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畢竟マインドぴspringさんのベオグラードメトロの子供たちの長文感想

ユーザー
畢竟マインドぴspring
ゲーム
ベオグラードメトロの子供たち
ブランド
Summertime
得点
79
参照数
72

一言コメント

セルビアの打ち捨てられたメトロで起こる、鬱屈した気持ちを抱えた子どもたちの能力バトルと青春。とっつきにくさと難しさはあるが、他では満たせないものが満たせた気がする。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

summertimeの作品はCODAに続いて二作目にプレイした。

1、全体のプレイ感
序盤は社会、家庭、薬、コンプレックスと書かれているものが暗すぎて読みながら正直気が滅入った。

ミロの能力、時間を5秒遡行できる能力を交えて推理と頭脳戦を仕掛けるエピソードに正面から楽しむことが出来て、その辺りからハマっていった。

epが終わってこういうところが面白かったなぁと振り返っていると、面白さからイマイチなところまで編集者の返信という形で書かれていた。メタな視点にびっくりした。

最後は大きな謎が提示される。真相を探すには不親切だと感じるが、何度も物語を顧みたくなる魅力があった。



2、テキストbgm演出について
テキスト
地の文の癖が強く、他のノベルゲのようにパッと目を通すようには読みにくい。
しかし読み返すと本当に味があるテキストだなと思う。小説の文に近い。

他のsummertimeの作品もそうであるみたいで、スムーズに読むには慣れる必要がありそう。


bgm
メトロの暗さと甘さと、ベオグラードに旅情を感じさせる選曲だった。
オリジナルとフリーのものがあったらしいが、line4のジーマから逃げるシーンで流れていたBE INVERTEDが今作の中で一等良かった。

タイトルbgmの『Kind of a Special Night Out』も印象に残っている。
近くを他の車両が横切り、車両内部の揺れる音でリズムを刻むのだからこのゲームにピッタリだった。


演出
アニメーションが本当に格好良く、能力バトルに一役買っていた。発動シーンの目のカットインも厨二らしくて大好きだった。

他には上に絵、下にウィンドウを用意しつつ、緊迫するシーンでは枠を超えてエフェクトがかかるところが良かった。土煙で画面全体がもくもくするのがお気に入り。

一人でいる場面にもし立ち絵や表情を表示してくれれば内面の描写が読みやすかった。



3、キャラについて
ミロ
屈指のチート能力である時間遡行を心から捨てたがっているだけでこのベオグラーデに於いて珍しいキャラである。メトロという社会に弾かれた場所に居ながら、彼なりの正義を模索していたところに惹かれた。

「ミシェルじゃない。社会でもない。あんたがどうしたいかだよ!」
「僕は…..」
「自分の人生を生きたい。」
とシズキに背中を押してもらって想いを叫ぶシーンは本当に盛り上がった。

エンディングでも苦労は多そうだが彼らしいまま頑張っているのを見て安心した。


デジャン
シズキとの関係が今作で一番納得する組み合わせだった。一口に友情と纏められないような、お互いに少し歪んだ感情を向け合っている。お似合いの組み合わせだ。
決戦前に弱気になり、初めて弱音を吐くシズキに
「シズキならなんとかなる!心配すんなよ。」
とデジャンが抱擁するシーンはグッときた。

大学入学周辺でシズキがマリヤではなくデジャンを選んでいたらどうなっていたのか気になる。

女装したシズキに無下にされるデジャンは少し可哀想だった。その上デジャンは連絡先を知る為ならポケットから出てきた屑を全て捨てる、捨てられると言っているのだから、女装シズキがいかにデジャンの琴線に触れたかがわかる。

