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xezldwr24さんの少女と世界とお菓子の剣 ~Route of ICHIGO 1~の長文感想

ユーザー
xezldwr24
ゲーム
少女と世界とお菓子の剣 ~Route of ICHIGO 1~
ブランド
私立さくらんぼ小学校
得点
88
参照数
4380

一言コメント

0点をつけてやろうかとも思ったが(笑)

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 作者の作品内での明示的なフリに従い、批評空間では0点をつけてやろうかとも思ったが(笑)、普通に採点した。ただ、「作品ごとの独立した採点」が原則であるとはいえ、この作品は<後編>と一体をなすものであることが明らかである。また、私は作品の整合性や伏線の回収・未回収を独立の加減点事由としている。そのため、例外として<後編>の内容に応じて本作についても一定の加減点の可能性があることを留保しておきたい。

 私はかなり速読するほうだと自認しているが、プレイ時間は序章を除いて9時間55分。テキストだけでも相当の分量があったように思われる。また、相当のエネルギーを注ぎ込んで企画したことが伺われ、その巧みな構成力は『少女と世界とお菓子の剣』(以下『せかけん』)シリーズの過去2作を上回っていたと思う。グラフィックも綺麗で、陰影や、角度や、差分に拘ったんだろうなと思われるものが多々見受けられる。作者自身が「分割商法」になってしまったと自白しているが、同人サークルさんで、かつ安価であること、及び全体の分量からすれば、十分独立の作品として評価できると思う。フルプライスで、あり得ない内容の分割商法を平然と行うブランドメーカーもあることに鑑みれば、十分な出来ではないか。この点は、むしろ肯定的な心証を抱いた。
 エロは、作品中のスカートめくりやパンティ降ろし等を除けば、「番外編」のみ。番外編もそれほど長くないので、ストーリーゲームとしての要素が極めて強い。それでも、事前の告知から予想していたよりは苺との会話や日常エロ要素がふんだんにあったと思う。
 
 番外編は、これまた作者が自白している通り、詐欺商法(?)にならないようにするための苦肉の策という感じが否めず、やや全体から浮いて見えた…というか、最後に出てくるのでそれまでの雰囲気が一転「椎子ラブ」のノリになり、苺の性格もちょっと不自然で、個人的には違和感があった。これまでの『せかけん』2作で苺との本格的なHが無かった以上、あったほうが良かったのだろうけれど、私は積極的に加点することはしなかった。苺とのHについては、私は<後編>のお楽しみとしたい。

 大きくは4部構成。「マリーセレスト号の嘘」、「がっこうまいご」は、序章に収録されているような、このシリーズ一般にみられる普通の推理物に近い。しかし、後続する「花開くは黒き花弁」に上記2作のキャラクターが続々となだれ込んできたり、ただの苺フラグのストーリーの意味しかないと思っていた「花開くは黒き花弁」に、最後の最後で一発逆転の重大な意味付けが与えられたりと、非常に工夫に富み、飽きないストーリーだった。
 特に、「花開くは黒き花弁」と、「カンバスのゆりかご」の結節点の作り方は見ごたえがあり、プレイしていて息をのんだ。
 各章が消化試合のように独立しているのではなく、端役キャラも含めて本編で数多くの「クロスオーバー」がみられたことは、大きな加点事由とした。

 NANA編ほど壮絶に重い内容ではなく、不安視していたほどにエグい方向と言うか、救いのない方向に走っておらず、その点は安心した。重苦しいシーンや、怖いシーン(「がっこうまいご」の後半は結構怖かった)の、ここぞ、というシーンで笑いを取りに来る、テキストの緩急のつけ方やセンスも素晴らしかった。

 私は元来ミステリ小説を読むのが好きなのでどちらかというと印象は良かったものの、其々の謎解きがかなり複雑で、人によっては「小難しい」という感想につながるかもしれないと思う。各章を便宜上5分割するとするならば、初めの1・2で不思議な現象の全容が明らかになり、3で関係する人物が出てきてようやく人間関係を把握でき、4で調査をし(ここまでで大量の伏線が溜まっている)、5のテキストの中でそれが一気に解消されていく感じである。ラストが急転直下で、頭が追い付かない話があった(実際、「カンバスのゆりかご」は、一読では全容を把握できなかった)。
 ただ、非常に解きごたえがある内容に仕上がっているのもまた事実なので、ミステリファンは「謎解き」として挑んでみるのもありかもしれない。私は、「がっこうまいご」のみ、ほぼ完全解に近いところにたどり着くことができた。普段からミステリ小説であらゆる単語の「逆読み」の癖がついていたからかもしれない。逆に、「カンバスのゆりかご」は、「えのなかにしえ」までは到達したものの、見事に引っ掛かり、主人公たちと同じ思考に陥ってしまった。
このような推理部分については、「私立さくらんぼ小学校」に何を求めるかで大きく評価が分かれてくるであろう。

 『せかけん』シリーズの大きな魅力は、「子ども」から抜け出さないと見えてこない等身大の「子ども」像を描いており、かつ大人社会に対しても極めて強いメッセージ性を有していることだと思う。

