これは名作です。少なくとも自分的には神作品。ある意味究極の妹ゲーにしてアンチ妹ゲー。いや、それどころかアンチエロゲーというべきか?ダウナーな雰囲気がたまらない。
エロゲと現実と可能性―――アンチエロゲー的テーマ
通常、エロゲにおいてはさまざまな可能性が描かれる。
例えばAとBという二つのルートがあった場合、
例えひとつがバットエンドで、もうひとつが所謂トゥルールートであったとしても、
両方とも対等の現実であることに変わりはない。
例え一方が正史として認定されていようとも、
与えられたゲームをどう読むかはプレイヤーの自由、
つまりは、どれを俺的トゥルールートにしようが構わないわけだ。
それに、プレイヤーの側が、あるいは製作者でさえも、
ゲームの中のたくさん存在するルートを、恣意的に無視することなど本当はできやしない。
エロゲにおける現実とは、どれか一つのルートが「本当」というわけではなく、
示された様々な可能性が、全て、ひっくるめて、現実なのだ。
で、このゲームの話。
このゲームにおいて執拗なまでに繰り返されるテーマ、
エロゲーマーに対して悪意があるんじゃないかと疑ってしまうようなテーマ、
現実はたった一つというテーマ。
正しい現実は、そこに在る現実は、たった一つ。
そう、本当は後戻りすることなんて出来ないし、やり直すことも出来ない。
終盤において明かされるこの世界の現実――“真実”は、
ゲーム脳に水をぶっかけるようなアンチエロゲー的テーマだった。
本当の現実はたった一つ。
だとしたら、ありえたかもしれない可能性の世界はどうなる?
通常、俺たちが生活しているこの現実において、ありえたかもしれない可能性の世界は、
ただの空想として処理される。
ありえようが、ありえなかろうが、俺たちにとって現実は一つだけしかない。
もしゲームみたいに世界が分岐するものだとしても、
高所から見下ろして、神の如き視点でもって俯瞰するということは出来ない、
それがゲームの中の世界でなければ。
そして、このゲームにおいては、ありえたかもしれない世界(可能性の世界)は、
絵麻に言わせれば嘘の世界だ。
本当の現実、正しい現実はたった一つ、
だから、可能性だけで成り立った嘘の世界は消えなければならない、消されなければならない。
この作品の世界観はそういうものだ。
可能性というもの…、
俺たちの生きているこの世界でも、ありえたかもしれない世界を妄想することは出来る。
で、あの時ああすればよかった的な反省が、頭の中をエンドレスで渦巻いたりするわけだが…、
けれどそれはあくまで虚構、そもそも、ありえたかもしれないもう一つの可能性などというものは、
俺たちの頭の中にしかない。
例えどんなにありえたかもしれないとしても、それはやはりフィクションなのだ。
現実には、たった一つの現実しかない。
後悔というのは、たぶん無駄なんだろう。
そんな無駄なことをするくらいなら、今を悔いなく生きるほうがよっぽどいい。
千尋の言葉の一つ一つがいい感じに突き刺さる今日この頃。
ゲーム本編で描かれるのは可能性の世界だ。
ありえたかもしれない世界、けれど、決して現実にはならなかった世界。
断片的に描かれるのだが、恐らく、本当の「現実」においては絵麻は既に死んでいる。
幼き日の手術が失敗し、そのまま帰らぬ人となった絵麻。
主人公はその時のことを時たま振り返りつつも、今を生きている、これが現実、たった一つの現実。
だから、ゲーム内で示されるルートはすべて、ありえたかもしれない世界に過ぎない。
可能性の世界、嘘の世界。
そんな、可能性の世界も、絵麻個人の妄想力で成り立っている模様。
お兄ちゃん愛が深すぎてちょっとばかしキモイ妹絵麻。
そんなキモ可愛い妹が、可能性の世界を巡りに巡り、お兄ちゃんが私を振り向いてくれる世界を探す、
これはそんなお話。
例えどんなに望みが薄くても、
例えそれがありえない現実だったとしても…。
どこからどう見ても実妹にしか見えない絵麻。
明言されているわけではないし、どこに書かれているわけでもないけれど、これってやっぱり実妹だよね!
だって、どこからどう見てもそうなんだもん。
そして、実妹(仮)だからこそ、このストーリーは成り立つ。
萌えの世界に、リアリズムを持ち込んだ作品。
夢のない作品?
