面白かったです。
以下、ネタバレ注意です。
これは、救いの物語。
弱くて、現実から逃げた人間たちの物語。
その世界は誰もが優しくて、誰もが救われていた。
現実のように辛いことも絶望もなく、未来を生きることなく今だけを繰り返す。
幸福で、終わることのない今を。
桜風うららは嫉妬と、自分への絶望から妹を傷つけた。
朝凪こなつは現実の悪意に触れ、痛みから逃げ出した。
桐一このみは真実を語る心の強さを持っていなかった。
偽りの世界に逃げてきた彼女たちは、そこで幸福な時間を過ごす。
優しい場所で、静かに、ゆっくりと……。
けれど純希や他の人たちとの関わり合いの中で彼女たちは次第に思い出していく。
ここが本当の世界ではないことを。
自分が現実から逃げてきたことを。
思い出してしまった彼女たちは痛みや恐怖から逃げながら。
それでも彼女たちは歩み出す。
一人では無理でも、そこには支えてくれる人がいたから。
自分を見てくれた人が、愛してくれた人がいたから。
応援してくれる人がいたから。
怖くても、逃げ出したくても。
永遠に安らかな世界が目の前にあっても。
楽園のように優しい場所がそこにあっても。
勇気を振り絞ってその一歩を踏み出す。
現実が辛くて悲しい場所でも。
偽りではない、本当の幸せを掴むために……。
……と、ヒロインたちの物語を勝手にまとめてみました。
この物語は基本的に心に傷を追ったヒロインたちを純希(主人公)が救う物語と、純希と、彼の本当の想い人であるうみとの物語に分かれるかと思います。
前者の方は三人の少女たちの物語ですが、その内容はどこか似ているように感じました。
桜風うららは好きだった人に裏切られ、妹を傷つけた。
朝凪こなつは好きだった人に裏切られ、世界を呪った。
桐一このみさんの場合は相手はまともな人ですが、親友の恋人で、どのヒロインも好きな相手とは結ばれていません。彼女たちの弱さはもしかしたらもどかしい印象を与えるかもしれません。ですが、彼女たちは理解しています。自分たちが弱いことを。自分たちが逃げ出したことを。だからこそ胸に響くものがあるのだと思います。
個人的に桜風うららさんのお話がよかったです。
設定と言いますか、「うらら」が妹で、その完璧超人ぶりもすべて妹のことだったというのはとてもよかったです。
朝凪こなつさんのお話は……お話自体はよかったのです。個人的に残念だった点は、設定上仕方ないのですが「こなつ」のキャラが記憶が戻ってからほとんどなくなって普通の女の子になってしまったこと。「朝凪」は「こなつ」が休止状態でも出てきたけど、こちらも終盤ではほとんど個性がなくなっていました。本物の「朝凪こなつ」にいたっては最後に出てきただけで、理屈はわかるのですが個人的に「こなつ」と見ることができませんでした。
桐一このみさんのお話は、物語はもどかしかったですが、親友の「なつき」のキャラクターがすごくよかったです。エピローグでも現実の「なつき」は「なつき」でした。気になる点は二つ。「いじめ」に関して。最後にこのみさんが真実を語る勇気を持つのですが、それだけでいじめが終わるとは思いません。むしろ普通に考えたら今度は二人がいじめの対象になると思います。いじめる側には善悪の概念などないのだから真実など関係ないはずです。
もう一つの気になる点は、なつきの恋人です。なつきがいじめにあっている間、何もしなかったのでしょうか。個人的にはなつきの恋人はそんな人間ではないと思います。なんといってもなつきの恋人なのですから。つまりこれは描写されていないだけで、何かをしていたということでしょうか。それともなつきとはクラスが違い、なつきが隠していたということでしょうか。その答えなら納得できます。
そして三人とは別の、「うみ」さんの物語。
この優しい世界そのものと言えるうみさんの存在と彼女を愛する主人公の物語はとてもよかったです。何よりもその一途な想いに胸が打たれました。それにうみさんのキャラクターもすごくよかったです。
すべて物語を通して、一番残念だったのは、ラスト。
主人公が死んでしまうこともヒロインたちと結ばれないことも全然構わないのですが、主人公の描写がまったくないことが残念でした。たとえ死ぬ直前の場面であっても、ほんのわずかな瞬間であっても、その瞬間の描写がほしかったです。エピローグが少女たちの現実のお話であってもいいので、エンディングの前でもいいので、主人公の物語の最後があったら……そんなことを望んでしまいます。
と、マイナス点を挙げましたが、全体的に質の高い物語でとても面白かったです。
何より主人公が久しぶりにとてもよかったです。
もしもこの物語でたった一つ願いが叶うのなら。
うみさんと主人公がずっと一緒にいられる未来を……。