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yamasou0319さんの保健室のセンセーとシャボン玉中毒の助手の長文感想

ユーザー
yamasou0319
ゲーム
保健室のセンセーとシャボン玉中毒の助手
ブランド
Citrus
参照数
39

一言コメント

キャラクターは魅力的なのだが、ストーリーが弱い。また、作品テーマに関連しても相対主義にやや傾倒しすぎな印象を受けた

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

・いわゆる幽霊のような死者、「魂人」を送り返す「送り人」という職業が存在する世界。死生観、というのはノベルゲームにおける古典的な題材の1つですね(『アマツツミ』とか)


・ストーリーラインとして面白いか、と言われると正直微妙。何故面白くないか、と言われると言語化が難しいが「わくわくする感じ」があまりなかった。そういうゲームじゃないだろ!って言われたらまぁそれまでではあるのだが、話がシンプルすぎたのだと思う。例えば、ゆか=夢歌だと判明する過程は物語上重要な展開であるものの、根拠なく確信に至っているような印象で正直雑だと感じたし、もう一捻り加えられたのではないか。
なお終盤の回想シーンでの「蒼が女性」という叙述トリックは普通にハメられました


・本来虚構である物語にどれだけこれを求めるか、というのは難しい話ではあるのだが、「現実としての強度が弱い」ように感じた。例えば物語終盤で瑞海の体調不良の原因が霊障である事が分かり、彼女のために魂人が次々に還っていく、という描写がある。これは本来「彩香町で生活していた魂人が生活に満足して還っていく」という感動的なシーンではあるのだが、学校の生徒も当然消えている(実際に生徒数が減った事が作中でも言及されている)にも関わらず、それに対して不自然さを抱く生徒が一切出てこないのは明らかにおかしい。確かに彩香町に住む人々が幽霊の存在を信じている、という設定であれば問題ないだろうが、送り人の存在は世間から隠されているし、瑞海が霊障を患った時に幽霊が見えるようになった事に対して明らかに怯えているような描写を見ると、一般の住民は魂人の存在を知らないと考えるのが自然である。(作中でも人間の生徒は「還った生徒は転校したと思っている」と言及されていたが、にしてもおかしい!)


・一方でキャラクター、特に学園の生徒たちは魅力的に描けていたように思う。個人的には鈴や七菜ちゃんのようなキャラが好み。学園生徒に限らず、本作品は(話の流れで主人公たちと敵対する事はあっても)基本的に善人しかいないため、それが読み進める力になりやすかったのかなとは思う。全体として、優しい世界を描こうとしているのだろう。

そして、その優しさは作品全体を通して相対主義を肯定するような姿勢で表れている。例えば夏秋冬(はるなし)という魂人を本人の同意と関係なく還し続けている魂人と蒼空が対立するシーン。彼女は魂人に殺された事から魂人に対して恨みを持っているのであった。そこで蒼空はこのように語る。

俺は、可能な限り、同意の上で魂人を送りたい。
だが、強制的に送ること、そのすべてを否定したいわけじゃない。
俺だけじゃなく、人それぞれが、信念を持って生きている。
自分の信念だけじゃなく、他人の信念だって、同等の価値を持つ。
そしてそれは、魂人にも当てはまる……。


そして、相対主義の肯定は個人の価値観を称揚する態度に繋がる。永遠先生の説法でも蒼空に対して一方的に思想を押し付けるのではなく、「自分で考えなさい」というように諭していた

白花「要するに、人それぞれよ。人間の数だけ価値観があり、千差万別なのよ」「まとまりがなく、混沌として、雑多で……」「無意味で、理不尽で、不条理で……」「人間とは、そういう生き物なのよ」「常識なんてくだらないものに収まらないくらい、非常識なのよ……人間が生きるこの世界は」
(――中略――)
白花「でもね、勘違いはしないで。私はこの自分の価値観を、あなたに押しつけることはしない」「だからあなたは、自分で自分の価値観を養いなさい」「私に恋をしているのかどうか……恋ができるのかどうか、自分で考え、自分で判断し、自分で決めなさい」


・個人的な考えを述べるのであれば、ちょっと相対主義に行き過ぎなんじゃないか、とも思った。例えば、上で示した夏秋冬と蒼空のシーンで、蒼空は「人それぞれに信念があるのだから、彼女を否定できない」という風に語る。魂人を同意なく還すのは人間で言うなれば殺人をしているようなものであり、よくある話ではあるが「倫理的に許容されないであろう価値観を認めて良いのか」という相対主義の問題点に突き当たるように感じた。


・人間、魂人の生きる意義。以下の永遠先生の言葉は厳しいけど良い言葉だと思います

永遠「夢や情熱がなければ、人はただ、命を浪費するだけの存在と化してしまいます」「魂人もまた、心残りがなければ、現世に留まることはありません」「魂人の存在意義とは……私が思うに、最後の自己実現をする機会なのではないでしょうか」


そして、いつか来る終わりを認める事。作中で玲子(校長)は人間と魂人が共存する世界、というのを望んでいたので、最初は蒼空とシロバナは一緒に生きていくのかなと思っていた。しかし、ラストシーンで彼女が蒼空の前で還った、というのは重要な描写と言えるだろう

生きることの意義とは、なにか。
それは、死ぬことの意義なんだ。
人は、死ぬからこそ。
魂人は、還るからこそ。
その時間、その時を、生きていたと言えるんだ……


・総合すると、作品テーマやキャラクターの描き方は魅力的なのにストーリーの弱さや演出の弱さといった粗でそれを帳消しにしてしまっている勿体ないゲームだなぁという印象。そもそも自分が死生観を扱うゲームがあまり得意ではない、というのもあるかもしれない。個人的には死者や死という現象に対してどのように向き合うかよりも、現在・自分自身の生、どのように生きるか、という事に関心があるからなのだろう