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マルセルさんのLOVELY QUESTの長文感想

ユーザー
マルセル
ゲーム
LOVELY QUEST
ブランド
HOOKSOFT(HOOK)
得点
85
参照数
2702

一言コメント

hookというのは難しいメーカーで、一方ではまったりゲーメーカーとして不動の位置を占めながら、つねに謎の「新システム」によってその不動の位置を崩していたわけだが、今作に限って言えば「hookの純愛は完成した」と言っても決して大袈裟ではない。hook過去作品のアイデア「恋愛授業」「メール機能」「ヒロイン視点の定期的な挿入」が「これってマジhook作品?」と思わず呟いてしまうほど手際よく取り入れられている。最初から最後までヒロインと少しずつ仲良くなるだけの小鳥のようなキスを繰り返す日々が語られ、ヒロイン視点によってヒロインの甘く緩い心の声によって脳髄を破壊されながら、ときどきヒロインのメールに「愛しているよ」といった選択肢を自ら返しているだけでもエロゲは成立してしまうのだよ。ミニマルな快楽の反復だけで萌え転がれるなんて、これは「純愛の探求」ではなく「純愛洗脳の追求」の傑作だと言わざるをえない。

長文感想

☆基本データ

・総CG枚数(差分無し)92枚 総回想数24枠

・キャラ別CG(エロCG)&回想数

綾花 16枚(10)4回 
いろは  16枚(9) 4回 
アイノ  17枚 (9) 4回
羽美 17枚(8) 4回
水穂   17枚(9) 4回
その他 9枚 4回

(備考:その他の内訳はサブキャラの「はつね」が三枚に他サブキャラヒロインのエロCGが二枚ずつ。エロもはつねが一回にサブキャラ三人がイッカイズツで合計四回ってことね。
はつねはちょい短めの攻略ルートがあって、サブキャラはいきなりエチシーンから始まるおまけエロシナリオがあるんだけど、どっちともあまり興味は無かったのでやってません)

☆クリック数

簡単な説明:クリック数つーのは、既読スキップオン+テキスト速度ノーウェイト環境下で計った、ゲーム開始時から作品を終えるまで各シナリオ毎のクリックの合計回数のこと。

(1)初回プレイ時の「共通」+「個別」のシナリオの総容量が分かる
(2)2周目以降の、共通シナリオを除いた個別シナリオの総容量が分かる。

(ゆえに、一周目のヒロインルートはクリ数が多く、二周目以降はたぶん半減するが、一周目の「個別ルート」が他よりも長いというわけではないので注意)

(3)エロテキストのクリ数と。それを含んだ全シナリオのクリ数を比較すれば、両者の割合もある程度はわかる。
(4)テキスト速度の環境さえ同じなら、プレイ時間と違ってユーザーによる計測誤差は少ない。

といった四点が指標として役に立つとバッチャが言っていたような気がしないでもない。

(5)BCは主人公とヒロインが恋人になる前までのクリック数で、ACは恋人になったあとのクリック数ね。
「その恋人になった「まえ/あと」ってどう定義するの?というのはなかなかにむずかしい話であるが、大抵のエロゲには告白CGなるものがありますからそこを基準にします
そういうCGがなかったり、なんかズルズルだらしない感じでずっこんばっこんなシナリオの場合は、まぁ僕がテキトーに判断しますが、その場合は「?AC6992」みたいに?をつけまつ。
そういや「誰とも付き合わないシナリオ」っていうのもあらわな。そう言う場合は特にACとかBCとかは書きません。

1周目 綾花  「17033」 (共通ルート込み)BC11455 AC5578
2周目 いろは 「9704」  BC4854 AC4855
3周目 アイノ 「9754」  BC4144 AC5613
4周目 羽美  「7803」  BC3658 AC4328
5周目 水穂  「7921」  BC2677 AC5244 

・各キャラのHシーンのクリック数

綾花   1:454 2:371 3:404 4:426
いろは  1:348 2:330 3:317 4:298
アイノ  1:493 2:406 3:357 4:364 
羽美   1:326 2:318 3:268 4:308 
水穂   1: 386 2:306 3:269 4:302

☆作品の大まかな評価。

簡単な説明:これはもうそのまんまですな。一応Z~SSSまでの評価基準が存在するらしいのですが、大抵はC~Aの間に収まっているようです。
「C」がだいたい「やってもやらなくても別にいいんじゃね」。「B」が「やればけっこう面白いんじゃね」。Aが「やってないヤツは人生つまないんじゃね」。
といったかんじになっております。あと「全体評価」っていうのは、その項目における「作品全体」から感じる何となく駄目だとかイイとかそういう評価です。
あと、これは当たり前すぎて却って説明しにくいものですけど、僕の定義による「シナリオ評価」ってヤツは「感動させなきゃダメ」とか「深いテーマが無きゃダメ」とか、
そういうヤツではなくて、基本的には「その作品が目指していると思われるものが、どれくらい達成されているか?」というような「完成度」評価に近いものかも知れません。
ですから、原理的には抜きゲであろうと萌えゲであろうとシナリオゲであろうとも、その作品が目指しているものが完成されていると判断すれば、シナリオ評価は高くなるって話です。

・シナリオ評価

綾花   B
いろは  B
アイノ  B
羽美   B+
水穂   B+ 
全体評価 B
   
・エロ評価

綾花   B
いろは  B+
アイノ  B+
羽美   B+
水穂   B+
全体評価 B+

・イチャラブ評価

綾花   B
いろは  B+
アイノ  B+
羽美   A-
水穂   A-
全体評価 A-

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☆シナリオについて

このLOVELY QUEST以下ラブクエの冒頭は、まぁ体験版でこの冒頭シーンを見て「なんか微妙ゲじゃね?」と思った人は多いらしいのだが(僕も多少はそう思った)、
「エロゲのお約束なんだから深く考えるなw」を唱えたとしても、まぁ何とも説明が付きかねる世界観が提示される。ザッと説明すると、主人公が通う学園は最近風紀が乱れていて、、
特に異性関係の不純異性交遊の増大はまさに学園を第三のバビロンへと変えつつあり、そりゃもう凄いことに窓ガラス割ってまわるどころか窓ガラス越しにカップルがお互いのクチビルをブチュウとぶっつけてキスの練習をするわ、
障子越しにカップルがお互いの性器を擦りつけ合って擬似処女喪失プレイをするわと、エロしーんネタに困ったトノイケダイスケらエロゲライター諸氏が学園に取材にやってきて遠○そ×ぎに学園放送をやらせるわ……
ってそういう馬鹿ネタはともかく、まぁ異世界関係のトラブルが多くなった学園の風紀を正すために、主人公がラブリースマイル委員なるものに選ばれ、主人公とそのパートーナーが
「正しい恋愛のやりかた」をラブスマ活動のなかで全生徒の規範として示すことでみんな仲良く正しく恋愛しましょうという、僕の馬鹿ネタを遥かにうわまわる世界観が提示されちゃう。誰だこんな設定考えたヤツは?

いや、もちろん、僕はここで「リアリティ」云々を批判したいのではないし、別にこの世界観自体を批判するつもりはないのだが、しかし「面を喰らう」という表現が当て嵌まるのは事実だ。
そしてこの「面を喰らう」の中に含まれている感情も結構複雑である。ひとつには「そんな都合の良い展開ありえるわけーねだろw」といういつものヤツで、こんな当たり前のことを言うのもイヤなんだけど、
しかし異性関係のネタでトラブルを起こすようなヤツが、そんなラブリー何たらを参照するわけはねぇだろwと言うのも力強い常識である。しかし、エロゲのリアリティにおいて真に恐ろしいのは、
「もしかしたらこんな世界もあり得るかもしれない」というもう片方の予想だ。世の中には自分の思っているほど「わかりやすい人間」というのは多く、その「わかりやすい人間」のみなさまが、
「ああ、カップルってやっぱりそういうものだよな。オレタチも見習わなきゃ」と容易くまわりの空気に同調する可能性だって高いのだ。実際、このゲームに出てくるそういうモブキャラのちょろいカップルは、現実世界にも結構いる。
そして、こういうことをよくよく考えると、この作品の世界観が「何となく不気味」に思えるその真の理由は、もし自分がこの作品の主人公ではなくて、台詞の何にもないキャラ未満の人間だったら、ここは拷問だろうなwということである。
なんせぱっと見、全クラスの7割以上がカップルで占められていているような学園ですぜ。非モテにとっては地獄とか、モテないのが辛い、とか言う以前に、端的に言ってウザい空間だろう。
強いて言えば、あなたの住んでいるマンションの部屋の上下左右の各部屋から、毎晩毎晩せくーすのああーん♪が聞こえてくるような状況である。羨ましい……とか思うのは最初だけで、あとは単なる交尾騒音でしかないわけだ。

まぁとはいっても、はっきりいってこの設定自体は本筋に殆どというか全く影響を与えないといってもいい。ラブスマ活動の導入と、物語の要所要所に羽美のお婆ちゃんが現れてときどきお題を出す他は、
学園の風紀がどーなったみたいな話は以降ほとんど登場せず、、物語のオチも主人公とヒロインの関係生だけで終わっている。これも多少は不気味ではあるんだけどね。ラブスマでふたりだけの世界に閉じこもって結局DQNカップル化したとかw
実際、このゲームの進行は、各キャラによって多少の違いはあるものの、基本的に主人公とヒロインを中心とした日常以外は「なぁんにも起きない」と言ってもいい。
もちろん、その日常にアクセントを加えるのが、そのラブスマ活動であるが、このラブスマ活動の導入が「流石hook」と言いたくなるほどのすげぇヌルさで「毎日やる!」とか、
「期限が決まっていてソレまでにやらなきゃダメ!」みたいな話でもなく、感覚としては「気が向いた時にだけ部活に言っています」みたいな準幽霊部員みたいなノリで、主人公とヒロインがドキドキしながらも、
しかし基本的には「放課後にぶらり」と立ち寄る場所なのが、このラブスマ委員会(って言っても活動するときは主人公とヒロインだけだが)なのである。

「純愛はhookが完成させる」という言葉だけは話題になったHoneyComingをどれだけの人がプレイしているかはわからないが、プレイしていない人でもある程度はわかるハニカミとの比較をここでやるのも面白いだろう。
ハニカミにも恋愛授業というエピソードがあり、これはこのラブクエよりも頻繁に物語中に挿入されるが、しかしハニカミのメインはこの恋愛授業ではなく、一応は各ルートに中心となる首尾一貫した物語がある作品で、
恋愛授業は場合によってはその本筋の物語と関係のあるエピソード群、場合によっては物語とは全く関係ない「息抜き的」的なエピソード群であったりしたわけだが、
本筋ではわりと緊張している展開なのに恋愛授業でなんかデレていたりするような典型的「フラグミス」や、或いは恋人になったあとも普通にイチャイチャしたいのに、
そう言うシーンは「恋愛授業」だけに限定されていたりと、どうにも各要素とのバランスが悪い作品だった。まぁそういうバランスの悪さのなかにクレア先輩みたいな女神キャラがいるところがまさしくhookらしいとも言えるわけだが。
一方で、このラブクエには基本的に各ルートに中心となる物語展開がないし、ラブクエも別にカレンダー形式の作品ではないが、三日に一回というか15分に一回ある程度の頻度であり、
ラブスマが物語の流れを形づくることもなければ、ラブスマが物語や日常のエピソードを邪魔することもないという、一見ハニカミの後継作品にはみえるものの、両者は根本的に異なる作品だと言ってもいい。

