ErogameScape -エロゲー批評空間-

yujitさんの赤線街路 ~昭和33年の初雪~の長文感想

ユーザー
yujit
ゲーム
赤線街路 ~昭和33年の初雪~
ブランド
C-side
得点
85
参照数
475

一言コメント

赤線の歴史に興味を持って、このゲームの存在を知りました。そっちから入ったせいもあるからなのかもしれませんが、心を打つ作品でした。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 もともと私は、古い町並みの写真などをネットで見るのが好きで、その一環で赤線や遊郭の歴史に興味を持ちました。youtubeに赤線だった地域の写真のスライドショーがアップされていて、そのBGMに薬師るりさんの「鳥籠に見た夢」が使われていたことをきっかけにこのゲームを知り、未開封の中古品をネットオークションで落札してプレイしました。初めての美少女ゲームでした。

○世界観・シナリオ
 感想としては、「つい50年前まで、日本にはこんな場所があったんだよ」ということを伝えたい制作者の思いが強く感じられました。そして、少年の成長物語という主題もきちんと描いていたと思います。「成長を見てとれない」という意見も書かれていましたが、ストーリー中で流れる時間はわずか3か月ほど。「鳥籠に見た夢」の歌詞の最後に出る「心を守るだけの強さ」を手に入れるくらいの成長は到底無理です。「自分が大人になったつもりでしかなかった」ということに気付けただけでも、十分成長と言えるでしょう。 
 一方で、登場人物の心象描写、なぜこのような行動をするのかという点については掘り下げが不足しているように思いました。静枝さんがなぜ外の世界で生きることに抵抗していたのか、楓香があと1~2か月もすればなくなる薫屋になぜそんなに執着するのかといったことは、回想をもっと充実させて過去のエピソードを丹念に描く必要があったかと思います。ただ、「男の人にはみんなああなのよ」と千尋さんから評価されていた静枝さんが真之に対して抱く心情の変化があまり描写されていなかったことは、むしろ読み手の想像に開かれている感じがして悪い気はしませんでした。また、反目し合っていた真之と卓の変化はそれなりに描いていたと思います(特に、2周目から見られる卓と方丈の会話で決定的に描いていて、グッときました)。
 ところで、卓さんがヤクザに見せた写真の正体が誰なのかは分からないままでしたね。伏線にしようとしたけど、回収できなかったということでしょうか。

○グラフィック
 当時の赤線地帯に特徴的な「カフェー建築」をしっかりと描いていると思います。また、玉柳は「イメージ的には銀座の近く」ということのようですが、繁華街の背景に出てくる都電の系統番号がちゃんと銀座を走っているものになっていたことはびっくりしました(その一方で、薫屋の隣に「入谷」と書いてある看板が見えるのは気になりました。入谷の辺りの方が、吉原の近くですし、ああいう小さな赤線街があっても不自然ではないのですが)。
 登場人物の造形はきれいですね。二次元の女性にこんなに心惹かれるとは思いませんでした。一枚絵では、静枝さんのお茶のシーン、千尋さんの洋食屋さんのシーン、そしてヒロイン3人の鳥籠シーン(鳥籠に見た夢がかかる場面)、最後の結ばれるシーンが特に好きで、写真鑑賞モードで何度も見ています。

○声、BGM、音楽
 美少女ゲーム声優さんの声を初めて拝聴したのですが、ストーリーに引き込まれる演技だったと思います。静枝さんの声には賛否あるようですが、幼さの中に母性を感じる声で私は好きです。
 BGMはどれも素敵ですね。特に、エロシーンで流れる「居場所」、感動的なシーンで流れる「上を向いて」、ヒロインとの甘い時間で流れる「淡いひと時」が好きです。「居場所」は、三味線なども入り、遊郭や赤線の退廃美を表現していると思います。
 音楽では、メインテーマ・挿入歌の「鳥籠に見た夢」が特によかったです。華やかな赤線地帯の影を表すかのような曲調、ゲーム全体の主題を凝縮したかのような歌詞、共に素晴らしいです。

