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umaibou108さんの天使の羽根を踏まないでっの長文感想

ユーザー
umaibou108
ゲーム
天使の羽根を踏まないでっ
ブランド
MEPHISTO
得点
85
参照数
966

一言コメント

もしかすると私達こそが作中に謳われる神であり、同時に信徒なのかもしれない

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

本作は神への帰依を否定する
神に縋らず『己の足で強く立つ』ことの大切さを示し
それこそが人が人である証だと説く
「神は自ら助くる者を助く」とは、そういえばこの宗教の文言だったか

ルシフェルは世間一般に言われる只の神への反逆者ではなく
人類に叡智を授けしもの、神のくびきからの解放者であったとの解釈がある
(これもグノーシス派だったと記憶してるが)
ギリシャ神話のプロメテウスの逸話にも通じる話だが
神話を史実の暗喩と見るなら、当作中で語られたようなエピソード
賢人による思想の伝播や権力者への反乱が、実際に起きたが故の伝承なのかもしれない

子供達に強さを教え、神を殺し、偽悪者に殉じて人類に自立を促した
作中における『先生』の立ち位置・役割はまさしくその悪魔王であったと言える



彼は目的の為、自らの理想と憎悪の為に、最も大切にしてきた人々をも犠牲にした
『自らの娘』『自らの子に等しき息子』その他心通わせた計七人に罪の種を植え付けた
自身への罰として自傷に走るほどの強い抵抗を感じて…

これは聖書における、アブラハムがその息子イサクを神への贄と捧げんとした逸話
所謂「イサクの燔祭」と符合するが
従順で無抵抗、飼い慣らされた子羊そのものだったイサクとは対照的に
あやめは全身全霊をもって、搾り上げるような絶叫でそれに異を唱える

『先生』は、神の敬虔な信徒アブラハムと同じ過ちを子供達に為した

そもそも彼の理想こそが、実のところ恩師の言葉に対する盲従でしかないように思える
彼にとって恩師は神そのものであり、その言は指針としての範疇を逸脱していた

恩師=敬愛の対象と、裏切り者=憎悪の対象とを、それぞれ必要としていた
依存していた
そこにあやめ達に対する敗着があった

依存対象としての神を否定する彼が、それを信奉する唾棄すべき者達と同じロジックに嵌っていたのは皮肉という他ない



この世界の神はμの内的世界、言い換えれば他者の手が入った物語を見て刺激を受ける
想像=創造の活性化とされる

当作における神は消費者である
他者に縋るものである
すなわち創造主であると同時に、神というシステムに依存する飼い慣らされた奴隷である
そして、自らの奴隷根性を被造物に強いるものである

>【先生】「"刺激"とは消費される大衆文化。読み終えたら棄てられ
>る雑誌に等しい、娯楽の為の消耗品だ」

他者が創ったエロゲという消耗品を消費するだけの私達もまた
もしかすると飼い慣らされ、思考停止した奴隷になり得るのかもしれない
既にそう成り果てている者もいるだろう
そうなれば私達はこの愚昧な神と同種の存在なのだ

神に帰依して思考停止してはならない
人は己が足で強く立たねばならない
実世界におけるエロゲに対する姿勢と、作中世界における神に対する姿勢とをクロスオーバーさせてみると
おそらくそこに、朱門氏の私達に対するメッセージが透けて見える
このような読み物に触れるとき私達は、想像すること、妄想すること、考察することを止めてはならないのだと

閉じた世界への耽溺。黙々と与えられた餌を貪るだけの豚のような日々
作中に曰く『神の停止』を己に許してはならないのだ、と私は読み解いた