 アダルトゲームをプレイできる年齢になって思い返してみると、いじめ、虐待、兄弟姉妹の異常なまでの不和など、(これらは「大人」にも存する問題であるが)「子ども社会」に特有の病理が-大人に救済を求めることすらできない残酷なまでのそれが-あったように思う。そして、それは程度問題こそあれ、誰しも経験していることではないか。
 例えば、本作でも描かれていた「いじめ」。無論、一定限度を超えれば犯罪だし、何をもって「いじめ」と評価するのかも難しいが、その点はここでは措く。
 「いじめ」は一瞬で成立しうるものだと思う。私は幸いにして、陰惨な「いじめ」には遭うことなく成長することができた。しかし、「これはいじめだ」という経験はある。割と多くの人があるのではないか。小・中学校時代などは、特に脅迫的言動を用いたり、明示的に「仲間はずれ」にしたりしなくとも、何気ない一言で空気が変わり、自分一人がクラスという社会の中で虚空に投げ出され、未熟さゆえにただもがき苦しみ絶望することしかできない「瞬間」というのが、幾度かあった。
 作者は、そのような、きっと多くの人が体験したであろう事柄を効果的に描き出す。そして、本作品では、いじめにあった某キャラクターが、他者から
>「…(いじめで)胸に抱く黒い感情があったなら……その時は俺に言って欲しい」
と申し向けられたのに対し、
>「いじめで人は闇を抱くっていうなら……それはいじめてる側にこそ起こるものだよ」
と喝破する。そして、
>人はいじめによって心が傷つくかもしれない。
>でも他人を傷つけるような歪み方はしない。
>もしそうなら、世界のあちこちで壮絶な復讐劇が頻発することになるだろう。
>もしそうなら、いじめを受けての自殺など、この世で起こりはしない。
>いじめは他人を巻き込んで害を為す、そういう歪みをもたらさない。
とテキストは続いていく。
 分析的であり、示唆的であり、社会的である。「いじめ」の部分に限らず、このシリーズで苺が戦った「世界の夢」は、そして「子供が子供を裁くためのお菓子の剣」は、そのまま現実社会の大人の問題として跳ね返されてくる。少女が切り裂いた「世界」を、個々人がどう受け止めていくのか、それが問われる内容に仕上がっており、非常に考えさせられる。

 また、今までも散発的に触れられることはあったものの、今回は表現規制についても今までより一歩踏み込んだ表現があったことが特筆される。
>第一、妄想と願望は別なのである。
(中略)
>モラルという一線が自分の中にあるからだ。
>にも関わらず表現を制限しようとすることは、『私は大丈夫だけど、世間の人たちは影響をうけるに決まっている』と考えているわけで、それはつまり他人を見下してる証左であり、その傲慢さこそ問題と言えるだろう。
>【稔雄】「つまり、ロリ規制と凌辱規制は思想弾圧なんです!!」
 無論、これはゲーム中の文脈の一部であり、これが作者個人の意図そのものかどうかを勝手に即断してはならないと思う。しかし、これも社会的に極めて重要な問題提起であろう。
 コンテンツ産業の一部に対する風当たりが強くなる中で、それでも頑張り続けている「私立さくらんぼ小学校」さんのようなサークルには絶対に創作・表現活動を続けて欲しいし、応援していきたい。

 私が、『せかけん』シリーズを、「ロリゲー」「萌えゲー」「ラブイチャゲー」とはまた異なるジャンルの物として認識し、狂おしいほど惹きつけられてやまないのは、このような側面に起因するところが大である。

 最後に、<後編>については、<前編>を購入した者として、本当に心苦しいが注文をつけておきたく思う。この作品は、独立した「AYANO編」「NANA編」とは異なり、前記のように「ICHIGO編」の前半部分である。安価でハイクオリティな同人サークルさんだから、作品を出して下さること自体に感謝しなければならないと思うし、サークルさんの資金面の問題もあるのであまりにも急かすような贅沢は言えない。ただ、今回の「ICHIGO編」が前後編に分かれ、核心部分が後編に廻ったことについて、不安に思ったファンは私1人だけではないと確信している。シナリオライターさんのブログに、「ICHIGO編」を出してほしいという嘆願にも近いような声が多数紹介されていることからも、早くも<後編>を待ち望む人は多いはずだ。
 「NANA編」が出てから、本作がリリースされるまで実に2年4箇月かかっている。「NANA編」と「ICHIGO編」は別個の作品だから、何とか頑張って待った。しかし、この作品は元々一つのものである以上、「流れ」「全体の雰囲気」というのもまた非常に大切である。間が2年以上も空くと、これらが壊れてしまうという重大なデメリットが生ずる。ファンとしては、出来る限り早く完結させてほしいというのが心からの願いである。どうかよろしくお願い申し上げます。

 と、今回は比較的真面目な話にしておいて、私が苺ちゃんに如何に心動かされたかは<後編>のレビューで書くことにしようかな(笑)。