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マルセルさんの神がかりクロスハート!の長文感想

ユーザー
マルセル
ゲーム
神がかりクロスハート!
ブランド
ういんどみる
得点
80
参照数
5339

一言コメント

処女作である「結い橋」あたりの原点回帰を目指した作品だとメーカーは言っているけど、確かに物語の外側は結い橋っぽく纏めようとはしているのだが、物語の内側はどちらかというと「魔法とHな関係」あたりを彷彿とさせる内容だ。基本的に随分と思い切った構成をしている。作品の外側を整える神様関係のネタは共通ルートと個別ルートの中盤あたりにだけにとどめて、個別ルートの残りはひたすらヒロインだけのイチャラブに当ててしまい、残った伏線は全部最後のトゥルーに任せているんだから。そのぶん、個別ルートはどのシナリオも引っかかりの少ない恋愛シナリオを堪能できるし、特に聖と杏子は傑作級だ。ただ、トゥルーの伏線解消シナリオを読んでしまうと、その隠し設定や世界観をもっと個別ルートに生かせたら、結い橋以上の傑作ができたかもしれないと言うような勿体なさも否めない。まぁここらへんのB級っぽさもどみるの原点回帰なのかもしれないが。

長文感想

☆基本データ

・総CG枚数(差分SD無し)88枚 総回想数25枠

・キャラ別CG(エロCG)&回想数

こねこ  16枚(10)4回 
沙菜  16枚 (10) 4回
杏子   17枚(12) 4回
青梅   15枚(9) 5回
聖    17枚(11)7回
トゥルー 7枚(3)1回

☆クリック数

簡単な説明:クリック数つーのは、既読スキップオン+テキスト速度ノーウェイト環境下で計った、ゲーム開始時から作品を終えるまで各シナリオ毎のクリックの合計回数のこと。

(1)初回プレイ時の「共通」+「個別」のシナリオの総容量が分かる
(2)2周目以降の、共通シナリオを除いた個別シナリオの総容量が分かる。

(ゆえに、一周目のヒロインルートはクリ数が多く、二周目以降はたぶん半減するが、一周目の「個別ルート」が他よりも長いというわけではないので注意)

(3)エロテキストのクリ数と。それを含んだ全シナリオのクリ数を比較すれば、両者の割合もある程度はわかる。
(4)テキスト速度の環境さえ同じなら、プレイ時間と違ってユーザーによる計測誤差は少ない。

といった四点が指標として役に立つとバッチャが言っていたような気がしないでもない。

(5)BCは主人公とヒロインが恋人になる前までのクリック数で、ACは恋人になったあとのクリック数ね。
「その恋人になった「まえ/あと」ってどう定義するの?というのはなかなかにむずかしい話であるが、大抵のエロゲには告白CGなるものがありますからそこを基準にします
そういうCGがなかったり、なんかズルズルだらしない感じでずっこんばっこんなシナリオの場合は、まぁ僕がテキトーに判断しますが、その場合は「?AC6992」みたいに?をつけまつ。
って、今回初めて気がついたんだけど、確かに原理的には「誰とも付き合わないシナリオ」っていうのもあらわな。そう言う場合は特にACとかBCとかは書きません。

1周目 こねこ 「17955」(共通ルート込み)BC13722 AC4233
2周目 沙菜  「7682」  BC4216 AC3466
3周目 杏子  「8812」  BC2066 AC6406
4周目 青梅  「6110」  BC2433 AC3677
5周目 聖   「6736」  BC2648 AC4088
トゥルー  「5436」

・各キャラのHシーンのクリック数

こねこ  1:426 2:285 3:381 4:322
沙菜   1:654 2:297 3:286 4:263
杏子   1:416 2:299 3:472 4:496
青梅   1:374 2:119 3:246 4:281 5:325
聖    1:52  2:126 3:216 4:668 5:345 6:527 7:466
トゥルー 1:427 

(備考:沙菜、青梅ルートは、こねこ、杏子、聖のどれかをクリアすればルート開放。トゥルーは全キャラクリア後に開放)

☆作品の大まかな評価。

簡単な説明:これはもうそのまんまですな。一応Z~SSSまでの評価基準が存在するらしいのですが、大抵はC~Aの間に収まっているようです。
「C」がだいたい「やってもやらなくても別にいいんじゃね」。「B」が「やればけっこう面白いんじゃね」。Aが「やってないヤツは人生つまないんじゃね」。
といったかんじになっております。あと「全体評価」っていうのは、その項目における「作品全体」から感じる何となく駄目だとかイイとかそういう評価です。
あと、これは当たり前すぎて却って説明しにくいものですけど、僕の定義による「シナリオ評価」ってヤツは「感動させなきゃダメ」とか「深いテーマが無きゃダメ」とか、
そういうヤツではなくて、基本的には「その作品が目指していると思われるものが、どれくらい達成されているか?」というような「完成度」評価に近いものかも知れません。
ですから、原理的には抜きゲであろうと萌えゲであろうとシナリオゲであろうとも、その作品が目指しているものが完成されていると判断すれば、シナリオ評価は高くなるって話です。

・シナリオ評価

こねこ  B
沙菜   B-
杏子   B+
青梅    B-
聖    B+
トゥルー C+
全体評価 B-
   
・エロ評価

こねこ  B+
沙菜   B
杏子   B
青梅    B+
聖    B+
トゥルー C+
全体評価 B+

・イチャラブ評価

こねこ  B+
沙菜   B
杏子   B+
青梅    B
聖    B+
トゥルー C
全体評価 B+

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☆シナリオについて

どみるの処女作「結い橋」は、僕にとってはわりと思い出深いエロゲーだ。正確に言えば、その数年後に出た「結いPRO」という「結い橋」のリメイク作品とそのFDを同時に抄録した作品が実に興味深かった。
このリメイク版は、前作「結い橋」に寄せられたいろいろな意見や批判を元にして作られたヴァージョンであり、物語の内容もまぁだいたい前作から2割ぐらいエピソードが追加されていて、
全体的に客観的に見てみると「前作の欠点は見事に改善されている」とは言えるような気がするのであるが、しかし主観的にはあんまし面白く感じられないばかりか、追加エピソードがなんか邪魔なんじゃね?と思ってしまったのである。

今回は別に「結いPRO」のレビューじゃないんで、そこらへんを詳しくは語らないけれども、この作品のおかげで、一般的に欠点とされる萌えゲーやエロゲーのそれらが、本当に欠点なのかどうか?という疑問を得たわけだ。
例えば、よくある批判として「伏線が回収されない」というものがあるが、これは基本的にはケースバイケースだとはいえ、同時に「伏線が回収されれば面白いとは言えない」と言うのも同じくらいあり得る可能性がある。
さらに言えば「ご都合主義」という批判は、具体的に何を指しているよくわからない時が多いが、まぁ例えば主人公のラブラブパワーで急にヒロインの脚が治っちゃいました♪みたいなものをご都合主義だと言うとしても、
これが必ずしもその作品の弱点に繋がっているとは限らない。それは確かに軽い奇跡で軽いカタルシスかもしれないが、それを重い奇跡で重いカタルシスだと勘違いせず、軽い奇跡と軽いカタルシスを要求する作劇のなかならば充分機能を果たせる。
つまり、結い橋リメイク版に僕が感じた不満点は、オリジナル版の欠点と見なされている「伏線未回収」や「物語の軽さ」といったものに対し、「伏線回収」と「物語の重さ」を単純につけ足してしまったせいで、
「伏線未回収」の良い部分から得られていた和風ファンタジーの神秘的な雰囲気を些か毀損し、「物語の軽さ」の良い部分から感じられた作品全体のゆったりとした雰囲気が微妙にキツキツになってしまったところであろう。
勿論、そのリメイクでも成功している部分は幾つかあるし、またリメイクというのが(何故か)基本的に元の部分を変えずに「新しく何かをつけ足す追加」である限り、上に言ったようなことはわりと起こってしまうのは否めないのであるが。

