ここでの評価が異常に高いのでやってみたら、期待の遥か上を行く作品だった。何というか、ものすごく鬱な話だったなあ、でも最高に楽しかったなあ(無理矢理ポーリーン風)、という感じ。各章一つずつの話だけでも良作短編となり得る出来なのに、それらに散りばめられた伏線が中盤から少しずつ回収され、ラストにすべてがまとまっていくさまは圧巻だった。長文感想は途中までネタバレなし。
1章から4章までは、公式サイトに出ているように、館にまつわる過去の悲劇を館の女中に見せられることになる。これらの話はいずれもキャラは多くなく、悲劇で終わるということが分かっている。そのため、各キャラの立ち位置が決まってくると、大体こういう話になるんだろうなあ、という予想が付いてしまうことは否めない。それなのに、すべての章において、中盤から終盤にかけて急展開やら驚きの仕掛けが用意されており、飽きさせない。この一つ一つの章だけで金がとれるレベル、というのはさすがに大げさだが、フリゲ基準で見るならば良作扱いされてもおかしくない出来だと思う。体験版では2章までプレイできるので、最終的にこの作品を買うつもりがない人も、暇つぶしにやってみてもいいんじゃないかと思うぐらい。
5章から先は何が語られるか、というのはネタバレになるのでここでは伏せるが、物語の真相にどんどん迫り、悲劇としての重さも増していく。今までの伏線が回収されていく一方、新たな謎も出てくる。世界観も更に掘り下げられ、この世界から離れられなくなる。
最終章では、これまでの章の話がすべてつながり、何もかも意味があったのだということが分かる。後半で語られる話だけでなく序章的扱いである4章までの話でも、こんな意味があったのか、こうつながっていたのかと続々と判明していく。このカタルシスはたまらない。そしてラストには、これまで散々な悲劇を耐え続けてきたからこそ分かる、筆舌に尽くしがたい感動があった。
この作品のすごい所は、そのすべてがつながる一体感だと思う。序盤をプレイしていた段階では、一つ一つの話は多少のつながりはあっても、過去のエピソードとして基本的には独立しているものなのだろうと思っていたが、全然違った。そして、意味深に描かれていたものには悉く意味があった。そのために、クリアした後、あれは何だったんだろう、といった疑問はほとんど残らない。まあまったくない、という訳ではないけれども、サークルのブログを見ると、曖昧にぼかしたものとして、それはそれで納得できるものだった。
いずれにせよ、最高に楽しめた作品だった。少なくとも、自分がプレイしてきたノベルゲームの中では1番。それは、今まで他に100点を付けていた作品をすべて90点台に下げてしまったほど。それまでの作品だった。
あと、音楽について。楽曲数が65曲で、うち歌曲(ほとんどポルトガル語によるもの)が35曲で、質も量も申し分ないというのは言うまでもない。ただ、5章から7章あたりで多用された『They are crying』。これ、結構人気ある曲だそうだけど、個人的には毎回ベートーヴェンの月光ソナタ第一楽章を思い出してしまって乗り切れなかったなあ…。
なお、この作品には現状で、発売前に出た『霧上のエラスムス』と発売後に出た『セブンスコート』という2つの派生作品があって、どちらも『ファタモルガーナの館』のキャラを使いながらまったく異なる物語になっている。ただ、全部プレイするつもりならば、公開順に『霧上のエラスムス』、『ファタモルガーナの館』、『セブンスコート』の順でプレイするのが一番良いと思う。というのは、『霧上のエラスムス』では『ファタモルガーナの館』のネタバレを避け、あるいはミスリードを誘うような描き方をしている部分があるため、『ファタモルガーナの館』を先にプレイして思い入れの強い自分としては、違和感を覚える部分が結構あったということがある。一方、『セブンスコート』は直接的なネタバレはないものの、最後までプレイした者向けのネタがいくらかあるので、後の方が良いだろう。
ちなみに、『霧上のエラスムス』はフリーの通常版で満足せず特別版まで買うことを強くお勧めする。自分は通常版の範囲では、やや期待外れという感じで70点前後の点を付けようかという感じだったのを、特別版で追加されたサイドストーリーを読んで80点に上げた。エロスケでの点数が低めなのも、通常版しかプレイしてない人の評価も含まれているせいじゃないかと思うので。ただ、それでも自分は『セブンスコート』の方が好きだったりする。これはエイプリルフール企画作品のはずなのに、その内容は『霧上のエラスムス』と同等以上。大げさにも、『セブンスコート』をやるためにも『ファタモルガーナの館』をやれ、と言いたくなるほど。
以下、『ファタモルガーナの館』についてネタバレ全開で思ったことを適当に。
1章の壁の絵からの急展開、2章のべステアの正体、3章のマリーアの本性にはすべてやられました。途中で気付いたり予想が付いた人もいるだろうけど自分は全然駄目だった。まさに女中の罠にかかったという訳ですな。そして4章。今までの章と比べてえらく単純でボリュームも少ないなあと思ったら、履歴がおかしいことも含めそういうことだったのかと。「自分を取り戻す」の選択肢を選び続けて5章につながる流れは非常に熱くて良い。