それを示す、典型的なヒロインをひとり選び出すとすれば、たぶん人気投票では一位確実だと思われる幼馴染みの羽美ちゃんだろう。これをハミカミの朝陽たんと比較してみれば、
キャラの性格だけではなく、そのキャラの性格がシナリオの構造にも大きく反映していることはわかるはずだ。
まずはハミカミの朝陽たんから説明すれば、まぁ大半のhook信者ですらそのシナリオの内容をさぱーり忘れていると思うんだが(しかし何故か僕はこの手の萌えゲのシナリオだけには記憶力を発揮するのだっ!)、
まぁまずは簡単に説明すれば暴力系のツンデレである。本当は主人公のことが好きなんだけど、主人公があまりにもバカだったりスケベだったり鈍感だったりするんで、つい手がでちゃうみたいなタイプね。
んで主人公も、朝陽のことが好きになるのはあとのことだとしても、基本的にはハミカミの朝陽たんと同レベルの性格の人間なので、主観的には普通に喧嘩して客観的には「夫婦喧嘩は野田に食わせろ!」とか言われるみたいなパターン。
そして、シナリオはそんなふたりが恋愛授業を通じてお互いの思いに気付きながらも、途中で朝陽たんの両親が離婚するかも!みたいな話がありーのしつつ、
そうした試練を乗り越えて人間的に成長した主人公が、朝陽たんの無茶なツンデレに耐えながらも見事告白に成功するみたいな物語である。ここで重要なことは、この物語が説得力があるかどうかはさておいて(僕はわりと好きですけどね)、
この物語が少なくとも物語的エピソードを通じて、ヒロインの心理の変化だの主人公の成長だのを描こうしていて、その物語の蓄積の上に告白シーンがあって結ばれるということである。
これを手っ取り早く言うなら、主人公とヒロインは開幕当時の状況では普通に(素直に)結ばれることができない、ということである。なにを当たり前を……と仰る人はいるかもしれないが、
これは萌えゲにおいてわりと重要なところだ。「最初からヒロインが全員好感度100%」とよく揶揄される作品でも、まぁそのヒロインの好感度は100が一人に60が二人だったりするんじゃねwみたいな細かい話は抜きにしても、
その物語を通過した上ではないと主人公とヒロインが自然に結ばれない、という作品は結構多いのである。むろん、その物語の構造とその物語の出来の良さ(説得力)はまったく別の話であり、
出来の悪い萌えゲーに対して「萌えゲーに物語は必要はない!」と言いたくなる怒りの感情は正しいとしても、その萌えゲの物語が本当にその物語を必要としていないかはまったく別の問題なのだ。

さて、そのような「その物語を通過した上ではないと主人公とヒロインが自然に結ばれない」という作品が結構多い、ということは、同時にその逆のパターン、つまり、
「その物語を通過しなくても最初から主人公とヒロインが自然に結ばれても問題なんいじゃね?」と言える作品もあるということで、その典型例がこのラブクエの羽美ちゃんなのだ。
「なんでこの二人が最初から恋人同士じゃないのかランキング」などという悪趣味なエロゲランキングがあるとすれば、この羽美とラブクエの主人公はアンサマの小奈美を簡単に超えることは間違いない。
何度も言うが、これは別に「物語の説得力」を言っているわけではない。例えば良く言われる批判を言えば「主人公が極度の難聴野郎で」云々みたいなものも、確かに物語の説得力は弱いかもしれないが、
でも一応「理由」としてはなりたつ。難聴者だからといって恋愛をしてはいけないというのはおかしな話である(そんなエロゲのシナリオを読みたくない、と言うのではあれば理窟は通じるが)
また主人公が極度の屁タレで重いに気づきつつスルーしているだの、主人公がいままで一回を異性を異性として認識したことがなくオナニーすらもやってねぇ(冗談ではなくこの手の主人公は結構いたw)だの、
あるいはヒロインが極度のツンデレだったりする、というのも以上と同じである。説得力はないかもしれないが理窟は通じるだろう。
しかし、この羽美と主人公はその「理窟」すら思い浮かばないほど、序盤からかなりの良いムードすぐるのである。主人公は、まぁ多少鈍感といえなくもないが、しかし相手の好意には(程度の差はあれ)気づく人間であるし、
相手のごにょごにょ台詞もその趣旨は理解できる健聴人間だし、異性の表面的な魅力にはわりと敏感に反応する人間だ。そして、羽美も一応はツンデレっぽいことをときどきは言いながらも、
主人公から優しい言葉をかけられるとすぐに赤面証になって「お嫁になっても……いいかも」と口走ってしまう嘘ツンデレにすぎない。この「赤面症」というのが告白を困難にさせる物語キーでは?と思うかもしれないが、
たぶんライターも最初はそのつもりだったんだろうが、すぐさま「いいや別にそんなの。赤面しながら萌え台詞言う幼馴染みって可愛いし♪」といった理由で、赤面しながらも普通にデレたりキス妄想に耽ったりする羽美ちゃんはマジ可愛いし♪
しかも体験版の部分で「ここで告白したら絶対OKだよな」ってところまで二人を良いムードにもっていって、しかも羽美のほうから告白させようとしているもんねぇ。この告白が失敗したのは「運」以外のなにものでもないわけで。

もちろん、ここで僕が言っているのは、別に主人公が羽美のことを最初から好いているだとか、或いはまた主人公が羽美の真剣な想いに気づいている、とかそう言う話ではない。
ここで「好感度100%」という言葉は非常に良い導きの糸になる。僕が見る限り、この「好感度100%」という言葉は、好感度100%になっても「おかしくない」状態なのにまだ好感度70%ぐらいというのはおかしい!
というようなエロゲ的状況を指しているとおもわれる。要は、お互いの想いに気づいているかは別問題としても、おまえらいつもそんな好感度70%ぐらいの良いムードだったら、なんかの切っ掛けがあって、
すぐにお互いの想いに気づいて好感度100%になるだろう?と言うようなツッコミである。そして、上の羽美による告白失敗は「その切っ掛けがあったら」ふたりはたぶんカップルに成っていただろう、ということを示しているわけだ。
だから、逆説的に言えば「そのきっかけさえ」作らなきゃふたりはずっと「好感度70%ぐらいの日常」を延々と続けられるともいえるわけで、ある種のラノベや萌え漫画をこれを20年間ぐらいやっても倦まないわけであるが、
そこはそれいくらまったりエロゲといえどもエロゲだからこそ「物語は終わらなきゃいけない」のであるし、最近の萌えゲは付き合ったあとの「イチャラブ」も書かなきゃいけないのだから、
延々と「好感度70の良いムード」を続けるわけにはいかない。だけど、同時に好感度70の良いムードがあって、しかも二人が結ばれるのを妨害する物語的理由がなにもないとするのであれば、
そこに無理矢理「幼馴染みに親が勝手に決めたフィアンセが現れた」みたいなシナリオ展開を入れたら「茶番シナリオ展開」とかいって批判されることは請け合いである。SuGirly Wishの幼馴染みシナリオはその点で失敗したのだから。


とはいったところで、このゲームはなにも羽美ちゃんのような「最初から良いムードな」ヒロインだけが登場するわけではない。OHPの紹介順でもアイキャッチの画像でも暗示されているように、
綾花→いろは→アイノ→羽美→水穂、といったように、ちょっとわかりやすいぐらい「好感度順」にヒロインが並んでいる作品でもある。ならば僕もその順番に従って各ヒロインをみていこうか。
もちろん、ここでも「好感度100%」という言葉が言いたくなる気持ちはわからなくもない。だって、ヒロインを通じた「友達の知人」ぐらいの関係性しかないと説明されている綾花先輩が、
「わたしはアナタだからラブスマに参加してもいいのよ」といったちょいデレ台詞を序盤からぶちかますモテモテっぷりなのだから、主人公がイケメンか好感度100%なのかと思ってしまっても無理はないだろう。
因みに僕はこういうときは「主人公による好感度補正」というバカロジックを用いている。このスキルを獲得したエロゲの主人公は「いろいろ文句はあるけど用事につきあってもいいわ」が可能になる、
リアルで言えば好感度35%ぐらいがつねにキープされるわけだ。そこに「この人は普通だけど悪い人では無さそう」が加われば好感度55%ぐらいになるわけで、あとはモテイベントを連発させれば容易く好感度100%ってわけだ。

そういう見方をすれば、この綾花シナリオはだいたい綾花の好感度60%ぐらいの主人公に対する態度が「面倒がかかる可愛い後輩」から始まるのであって、
ラブスマ活動も「そんな可愛い後輩を年上のわたしがリートしなきゃ」という建前から、綾花の方からわりと積極的な態度にでるようになるってわけ。ここには一応説得力があるといえる。
中盤までのシナリオも綾花が属する委員会に関する日常イベントが多く、出来る女でありながらも主人公に適切に優しい綾花に憧れるようになる主人公と、子供っぽい失敗や見栄を重ねながらも、
必至に頑張ろうとする主人公に弟萌えしちゃう綾花のヒロイン視点が適切に混じり合って、ふたりの恋の展開がわりと自然に感じられる。基本的にはわりと良いシナリオだと言えるんだけど……
まぁ僕は年上属性は弱いんだなぁと改めて思いましたね。シナリオの展開もテキストの描写もエロも殆ど不満がないわりに、ちっとも綾花先輩のことを「好き」にはなれない。中の人も水霧さんも、
僕はわりと好きな声優さんなんだけど、なんかこの人が年上役をやると「うんうん。そうやね。全くその通りや。いっぱい酒でのも!(いや僕は下戸なんですが)」みたいに、年上の女の人の真っ当な話に共感しちゃう感じなのだ。
「俺の彼女のウラオモテ」というエロゲでも、主人公と妹と水霧さんが演じる同居するクラスメイトが、物語上そのヒロインが「憎まれ役」を演ずるところがあるんだが、もうこの辺の演技とか約30代のまともなOLの愚痴って感じで凄いしなぁ。
(さらに、その30代のOLに13歳のバッションをそのままマシンガンしまくる桃井穂美嬢の演技の「ちっとも二人の会話が成り立っていない」感の対照もすげぇ笑える。もちろん、僕はいつだって13歳の妹の味方である!)

