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umaibou108さんの猫撫ディストーションの長文感想

ユーザー
umaibou108
ゲーム
猫撫ディストーション
ブランド
WHITESOFT
得点
80
参照数
1000

一言コメント

少々期待はずれ。必要な情報はあらかた提示されているので考察には難儀しない。絵や演出はやや難有。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

人の認識が現実に影響する、いわゆる唯心論とか観念論的な世界設定

シーン観賞モードにて(濡れ場だけではなく)各重要パートも読み返し出来るようになっていることから
複数回通読することを前提にした制作陣の思惑を邪推さえ出来る考察ゲー

体験版パートこそスパイスの効いたビビッドな作風であったが
そこから個別分岐までは約1箇所を除いて控えめに推移

お約束的な萌えイベントや読者の意表を突くどんでん返し、盛り上がるクライマックス等は存在せず
そういう意味でのエロゲとしての娯楽性には乏しく、半端な覚悟で手をつけると大火傷するかも

可変ウィンドウがセールスポイントの1つらしいが
対話時にウィンドウ位置が上下にポンポン移動して視線を固定できないことから
直観的な情報の把握にやや支障をきたす感が否めない
要するに読みにくい



〈 実験 〉

話は、ある平行世界にて主人公の父が、末娘の死を回避すべく行った壮大な実験に端を発する
多世界解釈的に「琴子が死なない世界」そのものはどこかに存在するのであろうが
このマッドサイエンティストは自分の属する世界において「死んだ琴子が復活する」可能性を生み出そうとした


>いくら『消えろ』と願っても、月は消えて無くならない。
>それはなぜか?我々が世界の内側にいるからだ。
>我々にはサイコロの軌道を知ることができないのだ。

>だが、もし我々が、世界の外側にいる観測者に等しい英知を手に入れたとしたら……。
>サイコロの軌道を知り──世界の仕組みを知り、それを支配できたらどうだろう?
>テレビ局の編集マンが、自在に映像を加工して放送するように、
>自らが望む世界を、観ることができるのではないか?


必要なものは、神の英知を有する『観測者』と、観測対象である『世界』

まず自分の代理として世界を観測、確定させる人工意識の開発
コンピューター内に仮想空間を設け、そこに人工意識を配する
後述するがこれは失敗作でこのままでは機能しない

次に他の世界にまで影響を及ぼす程の重力偏差を造りだし、複数の世界=複数の可能性が重なり合う『特異点』を生み出す
影響を受けた世界では、(まるで漂流教室のように)七枷家の敷地ごと消失して1つの世界に集められ、重なり合うことになる

重なり合う家族の意識の中には件の人工意識も含まれる
可能性が幾重にも重なり、現実が不確定であいまいになった状態において
仮想と現実は同じ重さを持ち、両者を区別することはナンセンスである

結果、主人公の眼前には3年前に死んだはずの妹が元気な姿で現れ
両親は25年若返り、(某ルートで指摘されるまで気づかないのだが)姉も3年若返り
性格もまるで別人であり、おかしな異能まで備えている顛末

家族の性格や容姿、異能については、「主人公がそう望んで観測したから」ではなく
「件の人工意識がそういう設定になっていたから」こんなおかしな事態になったのだと思われる
父も母も姉も、普段表出しているのは『こっち側の』人格ではなく人工意識の方である
実験者の独白が確かならば、1日目の夜、あるいは2日目スタート時点で主人公も人工意識の方にスイッチしている



先述した人工意識が失敗作である件だが
実験者はこの問題を無視して実験を強行し、結果成功を収めている

『意識』と、それによく似た振る舞いをするだけの単なるプログラムを隔てるものとして
当作品ではクオリアの有無を挙げている
(作中ではクアレと表記されているがここではクオリアと記す)
電卓は制作段階においてはAIにクオリアを終ぞ宿らせられなかった

>「だが、余剰次元に関する私の仮説を拡大するならば……」
>「この私ではない別の私が、重なり合った世界のひとつで、既にその方法を……」

おそらくは他世界の自分が、代わりに完璧な人工意識の開発に成功してくれているだろうと期待して実験に踏み切ったのだと考えられる
多世界解釈的に「可能性がある」というのは、「何処かの世界で必ず起こる」ことに他ならない

しかし結果は意に反して『複雑性の中から創発的に生まれたもの』らしい
ここで言う複雑性とは、重なった意識群が織り成す回路のようなものだと考えられる
必要十分な複雑系に知性が自然発生するというアイデアはSFでは古典的だし、リアルで研究するグループも実在するので一定の説得力はあろうか

『創発的』というのはつまり、ユニット単体をいくら突き詰めて研究しても成果の得られないことの裏返しであり
彼がそれを見越していた描写はなく(正確に予見出来ていれば人工意識は失敗作にならない)、実験の成功は単に偶然の産物でしかない

もう1つ考慮すべき点がある
意識の底に沈んでいる『こっち側の』七枷某には元からクオリアが備わっているのだから
人工意識そのものにクオリアが宿ったのではなく、重なっている他の意識からそれを借用しているだけかもしれないと何故考えられないのだろう?