ここらへんの問題は、まぁ広く言えば萌えゲ一般にも共通する問題なのであるが、これをどみる作品全体に敷衍して考えてみよう。
どみると言うメーカーは「萌え+エロ」のメーカーだと自認しているし、またファンからもそのように言われているけど、その物語作りのフォーマットは八月あたりと大して変わらないと言ってもいい。
エロゲ史的に言えば、2000年前後の葉鍵作品から基本的に影響を受けながらも、そこから「泣き」要素を大幅に削って、その代わりに「恋愛」要素と「エロしーん」をぶち込むようになった。
所謂「萌えゲー」という言葉が「泣き」だの「感動」といった要素を必ずしも連想しなくなった時代に活躍しはじめ注目されるようになったメーカーである。年で言えば2001~04年前後ぐらい。
「ねこねこ」や「曲芸」を「第一期萌えゲーメーカー」だとするなら、第二期にあたるのが「風車」や「八月」や「紫」だとか「HOOK」あたりということになる(まぁ厳密にわけられる話じゃないけど)。

風車作品の基本的フォーマットは、これはあらゆる萌えゲに共通するところではあるが、まず主人公とヒロイン達そしてサブキャラ群に至るまで、基本的に昔からの知り合いだったり先祖からの関係があり、
その昔からの関係性が主にヒロインとの恋愛物語を導き出すことになる。まぁ昔にヒロインと婚約の結婚をしたとか義妹にアナル童貞を奪われたとかそういう思い出やトラウマネタ話である。これを「内側」の物語と定義しよう。。
それで、割とどみる独自フォーマットと言えるのは、その内側の物語を囲う世界観設定だとか全ルートシナリオに共通するプロットといった外側の物語が、これまた主人公とヒロインやサブキャラたちの過去の物語と強く関係している点だ。
まぁそういう抽象的な言い方をすると、割となんでも当て嵌まってしまうものだから、ここは多少強引にでも主人公やヒロイン達のその親や先祖に纏わる「二世代にわたる家族と土地の物語」が外側のフレームを作る、と纏めた方がわかりやすいだろう。
結い橋で言えば、その社を巡る物語は主人公の幼少期から始まるわけだが、その社と主人公とヒロイン達を巡り合わせて、半ば彼らの運命を決定づけているのはその親世代の登場人物であり、ここらへんは「はぴねす!」の魔法学園も、
「カンパネラ」のギルドを巡るお話も、全ては親世代の過去の(未だに解決されていない)物語の影響下のもと主人公たちの物語は始まり、彼らの個別ルートのなかでも親世代の登場人物はそれなりに大きな影響を与えることになる。
(これらの作品のフォーマットは、基本的にライターがコロコロ入れ替わるどみるにおいても昔から殆ど変わっていないので、こーちゃ氏とちゃとら氏あたりが毎回基本原案を作っている可能性がたかいだろう)

こうした基本フォーマットがどみる作品にどのような共通した特徴を与えているかと言えば、まずは主人公ヒロインサブキャラ達との関係性が全員それぞれ基本的に親しいところから生まれる、
まるで登場人物が全員親戚関係にあるような親密感が生まれるわけである。最近のエロゲは割と登場人物が多いのが常であるが、どみる作品の場合、登場人物の数はわりと普通であっても、
彼らがそれぞれ複数の登場人物と昔から活発にやりとりしているような描写あるので、登場人物の数以上にその物語世界がひろく濃密に感じられる。それと密接に関連していることではあるが、
その物語となる舞台もどみる作品独特の親しみを醸し出すことになる。その二世代にわたる物語の大半は、その二世代にわたって受け継がれている「場所」や「家」や「地域」に大抵つよく関係しており、
共通ルートだけではなく複数のヒロインの個別ルートによってその場所が重層的に語れるため、時によってヒロインと主人公の織り成す物語よりも、その背後の場所そのものが強く印象に残ってしまうこともある。
こうした雰囲気は当然のことながらメインプロットに一見わかりにくいけれども、しかし深い影響を与えることになる。先にも言ったように、内側のメインプロットは主人公とヒロインと「過去」に関係した恋愛物語で、
外側のメインプロットは二世代にわたる家族と土地を巡る物語であり、このふたつが基本的にリンクしてシナリオを作り出すわけだ。前述のそうした雰囲気は、まず内側の恋愛物語のプロットに、
昔からの知り合いの女の子と恋愛しているような、やや強引な言い方をすれば全ヒロインが「幼馴染み」であると感じられるような、一種の寛いでやわらいだ馴れ馴れしい物語展開を与える。
そして、外側のメインプロットには、基本的にはこの外側のメインプロットは子世代に未だに影響を与えている、親世代の隠された物語を徐々に明らかにすることによって物語を展開させるミステリー機能があるわけだが、
それとは反対に、全ては親世代もしくはそれと深く関係している神様のようなものによって物語と世界が護られているような、この物語とこの世界は不思議な力によって今のままずっと続くと思わせる、揺るぎない安定感も同時に与えている。

この「どみる作品独自の雰囲気」と「どみる作品独自のプロット進行」がまいかいまいかい微妙に交わり合わなかったり、ときどき成功しているあたりに、どみる作品の基本的なカンドコロを見出すことができるだろう。
それが具体的にはどんな感じを生み出すかと言えば、内側のメインプロットのレベルで言えば、主人公とヒロインは最初からかなりええ感じで(友達)として付き合っているので、そこから恋人になるような動機付けが難しく感じられ、
外側のメインプロットで言えば、なるほど確かに親世代や神様のようなものの隠された物語はそこそこ気にはなるんだけど、彼らが作り出している神秘的な空間がとても気持ちが良いので、別に謎なんて解決しなくていいんじゃね?と思わせしまうのだ。
一言で言えば「進行プロット」の方向性を「作中の雰囲気」が邪魔しているわけだが、これの解決はなかなかに難しい。まず単純に言えば、これは「作中の雰囲気」を一時的に壊したり悪くしたりして、
その回復の過程を進行プロットに結びつけることはできるだろう。簡単な例を言えば主人公とヒロインが喧嘩して仲直りセックスとか、何処からともなく悪の手先みたいのが出現しラブラブパワーで撃退セックスとかそう言うヤツである。
まぁ極論を言えば大抵の萌えゲーのプロットがこれにあたるわけであり、この全てが「無駄シリアス展開」と言われるわけではないが、そのうちの半分近くが「無駄シリアス展開」と呼ばれるのは否めない。
何故そのように言われるかというと、そのプロットの展開自体がイクナイと批判されるわけではなくて(んなこと言ったら殆どの全ての萌えゲーのシナリオがそうなので)、その企てがあまりにも「プロットを進行させるため」だけのものに感じられ、
作中のそれまでの雰囲気や登場人物の行動や言動といろいろなレベルで不協和音を発するために、ユーザーはその物語世界のフィクションとしてのリアリティを一気に見失って、端的に言うとそこで萎えたり醒めたりするわけである。

