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xezldwr24さんのこの大空に、翼をひろげての長文感想

ユーザー
xezldwr24
ゲーム
この大空に、翼をひろげて
ブランド
PULLTOP
得点
86
参照数
1713

一言コメント

キャラとしては一番気に入った、あげはのルートが不出来なのは本当に残念。なぜこうなった…

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 この作品は、素晴らしい演出に彩られ、臨場感のあるムービーや、迫力のあるBGM・背景などを駆使しながら、「青春もの」ならではのフレッシュな雰囲気を醸成することに成功している。また、個別になって勢いはやや落ちるものの、天音ルートを中心として「彼女と空へ」というテーマがしっかり描かれていて、まとまりがあり、気持ちの良い仕上がりとなっている。全体を通してみれば、私はこのゲームを評価に値するものと考えている。…あげはルートを除いて。

 プラスに評価できる部分は得点に反映しているし、良い点は色々と語られているように思うので割愛する。以下では、個人的に減点の大きな要因となったあげはルートについて述べる。あげはルートを気に入っているユーザーさんは、気分を害するおそれがあるのでここで引き返してください。




 この作品の共通ルートを終えた段階で、私は、あげはが一番気に入っていた。プレイ中はシステムボイスをずっとあげはで統一していたし、純粋な「キャラの好み」という意味では、あげはがトップなのは今でも変わらない。共通や他ルートでは、魅力的な女の子だと思う。
 あげはは、主人公の幼馴染であり、友人から恋人へと発展しながら共に成長する過程を描けるという点で、非常に「青春モノ」らしく、ベタながらこの作品のコンセプトに沿った展開が期待できる設定のキャラクターであった。しかし、あげはルートではその要素が丸々放り投げられているようにすら感じた。

 この作品には、「ソアリング部」の活動を通して、各ルートのヒロインとの交流を深めながら共にモーニンググローリーを目指す、という大きなテーマがある。部活、青春、という大テーマを掲げた以上、「ヒロインとの交流を深めながら共に」という部分が物語の要となってくるのが自然で、ユーザーもそれを期待しながらプレイするだろうし、そうならないなら合理的な説明が欲しいところである。

 しかし、あげはルートに入ると、あげはは次のような置き手紙を書き、単独行動を始める。
>“しばらく部活に顔出さないこと多くなると思う。許可お願いね、部長♪”
当然のことながら、他の部員は置いてきぼり。あげはが何をしているのか訝しがりはじめる。
そして、業を煮やした小鳥が、あげはに詰め寄る。
>【小鳥】「色々、じゃわかんないのよ。説明してくれてもいいじゃない」
(中略)
>【あげは】「んー、それが、今はまだ、言えないことが多いんだよねー」
(中略)
>【小鳥】「ふざけてるでしょ その態度!」
 流石は小鳥、あまりの“くーるびゅーちー♪”な正論に、あげはも話を逸らさざるを得なくなってしまう。この後、結局うまいことかわされてしまう主人公や他の面々にもやや疑問は残るが、ともかくあげはは最低限の共同からも離れてしまい、作品の方向性から逸脱しはじめたのである。

 その後、主人公はなし崩し的にあげはとセックスをし、告白する。しかし、あげはは
>【あげは】「考えさせて」
>「グライダー完成させて、モーニンググローリーを飛ぶ。全てはその後。」
と答えを留保する。意味はよく分からないのだが、最後にはちゃんとした説明があるのだろうと若干の期待をしながら読み進めることになる。
 結局、最初のHシーンまでで、主人公とあげはがなぜ惹かれあったのか(特にあげはが主人公のことを再度好きになったのは何故か)、よく読み取れなかった。それはそうなのかもしれない。あげはルートに入ると、あげはがあまり出てこなくなるという仕様なのだから。あげはは、部活から飛岡先生の目を逸らすため、という理由で妹と行動を共にするように勧め、自分は主人公からも読み手からも見えない所で何やら暗躍している。ほたるが、あげはルートだけ都合よく使われ、主人公とあげはの直接の交流の場面が他のヒロインに比して明らかに少ないのだ。

 主人公は、あげはに言われるがままにほたるとの交流を繰り返していく。ショッピングモールでデートみたいなことをして、次は湖に遊びに行く。湖で、2人が非常に良い雰囲気になり、ほたるは婉曲的ではあるものの、主人公に気があることをほのめかす。主人公は、「自分はあげはのことが好きだから」と理性をフル動員して気持ちを押しとどめるが、それまでの登場の頻度や交流の程度からすると、読み手は主人公がほたるの気持ちを受け入れてもそれほど不自然さを感じなかったのではないかという印象だった。
 しかし、その直後、あげはが「嫌な予感がした」からと湖に現れ、ほたるを家に追い返してしまう。そして妹に手を出していないか、と主人公に詰め寄る。流石に主人公もあげはの行動が理解できなかったのだろう。
>【碧】「(…前略)返事してくれてないよな。じゃあまだ他人だよな。俺がほたると何しようと、文句いう筋合いないよな!」
 あげはルートの頼りない主人公にしては、それなりの言い分で、あげはの煮え切らない態度を追求しようとする。が、あげはは答えたくないあまり(?)湖に飛び込むという奇行に及び、服が濡れたからと脱衣し、主人公が欲情してそのままH…。
 セックスのあと、主人公は次のように独白する。
>【碧】色々、訊きたいことも、ぶつけたいこともあった。
>でもすべて、その笑みひとつで、言えなくなってしまった。
……。いや、これ「セフレ」ですよ。恋愛してない。普段はヒロインが主体的に主人公や、部活の仲間を避けているのに、濃厚なセックスだけはするっていう。他のルートであげはがみせてくれた、明るく活発で、仲間を大切にし、主人公とも積極的にかかわる、という魅力にあたる雰囲気やテンションが、何故か本人の個別ルートだとぶち壊しである。

