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ysm0624さんのアルテミスブルーの長文感想

ユーザー
ysm0624
ゲーム
アルテミスブルー
ブランド
あっぷりけ -妹-
得点
89
参照数
406

一言コメント

江戸湾ズにおいて様々な人々との出会い別れを通じて成長していくハルの青春物語と、一度挫折した空への情熱を再び取り戻す桂馬の物語の二本立て…と思ったら、終盤にテーマを変えてきた。描写不足とはいえ決して失速しているわけではなく、最後まで楽しめたことは確かだが、ハルの成長物語は未完のままで終わってしまったのは非常に残念。描き足せそうな部分も多く残っているし、何とかして続編が見たいところだけど、期待できないんだろうなあ。美少女ゲームらしからぬ年齢層が高めの「大人」なキャラクター達、彼らによって作られる魅力的な世界観がもったいない。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

空を目指す青春物語で、女主人公で、一本道で、中央値80突破の作品で、自分が気に入らない訳がない。そんな勝手な思い込みでプレイした作品でしたが、期待通りに面白い「大人」な作品でした。

女主人公とか一本道って、男主人公がヒロインを攻略することや、ヒロインごとのルート分岐といった美少女ゲームらしさを重視する人なら避けたいのかもしれませんが、ノベルゲーとして話が面白ければそれで良いという自分にはむしろ積極的にプレイしたいジャンルなんですよね。
女主人公であることによって、男主人公ではできないキャラの描き方が可能になります。一本道であることによって、ルートごとに話が途切れたり同じ展開を繰り返したりすることなく、一つの物語に集中することができます。そんな感じで一般の美少女ゲームにはない描写を楽しめることが多いのです。

この作品は、こういう女主人公かつ一本道の特徴をうまく生かしていました。1章から5章までは、田島ハル視点でパイロットとしての成長物語が描かれます。様々な人との出会い別れや、挫折とその克服。これらを通じて、ハルが心身共に成長し、江戸湾ズに欠かせない存在になっていく様子が生き生きと感じられます。ハルという眩しいほどに真っ直ぐな熱血少女というキャラも、功を奏していました。ハルのテーマ曲として使われたラデツキー行進曲がぴったり。物語としても、一章ごとに別々のドラマを見せてくれ、一話完結型で進むので飽きが来にくいです。それでいて、物語が動かずとも、ただ平穏な江戸湾ズの日常を見ていたいと思ってしまう程、魅力的な「大人」たちに囲まれた雰囲気の良さがありました。
(ただし、ハルのキャラ付けはやりすぎの感は否めません。「フンッ! フンッフンッフンッ!」という訳のわからない決め台詞や、「フフフのフ」とかいういつの時代だ、と突っ込みたくなる言葉づかい。正直、これは頭イカレてるんじゃないかと疑いたくなるレベルです。ここまで変な属性を加えなくても良かったと思います。小倉結衣の熱演はさすがですけどね。何度も脳内で呼びかけていた今日子の存在も、必要なかったんじゃないかと。)

※ここからはネタバレ全開なので注意

こうしたハルの成長物語が堪能できる一方、ハルというフィルターを通した桂馬の存在も重要なテーマです。2章あたりまではハルとしてもプレイヤーとしても、やさぐれたオッサンという印象が強いですが、所々見せる心に秘めた悲しみや懐の深さに、ハルは次第に惹かれていきます。5章の「操縦士型閉所恐怖症」の克服過程からは完全に恋に落ちてしまいます。この5章において、ハルが発作を起こした時にアリーが呼び出したのは、いつでも電話をかけて良いと言っていた建夫ではなく桂馬だったのが印象的でした。建夫では役者不足だと、ハルの心を治せるのは桂馬なのだということが強く感じられました。

ただ、成熟した「大人」である桂馬と、「大人」になりたてのハルが結ばれるというのはどうにも違和感があります。5章のラストで突然建夫はハルにプロポーズしますが、果たしてどういう決断をするのだろうかと先が気になっていきます。この段階まできてやっと桂馬の過去が描かれる(6章)訳ですが、これを読むと、いくらハルが桂馬に惹かれようと桂馬と結ばれるなんてあり得ない、とはっきり分かります。あれだけの経験をしてきた桂馬と釣り合うのは、同じだけの経験をしてきた女性、つまりはサラや亜希子じゃなければ駄目だということです。