後半はデジャンに父を奪ったイェレナへ復讐を果たしてほしいと応援していたが、最悪の形で果たされてしまったな、と。やり直してより幸せになってほしかった…



4、伏線とちょっとした考察

妹に関する伏線
・GD社は自然発生される影の能力を欲していたこと

・マリヤの手記から、影の能力を発現させる前に妹と話をしたことがあったこと

・数年間生身を用いた実験をすることで、影の能力がシズキに発現、製品化手前になっていたこと(その際トリガーがある、と言及されていた)

・ニコレッタに会わないかぎりシズキは死に追いやられることを知り、回避する為電話をかけることにしたこと(そのときの声は次に電話をもらったときの声と同じだった)

・ミロ達は妹の名前を能力者リストから見つけたこと

・一ヶ月後に影の能力で生まれたジーマがシズキに会ったこと

・出会ったジーマの電話番号は国内のもの、ミロ達が把握していた番号はロシアのもの

・父親とロシアにいた、と出会ったジーマは嘘をついていたこと

・出会ったジーマは5年前から助けていた、と言っていること

・シズキは一ヶ月のタイムリミットまでに完全に死ぬことのできる方法を求め、地下鉄の線路を走ったこと

・シズキはジーマと共有していた痛みを死ぬほどの激痛として受けながら、起き上がり後日原稿を提出したこと

・『1 year later』で第一話放映直後にロシアにいた妹と電話をしたこと


以下 弱い考察
・トリガーがあれということにしておこう、というマリヤの日記上の記述と、マリヤ死亡時にキスをしてシズキの能力の発動エフェクトがあったことからトリガーはマリヤの唾液もしくは死体かなと思った。


・色々無視してエンディングを現実に起こるものと仮定して考えると、
エンディングのマリヤは
『マリヤは息が漏れるような、ささやかな笑い方をした。』
『マリヤはいたずらっ子のようにニヤニヤし始めた。』
と本編の無表情から考えられないほど無垢である。

マリヤが日記に書いた
『シズキにバレたらきっと怒るだろう。なぜこんな能力を開発したのかと、なぜ妹を具現化してしまったのかと。』
『自分以外の誰にもなれやしないと、大人たちは言う。
↑違う。誰かが勝手に、私以外の誰かに仕立て上げるだけだ。』
これとシズキが、マリヤが望んでいたと思っている
『他人の思考がわかる世界。自己が他人の中まで引き伸ばされた世界。』
の二つから見て死ぬ前のマリヤが影の能力を発現させていた可能性があるのかな?と思った。

この件とline4のメトロでのシズキの自殺は、影の能力者が死んだ場合に憑依の能力の様に都合良く影を本体として使えるようになるという設定があったなら分かりやすくなりそうだ。


・シズキが無能力と認識されていたことは早い段階でマリヤがシズキの存在を匿い、能力が露見しなかったからだとして、マリヤが6月12日に作り始めた能力が元々発現していたらしい能力(マリヤとジーマが会話をしていた)とどう異なるかが分からない

多重人格の妹と、影の妹と、本物の妹がいたのかもしれないのかなと考えると混乱した。



5、創作について
冒頭、プラットホームに据え付けられた配電盤の真下にある、子供の手のような小さい亀裂の詳細についての原稿を24万文字書いたという話。これは本編と独立した情報で、そのまま信じてしまうなら能力者が現実にいたかすら定かでなくなる。

『不眠症。堕落。
俺の皮膚を切り裂くのは違法だ、マリヤ。だからもっとしてくれ。君の笑顔は俺だけに向けられているべきだ。泣いたっていい。泣いた顔も美しい。抱きしめてあげたい。俺はそういうの苦じゃないほうだ。
君はまだ、子供のころの笑顔ができる。』

と本編のマリヤといつかのシズキが見たマリヤに差異があり、マリヤに関する記述がぼやけている。
少なくとも大学生だったマリヤは秒速500メートルの止まないテキストを送りそうにない。
(この文章はシズキが大学生卒業時の話らしい)

実際には深く共依存していたとしてマリヤが殺されていなかった現実がエンディングに繋がるのかもしれない。