「ヒントを与えてやるのです。もっともらしいヒントを、相手の程度に応じて。すると、ヒントから解答を得た『坊や』たちは自分の手柄に酔いしれて、本当の正解を模索しなくなる」
違和感はあったし、露骨すぎるミスリード誘導もわかっていた。それでも与えられたヒントに飛びついて正解を模索しなくなった『坊や』になってしまった。正直悔しくもあるが、おかげで作品を最大限に楽しめたので満足。
車輪との比較だと正直評価が難しい。どちらの作品も感情を揺さぶられた点に違いはなく、その程度を比較しようにも正確なところはわからない。車輪で最大の問題点だと思われるルート構造が改善されたのは評価すべき点だが、水羽の章だけ悪い意味で突出している点も見逃せない。それを考えるなら車輪の4章もあまり印象に残らなかったので難しいところだが。
好みだけで言うなら今作のほうが車輪より好きだ。どのヒロインでもメインストーリーは変わらず、2周目以降は別ヒロインEDの回収作業になってしまった車輪はやはり一段落ちる。その点今作ではヒロインを選んだ時点で途中下車式にシナリオをたたみ、かつ水羽以外のシナリオは満足度が高い点も素晴らしい。
以下、ネタバレあり感想
2章
主人公の頭痛、物忘れから二重人格を疑い、水羽が魔王を京介と見間違えたあたりで魔王=京介父の可能性を考えつつもほぼ確信。そして、
「”魔王”であるおれが表立って活動していないとき、浅井の京介はおれに
加担するように動いているようだ。」
この文章で二重人格で魔王=京介だと決めつけてしまった。弟を迎えに帰った椿姫を見送ってから頭痛に襲われ、人格が切り替わってから先回りして誘拐なんてできるのかと違和感を覚えもしたが、宇佐美との鬼ごっこみたいに地の利を生かしたのだろうと自分を納得させた。京介=魔王を成り立たせる理由探しに頭を使うようになっていた。京介父が服役中で魔王ではありえないとわかり脳内選択肢が減ったのも一つの原因かもしれない。露骨にすぎるミスリード誘導も無視するようになってしまった。
椿姫の章 鏡
椿姫が弟を通して自分を取り戻したように、京介が椿姫を通して自分の歪みを自覚していく様が見事だった。まさしく「鏡」という章題にふさわしい物語。名言多数で見どころしかない。最終章の次に好きかもしれない。
「京介くんの苦しみも、哀しみも、なにひとつ知ろうともしないで、ただ優しくていい人だって決めつけてたんだね」
「京介くんを知ろうとする努力を怠って、勝手にいい解釈をして自分だけ楽にしてたんだね」
魔王の講釈
「椿姫、人を疑わないというのは、相手を軽んじているのも同じだぞ」
「相手に深い興味を持てば、疑うものなのだ。お前は人を疑わないことで、
人間関係のわずらわしさから逃げているにすぎない」
を椿姫なりに昇華させた名台詞。椿姫らしい解釈に浄化されるような気分になれる。
「どこが、偽善者だというのか! 椿姫を、くそったれの偽善者のように見ていた
自分の、その愚かさに呆れ果てる。 曲がっていたのはおれの心ではないか。
心が歪んでいるから、相手までなにか悪意を隠しているように見えていたのだ。」
「やっぱり、椿姫は椿姫じゃねえか……」
椿姫を京介同様怪しいやつだと疑った自分の耳に痛い言葉。自分の心が歪んでいることは否定しようもないが、指摘されるとやはり痛いものである。
「女なんて関係ねえよ、クズどもが」
「もう、おれは金の奴隷じゃない。あんたを肥やすための家畜じゃない」
「暖かい家庭を望み、信頼できる女と飯を食って、たまにいまみたいに無茶をする、ただの人間だ」
自身を家畜ではなく人間だと言い切った熱いシーン。某RPGでも偽物の魔王に鏡をかざすことで人間に戻すシーンがあるが、鏡を通して人間に戻るというのは王道展開なのかもしれない。
「お前に、人であれなどと、教えたか?