 この後も、あげはの個人行動は続く。完成したグライダーの初飛行にも来ない。それよりも大事な打ち合わせがあるといい、その詳細も仲間に伝えない。
 そして、クライマックスで飛行を阻止しようとする飛岡先生に対抗するため、突如として「自動車曳航」という手段を提案する。そうなることも考えて根回しを色々していたらしいが、それを知らないソアリング部員たちや読者は完全に置いてきぼりである。

 あげはは、「秘密基地(=現ソアリング部)がなくなってみんなともまたバラバラになるから」と、自身の過去のトラウマと結び付けて、主人公の気持ちを受け入れられない理由を語る。じゃあそもそも肉体関係をもつなよ、というツッコミは措くとして、あげはが過去に「秘密基地」を壊されたことは、トラウマとして理解することとしよう。殊更幼少期に起こった出来事というのは、客観的にみれば「大したことない」と一蹴されてしまうようなことでも心の傷として残ったりするものだし、頭では「大したことない」と分かったつもりでも、成長してからも意外と尾を引いたりすることもあるだろうと思う。
 しかし、幼少期に秘密基地が無くなったのは、再開発という、子供の力ではどうしようもない事情によるものであった。では、ソアリング部もそうなのかというと到底そうはいえない。状況が違いすぎて、過去のトラウマを援用してくる理由が不明瞭である。しかも、あげははそのソアリング部を守るために、「よくて退学」になることをするとか、守るためなら犯罪でもするようなことを示唆する。
 ここまでくれば、相当数のプレイヤーが「意味不明」という感覚に到達したのではないか。理屈の飛躍が甚だしいし、「ソアリング部」を守ることは相当程度、学生の力の及ぶことである。主人公を置いてきぼりにする必要もなく、協力して「バラバラ」にならないようにすればいいことだと思う。それを、自分だけが「犯罪をしてでも守る」というような思考は理解に苦しむ。逆に、犯罪行為をしないと守れない部活って何なのだろうか、と思ってしまう。

 結局、主人公の告白に対し、
>「グライダー完成させて、モーニンググローリーを飛ぶ。全てはその後。」
 と言っていたあげはは、モーニンググローリーを飛ぶことに成功すると、「言ったら終わり」という謎の思考で、結局「好きだ」という自分の気持ちを主人公に伝えない。主人公も、これを強く問題視しようとしない。この部分も根拠が薄弱で、納得できるものではない。じゃあ、今まで言わなかったのは何だったのかと。

 結局、あげはルートに関しては、「ヒロインとの交流を深めながら共に」空を目指す、ということがなされていない。このルートがあることで、全体の世界観が相当程度瓦解してしまっていると評されても仕方がないと思う。

 なお、採点はゲームのみで行うと決めているので、下記を事後的に読んだことは評点には影響を与えていないが、あげはのシナリオ担当者は、大要、〈みんなで空に、というのは小鳥、天音ルートで展開されるので、同じ展開にならないように気をつけた〉〈好きだからこそ、相手の夢を叶えるために裏方に徹する、フォローするというところで頑張ってもらった〉という趣旨のことを述べている(『この大空に、翼をひろげて ビジュアルファンブック』初版 136頁)。成程、狙いはよく分かるし、そういうルートがあること自体は決して悪いことではないだろう。しかし、それならそれで、より効果的な描き方というものがあったのではないか。「裏方に徹する」からといって、主人公との関わりを少なくしたり、ちぐはぐにしたりする必要は無いし、あげはが仲間を置いてきぼりにして密行主義で物事を進める必要も無かったはずである。なにより、この作品が「恋愛ADV」である以上は、主人公とキャラの気持ちが通じ合ってナンボ、心の交流があってナンボ、といえるはずであり、そこをあえて外しにかかる理由はシナリオ全体を通して見当たらなかった。

 私は110点満点で採点しているので、24点減点したことになるが(2015年5月3日現在。採点基準の見直し等により、将来的に若干変動する可能性がある)、その大部分が個別ルートのばらつき、アンバランスさ、あげはルートが作品の世界観を減殺してしまったことにある。複数ライターが上手くいく例もあるし、全てがあげはルートのライターのせいだとも思わない。全体がしっかり調和するように、もう少し構成を煮詰めてほしかった。気に入ったキャラクターのルートで大きく減点しなければならないというのは、本当に残念だった。