ただ、どみる作品は他萌えゲーメーカーの作品と比較して言えば「無駄シリアス」と批判されるようなことは少ない方ではある。いや、どちらかと言えば結い橋以降、そういうのを積極的に避けてきたメーカーだと言うことはできるだろう。
しかし「無駄シリアス」と批判されることは少なくても、「シナリオが良い」と評価されることもわりと少ないほうだ。どみるの場合、まずその「何となくシナリオはあんましイクナイ」気分を毎回強めているのは、
基本的にはラスト付近の展開だろう。僕から見ても、マイナスと言えるものは少ないが、プラスと言えるものも多いとは言えない。とはいっても、これは無論「ラスト付近だけのテキスト」に限定できる問題ではない。
端的に言うと内側であれ外側であれそのプロットの進行を「ラスト付近」まで先延ばしにして、最後の最後に一斉大セールにしているところに問題がある。これがいちばん顕著なのは最初に書いた「結い橋」である。
僕は序盤から後半の入り口だけで言えば、どみるの最高傑作は結い橋だと思うし、このレビューを書く前にちょっとやってみたけど、まつりさんシナリオの水かけっこしながら自然に告白にいたる流れとか未だに神憑り幼馴染みハートですらある。
ただ、ラストに関して言えば「そんなに悪くはない」というのが精一杯で、わりとアッサリ纏めている知絵ぽんや未衣たんルートのほうが全体的にはよく出てきている。結いPROはこの「あまり評判よくない後半部分」の理由を、
その後半部分の「伏線未回収」や「描写の軽さ」に求めたのが間違いだったのだ。問題は全体的にプロット進行や伏線回収が後半だけに一気に集中しているバランスの悪さだけであって、その後半をさらに重くしたところで問題解決にはならない。
「はぴねす!」はその点、最初から伏線張りまくり微妙な戦闘シーンいれてまで物語展開しまくりでプロット進行のバランスの悪さは改善されているとは言えるけど、いかんせんその物語自体があんまし面白くないというか、
その物語の微妙な裏面の細かいネタであるところの腹黒春姫たんだとか、すももがしももなところだけが目立つという、まぁ萌えゲとしてはある意味美味しいネタではあるんだけど、表面上の物語ではあまり成功していないところは否めない。
「カンパネラ」はこの三作のなかでは、いちばん「平均点」は高いと言える。プロットの配分もバランスもちゃんと計算されているナーとは思うし、表面上の物語が盛り上がるようにはきちんと作られたシナリオ展開もしているんだが、
マクロはよくてもミクロのほうがイマイチというか、完璧超人レスターくんの空気読みトークに代表されるような「説明しずぎ」感が、どみる作品伝統の自然な雰囲気を妙にわざとらしいものにしてしまっている。
主人公をヒロインが好きになる理由とか、主人公がカッチョよくなった理由といったミクロな描写から、親世代の物語やら世界観描写やらをそう全てを一から百まで丁寧に説明してしまうと、
そのファンタジーな世界観からファンタスティックな「未規定性」やら「神秘性」やら「空間性」が奪われてしまい「はー、レスター君が格好良くてモテモテになる理由はよくわかるんですけどー、それで?」と妙に冷静になってしまうわけだ。


またまた長い枕になってしまったわけだが、これもそれも一応この作品がメーカーじしんが「原点回帰」と言っているわけで、その原点とやらがいったい何だったのかを、それなりに振り返ってみるのもレビュわーの勤めだと無駄口を強弁。
僕としてはメーカー自身の作品に対するアピールなど「hookが原発を完成させます」じゃなかった「hookが純愛を完成させます」ぐらいのアホダラ経だとしか思っていないんで、別にわりとどーだっていいのであるが、
作品を理解するための切り口としては悪くはないと思うのでせっせと悪用。さて、この作品が具体的にどの作品あたりを目標にして「原点回帰」しようとしているかと言えば、
まぁどみるさくひんをある程度やっているユーザーであれば、体験版とOHPの紹介を見ればだれがどーみても「結い橋」だろこれはwとは思うだろう。だって神社だし巫女さんだしBGMもまったりしているし!
しかーし、実際にこの作品をやってコンプリートまでしてみると、確かにトゥルーエンドの展開とかまんま結い橋の詩奈ちゃん(11歳)シナリオではあるんだけれども、なんか違うなぁとは思わざるを得ないのである。
この「なんか違うなぁ」は「結い橋とは違うなぁ」でもあるし「結い橋とか全く関係ないとしてもこの展開は違うなぁ」でもあるし「これを最後にやるんだったら他のシナリオもなんかちがうなぁ」でもあるといった感じで、
いろいろ複雑なオタク心がムネムネキュンキュンハウスなわけであるが、まぁ原点回帰なところは、結い橋と同じようにラスト(今作の場合はトゥルーだが)付近に伏線回収押しつけてなんかクリア後感がびみょーってところか。
そんなとこ原点回帰しても仕方ないじゃん!とフツーに突っ込みたくなると同時に、ああ、そういえば結い橋もこんな感じだったなぁと思わずリプレイさせる切っ掛けにもなったから、これまたちょい嬉しかったりするバカ信者がここにひとり。

いや、まぁいきなりトゥルーエンドのシナリオを論難しちゃうというのもアレな話ではあるんだけど、これまたアレなことに、別にトゥルーエンドだけ取り出して云々できる内容でしかないってところが便利で良いですねー。
えっと、正確に言うとこのトゥルーエンドは「エピローグルート」ってヤツで、まぁ形式的には普通のトゥルーエンドと同じで、全ヒロインシナリオルートクリア後に開放ということになります。
で、そのエピローグルートというのはどういう物語というと、まぁぶっちゃけ伏線回収ですわな。どみる作品で言えば「はぴねす」の最終ルートみたいなもんだけど、アレよりもちょっとつまらないですぅ。
いやいや、最初はかなりの傑作かと思ったんですよ-。だって、今まで攻略したヒロインたちがその主人公の結ばれた世界から、まだ誰も攻略していない時点にいる主人公たちのもとにやってきて時空を越えたタイムハーレムトラベルですよっ!
ついにどみるも本気を出したのかとオレは思ったね。NTRゲーの流行に対抗してオレたちは自分が攻略した主人公のヒロインを寝取ってやろうという半永久機関的無限幻ストーリーの伝説の始まりだっ!
あれ? でも、まてよ? 未来からやってきたヒロインは原罪のヒロイン達と入れ替わりになるから、未来に主人公が今のヒロイン達を寝取ってしまったらこりゃNTRゲーじゃないっすか。しかもアッチは二回処女膜破っているしこっち中古品じゃん!

