この作品は、現時点で好きな学園モノのエロゲは何かと問われれば、一番に挙げてしまうんじゃないかというぐらい自分の肌に合っていた。ラブコメ的な共通ルートは楽しいし、個別ルートに入ると一気にシリアスになり、各ルートをクリアするごとに全体像が見えてくるシナリオ構造は興味深い。さらに、キャラ・絵・音楽も魅力的に仕上がっており、最初から最後までほとんど飽きることなくプレイできた作品だった。ただし、良くも悪くも個性の強いキャラが多く、彼らをどのように受け入れていくかで評価が大きく変わってくる作品であることは否めない。
こういういかにも萌えゲーというタイプの作品を自分は普通やらないんだけど、たまたまプレイした同ブランドの『ななついろ★ドロップス』がなかなかに面白かったこと、DL版が半額セールの常連でありよく目にしていたことから、思い切って購入。結果としてかなりの当たりでした。それは、1ルートクリアしただけの段階で、スピンオフ作品の『君の名残は静かに揺れて』と、FDの『Flyable CandyHeart』も衝動買いしてしまった程。もちろん、この作品が名作レベルだという訳ではない。ここでの中央値77という評価もおそらく妥当だろう。それでも、この作品の魅力的なキャラたちが作り出す雰囲気に、できる限り長く浸っていたいと思ってしまうような作品だった。
ストーリは、主人公である葛木晶に、何の心当たりもないのにも関わらず鳳繚蘭学園の入学許可証が届き、そこに書いてある食堂のフリーパスという文面に釣られ、心配する父親を放置し、迷う間もなく入学を決めてしまうという超展開から始まる。そして学園に行く途中で変な占い師に話しかけられたり、橋に仕掛けられた花火の爆発に巻き込まれたり、と変なことばかりが起こる。そして、無事入学した後も、バカイチョウこと、生徒会長の皇奏龍によって引き起こされる様々なイベント、トラブルに巻き込まれる…そんなよくあるラブコメ的な共通ルート。
ところが、個別ルートに入ると一転シリアスになり、SF的な世界構造の中で、なかなかに重い話を見せてくれる。個別ルート自体はさほど長くはなく、1ルートクリアしただけでは消化不良のままで終わる部分もあるのだが、他のルートをクリアしたり、プロフィールを埋めていったりする中で、いろいろ補完していくことができるのが面白い。この作品は複数ライターであり、個別ルートは結構バラエティに富んでいるのだが、このシナリオ構造のおかげで統一感はしっかりと感じられ、違和感はあまりなかった。OPムービーにも入っている、
この場所で、この時間で、見つけた。
普通で、なにげなくて、あたりまえの
特別なもの
という言葉も、作品全体を通してかなり印象的に使われているしね。
ただ、唯一茉百合ルートだけは、一つ目の前の問題は解決できたが、さらに大きな問題が迫り来ているという状態で終わってしまい、その補完が作中にないのが残念だった。しかし、これはスピンオフ作品である『君の名残は静かに揺れて』をプレイすれば、すべて解決される。それならこれを本編で見せてくれよ、とも思わなくもないが、『君の名残は静かに揺れて』を見る限り、この内容を凝縮して詰め込んだとしたら、あまりにもルートの中身が濃くて他ヒロインルートとのバランスがおかしくなるので、これはこれで仕方がないのかもしれない。
そしてキャラはというと、攻略ヒロインは6人と多めで、それぞれに個性がしっかりとあり、魅力的な要素がうまく分散されていた。それぞれの性格・人間関係等は、公式サイトのキャラ紹介で結構詳細に書かれているが、その通りキャラ作りは丁寧にされている印象。とは言っても、万人受けするヒロインばかりではない。特に個別ルートで強烈な印象を残す茉百合は、なかなか受け入れられなかった人も多いんじゃないかと思う。しかし、人気投票を見ると、結果は1位。また、男嫌いで序盤から理不尽にも主人公を排斥しようとするシーンが目立つくるりも、個別ルートの変貌が効いて人気投票は2位。このように、好みが分かれそうなキャラが人気上位に来ていることからしても、キャラ作りは全般的に成功したといえるだろう。「魅力的なヒロインがいるゲーム」のPOVコメントを見ても、ヒロインの好き嫌いが見事に分かれていて面白い。もし人気投票があった時期にプレイしていれば、自分は茉百合にも結構入れたかもしれないなあ。
反面、結衣とすずのは、キャラとしてインパクトが弱かったかもしれない。もちろん、魅力的な部分はしっかりあるんだけど、他と比べるとちょっと…ね。まあ、結衣は最初に出てくるヒロインだし、主人公と二人でハラペコブラザーズとしての存在感は十分にあるのだが、すずのはシナリオの根幹に関わるキャラにも関わらず、出番が少なく存在感が薄め。というのも、個別ルートでも結衣ルートとすずのルートは世界設定の種明かし、という側面が強いので、キャラの魅力や主人公との恋愛模様に割かれる部分が他ヒロインより少ないからだろう。素材としては2人とも良いものを持っていると思うので、このあたり、2人のルートは分量も多くして特別扱いしても良かったんじゃないかなあ。結衣ルートにもシナリオロックをかけて。このせいで、すずのルート終盤は、確かにシナリオは面白く感動的なんだけど、しょーくん(主人公)には他ヒロインの方がお似合いだよなあ、と思ってしまった。これがちょっと残念。
