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tsubame30さんの片腕のザリガニ - one-armed crayfishの長文感想

ユーザー
tsubame30
ゲーム
片腕のザリガニ - one-armed crayfish
ブランド
斜塔ソンブレロ
得点
88
参照数
34

一言コメント

テーマもテンポも演出も良い本作ですが、ずばり三好さんが魅力的な点が一番のストロングポイントだと思います。短い尺で人物を深く描写し、惜しみないスチルとストレスのない演出を携えて、心地よい成長物語に落とし込んだ本作は、非常に良質なノベルゲームであったと大変満足しています。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

本作は、順張り・逆張りという言葉がキーワードになっています。ここでの逆張りは「ベタを避ける」「マニアックなものを好む」「予定不調和を楽しむ」というところです。
順張り男こと野崎君が、逆張り女こと三好さんに振り回されるところから始まります。手帳の演出には予定不調和を楽しむ感じが表れており、ワクワクさせられます。
変な女子に振り回される・共闘する流れで、『とらドラ!』とか『ハルヒ』とかの往年のラノベのことを思い出していました。

逆張りの意味は「素直に意見を言う」「空気を読みすぎない」「はっきりNoという」というところまで拡張できるものになっていきます。
昨今はSNS上の文字や動画などで発言・一挙手一投足の記録が残り、ふとした一言が取りざたされる大コンプラ時代。うかつに本音なんて話せない社会になってきています。
映画の感想ひとつすら素直に言えなくなっているこの時代を鑑みると「素直に意見を言う」ことは嫌でも意識させられるテーマだと思います。
ずばり、空気を読んで我慢するということせずに素直に生きたいのが本音でしょ?と三好さんは言います


テーマもテンポも演出も良い本作ですが、ずばり三好さんが魅力的な点が一番のストロングポイントだと思います。

三好さんの魅力はなにより自分の気持ちに素直なところ。
意中の幼馴染の「インナカラーいいよね」という一言をうけてすぐさまインナーカラーを入れるのは、順張り以外の何物でもありません。天草君に好かれるために一直線です。
逆張りと称してひねくれたことをやっているように見えて、実はただただ素直なだけなんですよね。好かれるために急にカラーいれたらイタイかなというごちゃついたものを考えない。ただただ自分の気持ちに忠実。
三好さんの言うところである逆張りが「私が逆張りと思えば逆張り」というテキトーさがあるのは「結局自分がそうしたい方」と思えば納得がいくものです。
彼女のそんな様は野崎君には眩しく映ることでしょう。私にとっても同様でした。

同時に、野崎君が「病的」と称するように、三好さんの逆張りには、奔放さというよりはむしろ影が感じられます。
スマホを持たないようにしていることや、いざ注文したザリガニを前に躊躇している様からは、「もう今更後に引けなくなってきている」感じをうけます。
そんな彼女の「無理してなんとか頑張って素直に振舞っている」ところは真に迫るというか、とても他人事ではないというか、ともかく人間味を感じるのです。

終盤は、彼女がそうなってしまったきっかけが語られます。
三好さんは、自分はあくまで少数派、普通はこうじゃないよねという自覚がある。奇形のザリガニであるという自覚がある。ザリガニ釣りのシーンの三好さんの「そっか」には身につまされます。一般性がないとわかっているから自信が持てない。その恐怖が野崎君を拒絶する言葉に繋がった。

三好さんが言う逆張りという言葉の中には、自信のなさ、自分が少数派であるという慎み深さがあります。
『とらドラ!』の逢坂大河や涼宮ハルヒのような、傍若無人さ、周囲を顧みない様子はありません。両名が自分らの行動を「逆張り」と称することはないでしょうし…。
自由に生きたいと思っても、周りに流されたくないと思っても、いざそうすると不安がつきまといます。我々がSNSでコンプラ気にしているときもそうですよね。三好さんは、我々と同じように、その不安を常に抱えている。

そんな彼女に自由であってほしい。自信が持てるようになってほしい。それは野崎君の願いであり、一プレイヤーである私の願いでもありました。野崎君は三好さんを選挙で勝たせるべく動きます。

少数派は常に不安に苛まれるし、効率悪くて割に合わない。だけどそのままで頑張ろうとする。本作は、ポップでないもの・少数派の奮闘を描き、素直に生きる愚直さを讃える物語だったのではないかと私は認識しています。
少数派の奮闘を描くならば、選挙という多数派が勝つしくみを舞台に据えたのも納得ですし、最終的に恋も選挙も負けてしまうのは、あくまで三好さんが少数派である前提が変わらないことから無理からぬ結末であるように思います。

三好岬の素直に生きようと逆張りするかっこよさと、自信がなく無理して頑張っている人間味に惹かれました。野崎君と三好さんが相互に足りないものを補いあって成長していく様子に心打たれました。
「――――――今度はちゃんと、感想言えると思いますので」
自分と向き合った野崎君の成長は、ラストのこの一言に端的に表れていると思います。
短い尺で人物を深く描写し、惜しみないスチルとストレスのない演出を携えて、心地よい成長物語に落とし込んだ本作は、非常に良質なノベルゲームであったと大変満足しています。