てめえはけっきょく、仕事を放り出して女に逃げたんだろうが」
権三が京介の啖呵を切って捨てる名台詞。これも一つの真理かもしれないが、逃げることが悪いこととも限らない。
3章
「ヒントを与えてやるのです。もっともらしいヒントを、相手の程度に応じて」
「すると、ヒントから解答を得た『坊や』たちは自分の手柄に酔いしれて、
本当の正解を模索しなくなる」
おそらくこの作品で最も印象的な台詞。この時点では劇中ネタバラシの一環であり、メタ的にはプレイヤーへの警告なのかもしれない。ここで自分の魔王=二重人格の京介という解答を再検証しなかった自分は間違いなく『坊や』。
花音の章 我が母の教えたまいし歌
「おれは、消える。 消える予感があった。」
「いままで憎悪だけを糧に生きてきた男が、あるものを、知ってしまったのです」
「愛ですよ」
消える予感があるというのは魔王のモノローグで、台詞からも魔王=京介を匂わせる。というよりプレイ後の今だと意味がわからない。やはりプレイヤーをミスリードさせることにこだわりすぎたゆえの矛盾なのだろうか。
「お義父さんらしからぬ、先見の明のない意見ですね」
「おれの女は、あんたの娘だぞ」
京介くんの格好いい啖呵パート2。
「京介、お前も俺にへつらうだけの家畜かと思っていたが……」
「初めて意見が分かれたな……」
権三が初めて京介を人間と認めるシーン。思わず笑いがこぼれてしまった。
しかしこの章最大の見どころはやはり花音の演技シーン。初め花音ルートに入ったとき章題が空白で、もしかしてルート内分岐で変わるのだろうかなどと見当外れな予想をしていた。それが章題を出してからの演技シーン突入という最高の演出のためだったとは感嘆せざるをえない。演技シーン描写は目頭が熱くなるほど見入ってしまった。
4章
「お前らはいつもそうだ。そうやってすぐ悪に優劣をつけたがる。
逆に聞きたいが、卑劣でない悪などあるのかね?」
”魔王”という悪、権三という悪を描いた作品だからこそ気になる台詞。
それはそれとして分岐がわかりづらい。水羽が人質にとられていて、警察を呼べば殺すと脅されている。ここで警察を呼ぶという選択肢を選ぶのはなかなか難しい。おかげで5章まで進んでから水羽ルートに戻る羽目になった。
当時は水羽ルートを最後にしたほうが満足度が高いのかと疑いもしたが、終わってみるとそんなことはなく、一度戻ってでも先にプレイした自分を褒めたいぐらいだ。それゆえ水羽ルートは分岐からしてわかりづらいというケチがついてしまったのは残念なところ。
水羽の章 姉妹の言葉
個別の中で明らかに見劣りする章。序盤は笑いどころが多いが作風が変わった印象を受け戸惑い、一方で水羽の可愛さに脳を溶かされる。このときの水羽は完全に「坊や」なのだが、そんなことよりとにかく可愛い。
中盤の選択肢でルートが分岐し、まずはエロシーン回収と進むとBAD。せっかくのユキの濡れ場がカットされ、不満しかない。
そして水羽正規ルート、章題が出されて突然3年後。可愛い可愛い水羽とのイチャイチャもカットされ真顔になる。成長した水羽が描かれ、エロシーンの1枠は成長前の水羽を楽しめるがただそれだけ。
成長した水羽の台詞自体はいいことが書かれている。しかし成長の過程を過去にこんなことがあった程度で流されては実感を持ちにくい。章題からあくまでテーマは「言葉」であり「成長」ではないのだろうが。
「……好きな人には、どんな感情をぶつけても許されるって思ってたの」
「舞い上がっていたのよ。浅井くんが優しいから、なにをしても嫌われないって思ってたの」
「まるで、物の扱いと同じじゃない?」
「あなたが、対等な人間であることを忘れていたんだわ」
「人は独りでは生きていけないというけれど、一人で生きようともしなければ、
そこには必ず甘えや媚という悪が芽生える。」
水羽を一人の人間と考え思いとどまった京介との対比は良い。そして出てくる「悪」の言葉。この作品における「悪」を考察するうえでの参考にはなりそうだが、それはまた別の問題。
最後に言葉を遮ってキスで黙らせる締めなのも意味がありそうだが、特に考察をしない現段階ではあまり満足度の高い章とは言えない。正直、最終章を引き立てるための前座という印象が強いのも残念なところ。
5章
「悪とは、いまだ人のうちに残っている動物的な性質にこそ起源がある!!!