そして5章から先では表に出てきた主人公=ミシェルとヒロイン=ジゼルの真の悲劇が描かれる。内容は重くなる一方、このあたりから主にミシェルとジゼルの夫婦漫才によるギャグ要素が所々見られるようになる。自分としては悲劇の合間の気休めとして結構好きだったのだけれども、あまりに俗っぽすぎるというか普通のギャルゲーっぽい感じもして、中世の雰囲気に合ってない気もしなくはない。これは人によってはマイナスポイントかもなあと思う。
ミシェルが唯一心から信じることのできた他人で、かけがえのない存在となったジゼルにさえ明かせなかったミシェルの真実を暴く7章。鬱の程度ではここが1番だろう。再会を誓ったはずの兄に裏切られ、死んだ後十字架に晒されたミシェルの下にやってきた母。男としての自意識を殺し、女として手紙を書くことを強いられつつも、憎むことはできず、愛していた母。その母に自分の子ではない、悪魔だ、と罵られる。そして、
「………母様………。
………産まれて、きてしまって…………。
……………ごめんなさい……………。」
という台詞に至り、ミシェルの魂は砕け散る。この台詞は個人的にフリゲRPGの超大作にして超問題作、そして超名作(だと自分は思っている)の『Seraphic Blue』を思い出す。
「私が生まれて来た事で、
家族は様々な物を失いました。
母が無駄に御腹を痛めました。
多額の養育費が無駄に使われました。
名家の名声に泥が塗られました。
この私の罪を、謹んで御詫び申し上げます。
生まれて来て、御免なさい。」
というアレね。まあそれが何だという話だし、ストーリーの共通性はないのだけど、その鬱具合や、あらゆる周りの人々から存在を否定され、ついに自分は存在してはならなかったのだという境地に至る点では似ていると感じる。望んで生んだのは親だというのにね。
ここで思うのが、あれだけの不幸と絶望を味わっておきながら、ミシェルとジゼルの二人があまりに真っ直ぐすぎるということ。舞台裏でモルガーナに言われているように、何でもかんでも許し過ぎな面がある。もちろん彼らだって簡単に許しているという訳ではないのだが、終盤になると覚醒状態というか、良い人すぎる点がかなり目立つ。だからこそのヒーローとヒロインだ、というのももっともだろう。けれど多少ひねくれている自分としては、非常に人間臭く、悪人とは言えない、でもとても善人というのも憚られる、というキャラばかりの中だと、もう少し彼らの心にも負の側面を見たかったなと思う。もちろん最後はハッピーエンドが相応しいとは思うけれど、BADでもいいから本気でエメやモルガーナを恨んでしまうミシェルとかね。
この真っ直ぐさのせいで、7章から最終章につながる流れでモルガーナを救ってやろうとするのは、ああやっぱりな、と少しテンションが下がってしまった。まあ話としてはものすごく面白いのだけど。このライター、『霧上のエラスムス』や『セブンスコート』では心の闇を最後まで持ち続けた主人公を描いている、ということを考えると、この『ファタモルガーナの館』では悲劇を乗り越えた主人公を描きたかったのかなあ。
そして最終章。このまとまり方はとにかくすごい。1章から3章までの転生したキャラと、元のモルガーナの時代のキャラ。最初は共通する部分はありながらも細かい部分では大分違いそうだな、と思っていたが、進めるごとに悉く同じであることが分かってくる。特にヤコポ。1章から3章の主人公だとヤコポが一番白い髪の娘への想いが強く描かれていたけど、その想いは寸前のところで打ち砕かれてしまう。それには元の時代からの報われない恋があったのだと明かされ、贖罪に至る場面は感動的だった。期限を設けてしまうがために失敗する。そういうところまで同じなんだよなあ。
あと、ちょっとディディエの扱いが悪すぎないだろうか。ディディエと言えばミシェルを肉体的にも精神的にも最期に追い詰めた存在。それなのにその贖罪は、家の名誉のためにやってしまったんだ、というぐらいしかない。そこまで後悔するなら、なぜやってしまったのか、どういう風に追い詰められたのか、という部分も描いて欲しかった。ジョルジュに関してはあのキャラだし、絵画の男としての活躍もあるし、あんなのでもいいかなと思うのだけど、ディディエは真面目な騎士のはずなのに舞台裏でも半ばネタキャラのような扱いだしなあ。そのあたりちょっと残念ではあった。
【追記】人気投票の結果を見ると、ディディエは公式サイトのキャラ紹介にあるキャラ+モルガーナの中で最下位だったが、やっぱりという感じ。嫌われ役ナンバーワンだと思われるエメにも負けるとはねえ。印象が薄いんでしょう。まあ上位に入るような存在にはなり得ないとは思うけれど、このあたり、もう少し掘り下げて魅力のあるキャラとして描いて欲しかったと思うのは自分だけかなあ。
まあともかく、素晴らしい作品だった。ただ自分がプレイしたのはちょっと遅かったようで、ファタモルオーケストラや人気投票などの企画が既に終わっていた。これは泣ける。ただ、これからサントラも出るし、『セブンスコート』のEDによるとFDも出るらしいので、これには期待したい。