いろはが綾花よりも好感度が高い、と言うのも予想外な感を持たれる方もいるかもしれないが、別にコレは「実は昔から好きだった系」のお話ではなく、たんに友達として昔から付き合っていたから多少の親密度はある、ぐらいの話である。
だから、最初のほうはラブスマに誘っても普通に「え……いやだ」とか拒絶されるわけで、これを主人公が「だって選択肢で選んだからお願いしますよぉ」的なメタ土下座的な理由で無理矢理承服させるという流れに至る。
しかし最初は無理矢理だとしても、このシナリオを書いたライターさんはうまく主人公といろはの最初の関係を「ラブスマ」イベントに盛り込めているとおもう。
多少の説明は必要かもしれないが、ラブスマの表面的な設定は「全生徒の投書」またはラブスマを推進している「羽美のお婆ちゃんの指令」でなんらかの「恋愛っぽい」シチュを二人が行うというものだけど、
別にこれは「変な投書がきた」みたいな展開でギャグシーンにすることも可能なのである。だから、いろはと主人公の悪友な関係からギャグへと徐々に盛り上げていくのかなぁと思いきや、最初に選ばれたシチュが「キスしーん」だ。
「そりゃどう考えても無理だろ」と誰もが思う展開なので、これをそのままギャグにすることも可能なのだが、ここでは見事「そりゃ無理だろう」な常識と「でも恋愛ネタで盛り上げなきゃ」を融合させることに成功している。
まぁネタとしては昔のちょいエロ深夜番組を思い出してしまったが、そのギャグスレスレのちょいキスシーンを演じる車の人が相変わらずエロっくて唇がぶちゅうと下敷きの吸いつくような……ってここらへんはエロ評価で語るとしても、
そのあとの「踏みつけ」だの「文通」だのにしても、ラブスマの恋愛ネタをちょいギャグ方向にズラしながらも最終的には二人の距離が少しずつ近づくような展開は普通に上手いよなぁと思わせます。

中盤から後半にかけてのいろはの変化もよく描けている。これはちゃんと前半からの細かな伏線が効いていますが、要は主人公の言動とか行動の変化に従って、ヒロインの方もそれに「合わせてくれる」タイプがいろはというキャラであり、
前半でも「変なことは」ときどき言っても、主人公が「まともなこと」を言っている場合には全キャラのなかで一番まともな反応と行動をしめすわけだ。
だから別に性格が変わったわけではないので、いくら二人が恋人になったあとでも「善一さん」オンリーではなく、お互いに巫山戯ている時は「さくらん」に戻ったりする。
でも、ユーザーとしてはその「さくらん」の時と、「善一さん」に成るときのいろはの心情のパターンがだんだんわかってきて(しかもそこらへんはテキストのなかで明確に語られないので)、
これがなんか「オレだけがいろはの心の動きをわかっているモンねふふーん♪」といった妄想をいたく刺激してくれてまったくもうエロゲの擬似恋愛って本当に最高だなぁと思わせてくれます。
しかもそういうキャラの心情の変化を演じさせたら車の人はとても上手いし、さらにはそれがエロしーんに生かされていることもあっては……と結局お前はエロについて語りたいだけなのかと言われる前にここで止めます。
ただ、ちょいと不満を述べると、まぁこれはこのゲーム全体について言えることなんだけど、もう少し「無駄な脂肪」が欲しいなぁとおもうところもある。いろはの白玉小説とか、歴史マニアネタとか、
もうちょっと他の日常イベントで生かしても良かったんじゃないの。散々「おねむゲー」を批判された(でも、アレって別に悪口だけじゃないとおもうよ)からテキストのテンポに注意しているのはわかるけど、
もう少しだらけた感じがしてもいいんじゃないのかなぁ。

上の2本のシナリオは「いままであまり接点のなかったヒロインが、ラブスマ活動を通じて親しくなった」みたいな、一応は「その物語を通過した上ではないと主人公とヒロインが自然に結ばれない」シナリオと言えるわけだが、
次のアイノあたりからだんだんこれがおかしくなってくる。アイノだって基本的にはゲーム内では「ここ一ヶ月近くの間に日本にやってきた留学生」であり、
一応物語内でも「異文化に属する人間と恋愛することは可能か?」みたいな話がうすーく広がってはいるんだけど、やっている時の感覚としては「一週間ぐらいで告白してOK貰えそうなんじゃね?」とすぐにおもっちゃう感じ。
もちろん、これはこのシナリオに対する批判(は10%ぐらいはあるが)でもないし、アイノたんが尻軽(体重は軽いので尻も軽そうだが)だとかそう言う話ではなく、
たんにこのシナリオがアイノたんの、基本的には普通の女の子のように羞恥心を表現しながらも、基本的には自分の思いや相手の思いに「素直すぎる」リアクションをすぐに表現させちゃうということである。
そもそも「ある程度悪くないな」と思っている男女がラブスマ活動のような触れあいをなんどか繰り返せば、相手に対する好感を自覚するしない以前に「ドキドキする」のは当たり前なんだけど、
アイノたんはこの「沸点」とでも言うべきものが滅茶苦茶低い。他のヒロイン(まぁ羽美は最初から初期好感度1000%なので論外として)はたいてい最初は「なんでこんな変なことをやってしまったんだろう……でもドキドキした……」
ってな感じなのだが、アイノたんはもう三回目ぐらいのラブスマで主人公への好意を自覚しちゃっており、五回目ぐらいになると「もうバタぁになっちゃうよぉー」とか可愛らしい声をあげながらも、たぶん下半身からバターが漏れちゃっている。

とはいっても、別にこれは「ヒロインの思いを主人公が気が付かない鈍感パターン」でも「ヒロインが主人公にアタックしまくるお話でも」なくて、日常描写ではまぁ確かに少しずつ仲良くなっていくのであるが、
しかしアイノも主人公もそれなりに節度を守っていて(節度を全く守らないのは水穂シナリオだ)、ラブスマの最中とそのあとのヒロイン視点でデレが一気に顕在化するパターンと言える。
だからシナリオの特徴として「アイノたんはすぐに発情して可愛いなw」みたいなエロ方面がわりと強く印象に残ったとしても、シナリオを読んでいるときはそんなに強くエロを感じないというか、
正確に言えば普通の日常描写における基本的に素直だけど普通の女の子のようにちゃんと羞恥心を持っているアイノたんの印象が、ラブスマまたはエロしーん時には一時的に「基本的には素直」な部分がつよく出るため、
無闇なエロ推しで日常のキャラ性が崩壊せず、むしろ日常描写との地続きのエロと可愛さをラブスマやエロしーんで感じることができるわけだ。これは単純にみえて、わりとちゃんと考えられたシナリオである。
……とは事情通のように言ってみたところで、このシナリオが最初から好感度高めのヒロインとただまっすぐに仲良くなっていくだけのシナリオじゃねぇかと感じられるのは間違いないわけだが、
それでも全く不満に感じないことも同様の真理である。もちろん、二人がお互いの思いに気づくシーンとか、告白するきっかけを作るシーンとか、そういう普通の萌えゲのお約束は押さえているんだけど、
そうしたイベントのあまりにも「早くて快適な」テンポが妙に心地好く場合によっては普通の萌えゲよりも説得力があったりするわけだ。。例えば、夜の肝試しで主人公がアイノを突然の襲来者から守って、
「やっぱり彼はわたしの王子様なんだぁ」とアイノたんの妄想力が最高潮になるシーン。こういうイベント自体は他の萌えゲでも盛りだくさんで、たいていそのイベントぐらいで「主人公に対する好意に気づく」ものであるが、
まぁお約束はお約束として良いものの、たったそれだけのイベントが切っ掛けになると言うのはちょい不自然な感じがする。でも、このアイノシナリオだと最初からその手のミニ好感度アップシーンが最初から仕組まれていて、
その「総仕上げ」としてこの「王子様」シナリオが来るもんだから、トドメの一撃の妄想ネタでアイノたんもユーザーもついクラクラになってしまう。。
そのあとの告白切っ掛けイベントは、あんがい地味なイベントなのであるが、これは先の王子様ネタがちょい妄想気味なノリだった反動もあって、
そりゃ自分の好きな人が自分の国を好きになろうとしているところをみたらグっとくるよなぁと、そんな純愛素朴な告白シーンに結構感動しちゃったりするんだから、萌えゲのシナリオ作りは実に奥が深いのだ。


さて、残るのはhook定番の最強兵器である幼馴染みとhook定番のイミフ妹キャラである。まずなんでhookの幼馴染みキャラが殆ど毎回最強兵器になってしまうかというあたりからすすめてみよう。
これはここ数年妹キャラ、いや実妹キャラが定番の一番人気キャラになって、幼馴染みキャラが押され気味であるという逆の事態から考えると、そこらへんの一端がよく掴めるとおもう。
僕が使っている言葉で説明すれば「ブルドッグ的立ち位置」が幼馴染みから実妹キャラに変容したことがまず第一の原因だ。ブルドッグキャラつーのは、よーするにシャッフルの楓たんなわけだが、
ただシャッホーももはや過去の作品なので一から説明すれば、基本的に主人公の家に同居または半同居しつつ、主人公の世話を上から(食事ってことね)下まで(パンツ洗いってことでエロい意味ではない!)世話をしたり、
またヒロインの方が主人公にそんな世話をかけられたりする関係正を持つキャラのことを言う。「だったら嫁キャラでいいだろw」で思われるかもしれないが、嫁とブルドッグでは少々意味が異なる。
まぁ「嫁」というオタ言葉は融通無碍に使われすぎてテキトーに解釈されかねない、っていうのもあるんだけど、そのような「ブルドッグ」的幼馴染みや妹キャラは、
まず主人公と結ばれないのと嫁になれないのはいうまでもないし(実妹の場合は結ばれても嫁にはなれないが)、さらに言えば彼ら「ブルドッグ」ヒロインの真の目的は基本的に主人公の「嫁」になることではなくて、
究極的に言えば主人公のそばにいつもいること、もっと言えば主人公と主人公の家を自分のテリトリーとする自分のアイディンティを守ることなのである。
だから、アンサバの小奈美が他ヒロインとくっついても、せっせせと主人公の家にパンツを洗いに来るのは、実は主人公側の問題ではなくあくまで小奈美自身のブルドッグ性が要因であり、
アニメ版シャッホーの楓が死んだ眼でカラ鍋を回し続けるのも、主人公が他ヒロインとくっついたからではなく、某先輩が「楓の家」である「主人公の家」のテリトリーを破ったからだ。
この論理をしっかり押さえれば「ブルドッグ」ヒロインのヘゲモニーが「幼馴染み」から「実妹」へと移った理由を知るのは、それほど難しいことではない。