とはいえ、ハルが建夫と結ばれるというのもおかしいです。ハルから見ても、建夫はただの好青年でしかなく、恋愛してないのは明らかですからねえ。後になって「建夫さんも好きだ」なんてことは言っていますが、それはただ人として良い人だというだけであって、恋愛しているとは全く思えません。ハルの夢であったパイロットを断念してまで、建夫に付いていく価値は見出せません。そのため7章序盤までは、ハルは建夫のプロポーズは断り、失恋を経験しつつも江戸湾ズで成長していくものだと思っていました。

ところが、7章では「人間は、自分を必要としてくれている人のために生きるべきだ」(桂馬の台詞より)というテーマを推してきます。ハルはいくら自分が惹かれていても、自分を必要としてくれない桂馬の下にいることに耐えることができません。亜希子のように、我慢し続けることはできないのです。それなら自分を必要としてくれている建夫と一緒に、江戸湾ズを去りサン・アントニオ共和国に行こうと決心します。この展開は唐突ではありましたが、ここまではまだ納得することはできました。美少女ゲームではどうしても真に愛する人と結ばれるのが一番だ、という風になりがちですが、今作のような「大人」の物語では、こういうビターな選択をすることも一興だと思えたからです。

しかし、これを8章が台無しにしてしまいます。8章では「人には『生きる場所』が必要なのっ!!」(爆弾処理時のハルの台詞より)というように、『生きる場所』というテーマを推してきます。これによって、宇宙から帰ってきた建夫は、自分の『生きる場所』はハルの側ではなく宇宙だったとしてハルに別れを告げます。ハルとしても、自分の『生きる場所』は『サン・アントニオ』でも『クレータ01』でもなく『江戸湾ズ』だったとして、江戸湾ズに戻っていきます。

だが、ちょっと待てよと言いたい。建夫にとって、相手の夢を奪ってまで求めたプロポーズってそんなに軽いものだったのか、と。ただ付き合っているだけなら良いですが、婚約までしている訳ですからねえ。仕事と家族、どちらが大切なのか、またどちらも大事にできるのか、なんてことは婚約する前に考えておくべきことでしょう。

そもそも、建夫というキャラは終始掘り下げが浅いんですよね。ただの好青年でしかなく、それ以上のものはほとんどない。なぜハルを好きになったのか、なぜ夢を諦めさせてまでハルを求めたのか。そういう所の描写が薄いので、8章で何らかの進展があるのだと期待していたのですが、まさか逆方向に終わるとは。非常にがっかりしました。

こうなると、建夫は最初からハルにそれ程想いを抱いていなかったということになりますが、それだと7章の説得力が一気になくなります。「人間は、自分を必要としてくれている人のために生きるべきだ」なんてことを強調してハルに苦渋の選択をさせておきながら、建夫はハルを必要としていなかったのです。こうなるぐらいなら、建夫のプロポーズを断り、最後まで江戸湾ズにいた方がずっと良かったでしょう。桂馬の方でも、恋愛面ではハルの想いに応えることはできませんが、ハルを必要としていなかった訳ではありません。それは、新しい副操縦士を書類選考で落としまくっている(実際に落としているのは亜希子ですが、それに桂馬が大きく関わっていることはJJとの会話で明らか)ことや、ハルとアリーとの別れをサラとの別れと対比的に語っている(自分から行かせたのと、一方的に去られたという違いはあるにしても、この二つを同じ土俵で語る時点で、桂馬にとって大きな出来事であったということ)こと等からもはっきりと分かります。

このような残念な感想を持った理由は描写不足、これに尽きます。建夫についてもそうですが、そもそも物語においてダイダロス計画の掘り下げが圧倒的に欠けています。中盤までハルの成長物語と、過去のイカロス計画を中心に話が展開されてきたのに、最後の最後でダイダロス計画に主役を乗っ取られてしまいます。ライターとしてはイカロス計画だけではなく、ダイダロス計画の結末もしっかりと描きたかったのかもしれませんが、それなら序盤からもっとシナリオに絡めて説明していくべきでした。8章だけに詰め込んだせいで、時間の経過も早く、あっという間にミッションD当日になってしまいますし、環境テロリストの存在も、1章だけで終わらせるには重すぎるテーマです。決して失速した訳ではなく、これはこれで楽しめたのですが、このせいで、物語の締めが中途半端なものになってしまいました。

ハルの成長物語は、今作のみでは未完です。ダイダロス計画という余計なものが入ってしまったせいで、失恋を乗り越えたハルがどうなるのか、桂馬のコパイとして欠かせない存在になることができるのか、といった今作の範囲内で描けた(描くことが期待されていた)はずの結末が描かれていません。