……というようなバカな妄想をしているあいだはスゲー楽しかったですね。そこから先はあんま面白くなかったっす。なにしろこのルートは伏線回収ルートなわけでして、いちおー、神さまヒロインみたいなものはいて、
彼女を助けるお話という体裁を取っているんだけれども、そこらへんも中途半端なんですよね。その神さまとはHできるし恋人に近いような状態にもなれるんだけど、物語の作りとしては神さまとはいつかまた近いうちに会えるかもねなオチで、
未来の主人公に処女膜を破られなかった現在世界のヒロインも帰ってきて、さぁー、これから主人公の取り合いが始まるよーってな笛がなったところで物語は終わり。つまり、端的に言えば、そこからどのルートにも広がりうるような、
半オープンエンドもしくは主人公のハーレムフラグがたった半ハーレムエンドで終わっているわけです。これは「トゥルーエンド」=「トゥルーヒロイン」と言うような図解を避けるための配慮なのかも知れないけど、
伏線回収だけやって、神さまと半ば結ばれたかたちになったけどその続きはお預け風味で、しかも最後はオープンエンドって、トゥルーエンド云々は除外するとしても、一つのシナリオの終わりかたとしてはなんかスッキリしないよねぇ。

作りとしては、たぶん今までのそれぞれのシナリオを振り返りつつ伏線回収もこなしたうえで、作品の全体像を提示するような物語を狙っていると思うんだけど、あんまし上手くいってないんじゃないかな。
それぞれのシナリオのなかであまり救われなかった神さまをキーにして、そこを回想シーンと伏線シーンにしようとしているとはわかるんだけど、伏線は兎も角として回想の方向性は殆ど上手くいっていない。
だって、神さまがその個別シナリオでヒロインの物語に大きく関係しているのって、沙菜ルートぐらいじゃん。他ヒロインは「お友達」として「神さま」として神さまを助けるモチベはあるんだけど、単に可哀想な神さまを助けるって話でしかない。
それは主人公、そしてユーザー自身にとってもある程度は同じなんだよね。このエピローグルートの神さまの存在は、「伏線回収」としての機能はあるけど、今までのシナリオを振り返るような意味合いはあまりないのだ。
しかも、物語は神さまを助ける方向で「伏線の回収」は進んでも、神さまと恋愛するようなお話は最後の最後にしか出てこないから、シナリオを進めていってもヘーそーなんだ!以上の感慨はあまりないわけ。
それにねぇ。細かいところを考えるシナリオじゃないとは思うんだけどさ。なんか微妙に後味のよろしくない細かいネタが残るんだよね。コレって基本的に他の並行世界の神さまは、
決壊を結界させちゃうよ?って話を匂わせている(沙菜ルートの並行世界だとそう)んだけど、まぁそこで神さま可哀想って話も多少はあるとしても、あの結界がぶっ壊れたら世界はどーなるのかイマイチわからないんだよね。
基本的には神さまが神社と結界をトゥルールートでやろうとしたように切り離すんだろうけど、でも沙菜ルートだと結界がぶっ壊れてしまったみたいだし、なんか並行世界がどーとか細かい話を沢山やっている割にその辺が杜撰なのがちょいアレ。
あと、他シナリオに比べると、全体的に物語が進むスピードが遅く、主人公たちが神社に行ってそして戻ってくるのを繰り返し踏み台翔吾シナリオなのもマイナスかなぁ。ラストがいちばん主人公が活躍しない作品つーのも珍しくはあるんだが。


トゥルーエンドはあんまし面白くなかったとして、それじゃあ個別ルートはどうなのかと言うと、トゥルーエンドをやらなきゃかなり楽しめて、トゥルーエンドをやったあとにはそれなりによかったんじゃねーのくらいの評価に下がる摩訶不思議。
なんかね。トゥルーエンドをやる前は、この作品を「魔法とHな関係」的な作品だと思っていたから、それはそれでそっち方面でわりと楽しめていたんだけど、トゥルーエンドをやったあとだと、ああ「結い橋」を作ろうとしているけど、
なんか上手く言っていないナーってな評価になってくると、これは今までわりといいんじゃね?と思っていた個別ルートも、なんだかいろいろ欠点があるように思えてくるという蘊蓄批評オタクってコレだからヤーよね♪
まぁ、随分思い切った構成をしていることは確かだ。共通シナリオはわりと長めで神隠しネタとか神さま関係の伏線をじっくり仕込んでいるところから、ああ、本編でもわりとそっち方向で話が進むんですねーと予想していたら、
最初に入った「こねこルート」なんかそこらへん殆ど無視してツンデレおぐおぐがいきなりなんか発情ネタじゃないですかアナタ!こりゃもうパンツを脱ぐしかねぇとのーぱんデカで変身したはいいものの、
このこねこちゃん絶妙なところでエロを回避しやがって思わせぶりな態度が処女の癖して非常に上手いですねナイスですねハァハァとすっかり神さまネタが頭の中から抜け落ち、俺とこねこちゃんの18禁ライフが終わった時にはええ家族オチで終了!

なんかガセの噂によると、共通ルートのオカ研がウザイとかそう言う話があるみたいですけど、あのオカ研自体はスタッフが雪都さお梨に変な台詞を言わせるためだけの存在なんで、受け入れられないヤツは田中角栄ボイスでオナって頂くとして
あのオタ研あたりの共通シナリオがちょっと変な感じがするのは、あそこらへんを抜きにしてそのまま個別ルートに入ってしまったら、そりゃあまりにも「神さまネタどこにいったの?」ってな感じになるからでしょう。
要するに個別ルートにおける神さまネタガン無視状態をなんとかするために、あそこらへんの共通シナリオを急遽つけ足したんじゃないのかナーという推測。まぁ合ってようが間違っていようがどーでもいいですけど、
共通と個別ルートにおいてこんだけシナリオ内容に差があるって話です。もちろん、個別ルートのシナリオも「神さまからヒロインが得た神通力」がメインプロットの中心になるんで、全く関係が無い!ってことは無いんだけど、
逆に言えば神さまだとかそういうのが関係するのは「ヒロインの神通力」だけの話で、あとはそのネタを応用したわりと普通な恋愛物語に終始してますからね。メインヒロイン攻略してると共通のメインプロットちょっと忘れるくらいだもの。