いやいや、まてまて、俺たちはついうっかり忘れてしまうのだ。
姉や妹とフラグを立てるのが日常茶飯事どころか、既にお約束となっていることを。
エロゲに関心のかけらもない人間から見れば、きっと奇妙に見えるはず…。
まあ、たまにはこんなエロゲがあってもいいと思う。もちろんこんなエロゲばかりならこまりものだけれど。
アンチエロゲーといったのはそういう意味。
エロゲの持つお約束、世界観、それらをあえてずらすことによって成立している作品。
人によってはこういった作品に対して拒否反応を起こす人もいるだろう。
それはそれで仕方がないし、無理して受け入れる必要はないと思う。
けれど、星の数ほど存在するエロゲの中で、
こういった作品、エロゲの構造と世界観そのものに対して自覚的かつ批評的な作品が、
一つくらいあったってかまやしないだろう。
雰囲気―――ダウナー系
どんよりとした雰囲気と閉ざされた空、決して暗いというほどではないとしても、全編に漂うダウナーな雰囲気。
まったりとした暗さ、というべきか?
この、絡みついて離れなくなるような独特の憂鬱さは、この作品ならではのものだろう。
そしてその、一種独特の雰囲気こそこの作品の魅力の一つ。
多分、合わない人には合わないだろう、駄目な人には駄目だろうと、思う。
ただ、このまったりとした憂鬱感がたまらないという人には、たまらないだろう。
私のことです。
といっても、どっぷり暗いというわけではない。
ヒロインたちとの楽しい日常が欠けているというわけではない。
すこし濁った水のような感じ、
いつまでたっても前に進めない、そんな感じ。
以下はあらすじ&キャラ解説。
順番はプレイ順。
麻生桐李
まずは順当なストーリー・ルートといってよいだろう。
いかにもな…、というほどではないにしても正統的なエロゲストーリーだ。
といっても、このルートにおいて既に、この作品固有のあく、とでも言うべきものが示されている。
失われたものは決して戻ることはない…、現実は立った一つ…、というスタンス。
正直、このルートのラストには色々と疑問がないでもないけれど、
(三木村さんに対してのアレはどうなった?、とか)
全編に渡って鬱鬱しい雰囲気がただようこの作品、
ま、ひとつくらいこんなルートがあってもいいかも?
といっても、この世界、結局虫食いが進行して消えるんだろうけどね…。
ラストの絵麻の不機嫌っぷりは名演です。
茂木一葉
サスペンス風味あふれる本ルートは、真相が二転三転。
うまい具合にプレイヤーを引きずり回してくれる。
一見すると明るくて、気さくな彼女だが、
その気さくさ・明るさは、ある意味において仮面のようなもの…。
閉じられた心の底に眠る真実は、いつの日にか彼女自身に対面を迫る。
「私を殺さないで」
さながらカウンセリングの話をそのままエピソード化したかのような本編は、
一葉の心の底に眠る真実の不気味さにドキドキしながら、
手に汗握るストーリー展開を楽しめる、非常に質の高いエピソードだ。
ラストは心の底からよかったなあ…、と思いきや、
気の毒すぎることにやっぱり消されてしまう…。
最初は唖然としました。
でも、これがこのゲームです。
たとえどんなに可能性に満ちていようとも、たとえどんなに明るい未来が広がっていても…、
可能性だけで成り立った世界は、嘘の世界に過ぎない…。
青井智加子
さあて、いよいよゲーム脳全開になってまいりました。
このルートでループするのは主人公+青井さん。
一応主人公もループするんですけどね…、でもっ、青井さんのループっぷりには全然かなわない。
桐李と同じような気持ちを抱いている青井さん…。ま、彼女の場合は弟ですけどね。
かつて自分が原因で、弟は事故で死んだ。
その損失を抱えたまま生き続けた青井さんは、今も折に触れて何かにつけて弟のことを思い出してしまう…。
主人公たちと改めて出会ってしまったということも、マージに手を出す大きいきっかけでしょう。
しかしながらどうやっても弟を救えない青井さんは、涙とともに断念する。
どうしても諦めきれないことを、どうしても諦めたくなかったことを…。
で、主人公と肩を並べて歩きながらハッピーエンド、と思いきや、突如として凶弾が彼女を襲う。
主人公はすかさずマージでもって、過去を改変、青井さんの代わりに凶弾を身に受け、返らぬ人に…。
一人、取り残された青井さん…、当然彼女は気がつく、マージを手にすれば、あるいはもしや!、と。
ここらへんからの鬱っぷりは結構すごいものがあります。
特に、一人雨に打たれる青井さんのCGとかね、もう(涙)。
さて、マージで過去に戻り、繰り返し繰り返し主人公を救おうとする青井さん、
しかし、どうしてもうまくいかない!