まず第一に幼馴染みキャラは、小奈美のような例外を除けば(小奈美からみれば他幼馴染みキャラなんぞ単なる屁タレに過ぎない!)主人公が他ヒロインとくっついた場合には、
多かれ少なかれ自分の家であった主人公の家から離れるのが普通である。しかし妹キャラの場合は、基本的にどのヒロインが主人公とくっつこうとも主人公とは家族なわけで、
主人公の家にブルドッグしつづけることが可能である。主人公が他ヒロインとくっついたあとも、妹ヒロインが主人公の家で主人公の上と下のお世話をしてたところで、不思議なことにあまり文句は言われないことを留意しよう。
このようにみると、妹キャラのブルドッグ性は幼馴染みよりも遥かに高いように思われる。しかし、この段階ではまだ幼馴染みの方が基本的には優位に立っていると言える。それは先の楓のカラ鍋シーンの衝撃度をみればよくわかる。
あのようなカラ鍋シーンは、短絡的なエロゲレビュアーが言うように「エロゲのお約束をヒロインの立場から批判している!」だけではなくて、それと同様、否、僕からみればそれ以上に、幼馴染みの特権性を誇示する描写である。
オタ作品における「オタ批判(と呼ばれる)」的なシーンは、それこそ、そのオタ作品を成り立たせている真の力でもあり共犯関係でもあるのだ(選ばれなかったヒロインが可哀想とか、その前提は「ヒロインはオレが選ぶ」というオタ的発想である)。
つまり「昔から主人公のことをずーっとブルドッグをしていた幼馴染みが振られると病む」といった描写は、裏返しをすればマルチエンド物語空間において、ブルドッグな幼馴染みを(オレが)選ぶのがこの物語の(オレの)真の純愛なのだ!
といった妄想をそそらせる強力な中毒効果があるわけだ。妹キャラの場合は、逆に「選んでも選ばなくても主人公の家族のままブルドッグ」という「汎用性」が、幼馴染みの「選ばれなきゃ病む」という「裏返しの特権性」に負けてしまうのだ。
しかし、これが実妹キャラになると様子が一変する。よく実妹キャラなのに背徳感がないのはヘンだとか、何で背徳感がないのに実妹キャラにするんだ?という議論があるが、
まぁその人が単に「オレは背徳感のある実妹シナリオじゃないと萌えない」を主張したいだけならそれでもいいけれども、ここで看過されているのは実妹キャラの逆説的ブルドッグ性とでもいうものである。
実妹キャラと義妹キャラはブルドッグ性において何が異なるか? いっけん、そのどちらも「両方ともくっついてもくっつかなくても主人公からは離れない」というのは変わらない。違うのは義妹は結婚できても実妹は結婚できないだけで……
そう、この「実妹は結婚できない!」というのがブルドッグキャラが「嫁キャラ」ではない最高の特権性なのだ。どういうことか。妹ヒロインが主人公とくっつかなくても、くっつこうとも「結婚できない」点は変わらない。
言い換えれば、主人公とくっついたところで「妹ヒロインが主人公の妹であることは変わらない」(いっぽう義妹ヒロインは往々にして「妹」から「恋人」に変化する。ここでコペルニクス的妹神学の転換が起こっていることに留意しよう)。
それでは、実妹ヒロインとくっつく妹ルートにおける主人公と実妹の関係生とはなにか。それはたいていの場合「妹でもあり恋人でもある」といった表現がなされるが、これこそ純粋なブルドッグヒロインの肖像に他ならない。
つまり、主人公と同居していて普通に生活を過ごして夜の性活も送りながらも、彼らは純粋な夫婦でも恋人でも家族でもなく「死ぬまでずーっといっしょに仲良く暮らす」ことだけを目的とする、純粋なブルドッグ共同体へと辿り着く!

このことから、妹ヒロインと幼馴染みヒロインは、作中に置いて微妙な緊張関係に置かれるわけで(次いで言えば幼馴染みオタと実妹オタも微妙な敵対関係にある)その記念すべき作品としてはねこねこの「みずいろ」が挙げられるわけだが、
あの手の「幼馴染みと主人公と妹キャラ」の三角関係は、その幼馴染みと妹キャラの(さまざまなレベルでの)魅力が均衡関係にないとエロゲーとして上手く機能しないわけで、
たいていは「片方」がその人気を勝ち取ってしまうケースが多く、そして、その「幼馴染み」サイドのビッグメーカーが他ならぬhookと言うわけである。
とはいっても、冷静に考えると、hookの幼馴染みキャラで完勝を収めたキャラと言えばアンサバの小奈美とさくビの小春ぐらいで、、朝陽とケツ未は確か二位ぐらいであったし、近作の砂糖と苺の軍神と愛もあんま人気はないようなので、
修正して言えば「幼馴染みキャラと対となる妹キャラにあんまし人気が出ない」傾向にあるのがhook作品といえるだろうか。さらに言えば、人気の出る未来とか穂海は幼馴染みや妹キャラではないけれども、
作中のなかで主人公のそばにいてブルドッグ的お世話をするキャラではある。これをまとめて言えば、小奈美に代表されるような幼馴染み的ブルドッグキャラがhookの最強兵器であり、その近くで妹は良くわからん位置づけにあるわけだ。

この構図はこのラブクエも見事に維持されていると言える。体験版の感想で「羽美ちゃんかわいいー」がたくさん言われ、「水穂のキャラ位置がなんかよくわからない」と言われたのは、まことにそのまんまその通りであって、
体験版でもそうであったように本編までも、日常生活の大半の描写に羽実は関わり、尚かつラブスマ活動のキーを握っている羽美の婆ちゃんのせいで他ルートでも羽美の存在感は(小奈美ほどじゃないが)他ヒロインよりも圧倒的に高い。
まぁこれは、主人公の環境と他ヒロインの立場も大きく関係しているのだろう。いろはとアイノは同居していて、主人公は別にいろはとはそれほど親しくないわけだから、両者と会う日常的な切っ掛けが少ない。
綾花にしてもそれは同じで、個別ルートに入らなきゃ彼女とは顔見知りの先輩後輩の関係でしかなく、学校関係のイベントや街で偶然みたいなイベントでしか出会わない。たぶん、意図して書いてると思うんだけど、
この三人が別のヒロインのルートの最後の方で「主人公の家に来たのはこれが初めてだね」みたいな台詞を普通に行ったりすると、うーん、エロゲのマルチルート構造というのは人生の妙を感じさせるなぁと思ったりする。
攻略ルートじゃ主人公の家に入り浸ってセックス三昧(アイノちゃんです♪)を送っているのに、2~3選択肢が違うだけでセックス三昧から「電話をするのはこれが初めてだね」に変わってしまうと言う運命の恐ろしさ。
余談はさておき以上の理由で、、強いて言えば「幼馴染みと妹以外、つきあいの薄い」主人公であるが故に、自身の攻略ルート外でも羽美ちゃんの出番はとても多く、先に言ったような「ブルドッグヒロインの失恋」が、
さりげなくだが然しどのルートでも書かれているのでわりと強く印象に残りやすいのだろう。この手のブルドッグヒロインは「攻略内」ルートでも「攻略外」ルートでもキャラの印象は他ヒロインよりも強まるのが普通だ。

それでは、その羽美の「攻略内」ルートのシナリオはといえば……これがそのまんまノーガード戦法を貫きとおしていて、実に気分が良いんですな。先ほども言ったように、なんせこの二人は体験版の時点から、
「あそこで告白したら絶対につっくついているよなw」的告白寸前のところまで言ってしまっているわけで、いまさら「幼馴染みが故の距離感の難しさ」みたいなシナリオに転化することも不可能だし、
ウザ男が現れてみたいな不協和音の山を作ってみたいなシナリオも(できるけど意味がないというので)基本的には無理なわけですよ。じゃあ、物語の進行はどうすればいいのか? そんなの答えは決まってます!
ズバリ。ふたたび告白のきっかけが出来るまで、羽美は好感度100%のまま、主人公はだいたい好感度70%前後のまま、ちょっとしたきっかけでキスが起こってもおかしくない空気のまま恋人直前友達もう無理なイチャラブを続けるしかないのだ!
しかもそんな状況下でのラブスマの御題が毎回面白すぎる。最初は「朝起こしに行く」みたいな定番純愛ネタから始まるんだけど、次がなんと「お互いの匂いを嗅ぐ」ですぜ安住のダンナ。
「カップルじゃないとやらないこと」を越えて「カップルでも普通やらないこと」を、このお互いの好感度ムンムンなカップルが躊躇いがちに、だけど最終的には「やだ……善一の匂いよすぎぃ……」とかくんくかし過ぎるシーンは、
もう生半可なエロしーんもイヤらしすぎてオレは射精した。しかも次のラブスマが「世界の中心で愛を叫ぶ」ってをいこのシナリオを書いたライターてめぇそのまま思いつきで書き殴りましたよね? じつに素晴らしい判断です!
お互いに意識しあっているカップルが夕暮れの公園で愛を叫んだ厨二病患者になるなんて、オレもそんな悪夢のような体験したかったぜ!
たまに「もう少しでくっつきそうなのになかなかくっつかない優柔不断な幼馴染みシナリオは苦痛だ」みたいな意見をきくことがあるけど、このシナリオはその点ぜんぜん苦痛じゃないというか、
誤解を受ける言い方を敢えてすれば、もっとこの恋人直前のカップルの毎日をみたかったぐらいだ。それが苦痛じゃないのは、先の文章に端的に書いたように、ふたりはまだ恋人になっていなくても「カップル」だとつい認識しちゃうような、
恋人になるまえでしか味わえないイチャラブ描写がここで充分に語られているからだ。もちろん、それは描写だけの問題ではなく、いわば作品全体の「ノーガード」的雰囲気とでも言うような信頼感もそれに一役買っている。
これはある程度は「シナリオをやる順番」によって変わってくると思うけど、他シナリオをある程度やったうえでこの羽美シナリオをやれば、もうほぼ99%変な鬱展開を入れないだろうというのはわかりきっているし、
何よりも主人公がちょいキモイすけべぇ野郎だとしても、自分勝手に思い込んで変な行動をしないぶん、主人公と幼馴染みの絶対結ばれるに決まっている恋の散歩道を安心して眺められる。これがとても気持ちが良いのだ。
細かい設定だけど、羽美が基本的に料理以外は主人公と大して変わらないロースペックで勉強の出来ないお馬鹿ちゃんというのも、その安心感を強めてくれる。ヒロインまたは主人公が一方的にハイスペックとかってそんなの幼馴染みじゃねぇYO!
幼馴染みはな。試験前にふたりで一生懸命勉強しても結局赤点から逃れられずに、ふたり仲良く夏休みの補習授業に出かけて夕暮れの誰もいないプールでセックルしなきゃダメじゃないかっ!

こういうことを書くと「でも、シナリオに山がないのは……」といった、まるでどの料理にも必ず一定量のマヨネーズをいれるべきだみたいな、摩訶不思議まよらーロジックを唱える人がいる。
もちろん、こういう人が「オレは山のあるシナリオが好きだからこんなゲームやりたくない!」というのであれば、それはそれで良いのだが、全ての物語にある一定の山が必要だというのは、社会主義リアリズムの論客も唱えなかった暴論ではないか。
とはいえ、こういう人のために敢えて別の説明を試みてみると、このシナリオを別の角度から照射することができるだろう。このシナリオにはちゃんとした山があると。
先ほどにいったように鬱展開だの茶番劇展開だの主人公暴走と言ったネタは殆どないし、主人公と羽美はさしたる試練もなく告白に成功し同様にプロポーズにも成功する。え、これらのどこが「山」なんだ!ですって?
いま僕が説明した物語の連続性が山に他ならないではないか。主人公と羽美がいつでも告白できるような状態にありながらも、告白せず、だけどある一点を超えたところで告白する日常の流れが壮大な起伏を作っているのだ。
つまり「いつ告白しても良いような状況である」ということは、裏を返せば「これはどんな時に告白が始まってもおかしくない」と言えるわけで、そんな「山」みたいな見え見えの伏線や試練を「越えないと告白できない」シナリオよりも、
この羽美シナリオには独特のドキドキ感があるわけであーる。いくら二人が恋人直前のカップルだとしても、未だに恋人になっていない以上、ふたりの間にはちゃんと越えられない一線みたいなものがいろいろと明確に引かれている。
それらは通常の萌えゲでは「山を越えた時点で越えるもの」というルールがあるわけで、いくら日常描写でドキドキさせても「でも、別にくっつくのはシナリオ展開のあとでしょw」とお色気サービス描写にしかみえないのだ。
だけど、このシナリオには「山を越えた時点で一線を越えるもの」という明確なルールがないだけ、それだけ細部の日常描写はふたりの関係を少しずつ変える力と機能を持っている。その少しずつ告白に近づくふたりの日常がなんともスリリングなのだ。
これは羽美の何よりの必殺技である「赤面症」からみればわかりやすいかもしれない。この「赤面症」まぁ一般的に言えば「照れ」は、いま照れと打とうとしたら(#^_^#)(*^^*ゞ(*´∀`)(*´Д`*)(≧∇≦*)とまぁこれぐらいにしておくが、
わりとお堅いATOKでもこんな顔文字がデフォで装備されているぐらい、多様な感情を示す言葉である。僕はメールもツイッターもBBSもあまりやらない遅れた人間なので(*´Д`*)は「ハァハァ」ではないのか?と思ってしまったが、
確かに「テレ」と「デレ」の言葉の距離とその境界線は限りなく曖昧であって、それが羽美のテレとデレが限りなく近づきながらも一向に判別が付かない「テレデレ」の何よりの魅力となっているのである。
ぶっちゃけ主人公との会話で羽美が「テレ」ているのかそれとも「デレ」ているのか?その台詞とその画面上の可愛い赤面羽美を交互に眺めているだけで、物語がなんにも進まなくてもちっとも退屈ではなく、
ずっと永遠にモニタ上の幼馴染みの台詞と顔を眺めていたいとさえおもう。この羽美ルートでは作品コンセプト充分に生かされている。好感度や物語や恋愛関係があまり進まなくても、幼馴染みとのそんな日常の観察が純愛の探求なのだ。