いちおー、共通またはトゥルーのシナリオにわりと関係しているのは沙菜ルートと青梅さんルートの二つ。この二つはちょいサブっぽい紹介がなされているけど、物語のボリューム的にも内容的にもメインヒロインと殆ど変わりない立ち位置です。
ただ、青梅さんはどちらかというとダウトシナリオですね。いや、別に酷いシナリオって意味じゃなくって、物語の核心にいちばん近づきそうでいて、実のところまったく見当違いの方向に突き進み知らぬあいだに結婚までしているというヒデぇ話です。
この青梅さんシナリオはそう言う意味じゃなかなか楽しかったですよ。序盤からわりと神さまの正体が明らかにされて、ああこのシナリオはちゃんとメインプロットを進めるんだなと思い始めたあたりから、
このシナリオに出てくる「神の使い」とやらが、おおっおなごが沢山おるおるハーレムじゃあハーレムじゃあとか言いだして、聖ちゃんはまったくもって可愛いのぅ可愛いのぅあの生意気な貧乳を揉みシバキ一発犯せば従順になるに違いない!
とか、エロ助でそんなことを一言コメで書いたら100人近くがネタバレ投票するようなことを言い始めるあたりから桃色クラウディがムクムクと。そして、毎回毎回無垢な眼差しでどうして抱いてくれないんですか?と不思議そうに聴いてくる、
青梅さんのお淑やかボイスに集中攻撃されたらやんのかーこらーって感じですよ。このシナリオは他のシナリオとちょい違って、主人公が青梅さんところに居候するんで、大半のテキストが主人公と青梅さんのやりとりだけに限られるから、
半閉鎖空間に自分から進んで閉じ込められている気分にだんだんなっていき、学生のあいだで結婚だとか学生の本分は妻を孕ませるお仕事ですとか、そーいう非常識な話がどんどん当たり前になっていく籠絡感が非常に心地がよいのれす。
最初から最後まで青梅さんが、変な言い方になりますけど、エロゲのヒロインらしい悩みとか欠点とかはあまりなくて、主人公を立てる古風な日本美人風な態度を見せながらも、実のところ主人公に自分を受け入れさせようと仕向けているのは、
青梅さんに他ならないような、そういう奥ゆかしい大和腹黒撫子っぷりで主人公をリードしてくれるのはよかったですね。実のところ、シナリオ自体は告白以降の小作り展開がやや単調なエロしーんの繰り返し気味で、あんま評価できないんですけど、
主人公が青梅さんに魅入られて自然に結婚そして出産へとコマされていく流れが最初から最後までスムーズに進むので、これはこれでアリかなぁと思わせる良いシナリオだと思いますた。
沙菜ルートは最初から最後までトゥルーへの繋ぎのために作られているような感じなので、沙菜がどーこーというようりも、沙菜と神さまとの絡みが微笑ましくていいですなぁで終わってしまうところちょい微妙だけれども、
この作品のなかではわりと主人公ヒロインと共に落ち着きのある恋愛をしているので、甘味料に多少飽きたユーザーにとっては良い感じの御茶話にはなりそうかも。こういうお話が一本ぐらいあると作品に多少の味わいがでてきていいっすね。

んで、残りの三人のメインヒロインは前にも少し書いたように、共通のトゥルー伏線ともトゥルーエンドとも殆ど関係ない、神通力ネタを覗けばどみる作品の「二世代に渡る家族と土地の物語」も殆どないフツーの恋愛物語ですわ。
まずはネガティブなところから明確にしておくと、なんでそのフツーの恋愛物語がトゥルーをやったあとだと微妙に感じるのかというと、まぁわざわざ最後にトゥルーをやって作品全体を纏めようとしているのに、
この三人のシナリオはあんまそこらへんのシナリオを関係なくて全体的に微妙だナーという話もあるんだけど、それよりも、トゥルーで語られた主に主人公メインヒロイン三人の幼少時代のお話とか、
神社関係の繋がりが、三人の個別ルートの中であまり生かされてなかったように思えるのだ。もちろん、そこらへんは「ネタバレ」であり「トゥルールートへの伏線」として書かれていることになっているんだろうけど、
それもそれで上手くいっているとは思えないしなぁ。極論めいたことを言うと、この三人のシナリオで神さまの正体をばらすなり、或いはミサキ犬畜生どもにもっと神さまのメッセージを伝えるナリして、
それぞれのシナリオにおいて、主人公――ヒロイン――神さま(ミサキ犬畜生)のトライアングルのなかで、子供時代の思い出と神さま関係の伏線ネタを絡ませながら、恋愛物語を薦めた方が良かったんじゃないのか。
現状のシナリオだと、主人公――ヒロインだけで恋愛物語が進んでいって、そのキーとなる子供時代の思い出が「神さま関係」のところをネタバレ非表示のまま話が進むから、トゥルーでそこらへんを見たあと、個別シナリオを見直してみると、
もっとその個別シナリオで子供時代の思い出と関係するような話をしてもよかったんじゃないのかなと思えてきてしまうのだ。トゥルー伏線の為に個別シナリオで語るべきものまでが抑制されているように思える。

そこらへんがもっとも顕著なのが「こねこ」シナリオとこねこの存在かな。まず、こねこシナリオからいくと、これ、最初にやったときは「ちょい引っ掛かるところはあるけど、迷いこねこちゃんシナリオとしてはそこそこ良いかも」
ぐらいのわりと好感触だったんんだけど、トゥルーにいたる伏線で、何度も「どうして、こねこのことだけ主人公は覚えていないのか?」が何度も繰り返されていて、じゃあそれがトゥルーでどうなったかと言えば、
別に神さま関係の下りもなくたんにそのまんま、こねこと出会ったのは、主人公が街を出るわりと前だったから単にド忘れしていたというあんましなオチで俺は射精した(聖と杏子がこねこと主人公が知り合いだったことを忘れてるのが謎だけど)。
まぁ、別にそういうオチでも良いんですけどね。そうなると主人公とこねこは基本的に最初からわりと赤の他人だったことになるんだけど、そうだとすると、それはそれで個別ルートでくっつくのが早く感じられちゃうのよね。
子供の頃に主人公と何かあったから、そこらへんの思い出やら親近感やらの絡みで、こねこも主人公に早く懐いたのかなーと、個別ルートではそういう感じで脳内補正していたのに、そう言う話がないとちょい薄っぺらく感じてしまう。
尤も、基本的なお話の流れはわりとよく書けていて、始めはぜんぜん噛み合わなかった主人公とこねこの関係性に、ちょっと仲良くなってきたかなぁというタイミングで発情ネタを絡ませて、
エロ誘惑を必死に耐えながらこねこを助けるという主人公にこねこたん激ラブだぜ!って流れは王道だけどよく書けている。特に最初の発情のエロ誘惑から最初のエロしーんまで、
告白未満だけどエロトークはちょいオッケーな絶妙な緊張感を保ちながら日常を続けさせるところなんかもうまい。その後もこねこと杏子の視点をちょいちょい入れながら、最後の家族ネタまでバランスよく描けてはいるとおもう。
ただ、これが他のルートに入ってしまうと、「こねこ」の存在はそこらへんのオタ研以下のハブキャラになってしまって、こねこと主人公の関係性だけではなく、杏子や聖ともこねこが繋がっていないように思えてくるのだ。
確かに、そこらへんをシナリオのキーとなる子供時代の思い出と関連して書こうとすると、トゥルーにおけるこねこのネタバレに引っ掛かるので書きにくかったとはおもう。でも、そのネタバレ自体かなりどーでもよかったものなので、
そんなネタバレに配慮して伏線をばらまくよりも、もっと個別ルートで書くべきところがあったんじゃ無いのかなぁ。


