、青藍島に絶望し、ドスケベ条例破壊のためにSS、SHO、ヤクザを退けて文乃を確保した。つくづく淳之介と似すぎている存在だ。そんな水引が自分のコンプレックスを受け入れ、理解してもらうという淳之介に出来たことができないことがあるだろうか?前提さえ同じならば、きっかけさえあれば、──水引が自分のことを少しでも自分のことを話すことができれば、結果はまるで違っていたことが淳之介と水引の戦いでありありと語られているのだ。そして水引は誰にも話すことができなかった自らのコンプレックスの全てを淳之介に怒りに任せてぶつけることができた。───ならば、その結果は既に示されている。
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3.3許容と理解の実践
淳之介と水引の戦いは激戦を極めるうちに森の中へと突入した。今まで青藍島の各地で戦う郁子や礼、桐香らを見抜いて射精し、跳躍していたが、森の中ではそうもいかない。興奮するものがなければ射精はできないという当然の帰結のうちに淳之介は墜落し、飛翔することができなくなるかのように思われた。だが、淳之介は飛んだ。どこにも淳之介を興奮させることなどできないと思われた森の中であってもたった一人──水引で興奮したのだ。
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淳之介
「嫌そうな顔でパンツを見せてもらうのは最高のおかずだよなぁ────秋野!?」
水引
「まさか、ワタシをオカズに...…!?」
淳之介
「お前の嫌そうな顔は、最高のおかずになるんだよ──!」
俺のイチモツは、十分に勃起している。
そして、足りないパンツの部分は──
淳之介
「妄想で補う!!!」
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水引はこの時、戦いの興奮のあまり気が付いていなかったが、これこそが水引の求めていたことに他ならない。淳之介のセクシャリティはノーマルである。つまり、女でしか興奮できないのだ。その淳之介が勃起した──つまりそれは淳之介が水引を純然たる美少女と認識して興奮したのだ。自分の肉体の性別という性別を知った上で、心の性である女として扱って欲しい。水引が数多の苦難に打ちのめされながらも、青藍島を破壊してまでも願った理解者こそ淳之介だったのだ。そしてこの勃起は淳之介は仕方のない勃起ではなく、心の底からの勃起である。淳之介は2.で記したように、マイノリティの楽園を作るにはマイノリティ自身がここにいると叫ぶことができる「許容」の場を作ることが肝要であると悟った。奇しくも青藍島の空が淳之介水引の「許容」の場となり、水引が本当に欲しかった「理解」が得られた瞬間だった。
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水引
「ワタシはここだ!!ワタシだ!!!ワタシは!
ワタシは!」
淳之介
「俺だけはいる!!俺は!!秋野! 秋野──!」
水引
「ワタシは!!!」
淳之介
「水引!!」
水引
「ワタシは女だあああぁぁぁぁぁぁ!!
淳之介
「認めるって言ってんだよぉおおお!!!