で、気づいてしまうわけです。私は、彼に救われたのだ、と。
しかし、それでもあきらめきれず、マージを飲み続ける青井さん、
例え、男と女の腕力の差を認識していたとしても…。
…最後は、幸せな夢の中で、永遠に終わらない夢の中で彼女は幸せを噛みしめます。
智久の小ささをスルーしてしまうあたり、もしかしたら、彼女は、
この「選択」を最後のたった一つの選択肢として、「選択」したのではないのでしょうか。
ラストは例のとおり、画面が真っ白になります…、で、画面が真っ白になるあたりから、
私の中に、このゲームは神ゲーなんじゃないかという予感が芽生え始めます。
神崎千尋
セツナイ話キタ――――!
なんというかこう、アレだ、トリックスター?、みたいな感じの彼女。
飄々とした明るい性格とは裏腹に、時折見せる謎めいた言動。
ああ、こいついかにも何か世界の秘密とやらを握ってそうだなとプレイヤーに感じさせますが、
事実そのとおりです。
で、このエピソードの出来ですが、はっきり言ってかなりいい!
前の三つのルートを遥かに凌駕するといってもいい出来。
繰り返される世界と、消されてしまう世界、そんな運命の中、彼女の選んだ「選択」…、
例え記憶を失い、例え世界が真っ白になったとしても、降り積もる想いは残り続ける…、のか?
ここらへん、よくわかりません。
確か、サンデーが事故にあった際のこと、どうせ全部忘れるけど、思いは残る何たらかんたら…、
というセリフがあったような気がするのですが、うろ覚えです。
私自身このゲームの世界観をきっちり把握してるわけではないので、ちょっと自信がありません…。
要するにラストシーンのことですね。
果たして彼女は覚えていたのか?
それとも、ただ予感を感じたに過ぎないのか?
国見絵麻
神ルートです。
文句なしに神。
一部わかりにくいとか、終盤はちょっと急展開とか、
まあ、色々と突っ込みたいところが無いではありませんが、
でもそんなことはどうでもよくて、このゲーム買ってホントよかったなと思います。
このルートで描かれるのは、どうやら最後の可能性。
砂浜で一粒の砂金を探すかのような絵麻の旅路もここで終わり。
今まで一体どのくらいこの世界を彷徨ったのでしょうか?
何百回?何千回?何万回?
ここに来て彼女はついに諦めてしまいます。
「倒れる時も前のめりって言うなら……」
「私はもう倒れている」
さながら放浪者じみた絵麻。
たとえ、どんなに可能性が少なくても
たとえ、最初からありえない選択肢だとしても、
決して諦めたくはなかった。
けれど、現実は現実、
エロゲであるにもかかわらず志操権固な常識人の主人公は、たかくなに絵麻を拒み続けてきた。
そして、この先も、絵麻を拒み続けるだろう。
彼が望むのは普通の兄弟、素直に笑い合えるたった一人の妹、
過去にしか存在しない、キラキラと輝く日々を夢見ながら………。
現実の妹の濃さに辟易しまくる主人公。
ゲームなんだから構わんだろう!
フラグたてちゃいなYO!
とか思わないでもないですが、あえて、絵麻と両想いになってハッピーエンドという、
いわゆるいかにもなエロゲ的ルートが何処をどう探しても存在しないというところに、
このゲームの持つメッセージを感じます。
なんて、悪意溢れるメッセージなんだ!
別にゲームなんだから構わんだろう!
いやこれは本当に、心の底からそう思いました。
真の意味での絵麻ルートがあっていいだろう、と。
でも、もしそんなルートが存在したならば、次のエピローグが成立しないような気がします…。
なのでまあ、止むを得ないことなのかもしれませんが。
エピローグあるいはトゥルールート
最初はちょっと唖然としました。
いくらなんでも性急過ぎるだろう!
