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toryu262さんのファタモルガーナの館の長文感想

ユーザー
toryu262
ゲーム
ファタモルガーナの館
ブランド
Novect(Novectacle)
得点
95
参照数
324

一言コメント

同人作品でありながら、全方位で商業作品を凌駕したビジュアルノベルの最高峰

長文感想

同人作品ということもあり知名度は決して高くないですが、ネット上のありとあらゆるレビューサイトで絶賛され、隠れた名作として根強い指示を受けている作品。
私自身も発売からかなり時間が経ってから本サイトで初めて存在を知りました。
陰鬱そうな雰囲気とどことなく乙女ゲーっぽい作画が私の趣向に合わなかったこともあって長い間積んでいましたが、レビューの方々の高評価に釣られてようやくプレイする決心がつきました。
見た目で人を選ぶ作品なのは間違いないですね。

いざプレイしてみた結果ですが、評判に違わぬ傑作と言って差し支えないでしょう。
開発には4年の歳月をかけられたようですが、この内容とボリュームならばその時間も納得できるものです。
同人作品でこのレベルの作品にはちょっと出会ったことがありません。

原画は靄太郎氏。
細やかで柔らかいタッチで描かれていて、近世西欧世界の肖像画を思わせる作風です。
どことなく乙女ゲームっぽくも見える作風なので、見た目で敬遠する人もいそう(私がそうでした)ですが、質的には充分な域に到達しています。
舞台がヨーロッパの本作にこの原画は完璧にマッチしていて、雰囲気を盛り上げて没入感を出すのに一役買っています。

音楽はボーカルのがおさんを含めて数名で製作されたようですが、ゲーム起動時にヘッドホンで聴くことを推奨し、オリジナル曲で構成されていることを強調するくらい力を入れられたようで、実際素晴らしいものでした。
第1章の薔薇庭園や子供達の喧騒を想起させる曲から第3章の産業革命期の社交界を表現した曲、物語後半の悲劇を演出するダークな曲まで毛色が様々で、場面によって非常に上手く使い分けられていて作曲者のセンスには脱帽するばかり。
作品の後半にある真実が明かされるシーンでは、ある曲が流れた瞬間思わず涙が出てしまいました。
単にシーンや雰囲気に合致しているというだけでなく、曲自体の質も高いと感じます。
全クリ後には音楽が歌詞と和訳付きで見れるようになるので、是非確認してください。

そして、本作の最大の特徴であり評価点となるのはやはりシナリオです。
前半に散りばめられた謎、伏線が後半次々に回収されていき一つの結末に収束していく様は見事の一言に尽きます。
物語前半のプレイヤーは記憶を忘れた主人公と同様に謎の館に放り出され、女中に導かれるままに館で起こった悲劇をただ追体験することしかできず、多くの謎を抱えることになります。
自分は誰なのか。女中は何者なのか。魔女の存在は本当なのか。なぜ館が存在するのか。どうしてその館に自分はいるのか。
その状況は4章を境に変化していき、主人公が自身の記憶を取り戻し自身の悲劇に向き合ったとき、この物語は自身を探索する物語から魔女の呪いの真実を解き明かし、その呪いを解くための物語へと話が変わります。
詳細は伏せますが、そこから魔女の呪いを解くまでの過程が非常に緻密に表現されており、一見するとそれぞれ独立した事象に思えた前半の悲劇が、実はある1つの出来事に起因するものであったのだということが説得力をもって描かれています。
最終的には登場人物一人一人の行動やその背景まで明らかになり、その上で悲劇を回避するために奔走する主人公の心理描写やショーアップの仕方には素直に感嘆するしかありません。
また、本作のシナリオには多くの社会問題が組み込まれているというのも評価したいところです。中世魔女裁判の悲惨さ、貴族階級の政治的思惑、人種や性への差別と偏見など。作品内部の年代で起こったであろう社会問題を組み込むことによって、作品全体で起こる悲劇の内容は一層リアルさを増していると思います。
見事です。

この素晴らしいシナリオを構成したのは“縹けいか”氏。
この作品がデビュー作らしいのですが、これほど複雑なプロットを世界観や物語に矛盾がないよう構成し、自身のメッセージ性を含ませた上で、プレイヤーに納得できる形で驚きや楽しさを提供するということは並のライターには決してできることではありません。
相当の筆力を持った方だと思います。
テキストの表現も最低限の語彙で場面の情景を的確に表現されてあり、特に登場人物の心理描写や掛け合いの内容が上手で聴きごたえがありました。
登場人物の個性を台詞に上手く反映してあり、この辺り登場人物に対する愛を感じます。
とてもデビュー作とは思えないですね…今後もご活躍されることを期待します。

全方位で隙がない本作ですが、一つだけどうしても気になったことがあります。
それはギャグシーンに関してです。
悲劇三昧のこの物語にもある種のコミカル的な場面はあるのですが、その内容がいかにも“日本人”っぽいのです。
このゲームは基本的には日本人に向けて作られているので、日本人が笑えなければ意味がないというのはその通りです。ただ、登場人物の大半が西洋人であるこの作品内で、西洋人の登場人物が日本式のギャグを演じるというのは違和感がありました。
また、そういった設定面だけでなく、本作の原画や音楽が先述した通り非常に作品の西洋世界にマッチした素晴らしいものであるために、逆に違和感を引き立ててしまっているのかもしれません。
ギャグシーンは内容とリアル過ぎる原画が頭の中で噛み合わず、結構シュールでした…
といっても、それは日頃から外国文化に親しんでいる私だから感じたことであり、普通の人は気にならないことだと思うので、まあ贅沢な要求程度に捉えていただければと。

パッケージなどにも書かれている通り、本作の話の大半を占めるのは陰鬱な悲劇の物語であるため、プレイヤーは長い間我慢の時を強いられます。
鬱展開が続きますが、その分ゲーム終了時には全ての伏線が回収され、最高の結末を迎えることによる無上のエクスタシーがプレイヤーを包み込んでくれます。
耐性のない方にはキツいかもしれませんが、頑張って最後までプレイすればなんらかの感動を得られるはずです。
興味があったら是非プレイしてみてください。
評判の高さに偽りはありません。