ボリューム、質ともに十分。良作の範疇だが話の筋にもう一捻り、土壇場で現れる意外性のようなものがあれば良かったかもしれない。
共通ルートが長すぎた点、集大成たる由美子ルートが弱い点など
目につきやすい粗は他の方々が既に幾度も指摘なさっているので、この場では多くを言及しない。
先日猫撫の長文感想にて、十分に筆を尽くせず情報不足に陥ったテキストの改善策として
単純に尺を用意しても問題の解決には至らない点を指摘したが
当作の幸ルート、彼女の視点での回想パートにて我が意を得た感がある。
ヒロインの心の機敏を、少女の一人称という形をとって、歳相応の平易な表現でひとつひとつ丁寧に描いて読者を引き込み
あのパートのメインディッシュである両親の事故イベントに強い共感性を構築して
更に彼女の現在の人格形成に十分な説得力を持たせた上で、たったあの程度の尺に纏め上げたことは感嘆に値する。
計算ずくで行ったのだとすれば、それはライター氏に相当に高い筆力がなければ為し得ないこと。
多くの支持を得ている天音ルートのエンジェリック・ハゥルだが
極限状態の情景を見事に描ききった力作である反面、飢餓に関する考察に甘さも目立つ。
2週間満足にカロリーを得られなかった人間は走るどころか歩くことさえ困難。
具体的には、バイオハザードの雑魚ゾンビのように遅々とした歩みでしか前進できなくなる。
樹海の踏破なぞ言わずもがな。
腹も下していないし尿の白濁も見られぬ様子。
舞台装置の環境からおそらく、南方戦線で地獄を味わった兵士の手記でも叩き台にしたのだろうと推察できるが
少なくとも飢餓を知らない人間の書いた創作物だと容易に読み取れる出来でそこは残念。
…まぁ現代日本でそのような資質をライターに期待する方が無粋かw
天音ルートを話題に挙げたついでにハングリーネタでもう1つ余談だが
食べ物を残せない、粗末に出来ない性質と、冷蔵庫一杯に食品を買い込んでしまう不安神経症は
共に飢餓経験者に顕著に見られる傾向だが、矛盾していて両立し得ない。
食品を粗末にできない人は、多く買いすぎて使い切れずに駄目にしてしまうことが我慢ならないし
一方買い溜め癖のある人は、生鮮品を腐らせたり、乾物をカビらせることが常態化して
結果食品の管理がルーズになりそれらを粗末に扱うようになる。
これらは実際に飢えてみないと分からないことで、ライター氏にそこまで想像の余地がなかったのは仕方ないことなのかもしれない。
ちなみに私は典型的な前者。
戦時中生まれの父が後者で、よくやきもきさせられる次第。