まぁ、聖と杏子シナリオに関してはそこらへんは殆ど問題は無い。この作品の共通ルートから全個別ルートまで含んでも、物語のなかで単純に台詞量が多く重要な切っ掛けを作るのが聖であり、その次が杏子だろう。
どんな作品でもその作品の作劇法のなかで「使いやすいキャラ」と「使いにくいキャラ」と言うのはできるわけだが、ぶっちゃけこの作品は「聖」と「杏子」をに過剰労働させすぎているとも言える。
共通ルートでも個別ルートでも、主人公の日常生活の中心にいて、主人公をからいながらそれとなく主人公の恋愛をサポートし、日常描写の基礎とそこからの弾みをつけるのが何時でも聖の役目であるし、
共通ルートでも個別ルートでも、主人公の日常生活の中心にいて、主人公や聖にからかわれながらも主人公たちの恋愛と幸せを神さまに願って、攻略ヒロインと主人公の仲間たちのあいだを取り持つのが何時でも杏子の役目だ。
こういうヒロインたちは、基本的に彼女のルートであれ彼女以外のルートであれ、さまざまな場所で主人公に深く関わっているわけなので、その彼女の攻略ルートだけみて彼女の魅力がどーこーというのは難しく、
たいていの場合は「攻略外のヒロイン描写+攻略ルートでののヒロイン描写」によってその萌え感情は成り立っていると言える。どみる作品における前述の「全ヒロインが幼馴染みであると感じられるような」と言うような親近感も、
そういった全ヒロインが攻略外ルートでも攻略ルートでも等しく存在感を発するから可能なわけで、まぁ今まで書いたように今作はそこらへんがややイマイチなわけだが、この聖と杏子の二人に関してだけはまさしく原点回帰のどみるヒロインだ。

ここまで読んでいて「伏線伏線うるせぇな。別に萌えゲーなんだからそんな細かいところを気にしなくても良いじゃん!」と思ったような人には、この杏子シナリオは溜まらない内容だろう。
ああ、一応先の問いに答えておけば、僕としてもそういう「細かいところは気にするなw」みたいな感覚はわりと同意できるとところではあるんだけど、まぁ基本的には細かい伏線を張っている割にはその効果は薄いうえに、
そのトゥルーへの伏線が個別ルートにおける重要な描写を抑制しているところを僕は問題にしているわけですが、この杏子シナリオはいいねぇ。なんせ最初から答えがまるまるわかるうえに、伏線なんてまるで気にせずガンガン突き進んでしまうもの。
もう個別ルート序盤あたりでこのシナリオは当たりだとオレは思ったね。このシナリオもヒロイン達の神通力がお話のキーになるんだけど、杏子の能力は「裸族ワープ」であり、自分の思い浮かべた場所に裸の自分を瞬間移動させるという、
ある種の変態さんにとっては実に羨ましすぐる何の役にも立たない糞スキルであった。この糞スキルをどうやって恋愛物語に発展させるのか?ってだけで、そこそこの牽引力は生まれると思うんだけど、オレはこの最初の段階でもう脱帽したね。
なんかね。最初は能力を使いすぎた所為か、主人公のことをおもうと恋する杏子はつい裸族ワープしちゃうけどどうしよう?って状況になるわけだ。これはこれでまぁわかる。そこで、この解決策だが、大半の人がこう思うに違いない。
「なら変身しなきゃいいじゃん。変身しなきゃ強い神通力は使えないんだし」と。むろんこんな常識的な解決策は一顧だにされないのは言うまでもない。提出される解決策は「主人公の部屋に杏子の着替えを置けば良いじゃん」という、
最初はナイスアイデアっぽいと思うが、1分も考えれば殆ど解決にならないとすぐにわかるシロモノだ。そりゃ裸族ワープ先に自分の服があったほうが良いと思うけど、根本問題はワープ直後に裸の自分が見られることが恥ずかしいことであり、
主人公が杏子の裸をみてこれまた恥ずかしいと思ってしまうことであろう。そこに杏子の着替えをおいたところで、先の問題は全く解決されないばかりか「着替えは下着を他人の部屋に置く」という恥ずかしさがプラスされるばかりである。

そして「細かいところは気にするなw」というのは、僕のうえのようなツッコミに対して言うべき台詞なのである。これをもっと理論的に言い換えれば「そのおかしなところはボケツッコミ待ち」でありその機能は、
「物語に対する」ツッコミを誘発させながら、ヒロインのアソコに突っ込みたくなるような描写を入れるための神聖なるお約束であって、後者のためならいくら物語にツッコミどころがあろうが、否、ツッコミどころが多少は見え見えなほど、
そのお約束展開に物語のフィクションとしてのリアリティは高まりはすれど減ずることはないわけである。もちろん、その後も、主人公と一緒に旅館で住み込みで働けば、ワープしても自分の部屋にすぐ戻れて便利じゃね?というような、
まぁ相変わらず「裸でワープしちゃうことの解決にはならないんじゃね?」をガンシカトするような「お前ら単に同棲生活をしたいだけじゃね?」な展開がてんこ盛りで、僕はそういう物語を読んでいるときがいちばん幸せを感じる所存である。
ただ、一応は注意しておくと、こういうツッコミ待ちのお約束展開はやり過ぎると確かに逆効果で、そのツッコミ待ちの反面には、ある程度納得のいく描写を同時に置いておかないとお話がギャグオンリーになってしまう。
この点でもこのシナリオは結構上手く書けている。主人公の部屋に下着を置いたり、住み込みで旅館で働く成り行き自体はわりとギャグなんだけど、それらの行動の描写自体はちゃんと毎日旅館のお仕事をしている様子を一日ごとに書きながら、
杏子が一つ屋根の下に住み始めて主人公がそれを意識し始める感情を時間の流れの中で追っているので、このへんはわりと説得力がある。うえのクリ数をみればわかるように、このシナリオは全体の半分以上が告白後の描写に割かれているのだが、
実際はその告白前とその後を殆ど意識しないようなシナリオ展開である。もちろん、明確な告白シーンはあるんだけど、これは主に良い意味で告白前と告白後のテキストの雰囲気が大して変わっていないのだ。
基本的にこのシナリオは、ヒロインのほうは殆ど変わらずに、主人公の感情や言動が変わっていき、そのデレ主人公に対するヒロインの新しい反応を見ることで、ヒロインの魅力のこちら側が再発見するような構成になっている。
だから告白後も最後の最後まで物語は殆ど動かずに10年前の子供時代の毎日を今度は恋人になってから繰り返すように、夕暮れの川辺でただ水を掛け合っているだけで八月が終わってしまうような何もないのに充実している時間が過ぎ去って、
そこで始めて杏子のシンプルだけど切実な願いがシナリオ上ちゃんと意味を持つことになるわけである。確かにこれは子供時代には解決できずに、大人にしか解決できない問題だが、子供心に戻らないとなかなか解決しようとはしない問題なのだから。