○キャラ
 ヒロイン3人とも素敵だと思います。優しい静枝さん、天然キャラだけどまっすぐな楓香、人間味あふれるお姉さんの千尋さんとそれぞれの魅力があると思いました。母親探しの件がひと段落してからヒロインとの恋愛エピソードが入ってきますが、楓香と千尋さんの話がそれぞれ面白かったです(静枝さんのエピソードでは主人公との恋愛よりも共通ルートのストーリーを展開させることに主眼がある感じだった)。ただ、どのルートでも結ばれるまでの過程の描写は少なく、いつの間にか恋仲になっているところは気になりました。ヒロイン3人と結ばれる契機を考察すると次のような感じでしょうか。
・静枝さん・・・終盤で真之が助けたこと
・楓香・・・下働き仲間として一緒にいる時間が長かったこと。買い物やバタバタの修理のときに二人で一緒にいるという記述にニンマリしました。
・千尋さん・・・やっぱり、母親のお見舞いでしょうか。でも、「あなたのそういうとこ、嫌いじゃないわよ」というセリフからすると、薫屋に居ついた初期から心惹かれていたのかもしれません。それから、千尋ルートでは真之が実家に行こうとしていたのには、「いつの間にそんな関係に発展していたんだ」とびっくりしました。

○Hシーン
 熱でうなされた真之の筆おろしシーンとバタバタの調子が元に戻るまでの青姦の二つを筆頭に、「なぜ、このタイミングで始まるの?」というシーンが多いように思いました。「エロゲだし、赤線が舞台だし、娼婦がヒロインだからとりあえずやらせておかないと」という感じで入れているように思ったのです。
 また、当時の赤線で3Pができたのか、潜望鏡プレイをやっていたのか、緊縛プレイをやっていたのかなども気になりましたし、80年代にアダルトビデオで広がったとされる体位での性交渉シーンにも違和感がありました。回想モードでストーリーから切り離して見ると、プロのテクにそれなりに興奮しましたが。

○考証
 売春防止法が赤線で働く女給という当事者の思いから離れたところで制定されたこと、業者が政治家に賄賂を贈っていたことなどの史実を踏まえたストーリーになっていると思いました。また、赤線の最後はお客さんが来なくなってひっそりというのも史実通りのようです。現在では吉原に遊郭の本ばかりを集めた本屋ができたり、赤線の歴史などをまとめた本やサイトもたくさんあったりしますが、このゲームの発売当時はまだ資料が少なく、調べるのは難しかったと思います。よく頑張ったのではないでしょうか。
 しかし、用語集で説明されていた昭和33年の初雪の日以外にも、考証の面で「おや?」と思ったことがちらほらありました。
・東京の赤線は、警察の指導で、法人営業の店は1月31日、個人営業の店は2月28日までに閉店させられています。薫屋の経営母体は法人のようですから、本当は1月31日で閉店しているはずです。ストーリー中では3月になっても春めいた描写が全くなく、雪の日も多いのは史実に近いかもしれません。
・赤線の女給は当時も18歳以上でなければならず、その上、新規の女給を雇い入れることは警察がもう認めてくれなくなっていました。そのため、店に出たいという楓香の願いは薫屋をつぶしかねない危険な望みでした(楓香は、両親の顔を知らないことから考えて、終戦時どんなに上でも3~4歳でしょうから、昭和33年現在は16~17歳くらいかと)。静枝さんは「もうそういう時代じゃない」、「世間に顔向けできる仕事をしてほしい」と言っていますが、店に出せないもっと大きな理由があったのです。でも、街娼をやることも辞さない楓香であれば、「摘発されるからあきらめろ」と言っても暴走するのは仕方ないでしょうかね。
・真之が実家に電話するシーンがありますが、当時の市外通話は予約をして回線を確保するという衛星中継並みの手間がかかりました。そのため、電話をかけてすぐに父親が出るというのはあり得ません。
・割烹着って、あんなメイド服のような感じでしたっけ?

 2019年現在、生きていれば真之や楓香は70代後半、静枝さんや千尋さんは80代後半、卓さんや平間さんはさすがに鬼籍に入っているでしょうか。高度成長、バブル経済とその後の崩壊など昭和と平成をどう生きていたのか、アフターストーリーを見てみたいです。
 全体的には、エロを描写するよりも、制作者にはもっとやりたかったことがあるのかなという感じです。スタッフ座談会で薬師さんが「誰を主人公にしてもちゃんとしたストーリーになりそう」、「まるで映画みたいな造り」と評しているように、主人公がいてヒロインを攻略するという美少女ゲームよりももっとふさわしい表現手段があったような気もします。考証をもっとしっかりした上で、赤線に関わった人々がどのように時代に翻弄されていったのかを描く社会派群像劇としてよみがえることを願います。