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ysm0624さんの白昼夢の青写真の長文感想

ユーザー
ysm0624
ゲーム
白昼夢の青写真
ブランド
Laplacian
得点
89
参照数
439

一言コメント

ここ数年エロゲーはまったくプレイせず、非18禁作品も数えるほどしかやっていない自分ですが、2020年にこのレベルの作品が出ているのであれば、エロゲーもまだまだ終わってないのかな、と思える作品でした。CASE-1~3はどれも短編として出来が良く、各プレーヤーにとって何かしら好きな物語、共感できる部分は出てくるんじゃないかと思うし、これらの物語の展開、キャラクターの造形のすべてが意味のあるものとしてCASE-0に繋がっていく構成は見事でした。8曲あるボーカル曲、ムービーは印象に残るものが多く、絵も綺麗で全体としてのクオリティは非常に高い。ただ、CASE-0を最後までプレイしてみると、名作と言ってしまうにはちょっと物足りないかな、と感じてしまう作品でもありました。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

CASE-1~3は主人公とヒロインと、あと少数の限られたキャラクターだけの狭い世界の物語ですが、どれも出来が良かったですね。3つの物語において、主人公とヒロインは皆、何かしら社会の中での生き辛さを抱えています。それがお互いと出会うことで少しずつ変わっていき、希望も見えてくるのですが、最後は別れという結末はどれも共通しています。しかし、それぞれの物語の舞台、時代設定は全く異なっていますし、ヒロインは皆個性的で既視感はなく、物語としても、ありきたりな展開をあえて外しているんじゃないかと思われる部分もありました。短編ということもあり、途中で飽きることはなく、この世界をもうちょっと見ていたい、というところで終わっていきました。

CASE-0ではCASE-1~3の物語はすべて世凪の創作であり、将来の認知症を見越して海斗への想いを込めて書いた作品であることがわかります。CASE-1~3のヒロインは皆、世凪の一部なんですよね。世凪の持つ生来の明るさや、時々悪態をつくところはCASE-3のすもも、時には大胆に海斗に迫り、自分の思いをはっきりと口にするところはCASE-2のオリヴィア、自分と父を捨てた母に対する憎しみや、ずっと側にいたのに自分を忘れ母のことを想う父への複雑な感情はCASE-1の凛、というように、単なる劇中劇にとどまらないキャラクター造形は見事だなと思いました。CASE-0での創作の順番はCASE-3、CASE-2、CASE-1、となる訳ですが、最初が一番明るく、徐々に暗い物語になっていくのは、世凪の心情がよく表れていました。

ただ、物語への没入感が高かったのは、青年期に世凪が自分の秘密を海斗に打ち明けるぐらいまでだったかな、と思います。現実世界がモデルで短編のCASE-1~3と違い、CASE-0は完全なSF世界でそこそこ長編なんですよね。それなのに描かれる人物は主人公に近いごく一部のみ、というのはCASE-1~3と変わりません。上層・中層・下層という身分制度は分かっても、一般的な上層民、中層民というのはほとんど描かれないので、彼らがどのような暮らしをしているのかいまいちピンときません。また、海斗の同僚となる研究員、海斗研のメンバーは、セリフすらほとんど出てこないので存在感がありません。唯一、立ち絵と声付きの入麻という友人兼主任研究員がいますが、特に人物に対しての掘り下げがなく、中層の研究員の家に生まれた悪意のない友人キャラ、というだけでしかありません。CASE-1の渡辺のモデルなのだと思いますが、渡辺の方がずっと人間味があって良いキャラでした。

また、終盤世凪の認知症が発症し、海斗が研究の中止を告げると、遊馬が突然裏切って世凪を拉致して実験を強要、外科手術で脳の一部切除まで行ってしまいます。海斗の一番の理解者で同志だったはずの遊馬が、わかりやすい伏線もなく、突然このような暴挙に出る展開は唐突に感じました。その後、遊馬から記憶を追体験する形で動機が明かされますが、物語の中で自然に理解していくものではなく、ただ設定を聞かされただけという印象で、これまでの話は何だったのか、という気持ちにさせられました。遊馬の話が本当ならば、紫外線に強い体を取り戻すというアプローチはほとんど意味を持たない訳ですからね。中層の研究員はそこそこ優秀なはずですが、そんなことにも誰も気づかなかったのでしょうか。

遊馬の真の目的である、基礎欲求欠乏症という病気の設定も、明確になっていません。海斗の母や里桜、その他作中の描写によると病状は少しずつ進行するのが通常のようですが、幼少期に地上に上がり突然死したシャチは何だったのでしょうか。強い欲求を満たすと突然死もあり得るということなのでしょうか。シャチはあの性格からして上がっただけでは満足せず、次々に新たな欲求が出てきそうな気がしますけどね。

そんな感じでCASE-0は長い割に描写不足や乗り切れない部分があり、そこが名作には届かないという印象になりました。描き切るにはこれでもボリュームが足りなかったでしょうか。それでも、海斗が世凪の秘密を知り、それでも受け入れ一緒にいようと決意するところや、遊馬の外科手術で脳を切除された世凪を、海斗が出雲と協力して自我を取り戻し、それでも本人にはなりきれず、最後は再び世界になることを選ぶ心情など、なかなか感じ入る作品ではありました。エピローグも、蛇足という意見もありますが、各物語の幸せな結末が見られて読後感は良いですね。Into GrayのED editも余韻を残します。Steam版で追加されたおまけシナリオはショートコントみたいなものですけどね。

不満はあれど、このレベルの作品が出るならエロゲーもまだ終わってないのかなと思いました。自分は本も読むしアニメも時々見ますが、ノベルゲーには他にはない魅力があるんですよね。絵と音声で世界観に入りやすいながら、文字主体であるため物語を深く理解することもできる。Laplacianの作品をプレイするのは初でしたが、今後の作品にも期待したいです。あと、本作は声優の演技も印象的でしたね。ヒロイン役の浅川悠といえば、個人的には2002年発売のEver17のつぐみの印象が強く、それ以外でもあやかしびとの薫やWHITE ALBUM2の麻理など年上系ヒロインのイメージしかありませんでした。今ではそこそこベテランだと思いますが、ここまで違和感なく演じられるとは、声優ってすごいなと思わせられました。こういうのもノベルゲーの魅力ですね。