水引………俺がお前を女だと認めていることを、信じられないって言ったな
けど、あの時の勃起が──あの射精が、何よりの証拠だったんだよ」
その俺が勃起した、ということが。
お前の嫌そうな顔に勃起し、射精したという事実が。
俺の言葉が紛れもない事実だと──分かってくれる、きっかけになったはずなのだ。
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戦いは3.1で見た通り理解し合える仲間─麻沙音という「決定的な差」で勝負がついた。しかし、理解者を得るために青藍島の転覆を図った水引にとっては果たしてこれは敗北であったのだろうか?一方でその淳之介は元の世界に帰らなければならない。だが、淳之介はB世界で最後の最後にNLNSのメンバーたちに一つの願いを託した。それこそが水引の許容。水引は法律的にも許されないことを犯した。司法に罰せられても不思議ではない。だが、無理に理解して欲しいとは言わない。ただ、水引が「ここいるということを許容してあげてほしい」。みんなは今回の一件で水引が心に秘めていたコンプレックスを島の一般人よりも知っている。NLNSも水引もマイノリティの楽園、青藍島の中でのマイノリティである人間だ。だからこそ、水引が恐れて真剣に打ち明けることができなかったコンプレックスを知っている彼女たちだからこそ、最初の許容の場を作ることができる。初めはただそれだけでいい。見知った仲間だけでいい。水引も「すべての人間に、ワタシを理解できるものか!してもらいたくもない!」と言っていた。許容の場が存在しないことに水引は絶望した。ならば、最初はNLNSだけでも許容の場を形成すれば、水引は最初の一歩を踏み出すことができるはずだ。
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4.許容の楽園、青藍島
そして、淳之介はA世界に帰ってきた。そして帰還して真っ先に行った場所こそSHO本部、ハメドリくんという着ぐるみで己を守るしかなかったA世界の水引に会いに行ったのだ。B世界での水引との戦いで受けたダメージのフィードバックで激痛が走ろうとも構わない。ただ、伝えたかったのだ。水引はB世界では生徒会副会長ではなく、一般市民として悪意なき差別に晒されてきた。一方でA世界の水引はハメドリくんという殻に閉じこもることでその攻撃から身を守ることができた。しかし、結局のところ居場所がないということは同じだった。B世界では自分というものを暴動で曝け出すことができた。だが、A世界ではハメドリくんという仮面で取り繕わなければ生きていけなかった。そんな水引に淳之介は手を差し伸べたかった。A世界とB世界、その違いは桐香が生徒会副会長に水引か淳之介、どちらをスカウトするかで変動したものだった。そして、スカウトされなかった方がNLNSのメンバーを集めてドスケベ条例の破壊を目論むというお互いが限りなく近い存在だったのだ。だから、淳之介にはハメドリくんという着ぐるみの中で居場所のない孤独の時を過ごしている水引の気持ちが痛いほどによくわかる。それは橘家を去ったB世界の淳之介が性帝として心と体が乖離するほどの苦しみを追体験したことで心の底から理解できた。故に淳之介はこう言うのだ。
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淳之介
「お前は、好きに生きていい。
自由に、思うように生きていいんだ。
誰にだって、お前を縛りつけさせたりはしないから。だから誰にどんなことを言われたって、何をされたって、もう傷ついてやる必要はない。
俺が──お前の、居場所になってみせる。
俺が──俺たちが、俺たちだけは──
お前のことを本当に分かってやれる、努力をするから。
だから──その殻から出てきてくれ、水引。
俺たちと同じ島で、共に生きてくれないか」
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B世界へと飛ばされた淳之介とSSビッグ3。彼らは青藍島には公の許容の場が存在しないからこそA世界の水引が悪意なき差別から身を守るためにハメドリくんという殻に閉じこもる必要があり、B世界の水引がその価値観を破壊するため、フルアーマーハメドリくんに身を包むことになったこと。そしてNLNSという場が存在しなければ淳之介こそがB世界の水引と同じになっていたことを痛感した。だからこそ、そして、青藍島はマイノリティの楽園であるからこそ、「許容」の必要性を実感して帰還した。