幼馴染みが幼馴染みとの日常による純愛の探求ならば、最後に残った水穂シナリオはいったい何の探求が為されているのか。本題に入るまえに羽美との比較で言えば、確かにこの水穂もhookの不遇妹キャラの伝統を受け継ぎ、
主人公と同居している妹キャラなのにブルドッグ性はほとんどない。たいてい、幼馴染みに主人公の下と上を奪われた同居妹キャラは、影が薄くなると言うか、主人公と一緒に暮らしている家庭生活描写でもいったいなにやっているんだかな、
印象に終始するのが常であるが、この点でも水穂はその偉大なる伝統を踏襲している。さらに、うえで指摘したように、攻略ルート外で基本的に活躍するヒロインは羽美なわけで、攻略ルート外での水穂は、
「あれ、お兄ちゃん何処に行くの?」といった台詞に集約されていると言っても過言ではない。「それほど中が良くも悪くも無い普通の兄妹」という設定でも充分通じる日常描写しかルート外では用意されていないんだから。
またさらに困ったことに「お兄ちゃん」と「おにいさん」を使い分ける設定というのも、体験版または攻略ルート外での水穂の印象を薄くしている要因の一つだろう。そういう呼び名変更設定は、
それらの「お兄ちゃん」や「おにいさん」が日常描写の中で充分に使われていないと、その意味は想像しようとも思えば何となく想像が付くものの、妹キャラの持ち味の一つである親密感を悪戯に減殺する結果に終わる。
とまぁ、体験版または攻略ルート外ではあまり良い印象のない水穂であったが、実際に最後に個別ルートをやってみたら、なんとまぁこれはおそらくhook最強の妹キャラなのではないか!と一気に逆転評価!

体験版の時点ではイマイチよくわからないキャラ付けだったけど、共通の日常描写そして本編の個別ルートに入って、本格的に「妹以外とはほとんど接触しない日常」に入ってしまえば、
興ざめな説明めいたイベントをみなくても「お兄さんとお兄ちゃん」の呼び名の違いの意味がすんなり呑み込める。まず平たく言えば「外ではネコを被っている」と言えるわけだが、しかし普通の二重性格キャラとちがって、
この水穂たんはたんに「ネコをちょっと被ってみたいお年頃」に過ぎず、「お兄ちゃんに対してわたしはもう子供じゃないよ」とアピールしたいだけに過ぎないのであるのだが、
しかし家では普通におにいちゃんと甘えてしまっているし、しかも学校でも単にお兄ちゃんがお兄さんになっただけで、言っていたり甘えたりすることは家と殆ど変わらないあたりの素直さがかわいすぐるはないかっ!
だけど水穂たんは、最近の他のエロゲの実妹キャラとは少し違って、お兄ちゃんのことをあまり意識していない、否、お兄ちゃんに対して最初からあまり発情していないのである。作内のテキストを引用すれば……

>>お兄ちゃんの部屋で、そういうえっちな本とかみつけたことはないけど……
「ほんとは、もってたりするのかな?」
そして、女の人の裸を見て喜んでいる?
「うう……なんか、そんなのやだ……」
胸の奥の方がもやもやしてくる
「もう、寝ちゃおう……」
もやもやするのが嫌で、わたしは頭から布団を被っていた。
いい夢をみられるといいな。
お兄ちゃんが出てきて、一緒にお昼寝したり……

つまり、はっきり言って水穂たんはまだ幸福な幼年時代の夢の中にいて、そりゃエロいことだと恋愛だのは知識としては知っているが、身近なお兄ちゃんがそういう目で他の女の人をみることを考えると、
「もやもやするのが嫌」で「もう寝ちゃおう」と布団に入り、そして夢見ることはただひとつ「お兄ちゃんが出てきて、一緒にお昼寝したり……」でしかない、精神年齢ななさいぐらいの実妹なのだ。
そう振り返ってみれば、hookの妹キャラは伝統的に「ロリ」系列であった。アンサバの佐奈もハニカミの変態仮面も砂糖のひなも基本的にはロリキャラで、さくビの璃子もいっけんしっかり者の妹にみえながらも、
ラストには学校の作文で恋人でもありお兄ちゃんでもある主人公を無邪気にマンセーしまくってまわりから引かれてしまうほどに、どのキャラも「世の中」という文字は知っていてもその辛さなんて一ミリも知らないロリキャラであった。
この手のロリ妹キャラがブルドッグ幼馴染みキャラに「いつも負ける」のは、なるほど確かに世の中の理かもしれない。上の妹キャラは全員、ブルドッグ幼馴染みを「お姉ちゃん」と慕っており、
主人公がそんなブルドッグ幼馴染みと結ばれてもほぼ100%無邪気にふたりの関係を祝福してくれる。なにか、こう、お兄ちゃんを「自分の手で奪う」みたいな社会的恋愛性欲関係すら、知識としては知っていもちっとも実感がなさそうだ。
そして、hookの妹シナリオには、強いて類似したシナリオを挙げれば「さくらむすび」の「桜」ルートのような、主人公とあまり社会のことを知らないロリ妹がふたりだけの世界で薄明かりの家で静かに暮らしているような寂しさがある。
「さくらむすび」と違って、hookの妹シナリオには別に「化け物」だとか「近親相姦の背徳感」といったものは全くないのだが、個別ルートに入って妹とのあまい世界に砂のように沈んでいくと同時に、
別に他の登場人物からふたりの関係を批判されるようなことはあまりないんだけど、でも他の登場人物の影はだんだん消えていって、最後にはふたりの関係を知っているのは幼馴染みだけといった秋の寂寥感に包まれ物語は終わるのだ。
むろん、別に僕はここで「社会に認められないふたりは幸せになれなかったんだ」みたいなバカを言うつもりは全くない。ふたりが幸せであることはどの作品にも疑いようもなく記されている。
ただし、その幸せがあくまで秋の幸せであるということも同時に疑いえない。これはある意味ではハードなエンドだ。「妹の成長」も「社会との調和」も意図的に避けているぶん、
「これから一生懸命頑張りましょう」みたいなポジティブな気分にもなれないし、「社会に認められるような兄妹カップルにもなりましょう」と楽天的な気分にもなれずに、物語が振り出しに戻るように、ただ、お互いを愛し合ってる兄妹だけが残る。

hookの妹シナリオの魅力を一言で言えば「あまりにも精神的に純粋で幼すぎる妹を、そのままなにも汚さすにお兄ちゃんとして妹的にも性的にも可愛がり続ける」ような、たぶん妹オタのなかでも「そりゃ倫理的にマズイよ」と言いたくなる毒だ。
これの何が不味いのかと言えば、近親相姦の背徳感の中にはその逆説的感情として「世間の規範に逆らってまで、ひとりの女性を愛し続ける」みたいな倫理的要素が多分に含まれているし、
また単に近親相姦の背徳感でドキドキしたいだけのひとにとっても「世間の規範を感じながらも妹にフルボッキしちゃうなんて……!」といった、あくまで自分は世間の規範を守ってよろめきしているだけといったような、
まぁある種の歪んだ社会的規範の希求がある。だから、ヨスガのアニメ版みたいに心中エンドみたいな終わりかたなら、規制委員会から「このエロは社会の規範を弁えているのでよろしい」と認められるのだ。僕らはあのオヤジ達と大して変わらない。
しかし、このhookの妹シナリオには、前述の倫理的正義感も社会的規範の希求も全くない。ただ単に、こんな可愛い妹とこんなカッコイイお兄ちゃんをお互いに手放したくないと思っている兄妹が、子供のように愛し続けることだけを望んで終わる。
僕みたいな真性のロリ妹スキーには、こういうシナリオが基本的には一番好きなのだ。むろん、そういう倫理的正義や社会的規範を妹シナリオのなかで書こうとするのは悪くないし、僕もそう言うお話も嫌いではない。
だが、正直に告白するなら、ロリ妹の可愛さをまえにしては、なんかそういう倫理的正義や社会的規範なんて、マジでどーでもいいとさえ思ってしまう。可愛い妹を手羽したくない、というロリ妹に対する欲望は全てそれ以前の根本的な繁殖欲で、
このままなにも変わらず可愛い妹とずっと一緒に過ごしていたいという感情は、倫理的正義や社会的規範といった人間的な価値をほんの少し越えた次元にある、動物的というよりはむしろ植物的な本能であるとさえおもう。
この手のロリ妹シナリオは、もちろん応用的にいろいろなテーマやらを語ることはできると思うが、その物語の根本に「何か大切なことを語る」といった積極的な欲動ではなく「なにもしないのがいい」といった静止的な欲望が込められている。
だから、hookの妹シナリオは、いっけんどのシナリオと同じような「まったり」シナリオにみえながら、その内容は例えば幼馴染みシナリオとは正反対なのである。幼馴染みシナリオは、いくらその動きが緩慢であっても、
幼馴染みと主人公は作内の世界のなかにすすんでいって、つねに動いていると良いって言い。だけど妹シナリオはその正反対に、作内の世界から少しづつ軌道が外れていき、やがてふたりだけの停止した世界に辿り着くだろう。。

