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walnutさんのプトリカ 1st.cut:The Reason She Must Perishの長文感想

ユーザー
walnut
ゲーム
プトリカ 1st.cut:The Reason She Must Perish
ブランド
トトメトリ
得点
89
参照数
137

一言コメント

雑な二項対立に目を瞑れば心情描写などかなり見るところがある意欲的な作品だ

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

雑感
元から視野が狭いことを書きがちな作家で、今までの作品は個人と個人が自身の主張を互いにぶつけてすれ違うものが多かったので、その視野の狭さがかえって味になっていました。しかし、今回の「プトリカ1st」は個人の思いと大衆の悪意を対置させる描き方だったのでどうしても下品に見えてしまいました。
キャラクターの精神がより退行してしまったように見えてしまうといいますか……。例えば「クリアレイン」なんかはそういう狭い世界観から解放されて、より広い世界観を獲得する物語だったのですが、今回はその逆方向へと向かっている気がします。
今までの作品の傾向とこれがあくまで第一作なのを考慮にいれれば、究極の前振りとしておそろしく自閉的な向きの感情の動きを描いて、後半からより世界へと開かれたものに向かっていくとは思います。

シナリオ要約
まず予防線を張りますが、もとより設定がかなり入り組んでいてざっくりまとめようと思ってもどうしてもまとまりきらないのです。
ルクルシナリオの特徴というのは、開示しないと話が始まらないような設定をぎりっぎりまで伏せて驚かしてくる、っていうものです。通常のシナリオならこのどんでん返しを1個用意してくれるだけで十分なのに対し、ルクルシナリオは短期的に複数個仕掛けてきます。ともすればしっちゃかめっちゃかになり収拾がつかなるなるものを上手にまとめています。
しかしこの複雑なシナリオをまとめるのは私の手には余るものです。
なのでザックリとまとめてしまおうと思います。詳しいところはメモを参照してほしいです。

序盤
ラズリエルは目覚めるとそこはレミという少年の家でした。ラズリエルはレミと、居候のルビアと共に過ごすうちに世界をより愛おしいものと思うようになっていきました。
しかしラズリエルは記憶喪失で自分自身が何者かわからなかったうえに、悪魔憑きが徘徊する森、悪魔の子を名乗るレミ、魔女裁判によって狂う人々を目撃するにつけ徐々に日常が崩壊していってしまいます。

一方さらにラズリエルは夢でイルサという少女が魔女裁判にかけられてしまう顛末を見ていました。自分は果たしてイルサとどのような関係にあるのか、レミの真意は何なのかが探られていきます。

過去
ジョンは自身の娘イルサが天使の幻覚を見て狂っていくのをただ見ていました。
イルサは大天使リュシーと会ったという妄想に取り憑かれた末についに魔女裁判の嫌疑をかけられてしまいついに処されてしまいます。
ジョンはその惨劇を歴史に記すこととしました。

中盤
天使アンシュと悪魔によって作られた人形レミの対立はより激化していきます。
宝石人形ラズリエルの内側に潜むイルサの怨恨をアンシュは刺激します。レミの被造物であるラズリエルが人を殺してもらうことによって、アンシュはその咎でレミを罰することができるからです。
イルサを取り巻く惨劇の真実とは一体なんでしょうか。

真相
イルサとリュシーは腹違いの姉妹でした。しかしイルサとリュシーは惹かれあってしまいます。教義により近親相姦と同性愛が禁じられているが故に、2人は苦しんでいきます。
その2人の逢瀬は父ジョンによって壊されてしまいます。
かつての愛人との娘であるリュシーのみを残し、イルサを魔女裁判にかけて処そうとしたが、イルサ母によって逆にリュシーが死んでしまったのです。
絶望に歪むイルサの前にレミが現れて連れ去ります。
リュシーの存在を葬り去ろうとしたジョンは偽史を書き、イルサの記憶を継ぐラズリエルを消そうと画策するのでした。

終盤
ジョンの画策により天使の力を借りたアンシュがレミを消し去ろうとした。
レミはイルサを自殺に追い遣ってしまったのは自分自身だと思い込んでしまい、本当に世を去ろうとしてしまいます。
ラズリエルは自身の中のイルサの記憶から、なぜイルサは自殺したのかについて伝え、レミに生きる気力を取り戻させます。

より安寧な地を求めてラズリエル、レミ、ルビアは東へと向かっていくことに決めました。

作品が問うているもの
イントロ
私がこの作品を語るときに感じる気持ち悪さは、宗教や同性愛を持ち込まれてしまうと、つい口を閉ざしてしまわざるを得ない空気を感じるからです。このようなテーマやモチーフとからめられてしまうと、私たちは道徳や倫理を問われてしまい、このモチーフを丁寧に扱えなくなってしまいます。
この語り得なさ、葛藤を越えて何か言わなくてはなりません。
特にイルサは、同性愛や近親愛に苦しみ、愛した人が死んでしまったことに対して世を悲しみ、それを越えてもなお、リュシーへの愛を風化させないために自殺してしまいました。その自殺の非倫理的なところをどう語るかがポイントかなと思います。

副題が「The Reason She Must Perish」であるように、続く文章イルサが自死を選んだことの理由を問い、その倫理について考えます。そのことがこの作品について考えるときに大事なんだと思います。

本論
副題における「彼女」とはイルサのことで間違いないでしょう。初めに死んだリュシーは自身の信念にもとづき潔く処されていきました。彼女は死ぬ必要はまったくなかったのですが、集団の悪意に呑まれて殺されてしまいました。そこには「死ぬべきだったか」と問う余地はありません。
つまり、この物語はリュシーに残されてしまったイルサがなぜ後を追ってしまったのかを望んだのかを巡るものだったと要約できます。

