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umaibou108さんのVermilion -Bind of Blood-の長文感想

ユーザー
umaibou108
ゲーム
Vermilion -Bind of Blood-
ブランド
light
得点
83
参照数
1289

一言コメント

厨二バトルの表層。内実は大人になりきれなかった者達の挽歌

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

とても素直な、直球勝負のメタフィクション。

最近同じテーマを扱ったタイトルの長文感想を書いた気もしますが
当作のテーマは、"自意識の肥大化とそこからの脱却"にあります。

人類と縛血者達との対比、というフィクションを用いて
子供が大人になる、現実を受け入れる、社会と折り合いをつける
あるいは、与えられた環境の中で自分なりの幸せを見出すリアルが、これでもかと筆を尽くして語られます。



ケイトリンは、「平凡な人生なんて糞くらえ!」と社会に対して中指を突き立てます。
欲望と悦楽のままに好き放題振る舞い、ロックだパンクだとうそぶくも
結局彼女のやってる事はガキの逃避行為に過ぎません。
ルートによってはそれをアイザックに糾弾されて惨めな死を遂げます。

対照的にアンヌは、大人に依存したり心が折れたり迷走したり、紆余曲折を経て
最後には親友の甘えを一喝、「わたし──"大人"になりたい」と夢を語ります。
彼女の輝きは作中のキャラのみならず、私達読み手の心をも震わせるものでした。



「平凡な生を送りたくない」
「世界にオンリーワンの特別な自分でありたい」

縛血者達の大半が、いい歳こいた大人なら当然通過してて然るべきその幻想に拘泥し続けています。
縛血者と成ることはその手段であり、それによって夢は叶ったのだと錯覚しています。

しかし主人公は血族の幻想=願望を真っ向から否定します。
自分達は結局只のヒトに過ぎないのだと。

同様にアイザックは語ります。
縛血者なんてありふれていると、彼らは断じて超越者ではないと。



特別でありたい、という願望。
まともな人生を送っていれば、誰だって若かりし日に一度は考えることです。
ほとんどの人間は、何らかの形で自身と社会との関係に折り合いをつけて
上手くやっていくように成るものです。

しかし縛血者達はその精神の成長過程からの脱落者でした。
主人公の態度や言葉に、縛血者達が生理的な不快感や怒りを覚えるのは
彼らが本当は心の奥底で"分かっている"からなのです。
自分は特別な存在ではないし、縛血者になっても人間だった頃と何も変わらなかったのだと。



主人公とアイザックについては…
"心に思い描く理想の自分"と"現実の自分"との齟齬。
すなわち自己一致性についての講釈ですね。
理想なり幸福感なりの追求なんてものは結局十人十色ですし
お前の好きにイ㌔、としか言えない訳ですが。



はっきりと明記されて、ライター氏の主張が幾度も重ねて綴られますので
私がここで語るより、実際に作品にその手で触れて頂いた方が分かりやすいと思います。

このような形の自意識の肥大化は心理学的には、10代後半から20代始めに掛けて起こるものだとされています。
ちょうど大学生くらいでしょうか。

テキストのアクの強さ、読みにくさは確かにあります。
ですがその年代の若者達に、是非に触れて頂きたい快作だと思います。



追記

2chベストエロゲの投票時のコメントにも書いたのですが
漫画家の江川達也の「まじかるタルるートくん」の逸話を思い出しました。

友情の尊さを描いたはずが、世間的には表層部分=ファンシーな冒険活劇だけが注目されて
インタビューに応じた作者の不満気なコメントが記憶に残っています。