ちょうどこの杏子とネガポジションの位置にいるのが聖たんであり、彼女のシナリオも杏子の数倍は複雑なモノである。とはいっても、シナリオの流れ自体はわりと単純だ。最初に主人公が聖たんのオナニーを目撃しちゃって、
それを機にアレコレあって結ばれたという話なんだけど、そのわりと単純なシナリオの流れにわりと複雑な感情が交錯するシナリオでもある。ズバリ、聖たんの願い事は「自分が素直になること」というヤツなんだけれども、
これは言っていることは単純だけどある特定の(まぁわりと捻くれた性格をしている)人物が実際の行動や言動の中でそれを行うのはなかなか難しい。それは別に、彼が意固地だからだとかプライドが妙に高いからだというだけではなく、
いま挙げた二つの理由を見ればわかるように、人間は普通多かれ少なかれ「意固地」なところや「プライド」があるのは当然というか、そんなものが「無い」人間はある種の知的障害者ぐらいであるので、
どの「プライド」や「意固地」なところが本人にとって有益であり不利益であり「素直」であるのを妨げているのか、他人にも自分でもその明確なところはよくわかんないからである。そこらへんを抜きにして、
やれ「キミはプライドが高すぎるからもっと素直になれ」だとか「うえから目線云々」をなんの躊躇もなく下からヤクザ目線で毎日恫喝しているような人間が、いちばん「プライド=傲慢さ」の塊であったりするからこの問題はめっぽう難しい。
しかもその点で言えば、聖たんは一種の「完璧超人」であり「できる女」であり「コミュ超人」であるからして、他人から素直になれ!だとか言われるようことも基本的にはナッシングなのであるから、つまりはそこで行き止まりわけだ。
聖たんがどれだけ完璧超人なのかと言えば、オナニーするとハマリそうだからその快感を知りながら必死で自重していたという涙ぐましいエピソードを聞けば健速主人公も感動したっ。完璧超人は必死にオナニーを我慢しなくちゃいけないのだっ!

まぁ、そんな人間如きのプライドなんぞ神通力の発情パワーに掛かれば聖たんもそっこーでオナニー淑女に大変身ですわオホホ。こういうシナリオだと主人公がこれを切っ掛けにヒロインを異性として見るようになって……
と主人公側のアプローチを誘発させるのがお約束だけど、このシナリオはわりと早めに聖たんがピーピング翔吾に気がついてしまい、覗いた罰として主人公にオナニーするところを聖たんに見せつけるところを命じるという僕得展開になって、
ここらへんで二人は告白はしないものの、わりと良い感じになってしまうんだよね。聖たんは完璧超人でありできる女であるわけで、オナニー覗きネタで主人公を巧妙にゆすりながら、
自分が主人公をリードするようなかたちで主人公に近づけてしまうわけだ。そう言う意味では、例えばこねこシナリオがそうであったように「素直になれないから主人公と仲良くなれない」聖たんではない。
そこから告白にいたる流れはちょっと強引(あれくらい聖たんなら上手く受け流すとおもうんだけど)なのが玉にキズであるが、二人が恋人になったところで聖たんの「素直になりたい」の願いはまだ解決されない。
表面上は、ふたりの間になんの問題も残っていないように見えるのにも関わらず、ユーザーとしてもちょいデレ気味な聖たんがすげぇ可愛くてたまんねぇのにも関わらず、だ。
しかも物語は新たな展開も問題も見せるような動きはまったく見せずに、10年前の子供時代の毎日を今度は恋人になって始めて取り戻すように、小生意気な聖たんのお尻をペンペンしているだけで八月が終わってしまうようなエロい時間が過ぎ去って
そこではじめて聖たんのシンプルだけど切実なプレイがシナリオ上ちゃんと意味を持つことになるわけである。確かにこれは子供時代には妄想できずにに、大人しか妄想しないものであるが、子供心に戻らないとなかなか実行できないものである。
聖たんは「完璧超人」でありながら「できる女」であることも失わず「コミュ超人」であり続けながら、主人公と付き合うことで子供の頃から真に夢見ていた「変態ドM奴隷」に変身し、今日も今日とて、主人公をエロい誘惑で拐かしては、
いつの間にか主人公に主導権を握られてアヘアへ責められる誘い受けプレイに嵌まりまくり、日常生活では上手いこと暮らしながらもベットのなかで主人公と一緒に子供の頃の夢を永遠に適え続けるのであった。めでたし、めでたし。

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☆エロについて

最初のあたりにちょっと書いたように、どみるは「萌え+エロ」だとか、一時期は萌えエロだとかいったものを売り出していたわけだが、これは歴史的に言うと2004年前後に起きた流れであって、
基本的にはその頃のエロゲにおける萌えゲーと呼ばれるジャンルの作品において「エロイッカイズツ」がもはや自明ではなくなり、その頃ではエロが三回ある程度でも「萌えエロ」と言われていたわけである。
だから、その「萌えエロ」の最小限の定義は基本的に「エロが一キャラあたり三回あるかないか」程度のことであって、それ以上のことは、まぁいろいろと議論はなされたけれども、特に深い共通点はない。
因みに、余談であるが、この言い方が廃れたのは、典型的な属性ブームと属性オワコンのテンプレ展開にある。最初はその属性の言葉が含意する定義を巡っていろいろな作品が対象になって盛り上がるわけだが、
その属性がある程度ブームになって代表作となると、その「代表作」が一種の古典となり、それを崇拝する輩が増大し、新しい作品を受け入れなくなり糞スレ下状態になり内乱にて衰退滅亡と相成るわけでざる。。
これは半ば決定づけられている運命にある。端的に言えば、誰もが若者の時は老害老害と批判するわけだが、自分が「年をちょっと取った」程度でも、自分の経験や好きな作品を護りたくなるわけで、その行為は若者から見ると老害に見えるわけだ。
むろん、それはあくまでその○○属性スレだとか、○○属性スキーだと言っているような人たちのあいだだけの局所的な言説合戦の話でしかなく、萌えエロという属性で含意されたエロゲのある特徴や要素部分に関しては、
葉鍵以前の太古の時代から続く「エロとシナリオの融合」論争だの、今で言えば「イチャラブ」なり「バカカップル」なりといったものの言説に変奏されている。また「萌えエロ」の最小限の共通事項であった、
「エロ三回ぐらい」というものも、今では議論されるまでもないデフォルトなお約束になったりして受け継がれているので、言説の流行廃りとその言説の対象の流行廃りはあくまで別問題である。

話を元に戻すと、その「エロイッカイズツ」から「エロ三回ぐらい」の変化は、ことはエロしーんの内容だとかエロしーんの濃さだけの問題に留まるものではなかった。
エロシーンを三回入れると言うことは、まぁ典型的な萌えゲを想定すれば、ヒロインと付き合ってからのお話の中でそれをやるわけだから、シナリオにおける告白後の物語に占める非常が必然的に多くなり、
それは多かれ少なかれ物語の内容にも影響をおよぼしてくるわけである。いまげんざい「イチャラブ」とか、たぶんにいい加減に用いられているジャンルの作品は、このような流れのもとで見るとその発生は必然的であったといえるだろう。
そして、2012年原罪の状況を鑑みれば、例えば同日発売の「恋妹」なんかは、まぁここらへんになってくるとあれは抜きゲーだとか言われる可能性はあるが、エロしーんは一人あたま9回ぐらいだし、
先月発売の「もののべ」は本編のエロしーんは三回程度だけど、オマケでその三倍近いエロしーんがあるというような、萌えゲーにおけるエロシーンは些か無法地帯と言えるような状況になっている。
って、なんだか話が横に滑りすぎなんで、そろそろ本題に戻るけれども、要するに今は「エロイイッカイズツ」の時代でもないし「エロ三回程度」が標準と言われていた時代でもないし、当然のことながらであるが、
もはや「エロシーンが多ければ多いほど良い」と無邪気に言っていられような時代でもないわけだ。オマケならオマケのサービスは有り難いけど、本編のエロがイマイチでオマケのショートエロが良いとか、本末転倒と言わざるをえないわけだし。

