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ysm0624さんのあけいろ怪奇譚の長文感想

ユーザー
ysm0624
ゲーム
あけいろ怪奇譚
ブランド
シルキーズプラスWASABI
得点
83
参照数
1263

一言コメント

前作より大幅にボリュームが増して多様な物語が展開されるというのは、確かに評価すべきことである。けれども、オールクリアしてからこの作品のしたかったことは何だろうと考えてみると、メインルートとその他では別作品のようであり、全ルート合わせてこその『あけいろ怪奇譚』だ、といった一体感はあまり感じられない。結局のところ、分岐がいくら増えたとしても主題は一つの大きな事件であるというのは、前作と同じである。これが、このシリーズの魅力でもあり、欠点でもあるのかなと思う。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

最初からネタバレ全開につき注意




















葉子ルートでは、美里の死というショックの大きい展開からの立ち直り、仲間との別れ、そして人外として生きる道が示される。
るり&るかルートでは、逆に霊の見えない人間として生きながら、社の一族で記憶を共有していくことで信仰を維持・拡大し、生を全うする感動的なラストが描かれる。
美里ルートでは、決して表面的・一過性のものではない美里の愛の深さが実感できる。
ベルベットルートでは、社がベルベットと契約を結ぶことで、ベルベットの生への悩みを開放し、生きる目的と死に場所を与えることができる。

各ルートはそれぞれ関連性があり、例えば美里ルートをプレイすると、他ルートで美里が社に冗談めかして言っていた愛情・性欲表現は結構本気なのだなと分かるし、ベルベットルートをプレイすると、他ルートで葉子が言う未練はこういうことだったのだなと分かったりする。

このように、ルートごとのテーマを持ちながら作品世界・キャラクターの掘り下げをしてくれるのだが、以上の4ルートでは本作のメインである『旧校舎の幽霊』の本質についてはほとんど踏み込まない。これに正面から向き合うのが佳奈ルートである。ただし、佳奈ルートでは事件の完全解決は先送りにし、『学校の守人』を七不思議に加えて対処しようという、前向きだけどもちょっぴりビターな結末にとどまる。

全てを明らかにし、完全解決するのは全ルートクリア後に開放されるTRUEルートまで待たなければならない。TRUEルートでは望からのデートの誘いに乗ってしまうことで、朱子と望の死までの真相が明らかにされる。そこで見せられるのは、読んでいて気分が悪くなる悪意の応酬、どうしようもないクズ人間であった。特に望のいじめ描写は、集団で囲い込むことでいじめを見えにくくし、役割分担して正当化することで、本人にも自分が悪いのではないかと思わせてしまうという巧妙さにはリアリティがあり恐ろしかった。

そんなクズ人間たちも最後は改心して和解する、という安易な結末にならず、決別する道を選んだのは筋が通っていて良いなと思ったし、成仏していく朱子と望を見ると、やっと本人にとって一番望ましい形で終われたと安堵できた…のだが、その一方で、結局この作品って何がやりたかったんだろうという思いも生まれてきた。

というのは、この作品のメインは何かというと、もちろん『旧校舎の幽霊』の呪いを解くことだと思うが、それだと佳奈ルートとTRUEルートだけで十分だからだ。演出の力の入れようを見ても、やはり一番やりたかったのはこの話なのだと思う。他ルートがいらないという訳ではなく、別の役割を果たしているのは前述の通りではある。けれども、『旧校舎の幽霊』の呪いの本質には踏み込まず、TRUEルートの布石になったりもしていないので、全ルートあってこそのTRUEルートだ、という感じはしない。

だからと言って、全ルート佳奈ルートのような展開になれば良いということは決してない。もし仮にそのようにしてしまうと、ボリュームは大幅に減り、個別ルートがおまけでしかないという前作と同じ不満が生まれてしまい、キャラの濃さや物語の密度は前作よりやや弱い感のある本作の評価は前作以下になってしまうのではないか。

このように、一本筋の通った物語があるというのが、このシリーズの魅力でもあり、欠点でもあるのかなと思う。筋が通っているからこそ、メインの要素を各ルートに分解して入れていくというのが難しく、一つの物語に入れ込むしかないのかなという気がする。こういう物語は、例えば『シンソウノイズ』のように基本一本道の作品にして、事件を小出しにしてヒロインの掘り下げも行いながら、要所で分岐していく形式が合っているのではないかと思うがどうだろうか。

あと、他の要素で言えば、前作キャラの使い方は良かったと思う。お助けキャラとして出てくるのは本当に必要な時のみだったし、それでいて加賀見家の団欒は印象的で、伊予の悪戯好きかつ廃人ゲーマーでありながら、ここぞという場面では真面目で厳しい所や、葵の気まぐれで芸達者な声変化等を見ていると、何だか懐かしい思いがした。前作ヒロインも、由美が出版社の編集さんとして働いていて、真とまた交流を持ち出したこととか、梓がベルベットルートエピローグで葛城霊能探偵事務所に電話してきたこととか、姿や声はなくても生きたキャラクターとして感じられた。その他にも前作の事件が寓意的に語られたり、変態Mおじさんの名前が出てきたり、と前作プレイヤーとしてはいろいろ反応してしまい、前作を再プレイしたくなった。

発売から1年以上経ってからシリーズ2作をプレイしたが、このシリーズのキャラクター、世界観には独特の魅力がある。できれば、もう1作ぐらいこの世界観を共有した作品が欲しいと思う。FD等ではなく新作として。
個人的には、出番はごくわずかながら猫又のつくねさんが印象的だった(もっと出番があっても良かったんじゃないか)ので、動物霊を多く登場させてみても面白いんじゃないかと思いますがどうでしょうかねえ。
もし新作が出るなら、今度は半額セールまで待たずに発売直後に買います、多分。