分かってくれなくてもいい。
ただ、その場にいることを認めてくれること。
マイノリティという存在を、許容させること。
暴力的な理解を求めるのではなく、無意識の差別でもなく。ただ、ここにいると認識させること。それこそが第二、第三の水引という青藍島の被害者を出さないための一歩なのだ。
故に、SS代表兼水乃月学園生徒会会長たる桐香はとても小さな、しかし大きな改革を実行した。それこそが新許可証。今までの許可証はスムーズなドスケベセックス男女の欄が設けられ、そこに必ずどちらかに丸を付ける必要があった。しかし、その男女という区分を当然だという認識、そしてそれを助長する制度こそがA世界でもB世界でも水引を苦しめた根源であった。一方でこの新許可証はその欄が空欄となっている。そこに自分の性別を書いてもいいし、書かなくてもいい。自分が男でも女でもないと感じるなら、そう素直に書いてもいい。この性別の欄は、生物学的な観点で記すものではなく、自分がそう感じているということを自由に表現していい。つまりは、可能性の空白なのだ。この空欄の意義について水乃月の生徒たちはあまり理解していないようだ。だが、問題ない。分からないものは、人間長く時間をかけなければ分かるようにはならない。そのために必要なのは努力だ。淳之介も、桐香も、礼も、郁子も既に知っている。無理解から共存(理解)にいきなりステップアップするのは困難だ。だからこそ、それが存在しているということを知る「許容」の余白こそがマイノリティにとっての救いであるということこそ、SS BIG4が並行世界から学んだことなのだ。
さらに、桐香は青藍島のマジョリティにも嬉しいニュースを発表する。それは水乃月の制服完全自由化。一般生徒がSSの服を着ても、SSが一般制服を着ても、常夏の島とはいえ比較的寒い冬場に女子生徒がズボンを着るのも許される。大切なのはバランスだ。何も彼らが学んだことは並行世界からだけではない。マジョリティとマイノリティとは相対的なもの。一方のためだけになる制度ばかりでは他方から不満が溜まり、その不満が爆発することも、逆転することもある。これは『1』の旧ドスケベ条例崩壊時に学んだことだ。
人間は正しい答えだけをつかみ取れる存在では決してない。その共同体…しかも己の譲れない矜持ともアイデンティティとも言えるセクシャリティを重要視する青藍島はなおさら難しいだろう。しかし、我々ぬきたしプレイヤーは今後青藍島に困難が待ち受けたとしてもそれを乗り越えることができると確信できる。それはオナニー3馬鹿の存在だ。
自らのコンプレックスを乗り越え、今はドスケベ戦役でちょっと有名になっただけの一般人である淳之介。セックスを取り締まる立場のSSであるシューベルト。
そして──水引。
マイノリティの中のマイノリティであるが、新許可証に女と書き、女子制服を身に纏ってそこにいることが「許容」し、理解された「彼女」が水引から見ればノーマル、マジョリティである彼らと手を取り合い、下らない話で心の底から笑っているのだから。
5.おまけ
1のopのセルフオマージュから一気に上がった燃え要素が水引戦で最高レベルに到達し、その熱量のままマジョリティとマイノリティの対立を仮託されたといっても過言ではない最終決戦が終わって名シーン特有のプレイし終わった後の虚脱感が抜けきる前にすかさず高度なギャグがぶっ込まれる。
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なぞかけ男子「オシドリ夫婦とかけまして、キツキツマンコとときます」
なぞかけられ女子「その心は?」
なぞかけ男子「どちらもナカがいいでしょう。孕めオラァ!」
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というハイスピードギャグをぶっ込んでからの
ヒナミ
「変身だよ、礼ちゃん」
で号泣する
その直後にまた
おかしい。俺の記憶が正しければ、礼先輩はもっと気丈でアナルが弱そうな人だったのに……
笑い、熱血、泣き、テーマの全てがハイクオリティで熱血要素に震えた直後に笑い、泣いた直後に笑わされる。それらの緩急のついた展開は他作品で味わうことはほとんどできない。
あぁ…これこそぬきたしだな