さらにこの作品は、サブキャラもまた個性的だった。生徒会長の癖に全然仕事をせず、主人公たちを散々に振り回す皇奏龍に、その生徒会長をなぜか盲目的に崇拝している、生徒会書記を務めるぐみちゃんこと、早河恵。『ななついろ★ドロップス』のヒロイン、八重野撫子の兄であり、生徒会副会長として奏龍の暴走を止める役割を果たす、八重野蛍。そして、主人公のルームメイトかつクラスメイトであり、物語の様々な場面で活躍してくれるロボット、マックス。彼らにも少なからずドラマがあり、彼らの存在がこの作品世界をより一層魅力的なものにしていたと思う。
しかし、中でも皇奏龍のトラブルメーカーっぷりは散々であり、彼を受け入れることができなければ、この作品全体の評価も下がってしまうだろう。そんな彼も、妹である天音ルートをはじめ、各ヒロインルートを攻略していけば、単なるバカキャラではなく、彼なりに真面目に考えている所も結構あることが分かってくる。とはいっても描写不足な部分もあり、単純に良キャラとは言い難いのだが、昼休みのアレのこともあり、いろいろ想像の余地があって面白い。もっとも、彼が真価を発揮するのは本編ではなく『君の名残は静かに揺れて』の中なので、それを既にクリアしている自分には、そこでの好印象が上書きされていることも否めないが。
あと、サブキャラについて言うとすれば、クラスメイトとして普通の男友人的存在がいても良かったとは思う。というのも、この作品、鳳繚蘭学園内で主人公が関わるキャラは、「ダブル生徒会にまきこまれちゃう!学園ラブコメADV」という公式ジャンルの通り、繚蘭会と生徒会に関係するキャラばかり(ヒロインであるすずのは例外として)。それ以外は名無しのモブキャラが申し訳程度に出てくるだけ。しかし、転校生としてやってきたばかりの主人公が、最初からクラスでも特定の女の子(+マックス)としか話さないというのはちょっと違和感がある。主人公の一週間前に転校してきたばっかりという結衣も、他のクラスメイト話しているシーンはほとんどなかった。このあたり、本筋には関わらないキャラでも良いので、立ち絵と名前付きの友人キャラがいくらかいた方が自然だったんじゃないか、とは思った。
そして、その主人公である、葛木晶。彼もまた好みが分かれそうな人間。最初からハラペコキャラで目立つものの、それ以外では常識的で真面目な主人公…かと思いきや、食欲だけではなく性欲も旺盛で、なかなかの肉食系男子。決して人の気持ちを考えない訳ではないけれど、自分が欲しいと思ったものは、赴くままに取りに行こうとする。実際、「主人公がダメ!」のPOV登録が多めなのも仕方ないとは思うが、逆に言えば、ものすごく真っ直ぐな性格で簡単には諦めず、高い行動力を発揮する人間ともとらえられる訳である。致命的なネタバレになりかねないので詳しくは書かないが、そんな主人公だからこそ、あれだけのヒロインたちを全員攻略できたんだろうし、ずっと待ち続けることができたのでしょう。おそらく、『ななついろ★ドロップス』の主人公である石蕗君のような朴訥な主人公だったら、ここまでの活躍は難しかった。そう考えると、この物語の中で、この主人公のキャラクター性は必要だったといえる部分も多く、石蕗君とは別の意味で良主人公だと自分は思った。
そんな感じで、個性の強いキャラ達を全員受け入れることができた自分は、明るい学園モノらしい雰囲気の良さをそのままに味わうことができたし、シナリオとしても、若干の描写不足は感じつつも、最初から最後まで飽きずに楽しむことができた。今までこのような見た目萌えゲーな作品を敬遠していた自分にとって、たまにはこのような作品を手に取ることも悪くないんだな、と思い直すきっかけとなった、良い作品だった。
最後に、BGMについて。このブランドの作品は、非常にBGMが良いことも印象的。特に、サントラでもないのにゲーム内のBGM鑑賞モードで作曲者のコメントを一曲ずつ読むことができるというのは、他にはなかなかないだろう。おそらく、作曲者の水月陵の力が大きいのだろうが、このBGMの良さが作品全体の雰囲気の形成に大きく寄与していることは間違いない。もちろん、BGMが良い作品というのは他にもたくさんあるんだけど、他作品だと印象的なBGMは非日常を表現する曲に集中していることも多い。これに対して、この作品のBGMは、日常曲もギャグシーンの曲も感動的シーンの曲もほとんど万遍なく良曲揃い。第一印象では平凡であっても、何度も聞くうちに耳に残ってしまうという感じ。おそらく、簡単には飽きないようにリズムや音源などいろいろと工夫されているのだろう。このブランドは次回作から原画家が変わり、ブランド色も一変したようだが、このBGMへのこだわりは、今後も可能な限り続けていってもらいたいと思った。