しかし、今作の水穂シナリオの序盤から中盤は、いままでの妹シナリオとは少し違って、物語とまでは言わないがキャラの感情はわりと強めに動く。お兄ちゃんをまだあまり意識していない水穂たんが、
ラブスマ活動を通じてお兄ちゃんを意識しちゃうようになるのだが、まぁそのラブスマ活動のイベントが上手いのは言うまでもない。「膝枕をする」では最初は水穂たんが普通にやるんだが、主人公が妹の太ももにドキドキして失敗。
次は失敗しないようにと、水穂たんが主人公の頭を自分の内股で挟んで耳かきをしちゃうんだけど、今度はあとでアレはヤリ過ぎだったのではと水穂たんがドキドキしてしまったり、
「身体を洗い合う」という御題には流石に少々エロいものを感じてほんの少しは抵抗する水穂たんだが、お兄ちゃんの必死のお願いに負けて頷いてしまった水穂たんの手をお兄ちゃんがスッと取って台所で手洗いオチだったりと、
兄妹がほんの子供同士のようにいちゃつきあっているような微笑ましさと、しかしそこに少しずつ芽生え始める性的感情の疼きのちょいエロが、実に絶妙なバランスで描写されているのだ。ロリコンスキーにはこれだけで三杯はいける。
ああ、最近では他のゲームでもかなり使われているから「時限式選択肢」システムについてはいままで触れていなかったけど、別に新システムとか名付ける必要はないと思うが、今作ではわりと上手く用いられている。
基本的には「ダミーフラグ」という、たぶん攻略にはあんまし関係ない(バットエンドを見たという人がいるから、もしかしたらあるかもしれないが)選択肢なんだけど、これが作中の進行に少し反抗するような選択肢が選べてちょい面白い。
例えば「急いで手を放す」とか(自分の彼女ではないと)「とっさに否定する」みたいな時限選択肢があり、まぁいつソレを選んでも、時間切れになったところで、物語進行はほとんどその「手を放す」になってしまうんだけど、
ここであくまで「手を放さない(つまり時間切れ選択)」を選ぶことで、オレは物語の進行に逆らってまで妹の手を握り続けたんだ!とかいろいろ妄想できるのは面白い。攻略に影響あればそんなのできないけど、なきゃそうやって遊べるでしょ。
似たような選択肢として、メールシステムというのもある。これはラブラブルのヤツとおなじだけど、これも攻略に影響が出ないので、ヒロインによって自分はずいぶんメールの内容が変わるんだなぁと思ったものだ。
年上ヒロインや悪友ヒロインには基本的にギャグ系オンリー、羽美やアイノといった同級生ヒロインには当たり障りない系オンリー、そしてどうやら妹にだけ「愛しているよ」だの「もっと一杯エッチしたいよ」といったマジ系を選んでしまうらしい僕は。

しかしこの水穂シナリオで何よりも強力に作用しているのは、「ガーリー」という女性ヒロイン視点が、定期的に挿入されるシステムだ。システムと言っても、いつもとは違った「女性視点専用画面」に変わりそこで、
ヒロインのモノローグが語られるだけなんだけど、先に引用したテキストに見られるように、このガーリーでは水穂たんの「おさなさ」が強力に綴られ、もうこのシナリオだけ別世界に入ったかのような印象を受けてしまう。
むろん、ガーリーというのは、もとよりそう言う「ヒロインの妄想世界」をそのまま具現化させて、主人公視点から見ている日常ヒロインの言動や行動とのギャップを楽しんだり萌えたりする機能を持っていた。
そういう意味で言えばどのヒロインのガーリーもよく描けていたとは思うんだけど、水穂たんのガーリーはもうなんか別格ですよ。なにこのロリコン殺しの、幼女しか考えられない夢の世界に白馬のお兄ちゃんがやってきて、
そのままお姫様である妹と優しくエッチしちゃうような甘ったるい妄想は。しかも、少しづつお兄ちゃんを意識していくたびに、ガーリーの水穂たんの夢の世界がうすいピンク色に染まっていって、
自分の恋心を思い悩む葛藤の心の声がお兄ちゃんを恋い焦がれる媚声にいつの間にか変わっているような、この純愛ゲーの妹シナリオでしか味わえないこの強力なエロスはいったい何なのか? もうエロしーんで枯れ果てたってレベルじゃねぇぞ。
うえのクリック数をみればわかるように、水穂たんの付き合うまえのシナリオ量は他と比べて比較的少ない。確かにこういう「兄妹間の悶々」とした描写を長く味わいたい人には多少モノ足りないかもしれないが、
それだけにこのロリ水穂たんの恋の目覚めと性の目覚めの悶々喘ぎボイスは異常な濃さを持っていることは事実だ。「オレはおっぱいの大きさには拘らない」というロリオタの諸氏は、この水穂シナリオだけが目的でも迷わず買うべきだ。

それでは、この作品のなかではわりと長めの告白後のシナリオが用意されている水穂たんと主人公は、恋人になったあと、いったいどのような物語をおくるのだろうか?
作中からそれを物語るモノを一つだけ選ぶとしたら「異常事態」を告げるヒロイン能力値風アイキャッチを上げれば良いだろう。これはたぶん各シナリオのなかで6回ぐらい出てくる特別なアイキャッチで、
それまでのエピソードのなかで語られたキャラの特徴を六角グラフで表示するヤツである。たとえば試験前なのにゲームをして夜更かして成績が落ちたエピソードには国語2英語1数学2睡眠1ドラクエ5度胸7とかそんな感じで、
わりと微笑ましい感じに各キャラの特徴を掴んでいる面白いアイキャッチシステムだと思うんだが、水穂たんルートに入って水穂たんに告白しちゃうと、このアイキャッチの各能力値が突如としてバグりはじめる。
流石にこういう「美味しすぎるネタ」をネタバレするほど僕は野暮ではないので、ロリコン妹スキーには是非買ってその目でその桃源郷を目撃して下さい。もう僕はこれを見て「なんだ。やっぱ水穂が真のメインヒロインじゃないか」と確信したもの。
そして、テキストのほうも、何故かこのシナリオだけでここから「いつものフックのおねむ調子」に逆戻りでもう僕は大満足。今回のレビューはなんか文句が少なすぎるんじゃないか?と不信に思われる人もいるかもしれないが、
さきにちょっと触れたように、最近の萌えゲや前作の苺に比べたら遥かにマシなんだけど、フック独特の余裕のある日常描写がちょい弱めだったのが残念だった。各キャラの関係性もさっき触れたように薄いし、
基本的にシナリオを強く動かさないタイプのゲームなら、もっと作中の世界観とキャラクターを広く感じられるような日常描写を書いても良いと思うのだ。この辺は「さくビ」あたりから少しずつ弱くなっているのが悲しいところ。
だけど、この水穂シナリオでは、あくまで水穂たんと主人公のふたりだけの生活が中心であるけど、たとえば風邪で寝込んだけど三日間妹に看病して貰ったエピソードを、ちゃんといちにちずつ書いてくれてお兄ちゃんは嬉しいよ。
イチャラブ描写がどーこーという議論があるけどさ。やっぱり無理矢理イチャラブなシチュを入れるんじゃなくって、こういう平凡なエピソードのなかで「風邪がうつるからキスは駄目だけど……」とかいって、
おでこにキスをしてくれるみたいなシーンが何よりもイチャラブの真髄だとおもうんだよね。羽美が水穂に料理を伝授して「これでわたしの役目は終わりだね……」みたいなことを言いながらも、
なんだかんだ言いつつも水穂にせがまれてときどき主人公の家にやってきちゃうようなヌルさもステキだ。水穂がにっこり無邪気な笑顔で微笑めば、世の中の全ては上手く行くんじゃないかみたいな幸福感にシナリオが満たされていて……
そしてラストのエンディング展開。僕は今年の妹ゲーで言えば「ラブラブルFD」の花穗エンドに匹敵する妹エンドだとおもう。あっちがあくまで正面から堂々とオヤジ、否、オヤジに代表される社会規範と殴り合う話なら、
こっちは「んー、兄妹は付き合っていけねーだって? ふーん、そんなことよりオレと水穂のキスシーンを写真に撮ってよ」みたいな余裕綽々っぷりがたまらない。この世の中を舐めきった甘えきった兄妹が、
今後作中の世の中で具体的にどうなるかはまったく語られていないが、いくらふたりの前に今後ドラクエな試練が立ちふさがろうとも、このラブクエのシナリオのようにそんな鬱展開は華麗にスルーしてしまえばシスター☆クエストの完成である。

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☆エロについて

「純愛とは何か?」とイキなり深淵なる哲学的難問から書き出してしまもうと思ったが、「ええーい、マルセルの駄長文はいいっ。早くこのエロゲのエロについて語れよ!」とパンツを頭に被ってイザ秋葉に全裸突進!って感じの人に向かって、
「純愛とは何か?」という切り出しは流石に良くないとは思うので、不純異性交遊とはつまり純粋性異性交遊すなわちセックスの否定でありまさしく家庭用美少女ゲームこそ破廉恥極まりない有害ゲーなのでエロゲーこそ真の純愛なのだっ!
という珍理論をぶちまけようと思ったが、はてさて、困ったことに、この作品のエロはその不純異性交遊つまりエッチにまでいかないで町中のあちらこちらでイチャイチャしているような破廉恥な振る舞いのなかに真の力が隠されているのだっ!

まぁ馬鹿げた戯れ文は兎も角として、純愛ゲーでも萌えゲーでもなんでもいいが、兎角これ系のエチシーンには未だになかなか難しい問題がある。これは「回数」(量)の問題と「内容」(質)の問題に大きく分けられるが、
この作品のエロを批評するためには「質」の問題から切り込んだ方が良いだろう。一昔前(だいたい5年ぐらいまえを想定してる)だったら、萌えゲにおけるエロの質の問題は「いかに濃いえろシーンなのか?」といった言い方で、
わりと単純に片付けられたモノだった。この「濃い」というのは、もちろんその時代でもいろいろな意味が込められていたわけだが、しかし「濃い」という言葉でそうした意味をまとめることが出来たぐらいには、
問題の本質はわりと単純だったと言えるわけだ。つまり、多かれ少なかれ「エロいCG]だの「エロいテキスト」だの「エロいエロボイス」の基準はきまっていて、エロCGは萌えゲの肉体をうまく下品にならない程度でむちむちに描き、
エロいテキストは取りあえず主人公ヒロイン共にエッチに積極的で、エロいエロボイスはちゅぱ音を激しく啜り喘ぎ声を腹の底から出すような熱演がエロいとされていたのである。
むろん、以上の基準はいまでもある程度は有効な基準であることはいうまでもないが、ここに例えば「アヘ顔問題」みたいなものを挿入すると、いまはそう全てが「濃い方向に行けばエロくなる」とは思わないだろう。
「アヘ顔」だの「Wピース」でも何でも良いが、その種のエロ表現は「喰える」人には凄いご馳走であることは間違いないだろうけど、「喰えない」人にとっては正直「昆虫食」レベルのゲテ表現であることも明らかにされつつある。
要は二次元エロ表現によるエロ記号が多様化しつつありり、万人が認める「エロが濃いエロ表現」というのが徐々に成り立ちにくくなって、いまではまず「どの文脈におい」て「エロが濃いのか」という住み分けが行われつつある時代なのだろう。
これは萌えゲーにおいても同様であり、一昔前だったら「萌えゲーなのにエロが濃い」は普通のエロゲに「(一般的基準で)濃いエチシーン」を入れれば何となくOKだったのが、いまでは単にエロしーんを多く入れただけでは、
「エロしーんばっかであんましイチャラブな感じがしないからダメ」といった反応が返ってくるのが普通である。これは、僕が見る限りでは「エチシーン自体」の問題だけではなく、いまや萌えゲーのおおくが、
「物語とキャラクターと同時にそれを生かしたエロしーんを楽しむ」ものという認識がほぼ常識化されて、単に萌えゲーのストーリーに濃いエッチシーンを入れただけでは、消費者は端的に「満足」出来なくなっているわけである。
確かに以前として僕らは「萌えゲーなのにエロが濃くて良かった」という慣用表現を使うかもしれないが(むろんそれは何ら問題は無いが)、その意味している言葉は単に昔のように「濃いエロしーんがあってよかった」だけではないわけだ。