まず、この作品の中にある二項対立についてまとめていきます。

悪魔———天使

イルサ———村人

同性愛———教会

ラズリエルやルビアなど自我の強い人———魔女裁判を行う大衆

娘であるイルサとリシュー———父であるジョン

イルサは成長してとてもエッチな身体に育ち、その上結構肌を見せる服装をしていたから村人から下品な目線を向けられましたが、自分のしたい格好を貫きました。
イルサのそのような孤独はリュシーによって癒されました。

このように見ていくと、自身の信念と匿名の悪意が対置されているのがわかると思います。
私が「匿名の悪意」と呼んでいるものは「魔女裁判」を引き起こすものであったり、現代でも「SNSの炎上」という形で現れるものであったりします。
魔女裁判にはかなり寓意が込められています。

そして氏が描いてきた絶望というのは、自身の主張が社会に響かないという個の非力さの強調だと解釈できます。
中盤に描かれる魔女裁判に異を唱えるルビアの非力さを見ればこの解釈は理解されると思います。

さて、イルサ周囲の目線に気付きながらも、「それでもなお」と露出の多い服を着ていました。男からの下品な目線を嫌悪し、同世代からも孤立していった彼女がリュシーと出会い、より信念を強くしていきました。

そしてリュシーが悪意に呑まれ亡くなってしまいます。イルサはそして世界に絶望します。レミはイルサのそのような大切な人を失ってしまった孤独に共鳴し、彼女を村から連れ出したわけですが、レミは結局イルサをこの世に留める存在とはなりえませんでした。

レミはリュシーの代わりになりませんでした。いえ、イルサからすれば代わりになりえるはずがないのです。リュシーはイルサにとって掛け替えのない存在だったからです。

レミの存在はそれでもイルサにとっては世界への絶望を取り払うものでした。しかし絶望がなくなったとしても残るものは虚無なのです。もはやリュシーへの気持ちだけがイルサを突き動かしていたのに、それすら失われてしまったのです。残った感情はあとは風化するのみでした。その風化を嫌い、イルは去っていったわけです。

このように眺めてみると本作はレミが近くにいたとしてもイルサが自殺したことをキレイに描いています。
それは道徳に照らし合わせて考えると到底許せるようなのではありません。

特にイルサは、レミとリシューの存在を秤にかけた上でリシューを選んだこととなります。
これは自身の命と愛を秤にかけることをより具体的な形に落とし込んだものです。
自身の孤独に寄り添ってくれたレミを再び孤独にしてしまうことに罪悪感がないわけじゃないでしょう。多少の後ろめたさは描写されています。

ただ、より純粋な想いの方を選択したのです。その一瞬の生の煌めきに眩んでしまったのです。この行動に説得力があるのは彼女の自死もまた教会や魔女裁判と対置されるものだからでしょう。

といってイルサの行動は美しいものだったと断言していいのでしょうか。
断言できません。
その困惑はこの作品が第一作として位置付けられているのを思うと、いつか返答が返ってくるものでしょう。

私たちは倫理的な葛藤に出喰わしています! 「イルサの自殺は到底肯定できるものではない! なのに彼女の最期を美しいと感じてしまう!」

この葛藤はイルサの行動が自己満足的なところに帰結するからです。魔女裁判に立ち向かうような少女らしい選択です。
でも個人的な信条を貫くあまり自死を選んでしまうような悲劇的な世界を私たちは肯定できるのでしょうか?
その悲しさは私たちの生きる世界でも再生産されていると思うと、イルサの行動には妙な納得感があります。いえ、それではいけないのです。
むしろイルサほどの熱量を私たちは抱けるかを問うているのです。あの美しさで灼くような描写は、むしろ世界を生きる希望を燃やすためにあるのです。

そうです、事実として残されたレミはどうなってしまうのでしょうか?

レミはイルサの死体を元に宝石を作り、その宝石からラズリエルという宝石人形を作りました。悪魔に作られた人形であるレミは自身の孤独を癒すためにラズリエルを作ったわけです。
それはレミがイルサに目を付けたころの目的を果たしたことになります。でも満たされない。なぜイルサは僕を置いていったのかとレミが考え、結果として絶望するわけです。ラズリエルの宝石に宿っている感情は恨みではなく愛なのに、です。
イルサが世を去る前にレミに感謝を伝えられなかったためにレミに悲しみが生まれた事実は否定しようがありません。そして1st cut.が描かれきったのだからこそ、私たちはその後の人生について考えないといけないのです。ラズリエルのおかげでイルサの気持ちを知り、生きることを諦めていないレミの姿がまだ残されています。

本作は究極ずっといなくなった人の話に終始していて、今の人間がどういうように生き切るかの答えをまだ出していません。なぜ失われてしまったのかは語られましたが、失われてしまったものがどのような評価を下されるかはレミやラズリエルの今後の物語次第というわけです。

結論
なぜレミやラズリエルは人形なのでしょうか。
それは彼ら彼女らがこの先に人を知っていくための旅に出るからでしょう。

最終的にイルサの最期と、レミとラズリエルの最期が対置されるべきなのです。そして、より人の悪意がどのようなものなのかを明確に理解した末に、個と社会との折り合いをつけていくのだろうと私は物語を予想しています。

イルサがらしく選んだ社会との関係が消えることであったのは、この第一作全体から漂う自閉的な雰囲気を煮詰めたようなものです。
殻を打ち破り外へと出ていった少年少女の答えが今後描かれるのを期待しています。