桂馬の物語としては、6章で語られた過去が全てであり、あとはいつもう一度イカロスで飛ぶのか、というタイミングの問題でしかありませんでした。ダイダロス計画に触発されたのか、ハルの影響もあったのか、詳しい動機は語られませんが、最後にイカロスで宇宙に飛び出し、帰ってから亜希子を抱いたことで、桂馬の物語はこれ以上ない終わり方をしました。ずっと近しい存在でいたくせに、8年間一度も手を出さなかった亜希子を抱くことは、ただの肉体関係ではなく、亜希子を特別なパートナーとして選択したということを意味します。過去の傷を乗り越え、夢を実現し、新たな道を進みだした桂馬に、これ以上語るべき言葉はありません。
(余談ですが、ラストの桂馬のイカロス飛行からEDまでが強制オート進行なのはいただけません。ここぞという場面で強制オートを使うこと自体は否定しませんが、ラストのあれだけはあまりに長すぎます。途中でPCの前を離れなければならなくなった場合や、プレイしながら他の用途にPCを使いたくなった場合は、強制終了せざるを得ません。重要なシーンだから演出も台詞も飛ばさずに読んでほしいという思いの表れなのでしょうが、あそこまで長いのは作者のエゴであり、避けるべきでした。)

だからこそ、ハルの成長物語が未完であることが引っかかります。一作でまとめるなら、ダイダロス計画には話を広げず、ハルの成長物語を最後まで描き切って欲しかったです。どうしてもダイダロス計画を描きたいなら、「江戸湾ズ編」と「ダイダロス計画編」と2作に分けて出す、そのぐらいのことはしても良かったんじゃないでしょうか。採算的にできたのかどうかは分かりませんけどね。調べてみるとこの作品は「ライトスタッフ(正しい資質)」という映画が元ネタとしてあって、ダイダロス計画をメインに持ってきたのもその映画の影響もあるようなのですが、そんなことは映画を知らない人には分かりませんからねえ。元ネタがあるのは構いませんが、オリジナル作品として出す以上、元ネタの色を残し過ぎず、別物として昇華させるべきではないでしょうか。


……89点という高得点を付けた割に批判ばかりの感想になってしまいましたが、それは、もっと良い作品にできたはずなのに惜しい、という思いが強いからです。こういうタイプの作品ってなかなかないですからね。女主人公で、出てくる登場人物は(アリーを除き)総じて年齢層が高く、成熟した「大人」ばかり。10代ヒロインなんて何それおいしいの?と言わんばかりの状態であり、20台はまだまだ子ども、30越えてやっと「大人」だ、と。こんな作品他にありますか?
こういうのって、モラトリアムが長引いて、婚期が遅くなっている今の日本にはむしろ合ってるんじゃないでしょうか (笑)

女主人公であることや、エロゲであることを疑問視する感想も見られますが、自分はどちらも必要だったと思います。仮に桂馬を主人公にしてしまうと、過去の話はどこで入れるの、という問題ができますし、多くを話さず背中で語るような桂馬が、主人公として面白いのかは疑問です。ハル視点で見るからこそ、少しずつ桂馬の人となりが分かって惹かれていく過程が楽しめるのです。エロゲである必要性についても、仮に非18禁にしてしまったら、女食いまくりの桂馬や、ビッチばかりの江戸湾ズの女たち(特に娼婦で体売りまくりのマリアなんて完全アウトでしょう)の醸し出す雰囲気が十分に出せたのかは疑問です。

まあそれはともかく、ここまでハマった作品は久しぶりというぐらい、自分の中では当たった作品でした。アーコロジーシリーズと同じく、この魅力的なキャラ・世界観がこれだけで終わってしまうのはもったいないです。ハル、アリーのその後や、桂馬と亜希子の子どものことなど、話を広げられそうな余地はたくさんあるんだけど…もう発売から5年も経っていることを考えると何もないんでしょうね、残念。

また、感想をいろいろ調べてみると、シナリオライターの井上啓二氏のブログで作品の解説をしているというので見に行ったのですが、サービス終了のまま放置されていて見られない…。
そして、Twitterアカウントを調べても、2012年8月以降音沙汰なし…。
放置しているだけなのか、失踪してしまったのか、何か事情があるのか分かりませんが、ここまでのものを書けるライターなだけにチェックしようかと思ったのですが…。これもまた残念ですね。