このような状況では、たぶん10年ぐらい昔だったらちょっと考えられないこ「のエロしーんはなんか純愛っぽくないから抜けないな」というような感想が普通に出てきてもおかしくない。
まぁその10年前だって「純愛調教ゲーム」がわりと自然に受け入れられていたものだし、何故かラディフェミ信奉者のなかにも「純愛ゲーは欺瞞的だからよくないけど陵辱ゲーは悪を自覚しているからおk」みたいな、
珍理論を炸裂させていた人もいるわけで、そういう前例から見れば純愛と性欲の関係生がかなり恣意的なのはいつの時代でも似たようなモノだろうけど、いまはたぶん「純愛」とか「萌え」とかいった感情を刺激するものが、
わりとそれがそのまま性欲に繋がることにあまり屈託がない時代なのだろう(カソリックの教皇がちゃんとした愛情を持って和姦すればセックスは(他の諸行為と比べて)なんの罪悪もない、と言うような時代背景でもあるし)。
それでは、その「性欲に繋がる純愛や萌え」とは、具体的にはどのような運動回路をもっているのだろうか。そこらへんを明らかにするために、「片思いの人をオナニーのネタにするのは純愛か?」という問題を考えるとしよう。

この「片思いの人をオナニーのネタにするのは純愛か?」と言う問いは、なかなかに厄介である。仮に上の質問に対して「相手を想像の中で汚すのは良くない」と答えてみよう。
これに対して「いや、おれは想像の中で相手を真に愛しているんですけど」と答えとする。こういうときは、たいてい「自分の想像の中で相手を自分の性欲のために操り人形の如く使うのは良くない」とでも答えるだろう。
しかしこの答えは、何らかの真理を含んでいるかもしれないが、基本的には虚偽である。何故ならコレを認めてしまうと「自分の想像のなかで相手のことを考えること」自体までNGになってしまうではないか。
このNGを回避するためには「真に相手のことを考えるなら他者の想像はOKであるが、自分の性欲の処理のために他者を想像するのは良くない」とでも言うのがベストだ。たぶん、これに同意する人は結構多いだろう。
とはいえ、ここにも落とし穴はある。まず第一に表面的なことを言うなら「真に相手のことを考えている」と言う判断は、いったいだれが行ってその是非を決めるのか。
上の台詞「いや、おれは想像の中で相手を真に愛しているんですけど」みたいな変態的なことをいう御仁は、そういうことを平気で言ってのけるだけであって、たぶん「真に相手のことを考えている」可能性はかなり高い。
ではその他者Bに判断を任せるのか。つまりある個人Aの対象Bに対する妄想オナニーAを対象B自身が(どんな方法であるかはわからないがw)見て「違うモン。わたしは本当はウンコ好きだもん!」とか批評をすればいいのか?

さらにクリティカルな問題を指摘してこの馬鹿げた議論を終えよう。前述の個人Aが産み出す妄想Aを他者Bがあれこれ批評したり受容したという、たぶん「相手のことを真に考えればOK」から導き出される純愛性欲論は、
しかしやっぱりどこか「純愛ではないなぁ」と思わせてしまうところがある。確かにこれは、望まぬセックスやレイプを回避するのには役に立つのは間違いないし、お互いに気持ち良いセックスをするときにも役に立つだろう。
ただ、この論理を徹底させた場合(ただし、現実的に相手の性欲を完全に理解するのは無理だろうが)、これは相手のからだを相互に使ったオナニーではないのか?という疑問が浮かんでくる。
もしもお互いの快楽ポイントや性癖属性を完全に知り尽くして、今日も相手を100%気持ちよく出来て自分も100%気持ちよくなれると完全に予想できたら、なんだかそのセックスは非常に味気のないものに思えないか?
別にここで、オナニーは否定的な意味を以て使われているわけでもない。ただ単に「純愛」と「相互オナニー」は端的に違うということを述べているだけだ。いや、もっとわかりやすく直接的に言うならば、
僕らがエロゲをやっていてその「純愛的な」和姦シーンを見ているときでも「これは相互オナニーだよなぁ」と思うことはあり、もっと言えば「これぞ純愛だ!どぴゅー」と純愛によって興奮射精する場合の違いである。
つまり、ここでいいたいことはこういうことだ。まず第一に、純愛は別に性欲とも無関係だとはおもえない。第二に、自分の性欲のことだけを考えて自分の性欲のために相手を使うのは純愛ではない。
第三に、しかし相互に相手のことを考えながら性欲を発散するのは、確かに相互の同意と快楽の元の性交ではあるが、しかし純愛ではないようにおもえる。
このことから、あくまで暗示されるのは、たぶんこのような第四の命題だ。すなわち「自分」や「自分の性欲」や「相手の性欲」のように、他者と自分の関係を明確に概念化し性欲の役割を定位しちゃうと純愛の感覚からは遠くなるということ。


こういうことをよりよく理解するためには、たぶん「このヒロインとこんなエッチしたいなぁ」といろいろと半ボッキする物語内のプレイ過程と、実際にエロしーんをみて勃起またはオナニーするときのプレイ過程を、
まずはある程度は峻別したのち、その後に新たな関係として結びつける必要があるだろう。じっさいに、僕がこの作品やこういう萌えゲやイチャラブゲをやっているときは、
なによりもまず欲情しているのはたいていエチシーンに至るまでの半ボッキ過程がおおきい。逆に言い換えるなら、まぁすげぇエロCGに遭遇した場合なら話は別だけれども、半ボッキフェイズを経ずにエロしーんに入っても、
まぁ本の少しはエロいなぁとおもうものの、別にそのシーンで抜いちゃおうか♪とまでは思わない。また、半ボッキフェイズを経たあとでも、そのエロしーんが薄いとか短いとかそういう話だけではなくて、
一応はちゃんとエロシーンを書いているんだけど「なんか違うなぁ」いやもう端的に「これは○○たんとの純愛エッチじゃねぇよタコ!」と思ってしまうときは、ちょい萎えてしまうことがある。
ただし、その時に望んでいる「純愛エッチ」とは、なにか特定のシチュじゃないとダメ!と言うことでは無いのである。これは「○○ヒロインのパイズリがないのはおかしい!」といった批判と少しは近いものがあるかもしれない。
その人は単にパイズリスキーだからそのようなことを述べているだけの場合ならそれは違うが、確かに「○○たんならパイズリとかしてくれそうなのに、それが無いのは萎える」といった期待とは少し近いものがある。
ただ、それと同時に「始めからパイズリがあるとわかっていればいい」かと言えば、まぁ最近はエロ体験版が普通になっているし前もってエロCG紹介である程度のエロシチュはわかってしまう(この是非は兎も角、まぁ仕方がないだろう)ものだが、
それはやっぱり「こういうエロしーんがあるかなあるかなーと期待しながら、その自分の期待が見事に適えられたとき」のほうが嬉しさもエロさも倍増するように思える。新鮮取れたてのおっぱいでパイズリされて心も体もリフレッシュだ!

そういう観点からすれば、今回のラブクエはいままでのhook作品とは違った新境地の純愛エロを築き上げていると言える。例えばクロシェットが前述の「ムチムチエロCGに高出力系の声優さんを集めてエロボイス連打」といった、
高火力系のイチャラブエロで攻めているとすれば、このラブスマは「はんぺん氏に金髪ロリや巨乳幼馴染みと言ったわりと直球なエロCGを書かせ、らっこ氏にはそれとはやや異なる繊細で儚げな少女絵のエロを追求させ」つつ、
「エロしーんよりもエロしーんに至るまでの半ボッキ過程でジワジワとエロ未満のイチャラブで脳を蕩けさせ、エロしーんでは基本控えめな純愛風テキストを書きながらも、ときどき強力な一撃をお見舞いさせるよう」な、
エロの緩急を上手く調整しつつ、まったりテキストの持久戦でユーザーの理性と精液を緩慢にしかし確実に奪っていくような戦術をとっていると言えようか。やっている最中に「このエロしーんすげぇ!」と思うことはまずないが、
ヒロインに嵌まれば「○○たんかわいなぁでへぇぇ」とモニタのまえで脳汁を垂らしているウチに自然に精液も垂れていくようなスローオナニー向けのエロを狙っていると言える。
実際に僕はこの作品をやって、確か13回ぐらいは抜いたとおもうけれども「どのエロしーんで抜いた」とはなかなかに言いにくいのだ。それは別に羞恥心によるものでも、記憶がないわけでもなく(そんなことを一々覚えているのもアレですが)、
その半ボッキから射精に至るまでの一連の快感が「エロシーン」のなかだけではなく、おおくの場合そのエロしーんのまえの日常シーンから立ち上がっているものだからである。
だから回想シーンでエロしーんだけみても、いまいち使いづらく、基本的にはまぁ恋人になる直前ぐらいまでのセーブから、わりとテキトーに流し読みしながらエロしーんに至るまでの一連の流れを見たほうが、こういう作品は使いやすい。

まぁそんなことを言うだけでは、各キャラのエロしーん、またはその「日常シーンとエロしーんの流れから感じるエロ度」は説明できないので、一応はキャラごとにその傾向をざっと記述してみよう。
綾花はうえにも書いたように、僕は年上キャラがあんまし好きではないのでエロ関係は省略(基本的にはそんなに悪くはないだろう。ぐらいは言えるんだけど、苦手属性のことをテキトーに言うのもなんかアレだし)。
アイノはなによりも先ずCGが2003年ぐらいのRUNEソフトを彷彿とさせるロリキャラの天真爛漫さがじつにすばらしい。hookは原画家を育てるのが上手いですねぇ。さくビの時は、まさかここまで伸びるとは思いませんでしたよ。
で、そんな無邪気ロリが少女らしい羞恥心を残しながらも、でも主人公のことをおもうとドキドキしてちょっとエッチな想像を繰り広げた挙げ句、あぁ、早く主人公とふれ合いたいよぉ~と最後には素直に、
自分の欲望を吐き出しちゃうようなエロ恋心がこれまた萌えるんです。ラブスマイベントでも、基本的には可愛らしいフリルの水着を着ながらも、だけどそれが主人公と密着してお風呂に入る段になると、
布地面積(でいいのか?水着って布って括りで良いのか?)が少ないから妙に肌がくっつき合っちゃってドキドキしちゃうアイノちゃんが、二回目のエチでは早くも自分から制服を脱いで、
金髪ロリ貧乳に黒スト完全装備というロリ殺しのファンションから完全M字開脚で小股を開き上目遣いで「もう、ムズムズしちゃって、だめぇ」とか雪都さお梨ボイスで囁かれたら、オタクなら全神経に向かって突撃開始を命令するしかないのだろうか?
キャラ紹介の「金髪碧眼のロリータボディ」というのは、こういうアイノちゃんの萌えエロ傾向を実に簡潔に表現しちゃっていて、どのエロしーんもどの日常シーンもラブスマ活動も、いくらアイノちゃんがひんぬーボディだと言っても、
いやそのひんぬーボディであるが故に強調される小さいボディの色気ならぬロリ気が、別にエロとは限らない主人公と密着するシーンでいつもムンムンと伝わってくる。
だから、たぶんヒロインの中でも一番エロっ子で、わりと直接的におねだりしちゃうようなアイノたんでも、さいろー氏やみやぞー氏の失敗したヤリ過ぎエロのような寒々しさを感じず、最後まで可愛いまででエロイのだ。