あと言及している人が少ないが、淳之介を中心とするキャラの"ノリ"が大変私好みなのだ。2010年代のネット文化(特にアングラ)で育った私にはその具現とも言えるキャラたちが織りなすわちゃわちゃした雰囲気のやり取りで思わず破顔してしまう。エロゲにおける処女性の意義とは何かを議論する橘兄妹。抜けるのは純愛系か陵辱ゲーかの対立。即エロシーンに突入するのが正解なのかじっくり愛を育んでからのエロシーンが正解なのかの争い。エロゲの冒頭に持ってくるべきなのは思い出のシーンなのかエロシーンからなのか戦闘シーンからなのか論争。壁に挟まったヒロインを犯すジャンルの名前は壁尻か尻壁か論争。ASMRがBanされるのはサムネが原因なのかASMR自体がエロコンテンツだからなのかという喧嘩を繰り広げる淳之介と水引。催眠音声のカウントダウンネタ。嫌な顔をされる方が興奮する流れ。延期の理由は更なるクオリティアップのため等ぬきデブ関連。奈々瀬や文乃にエロ本やオナホを必死に隠すもそれがバレるという一連のやりとりなどなど…
こういったエロゲプレイヤー層にひじょーーーーーーに近い感性のキャラクターが目白押しで身近な話題に共感しか出てこない。これらのやり取りのおかげでモブ含めて登場人物に愛着が湧いてくるが、その筆頭となる淳之介はマジョリティとマイノリティの対立というテーマを1ではマイノリティ側として、2ではマジョリティ側としての役割を背負うというのも相まって私の好きなキャラランキングのトップ層に食い込んだ。ほんとうに淳之介回りの"ノリ"、"雰囲気"が私好みでシナリオゲーにありがちな日常シーンが退屈という問題が一切ないのが素晴らしい。
あとモブやネームドキャラたちが面白喘ぎ声やパロネタ、その他笑わせてくるやり取りを全員真剣に取り組んでいるのが好感が持てる上に面白さを加速させている。
テキストの秀逸さも本作の大きな魅力の一つだ。天才的(天災的)なワードセンスから繰り広げられる筋の通ったパーワード系下ネタの数々でプレイヤーを引き込む力があまりにも強いのだ。あまりにも質と量のレベルが高いのだが、特に文才を感じさせるのが以下のやりとりだ。
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スカトロ過激派女子
「絶頂無様大便の快楽も知らず便便と生きてきた尻弁慶が糞便
も漏せぬくせに詭弁を弄すな!尻の穴の小さい糞女!」
アナル保守派女子
「めちゃでかいが!?アナルのことを知りもしないで何言ってけつかる!
性に便を持ちこむなこの糞うんこ!シリアナ海溝の奥深くまで沈めてやる!!」
スカトロ過激派女子
「いいや。私はともかく我らが偉大な師、スカトロ議長まで糞味噌に言われて穏便に済ませるなんて胸糞悪い!こいつをつ。受け取りなさい!」
アナル保守派女子
「へえ、この私にケツ闘を申し込むなんて..・・いい度胸じゃない。買ったわ!でもそれはヒップの勇! 尻に帆を掛ける結果になるわよ!」
スカトロ過激派女子
「ケツ闘方法はどうする?簡便に済ませたいわ」
アナル保守派女子
「知れたこと。我々は互いに尻を司る者、ならば語らうのに必要なものもケツただそれだけ。決を採る必要もない」
シューベルト
「待ちたまえふたりとも! ケツのアナリスト同士がケツを使ってケツ闘でケツ着をつけるのはケッして許されないんだ!」
スカトロ過激派女子
「私たちも性帝様が便をはかってくださるなら抗弁はしません!」
スカトロ過激派女子
「はあぁ……♥尻も使えない、こんな不便な戦いなのに、胸の花弁を的確に鞭撻してくるなんて....尻の青い女と思ってたけど......結構、勤勉じゃない......!」
アナル保守派女子
「あんたこそ......♥支離滅裂な尻軽うんこ女なら尻の毛を抜いてやろうと思ってたけど...私たち、相手の尻ばかり見て、正面から知り合う気持ちが欠如していたのかもね……」
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なんだこの文才!?スカトロ過激派女子はうんこ関連のワードを、アナル保守派女子は尻関連のワードで会話しているのだがここまで長く、かつハイクオリティな下ネタは本作以外で見たことがない。ぬきたしの誇るワードセンスが一発で理解できる天才的な文章だろう。これ以外にもありとあらゆる手段で笑わせに来ており、笑った回数は3ケタを超えたあたりで数えるのをやめてしまった。体験版終了までと郁子ルートと美岬アフターは常に口角が上がっていたから500回くらいだろうか?まず間違いなくこの世で最も笑える作品のトップに君臨する作品だ。