どんな話で、どんな結末になるのか…。そんなことは分かり切っていたはずなのに、何度も心を揺さぶられ、止めどころなく最後までプレイしてしまった。全体的な密度の高さは本編以上とも言える。正直、本編だけで十分綺麗にまとまっているんだからこれ以上追加しなくても良いじゃないかという思いもあったが、ここまでのクオリティで出してくるなら文句の言いようがない。ファタモル本編をクリアしてこれをやらないのはもったいないでしょう。
本編をプレイしてから2年以上。人気投票ミニゲームをやって、サントラ買ってからは、サークルの情報を調べることも少なくなっていた。アクセサリーやらドラマCDといった関連商品には興味が持てないし、新作を出しそうな気配もない。その間に他に面白い作品をいくつもプレイしていたし、本編クリア時の熱は完全に冷めてしまっていた。
そんな時に知ったFDの話。やっと出るのかと期待する一方、蛇足になるんじゃないか、熱も冷めた今になって買う必要があるのか、と買い渋る気持ちもあり、様子見にしようと思っていた。しかし、発売後の評判を調べると、相当な高評価の連続。これは様子見している場合じゃないと思って買ってプレイしてみると、そこには本編以上に心揺さぶられる物語が待ち受けていた。
ヤコポの過去話なんてどんな結末か最初から分かっているんだから、あくまでもサブ的なエピソードに留まるだろうと高をくくっていたが、それは大きな間違いだった。2年も間が空いたことで忘れてしまっていたが、これだけのものが作れるサークルだったからこそ、当時あれだけ熱中することができたのだ。
※ここからはネタバレなので一応注意
とはいえ、最初から完全に乗り切れていたかというと、そういう訳ではない。前編はジェレンという新キャラによって日常シーンがかき乱され、ヤコポとモルガーナの関係にも大きく影響を与え、物語を動かしていくことになる。後編へと続く悲劇の前振りとして、これはこれで面白くはあったのだが、
「こういう辛い過去を持ちながら底抜けに明るいキャラを持ってきて、モルガーナと対比させるのね。悪くはないけど何だか作為的だなあ」
なんていう穿った見方もしていた。
また、エロゲとあまり変わらないようなギャグシーンもあり、苦手な人は苦手だろうし、特に本編を文章が中世の雰囲気に合わないだとかいって低評価している人(そういう人がアナザーをプレイするはずもないが)の恰好の批判対象になりそうだとも感じた。
(まあ、自分はそこは大したマイナスポイントではないと思っているけどね。これは文学作品ではなくあくまでノベルゲームなのだから、このぐらいのエンターテイメント性はあってもいい。)
そんな感じで読み進めていたので、前編最後の展開には驚かされた。ジェレンはつらい境遇でも前向きに明るく生きる健気な少女ではなく、最初から狂っていて悲しみを感じる心がなかったと。ただの不幸な少女ではなく、何かしら隠されたものはあるのだろうとは思っていたが、この結末は予想していなかった。
もっとも、最初から狂っていたということ以上の理由付けはないので、答えとしては滅茶苦茶だ、ご都合主義だとも言える。けれども、幕間における過去の話やバルニエとのやり取りによって、彼女が確かに存在したという事実と、彼女なりの思考を生々しく感じることができた。バルニエにしても同様で、ただの悪党、狂人ではなく彼なりの人間性を残したままであった所が興味深かった。
後編については…あまり詳細には語る気が起こらない。前編では紆余曲折を経て、モルガーナも大分心を開いてヤコポとの関係も進展してきたというのに、襲撃事件に一気に平和が壊され、ヤコポが領主になると、そこからもう二人の関係が進展することはない。話としても悪くなる一方で、ヤコポの思いは民衆には一切伝わらない。それでも前半はいずれ良くなるという兆しがなくもなかったのに、グラシアンによる暗殺未遂から執政・オディロンの死によって、事態は取り返しがつかない方向に進んで行ってしまう。
それ以降も、ちょっとあれがどうだったらとか、このキャラがこういう行動を取っていればとか、最後の悲劇を回避できる道はいろいろあったんだよなあ。作者の手のひらで踊らされているのはプレイしている側も十分承知しているのにも関わらず、何とかできないものかと物語にますます引き込まれていった。こういうのがこの作者のうまい所なのだと思う。
ヤコポの心理描写も秀逸で、人間誰しも持っているような心の負の部分とか、どうしてもうまくいかない絶望感に非常に感情移入することができた。シナリオ面における鬱描写に惹かれた作品は他にもあるけれども、絶望に至る心理描写そのものにこれ程惹かれたゲームはない。自分の中で匹敵するものといえば、本編の感想でも挙げたものだが、フリゲRPGの「Seraphic Blue」しか思いつかない。
思えばファタモルとセラブルって結構似ている所があるんだよなあ。非18禁でありながら殺人や虐待等のグロ・鬱描写があったり、娼婦が主要メンバーにいたりして実質18禁のところとか、「生まれてきて御免なさい」的な絶望とか。まあ、結局のところ残虐描写さえ許容できるなら万人受けしそうな綺麗な物語といえるファタモルと、とても綺麗な物語とはいえない、ましてや万人受けするなんてあり得ないセラブルとは全然違うといえば違うんだけどね。でも、2つをプレイした人なら、分かってくれる人もいる…かもしれない。
ちなみにセラブルは今でもディレクターズカット版がhttp://winter4th.web.fc2.com/dc/dcabout.htmで入手できます、と宣伝してみる(笑)
話が逸れてしまったが、アナザー本編はこれで終わりにして、あとはサブエピソードについて少し。
「アセント・デリ」はプレビュー本で読んで話は知っていたが加筆がされ、ゲーム化されたことで説得力が増していた。イメオンは良いキャラだ。本当は自分を追い出した家族を呪いたいと言う負の感情があったというのが、何ともファタモルらしい。
「滅びゆく物語に」は初プレイだったが、ちょっとした話だけど興味深かった。1章のローズ兄妹は碌な死に方をしないし、ユキマサは相変わらずの超危険人物だし、エメは最後まで非道だった、と。
「アフターハッピーエンド」は一番つまらなかった。ただのリア充。でも爆発はするな(笑)。
最後のボーナストラックは、ヤコポが救われる可能性が示唆されていて良かった。モルガーナへの思いは作中で一番だったはずなのに全く振り向かれず、舞台裏での弄られキャラだけで終わってしまうのはさすがに残念に思えていたのでね。
という訳で、やってみたら非常にハマり、ファタモルの凄さを再認識できたFDだった。新規BGMもいくらか印象的なものがあり良かったし、CGも朝焼けのところなど印象的だった。とはいえ、もうファタモル関連にはこれ以上掘り下げる価値のあるネタが残っているとは思えないし、あっても蛇足になる可能性が高そう。そろそろ新作を考えてほしいというのも確かである。これについては今後に期待したい。