ユーザーの主観が作品を大きく左右する、なかなか見当たらないゲーム。
このサイトに登録されている殆どのゲームは、アダルトゲームと全年齢と、また商業と同人とを問わず、物語の中で主人公のヒロインに対する評価が表現されている。主人公がヒロインのことを好きで、ヒロインも主人公のことが好きな時には純愛ゲー。そうでないときには非純愛ゲー(レイプゲーなど)。というのが、極めてざっくりとした分類だが、存在することになろう。
そして、この作品がどちらに分類されるかは、もっぱらまさにプレイするユーザーごとの心の持ち様にあるという点で、新鮮味があり、興味深かった。
ヒロインのシルヴィは、主人公に親愛の情を感じ、最終的に主人公のことしか考えていない状況になることが明確に描写される。一方で、主人公がシルヴィに対してどのような感情を抱いているかは、テキストを追っていっても殆ど表現されない。
例えば、シルヴィが体調を崩したとき、「つきっきりで看病」をするという選択肢が存在する。多くのプレイヤーは、シルヴィを愛おしく思い、何とか病から回復してほしいとこの選択肢を選ぶだろうし、私もそうだった。愛情があることが前提での選択肢、との見方もできよう。しかし、「つきっきりで看病」というのは、必ずしも愛情のある行為とは限らない。「これから性奴隷にしようとしている女に簡単に死なれては困る」という、冷酷で打算に満ちた動機からもこの選択肢は選びうるのだ。この選択肢は、客観的にみれば価値中立的なもので、選択の前後でも主人公のシルヴィに対する気持ちが詳細に描かれることはない。
病を乗り越えると、基本的にシルヴィの主人公に対する好感度は上昇していき、愛情が主人公に向けられていることが明らかとなる。しかし、作品全体を通して主人公のシルヴィに対する内面的評価があまり表現されておらず、主人公の行為はあくまで客観的なものを淡々と描くにとどまっている。主観面の描写が乏しい以上、2人の関係がどうであるかはプレイヤーの数だけ答えがあり、プレイヤーが作品をプレイする中で、どういう妄想をするかに殆ど依拠している。
お互いに超ラブラブメロメロの純愛ゲーなのか、実は愛情は一方通行であることを隠しつつシルヴィを性的に調教する鬼畜ゲーなのか。自分の妄想が、そのままゲームに溶け込んで内容を大きく補完していく。ここまでユーザーに問いかけてくる幅のある作品は珍しく、アイデアに富んだ作品だと感じた。