とか、ちょっと大雑把過ぎ、もっときちんと描けよ、短ーよ!、とか。
でも、多少時間がたってから考えてみると、もしかしたらこれはこれでよかったのかな、という気がします。
まあ、絵麻ルートで終わっても全然オッケーなんですけどね。
この作品の真の主人公は絵麻。
彼女が成長する話。彼女が境界を越える話。
彼女自身の本当の想い、本当の望み、
彼女自身が、自らの想いに囚われていた。
それはある種の呪いに似ています。
自身の本当の気持ちに気づいた絵麻は、何たらかんたらどうたらして…、
要するによく分かりませんが、無理やりハッピーエンドにねじ込みます。
ここら辺、さっぱり分かりません。
そもそも、このハッピーエンドが、可能性の世界なのか、現実の世界なのかということも、分かりません。
しかし、分かることは一つだけあります。
それは、絵麻は既に諦めたということ。
それを成長というべきかどうかは分かりませんが、想いから開放されたということは出来そうです。
普通の兄弟をやろうぜと持ちかけられて、努力してみると、超つらそうに答えた絵麻。
そんな絵麻が、ハッピーエンドにおいては、絵に描いたような妹キャラとして心からの笑顔を見せている。
きっと「彼女」は、彼女自身が兄に秘めていた想いを知らないのでしょう。
あるいは、とっくのとうにふっきって、幼き日の思い出の一つとなっているのか…。
いずれにしろ、エピローグにおける絵麻の輝きっぷりは、尋常なものではありません。
あの濃ゆい妹が!あの、キモ可愛い絵麻が!
すごく伸びやかな明るい声で「おはよう」ですよ!
もうこれはこのまま、学園モノのエロゲにしてもいいのではないかと思うくらい!
鬱々とした展開が、どんよりと続いたので逆に、日常シーンの輝きっぷりは見事なものです。
ああっ、改めてこの絵麻とフラグをたてたい!たててみたい!
ああそうだ、日常シーンで思い出しましたが、挿入歌が流れる遊園地のシーンは神ですね。
まさかああいう何気ないシーンで流れるとは思わなかったので、不意をつかれた感じです。
また歌の雰囲気と歌詞がぴったりで、文字通りキラキラと輝くシーンです。
エンディングを迎えた後で改めて見ると、その儚さと切なさに、胸を締めつけられます。
最後に―――自殺する絵麻の謎
さて、自殺する絵麻………についてですが。
ゲーム本編は基本、可能性の世界なのですが、
妹が手術に失敗して死亡――という現実、
そしてもう一つ、手術には成功したけれど、その後、主人公の前で微笑んで自殺、
というもう一つの現実らしきものが、断片的に描かれます。
さて、どちらが本当の現実なのか?
多分、基本的には、手術失敗ルートが、現実だと思われます。
で、もう一つの絵麻自殺ルート、これは一体何なのか?
あまり自信はありませんが…、これは、たった一つの現実を上書きしたのではないでしょうか?
つまりは、自身の死の運命、決して揺るがすことの出来ない運命を知った絵麻は、それならば一つこの運命を有効活用してやろうということで、自殺という形で運命をなぞりつつ、
現実そのものを上書きしたのではないでしょうか。
可能性の世界と、現実の世界の関係は、
マージが見せる、現実と夢の関係に似ている。
絵麻が何故、お兄ちゃんとフラグを立てる世界を見つけ出すことができなかったかといえば、
それは、決してありえない可能性だからだ。
それは、ある日突然、主人公がテロを起こしてしまう…、というのと同じくらいありえない可能性だからだ。
だから、そんな世界は、可能性だけでも存在しない。
自身の死という本当の本当を知った絵麻は、
例えどんなに努力したとしても、自身の死を無かった事にする事はできないと悟る。
で、しかもその上主人公はまっとうな常識人で、
こんなステキな妹がいるにもかかわらず、フラグを立てようとしない…。
じゃあ、いっそのこと…、というわけでさっくり自殺。
それでもってせめてお兄ちゃんが永遠に過去に囚われるようにした…、のではないか?
………、と思ったのですが、じゃあ、エピローグのアレはなんなんだ、とか、
色々とツッコミどころが多いような気がするので、これはきっと正しくないのでしょう。
考察レビューを漁ってじっくり考えてみるつもりです。
さて、ふと気づくと、レビューが無駄に長くなっています。
長けりゃいいってもんでもないのですが、ついつい語りたくなること書きたくなることはあるものです。
と、いうわけで、ちょっと癖のあるこのゲーム、
たまにはエロゲのお約束をずらした作品をプレイしてみたいという方には、とりあえずお勧めします。
でも、妹とフラグを立ててイチャイチャしたいという方は、やめたほうがいいかも?
ま、ネタバレ満載のレビューを書いておいて勧めるも勧めないもなんですが…。