〈 ギズモ 〉

七枷家のうち、ギズモだけは電卓による被造物ではなくイレギュラーな存在とされる
ギズモは樹の願望の体現であり、彼女の発する言葉は、樹の秘められた願いそのものである

>「ギズモ、しゃべれない、ことば、わからない。でも、タツキ、いった、おぼえてる」
>「コノ、イエニ、イルノ……」
>「オマエ、ダケ、ダ……」
>「ギズモ、それは……!」
>「タツキー!みんないるー!」
>「しきこー!ことこー!でんたくー!ゆいー!」
>「いる──!いっしょ──!」
>「ギズモ、お前……」
>「あ、あああう、か、う、かか……」
>「かぞく───!!!」
>「……ッ!?」

なんと尊き家族への渇望であろうか


>「私は、もともと、確率だけで存在している『物』です」

彼女は何故、歪みの終結と共に曖昧な猫に戻るのか

樹がギズモを拾うこと、及び彼女の人間化は
琴子の死亡がトリガーになって起きるイベント
つまり、件の実験の終了と共に、世界に琴子が死なない可能性が生じると
人間ギズモの登場する蓋然性は失われてしまうのだ



〈 結衣と式子 〉

そもそもの疑問として、研究者の電卓が本来の目的を果たす上で
この2人にあのような役割や異能を与える意味があったのだろうか

2人を舞台に配する意味そのものは察しがつく
柚ルートで言及されるように、七枷家一同は『互いに観測し合う』ことで存在を維持しているから
樹の維持に結衣・式子が必要だったと考えると辻褄は合う


2人のIdeal Symbolはそれぞれ「結衣:Eternal」 「式子:Eternity」
どちらも永遠だが、前者に不変、後者に不死のニュアンスが含まれる点に留意されたい



〈 柚 〉

彼女自身自覚はあるようだが、彼女のしたことは
結局自身の良識の一方的な押し付けに過ぎない

正誤の問題ではない
道理自体はむしろ柚の方にある訳で
樹にだってそんなことくらい分かってる

>「もう一度俺に琴子を殺せって言うのかよ!?」

結局樹の行動原理はこの一言に尽きる
樹が珍妙な連中と折り合いをつけ家族生活を送ってきたのは
そこに生きた琴子が居たからに他ならないからだ



〈 琴子が帰らなかった世界 〉

要するに「お前は死んだが今でも俺の心の中で生き続けているよ(キリッ」ってこと
これが当作で許容されるのなら、ここに至るまでの道程すべて必要ないんじゃ?w
最初っから黙って琴子の死を受容してればいいのだ
これでは茶番もいいところ



〈 当作最大の問題点 〉

各ルートのラストにて、家族のあり方なり人生賛歌なり、ライター氏の自己主張っぽい記述がその都度見られるが
そのどれもが上っ面だけの言葉で、読んでて心を動かされることがない
アメリカでゴールデンタイムに放映されてるホームドラマばりに、悪い意味で模範的
それを書いてるライター氏自身が自身の言葉を信じてないのではないか?と訝しむくらいに胡散臭く映る

例えばエロゲだと「萌え構築に失敗して駄作扱いされるB級キャラゲー」等によく見られる現象だが
読み物において「設定」を読者に押し付ける行為は、読者を感動も共感もさせ得ない
時間を掛けてイベントを積み重ねることにより、登場人物と読者との間に「経験の共有」を生じさせる必要があるのだ
要所要所に用意されたよく練られた珠玉の台詞も、そうした土台があって初めて説得力を持ちうる


それを踏まえて当作を振り返ってみよう。例えば柚ルートのラスト

>一つになろうと、わかり合おうと努力するから、
>その行為が『家族』に向かっているんだと思う。

…良いことを言ってるのだけれど、少なくとも読者はその結論に至る経験を彼女と「共有」してはいない
「彼らを3年間ずっと見てきた」という「設定」が読者に提示されただけである


例えば式子ルートラスト

>悲しみを、悲しみ以外のものと関連づけたりせず、
>ただ悲しみとして受け止めること。

彼女のルートでは、読者と主人公or式子との間に経験の共有が確立でき
家族=森の形成にささやかな感動が生じてはいるが
上記の結論は些か飛躍に過ぎるし、樹が勝ち得た教訓とは全く別の次元の話である

彼の口を借りてライターが脈絡もなくイデオロギーを披露しているだけで
読者がその言に納得する下地がまるで構築されていないのだ


結局のところ問題は、ライター氏の主張が彼の頭の中で自己完結してしまっていて
それを他者に伝えるための必要十分な描写が為されなかったことではなかろうか

だからといって、単純に尺を用意すれば済む問題でもないとは思うのだが
(残念ながらそういう勘違いをしているエロゲは枚挙に暇がない)