いろはのエロしーんも告白後の日常シーンと切っても切り離せない連続性があると言える。ただ正直に言うと、僕は最初のエロしーんに入るまで、いろはの立ち絵やCGが「そんなに好みじゃない」と思っていたのだ。
別にそんなにマズイわけでもないし、ヘアスタイルに文句もないんだけど、なんかこう前髪や髪の毛の全体がどの立ち絵でも微妙に重たげで(これは塗りの問題かもしれないが)、そういう立ち絵があっても良いんだけど、
もっとこう、いろはの身体と表情と髪の動きが軽くはためくようなCGや立ち絵があればいいのになぁ~という僕の判断が最初のエロしーんで見事に覆された。これだからエロゲはやめられないねぇ。
和服の処女喪失シーンなんだけど、これが何ともいえないが妙にエロイのである。CGだけではなく、テキストや車の人の艶技も全てが絶妙の方向でハマっていてエロかった。
それっぽく分析すれば、恋人になってから徐々にいろはが主人公に大和撫子属性を見せていくようなデレ過程の中で、その大和撫子の象徴である和服が最初のエロしーんで着崩れ半ズレ状態になってしまうのが、
「いろはのデレ始め大和撫子」のエロさと「その大和撫子がイキなり服を脱いでしまうような」唐突エロが絶妙なハーモニーを奏でているのではないかと著者は射精したのであるが、まぁ結論としては車の人のエロボイスさいこーってことにはなる。
ただ、この人のエロボイスがいいからといって、個人的には先に言った「ムチムチエロCGに高出力系の声優さんを集めてエロボイス連打」系の萌えゲや和姦ゲだと、この人のエロ艶技はあまり機能しないように思われる。
この人のエロ艶技が良い場合は、そのキャラの性格や言動やエロテキストが、この人のエロ艶技の特徴であるエロテキストを一定のリズムで読まず、そのエロ台詞に込められたエロの意味を時には前後の台詞のリズムを無視してまで強調させる艶技と、
基本的に合っている場合のみに限られると思うのだ。そうじゃないと、わりと純粋系のキャラだったりする場合には、エロテキストの一直線の流れと不自然なリズムのエロボイスが齟齬をきたして、作為だけがカラまわっている場合もある。
(だから、ここで言うような演技力とは、別にある台詞の発声法がどうこうと言う話ではなくて、テキスト全体を読んでそのキャラとそのシーンに合わせた発声法や台詞のリズムを如何に適切にチョイスするかという、ピアニストのリテラシーである)。
そのてん、この「いろは」というキャラは車の人の独壇場だといってもいい。この人は弄り系キャラが得意な印象があるが、個人的にはこのいろはのようなSっぽい態度で主人公を挑発したりからかいながらも、
実の正体はマゾというそのギャップで主人公やユーザーをクラクラさせながらも、しかし本当はそのSMで主人公を籠絡できることを知っていて敢えてそういう女らしさを武器にしているような、
其所の読めない悪女系ヒロインが一番合うと思う(ってナニゲに酷いことを言っているねえ自分。これが役の批評だからまだ許されるものの、一歩間違えればセクハラオヤジの酔っ払いの呟きみたいじゃんかw)。
いろはというヒロインは、まぁ基本的にはわりとしっかりした大和撫子キャラだとおもうんだけど、エロしーんではそういう悪女ビッチなところがところどころ垣間見えて、基本的にエッチを繰り返すたびに主人公に従順になるようにみえて、
最後のほうになると、主人公にあくまで下手で出ながらも良いように下半身を弄んでいるような童女っぷりがなかなかにエロい。「あぁあぁぁぁ」といった喘ぎ声が、普通の喘ぎ声のように連続した音の連なりで聞こえないで、
まるでその度に一発ずつ突っ込まれているみたいに「あっ、あっ」と他の喘ぎ声よりも一段高いフォルテで耳を刺激してくるのも、このいろはというキャラのエロしーんには妙に合っていてエロかったなぁ。

声質が醸し出すエロさという点では幼馴染みの羽美ちゃんも負けてはいない。まぁいきなり変態的なことを言わせて貰えば(いっつも変態的なことしか言っていないじゃないか!と言うツッコミは桃△みな×によろしく青春)、
羽美ちゃんがあらぬ妄想に囚われ一人で赤面症になっているときのあわわボイスと、羽美ちゃんが主人公君とセックスしてハァハァしているボイスは、僕には全くおなじボイスに聞こえちゃうのだ。
いや、セックスシーンに辿り着くまえから、羽美ちゃんのあわわ妄想ボイスはなんかエロいなぁと思っていたし、顔が赤くなってひとりでちょっとエロいことを考えて盛り上がって、最終的にはイキがあがってハァハァするのって、
傍から見ればオナニーしているのとたいして変わらないじゃないですか。いやオナニーやセックスの時はあくまで性器付近に性的エネルギーがいくから、エロ漫画で見られるようにそんなにアヘ顔になることもないと思うんだけど、
自分の性的妄想を必死で理性で抑えようとしている時ってたぶんその性的エネルギーは頭と顔に集中するじゃないですか。だから、赤面で耐えている女の子のツラとそのときの声って、たぶんかなり性的な色合いがつよいと思うんですよ。
それにエッチのときの喘ぎ声だって、基本的にはその半分ぐらいが性的快感に耐えているときの声じゃないですか。だから赤面しつつ必死に妄想を抑えているときのボイスと、喘ぎ声のボイスが全くおなじに聞こえたとしても不思議はないし、
よくよく考えれば、赤面しているときの羽美ちゃんもなんだかんだ言ってデレちゃうわけで、そのときの甘えボイスとえっちのときの「ぜんいちぃ、わたしもうらめぇぇ」みたいな蕩けボイスが全くおなじでも、全く羽美ちゃんは可愛すぎるのだ。
まぁもちろん日常しーんとエロしーんには違いはあって、はんぺん氏はようやっと魅力的な巨乳キャラを描けたようでなりよりであります。基本的にこの人の絵は「ロリフェイス+ぷにボディの強調」であって、
そのぷにボディがひんぬーになればアイノになって、そのボディが巨乳になればこの羽美になるわけだよね。立ち絵もCGも全体的にロリフェイスと巨乳が同時に際立つようになっていて、
水着パイズリのエロシーンでは羽美ちゃんのやわらかな笑顔とやわなかなおっぱいが同時に楽しめ、体操服エッチでは半脱ぎの体操服姿で半ぶんおっぱいを恥ずかしそうに隠しながらも主人公におねだりしちゃう羽美ちゃんがエロ過ぎでした。

とはいえ、やっぱり中の人とキャラの親和力でとてつもないエロを感じたのは、マイシスター水穂たんである。いやまぁ、たいていの萌えゲーの気に入った妹キャラはいっつもマイシスター化しているから、
どんなエロシーンでも抜けるんだろお前はwと突っ込まれたら、半分近くはイエスと言えるんだけどねぇ。この水穂たんは、いままで妹キャラのエロシーンでありそうでなかった。
「基本的にあんまし色気を感じさせないし、あまり強い感情も感じられないお人形さんのような天使系ボイスなんだけれども、それがその品位を保ったままお兄ちゃんにいっぱい甘えてくる」僕の人生で叶えるべき100の煩悩のうちの一つが、
いまここに解き放たれたプロメテウスのチンコがあらゆるヒロインの女性器をスカイフィッシュですよっ! いやもう実はエロ体験版の本編で言うところのエロしーん二回目で、本編発売前にかなり浄財しちゃってさ。
らっこ氏のCGは基本的に妙に不安定なところがあるけど、この水穂の天使のフェラCGはらっこ氏の最高傑作だろおいおいこんなの体験版で見せても良いのかよ日銀に睨まれてデフレがさらに進むんじゃねーかとあらぬ心配をしてしまったが、
本編の立ち絵もCGもすごく良かったと思います。らっこ氏はまかこ氏と組んでたときは、どちらかと言えばロリ絵担当だったとおもうけど、この水穂たんのように、基本的にはスレンダーな体付きをしていて、
だけど、顔立ちや表情や全体の雰囲気はまだまだ子供らしさを残しているような、まさに正統派的美少女ちょいロリ風味キャラが一番ハマるとおもう。はんぺん氏にチビロリと巨乳系キャラを任せて、
らっこ氏にはそういうスレンダー系美少女キャラを任せて二段看板にすれば、もしかしたら次回作あたりではまかこたんティーム以上の注目を集めるかもしれない……って話がずれすぎましたな。まぁらっこ氏はオレの嫁ってことで、
そのらっこ氏の中の人を森谷美園嬢に変えてくれば、たとえらっこ氏がムサい男性だったとしても今日からオレはっ!と菊門を差し上げても良いぐらい、水穂たんと中の人のシンクロはえがったわけですよ。
たぶん、もしも森谷美園嬢が他のキャラを演じていたとすると、僕にとってそのキャラのエロボイスはちょい抜きにくかった可能性がある。それはエロボイスが下手とかそう言うレベルの話ではなくて、
この人のエロボイスはなんだかそのキャラが辛そうに感じているように思えてくるのだ。痛みを感じすぎているとか、なんかレイプに聞こえるとかそう言う話ではなくて、快感に苦しみながらも感じているような、
甘さ60%ぐらいのエロボイスって感じなのである。この水穂たんのエロシーンでもその傾向は(まぁフェラとかは別だけどね)あんまり変わっていないんだけど、その甘み60%なエロボイスが水穂たんのキャラと絶妙に嵌まっていている。
もちろん、水穂たんは二回目のエロ以降から普通に感じているし、テキストもエッチの快感の甘みを伝えるものではある。でも、僕にとって水穂たんは快感を感じても良いしエッチになっても良いんだけど、
あんまし「どエロ」にはなって欲しくないというか、あくまで子供のままで妹のままでお兄ちゃんにちょっと甘えるような軽さをもってエッチしてほしいのだ。あんまし激しく壊れるような快感を感じないで欲しいのだ。
どちらかというとエロテキストの方はそっち方面に進んでいるわけだが、そこで森谷美園嬢の甘さ60%のエロボイスがちょうどいいバランスをとってくれる。そのちょっと苦しみが感じられるようなエロボイスの中に、
でも、お兄ちゃんとちょっとイケナイことをしていっしょに遊んでいるような快感の甘みがじんわりと広がっていくような妖精の囁きこそ、ロリ天使美少女妹キャラに何よりも相応しいエロスだと思わないか?最後まで読んでしまった変態の同志諸君たちよ。