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tracivさんのSWAN SONGの長文感想

ユーザー
traciv
ゲーム
SWAN SONG
ブランド
Le.Chocolat
得点
91
参照数
559

一言コメント

極限環境下での人の醜さと美しさを描いた傑作

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

文章をまとめるのが苦手なので、感じたこと、考えたことを箇条書き?に並べます

・世界観、シナリオ、キャラクターがすべて調和していて、ほつれがない。大抵の作品には、どこかで「ここでその台詞(思考)はおかしい」「展開が都合が良すぎる」といったツッコミポイントが点在するものですが、この作品は無慈悲にも"奇跡"などなく、逸脱せずリアリティを保って世界をほぼ完璧に描ききっています。シナリオライターの手腕に感服しました。恥ずかしながらこの有名なライターの作品は初めてだったのですが、他の凡百のエロゲとは一線を画したテキストの質で、まるで大人向けの小説を読んでいるような気分になりました。シナリオや人物の内面描写が評価されている点ですが、卓越した語彙選びや情景描写、圧倒される表現力もまたこの作品を素晴らしいものにしている重要な要素だと思います。自分の頭では、全ての描写の意図を理解できないのが残念です。

・雲雀というキャラクターが一番好きになりました。彼女は最初、典型的な自己中でワガママで何も考えないお嬢様系の不愉快なキャラだろうなーと感じさせました。しかし物語が進むにつれ、全く逆であることが分かります。理知的で特殊な境遇のキャラクターの多い中、珍しく凡人、悪く言えば愚者というか、短絡的で感情的で逃避的なキャラクターです。でも、だからこそ、その本質は人一倍他人を気遣い、他人のことを考え、他人に尽くせる、この地獄のような世界で唯一純粋な善性と呼べる感性の持ち主でした。善人だったクワガタは狂気に晒されて心を歪めましたが、同じ狂気に直面しても雲雀の心は歪まなかったのではないかと思います。あろえの「おねえさん」が死の間際に、「同情しても、誰も優しくしてはくれない」と絶望していました。司を始め、他の人もあろえを世話してくれましたが、真の意味であろえのことを考え、"優しく"接し続けてくれたのは彼女だけであったと思います。恐らく「おねえさん」が十何年とあろえと共に過ごしていても出会えなかったような人がこの世界に存在していたこと、そしてその出会いの尊さに心を打たれました。

・状況次第で、人の精神は簡単に変質しうる。というのは、現実でもしばしば考えることです。人の営みや尊厳って結構危ういバランスの上に立っていて、この作品での鍬形を筆頭として自警団、警官や不良達、もしくはNormalエンドで狂乱に陥った大衆のように、何かきっかけが与えられればそれまでの意思や思想なんか関係なく何もかもが壊れたかのように人間性が変様してしまう。だからこそ、鍬形はゴミで屑でカスで最低のレイプ猟奇殺人ダブスタ野郎ですが、(最初の善人としての描写の積み上げもあって)最後まで全てを邪悪と断定して憎み切ることはできなかった。一度泣いて命乞いまでした不良が改心せず殺人を繰り返したシーンは、「やっぱり一度過ちを犯した屑は変わらない。すぐに殺しておくべきなんだ」という思考になりました。しかし、それを嘲笑うかのように、同じく猟奇殺人を犯した警官は理想的な更生を遂げていました。人は状況次第でおかしくなるし、状況次第で心を改めることもできる。人の悪事の責任は、その人にあるのか、それともそれをさせた環境にあるのか。人は悪人を憎むべきなのか?罪を憎んで人を憎まず、という思想はこうした考えから来ているのでしょうか。ですが、現実的には、悪人は憎んでしまうし、二度と悪事を働けないよう処罰するべきだと思ってしまうのは、仕方ないことなのですかね。

・あろえの存在意義については、読了後、他の方のレビューを見てなるほどと思う考察を見ましたが、自分で読んでいる途中では終ぞはっきりしませんでした。しかし、normalエンドで、瓦礫の下からあろえの手が覗くCGを見た瞬間、他のどのキャラクターの死や描写よりも胸が締め付けられました。正直、あろえは作中のゴタゴタを一切認識していないお花畑だし、もっと言えばみんなの邪魔をするだけの存在で、ひどい言い方ですが死んだところで悲しみは少ないはずなのに、なぜでしょう。例えば下手な人間よりペットの犬が死ぬほうが感動する映画なんかはありますが、その手の感覚とも何か違う気がします。考えたのですがよく分かりません。何も悪いことをしてないから?ずっと一緒に居たから?無邪気だから?希望の象徴だから?可愛そうだから?あろえは、醜い世界の中でも、ただ一人自分の逸脱した世界だけに浸っていました。ある意味で、死ぬわけがないと思っていたのかもしれません。別の世界を、この世界の出来事が壊してしまったこと、あろえだけの世界が壊されて失われてしまったことが、なんとなく悲しいのかもしれません。

・トゥルーエンドについては、個人的にはノーマルより好きです。勿論ノーマルも好きですし、感動の大きさはノーマルのほうが上です。単に自分がハッピーエンド厨だからという単純な理由です。とはいえ、全ての作品に対してハッピーエンドを望むという考え方をしているわけじゃなく、まあ、生きるためにもがき苦しんだ人々の話だから、希望が残る終わり方があってもいいんじゃないかと思うんです。