その点で言えば、今作のどみるは流石萌えエロの元祖とかいい加減なことを言っても充分にお釣りが来るぐらいのエロしーんが揃っていて大満足。どみるのエロは前後ぉぉぉん♪以降なにか迷走しているような気がして、
まぁカンパネFDとかHGGとかヒロイン数が多くエロしーんも薄く少なくならざるを得ない作品が続いた所為なのかも知れないが、いかなる理由があろうと2作連続でエロ薄というのはわりとユーザーの信用を失うものではあろう。
体験版をやった限りでは、もしや前後ぉぉぉん♪な失敗を繰り返してしまうのか少々心配だった。発情ネタをメインにするのはわかったけれども、発情ネタつーのは最初は良いんだけど、続けて見るとわりと飽きちゃうものなのである。
こういうエロしーんは本編の中で適切なタイミングで挿入する必要があるわけだが、こねこシナリオはその点まさに理想的だ。個別ルートから発情ネタを使いながらも、シナリオ展開によってエロしーんを上手く先延ばしにしながら、
最初のエロしーんでいきなり発情ネタで処女ヒロインとは思えないほどの大爆発。んでその興奮さめやらぬなか二回目のエロしーんじゃ一回目以上に発情こねこちゃんっぷりを発揮。ここらへんでシナリオ的にもエロしーんは一休みといった感じで、
しばらくまったり恋人ライフを送ったあとの三回目のエチは、初っ端から発情ネタをするんではなく「変身して神通力を使ったらしばらく経って発情する」という設定を悪用し、最初は変身コスで普通に優しくエッチをはじめるんだけど、
途中でイキなり発情しはじめるというデフォルトエチと発情エチのギャップを使った必殺技で三回目をクリア。そして最後の四回目は発情ネタとかなしで、最後までテレ気味のこねこちゃんをあやし続けるまったりエチでちんちんを癒してくれるわけだ。
シナリオもエロテキストも充分に良いのだが、中でもMVPを挙げるとするならば小倉結衣嬢の名艶技だろうか。この手の発情系エロボイスはテキストにあまりに忠実に熱演絶叫しすぎると野生の雄叫びにしか聞こえなくなるときもあるし、
あるときはそういう野生の雄叫びが必要になるときもあるんだけど、結衣嬢はここでねこがマタタビを喰らってドリップしたような夢見心地ボイスを採用し、激しく擦りつけるよりも甘えてなすりつけるようなこねこのエロシチュを見事に再現したのだ。

こねこの次は子犬と言うことで杏子のエロしーんに生きたいところではあるんだけど、ネコミミコスプレのエロしーんはあっても、子イヌ系コスプレのエロしーんって即座に思い浮かばないのは何故だろうと急に素朴な疑問が。
イヌってなんか知らないけどオスイヌのイメージが強いし、ベロだしてはっはははは餌くれわんわんしているようなバカっぽいイメージもあるから、どうもエロ方面にはあまり結びつかないのかもしれんとつまらない結論を出してはみたものの、
杏子のエロしーんもこねこほどじゃないけどなかなかによかったですぞ。杏子の発情エロしーんはこねこと違って実質一回だけで、それは何故かというと杏子はこねこと違って最初から素直だから発情で自分を誤魔化す必要が無いからだ。
この作品のなかではわりとフツーの萌えゲと同じような和姦シーンだと言ってもイイだろう。必要以上に卑語も言わないし、エロしーんの入り方もシナリオの流れの中で杏子をわんこわんことあやしながら自然に入るような感じなのだが、
強いて特徴を言えば、殆どニコニコ笑っている立ち絵しか表示されずに、良くも悪くも「わんこ」としかあまり認識されない杏子が、エロしーんの一枚絵になると「この娘はどこの国のの金髪美少女ですか?」と思ってしまうほど変身するところか。
一枚絵と立ち絵に劇的なギャップがあるというよりも、立ち絵では普段は見られないような真っ直ぐな表情や、恥ずかしながらもちょい感じているようなエロ表情が強調されているので、そのぶん特別な時間を共有しているような気分に浸れる。
その点で言えば、沙菜さんのエチシーンも杏子と似たような傾向か。こちらは最後まで神さまが個別ルートに付きまとうし、沙菜さん自身もあまりデレるようなタイプじゃないんだけど、エロしーんでの意外な巨乳っぷりに興奮したい人は是非どうぞ。

ここらへんまで書けばわかると思うんだけど、エロしーんの傾向とかエロしーんに入る流れとかシナリオとの関係性がどのキャラも少しずつ違うんだよね。だから、わりと連続気味でプレイしてもエロしーんであまり飽きがこないのだ。
エロしーんの数を増やしたところで、どのキャラも似たようなシチュと似たような流れだけだったら、そのうち飽きが来るのはあたりまえ。僕の経験ではだいたい5回前後がそのピークで、ライターがよほど頑張って工夫しない限り、
底から先のエロシーンは7回9回とかやってみても、単に似たようなエロシーンが繰り返されるだけなんだもの。別に僕らは「エロしーんが沢山欲しい」のではなくて、その「エロゲーの物語のなかでエロを見て興奮したい」わけだから、
単純にエロしーんを増やすだけでは、エロしーんが退屈に思えてしまって却って逆効果でしかない。そういうことを言い訳にして、エロイッカイズツでも文句ねぇだろwってことに短絡化する場合もあるから、そう一概にも言えないんだけど。
残った聖と青梅さんのエロしーんも他のシナリオと違いを出しつつ、それぞれ独自のエロさを持っている。まぁ両方とも半ばシナリオのところで紹介しちゃったようなものだけど、青梅さんとのエロシーンは主人公がいつも責めているように見えるのに、
不思議と青梅さんに言いように操られているような感じがソフトMの僕にはサイコーですた。途中からダンナ様とかいってくれるようになるし、ちゃんと巨乳巫女さん奉仕もしてくれるんだけど、なんかこう声優さんの演技としては、
青梅さんの大和撫子ペースを最後まで崩さないから、可愛いダンナ様を自分の良いように弄んでいるような母性目線を強く感じてしまうのである。思いっきり巨乳巫女さんを犯したいぜっ!ってな人にはアレかもしえないけど、反対の性癖の人には絶品。
まぁそういう犯し隊の人にはとっても可愛いメス豚従妹奴隷の聖ちゃんをどうぞ。僕としては一回ぐらいは完璧に聖ちゃんに弄ばれたかったのですけど、エロしーんが進むにつれて最初のSっぷりが徐々にいやらしくM気質へと変身していく流れは、
どちらかというとM系の僕でも非常に三発ぐらい連続で抜いちゃいましたハイ。しかも最後に今まで温存していた発情エチをぶちかまし、そこでメス豚宣言の感動のハッピーエンドですよ!
これをシナリオとエロの完璧な融合のひとつの例として言わずになんと言おう?