一般的なユーザーの希求をあえて外して破格の大冒険に踏み切った意欲作。商業的にこんなエロゲで大丈夫かと他人事ながら心配に。
桂桂馬は人間として既に完成形、あるいはそれに近い状態にある。
周囲から絶えず熱視線を浴びせられ、何をしても許容されてしまう空の英雄。
過去の事件から傷つき内に篭っているらしいが
どうも彼、初登場の時点でその心傷も概ね塞がってるように思えてならないし
切欠さえあればいつでも羽ばたく準備が出来ていたように見える。
事故後の査問でダニエルの過ちを自分が被ったのは、彼を救えなかった罪の意識による自傷行為であると解釈できる一方
死者に鞭打つことでより一層傷つくことになる、残されたサラへのせめてもの配慮であったとも受け取れる。
桂桂馬はそういう男なのである。
引きこもりのイジケ虫ではなく、強くて優しいタフガイ。男の中の男。
親友の好きだった酒を海に撒く描写は一見、彼が過去の事故を未だに引きずっていることを示唆するかのように取れるが
翼に人の想いを、魂を乗せて飛ぶこと。つまり桂馬の責任感のようなものの表れであるとも解釈できる。
喪った親友を悼むことは自身への慰めではなく、むしろ彼が背負っているものの再確認なのではなかろうか。
ハロウィンの際にアリーへのプレゼントに
かつてサラに送るはずだったエンゲージリングを渡して遣す描写があった。
過去との決別、気持ちの区切りが完了したことを仄めかすライターの意図があったのだろうが
私には、本当は重要であるはずのそのイベントが、なんだか霞んで見えてならないのだ。
もっとぶっちゃけると
彼は田島ハルとの日々が無くてもサラのSOSには応えていたはずだし
それを切欠に、結局イカロスへの再搭乗を決心することになったはずなのである。
なら主人公いらないんじゃね?という話になってくる訳だが…。
正しい資質の持ち主は人生の岐路に女を必要としない。
星野が自身の宇宙への気持ちを再確認した時、ハルの存在が念頭になかったこともそれを裏付ける。
しかし、例えば美味しんぼの海原夫妻、あるいは群青の若菜ルートのように
(ネタバレしますが未プレイの方ごめんなさい)
「僕は君のことを一番には考えてあげられないけど、それでも傍に居て僕を支えてほしい」
星野とハルとの間にこのようなアプローチ、そういう愛の形があっても良かった様に思う。
ハルの本当の意中の人は皆さんお分かりのように桂馬の方であるが
それでも彼女は、時間は掛かるだろうがダイダロス01でも自分の幸せを、女としての喜びを見出せたはずなのだ。
女は専ら愛されるより愛したがる生き物だが
一般的には、報われない恋に生きるよりは気持ち切り替えて別の誰かに人生捧げた方が
より幸せになれるものなのだから。
プロッティングや技巧的なことについても少し触れておく。
ハルは結局終幕まで誰にも抱かれず処女を通す。
意中の男性は空への夢に生きたり、他の女を選択したりする。
主人公の濡れ場はすべて頭の中の妄想に過ぎない。
エロゲとしてこの設定は無謀にも程があり過ぎるのではないか(笑)
野心的なのは大いに結構だが、(商業的に)こんなエロゲで大丈夫か?と他人事ながら心配になる作風。
(事実、当タイトルは好評なのに売れてないらしい……)
離陸時の無線のやり取りは最初の1度と重要箇所だけ入れて、後は適時省略しても良かったと思われる。
ライター氏の趣味嗜好が優先され過ぎて、結果作品に冷や水を浴びせることがあってはならない。
プロットをなぞるためにキャラクターを露骨に駒として扱う反面、各人の行動原理や心理の描写は出来ているように見える。
オート化してテキスト・音声の進む演出はテンポを崩されるので止めて欲しかった。
技巧的なアンバランス。
よく目立って簡単に修正の効きそうな粗と、それに矛盾する丁寧な仕事。
あるいはまとまりの無さと、反して一貫した娯楽性の混在とが、当タイトルの評価をとても難しくしている。
2つ明言できるのは、大人の事情で最終盤がやっつけ仕事になってしまって残念な点と
このライター氏が高い実力を有しつつもエロゲ畑の仕事には向いていないこと。