復讐に救いを求め、救いに悪を成さんとする貴様は、遠からず己が
悪行のもろさを知るだろう!!!」
権三の最後。格好いい悪役だった。京介を助けたことに批判もあるらしいが、卑劣でない悪が存在せずとも、悪に卑劣以外の要素があってはいけないわけでもない。一面的なものの見方しかできないのはもったいないし、権三の魅力が損なわれたとも感じなかった。
章題にタイトルが使われ、ついにネタバラシで魔王=恭平。『坊や』だった自分は完全に意表をつかれた。考えてみれば、死体が残っていないのは生きてるフラグなんて使い古されたネタだった。
そしてハルと結ばれるが、レコーディング当時12歳と言われるとそっちが良かったと思ってしまうのはロリコンの性。しかしハル自体髪が長すぎるとか、雌雄が流れる時のCGにヒロインらしさを感じないというのも問題だと思われる。
「もし、この問題先送りで評判の国の総理が、未来をになう少年少女を皆殺しにしろと
SAT隊に命令できたら、これからは私もきちんと選挙に行くとするよ」
笑いを狙ったシーンではないだろうが、こういうユーモアを感じる文章は好き。テロ開始からの超展開については特に印象に残らず。
最終章 春
ハルの章とは明記されていないが、春とハルをかけてもいるのだろう。こういう色々な意味が込められた文は妄想が捗る。
それはそれとして、花音の章の章題表示演出と、G線上の魔王の章題表示演出と並んで最高にアガる章題表示演出である。
5章でハルとキスをして終わり、EDを眺めて、モノローグから京介の帰宅と疑わず進め、笑顔のハルに迎えられ、
「――会いたかったよ、宇佐美」
魔王の登場。章題表示。最高にアガる。
そして魔王を殺した後の最終章。私はワードでメモをとりながらエロゲーをプレイするスタイルなのだが、最終章に入ってからはメモをとるのも忘れて読み進めた。おかげで最終章だけは2回読む羽目になったのだが、それほど熱中させられた。
特に挿入歌が流れてからは凄い。
「心に修羅を宿す。」
「生けれども生けれども、道は氷河なり。
人の生に四季はなく、ただ、冬の荒野があるのみ。
流れ出た血と涙は、拭わずともいずれ凍りつく――。」
愛する者の未来を守るため、自ら愛する者を貶す京介。覚悟を決めた京介は養父権三の境地に至った。
「いいぞ……そうやって、見え透いた悪に飛びついて来い。
この悪は、ただの悪ではない!」
この作品のペテンで『坊や』扱いされる悔しさを、感動へと転換させる名台詞。権三の境地で、魔王の手法で、京介がハルの未来を守りぬく。最高に熱いシーンに目頭が熱くなった。このシーンがあるからこそ、3章で魔王が「坊や」なプレイヤーを煽るかのような台詞も許せる気がする。
さらにヒロインとの接見で畳み掛けてくる。段々変化していく京介の表情も見逃せない。
そして出所と再会、出会い。少女に父と呼ばれて京介の時が止まる。BGMも止まる。最後のBGMはOPアレンジ、「道は氷河なり」。
「殺人犯の娘が、またなにか言っている。」
「おとうさん、頭なでて」
「殺人犯の孫は、京介の冷たい手を求めていた。」
「京介の歩んできた悪魔だらけの人生で、最後の最後に現れた穢れなき天使に、
なすすべもなく泣くしかなかった。」
最愛の女性との間に生まれた天使。殺人犯の子供にできるはずもない。それでも嬉しくて、突き放せるはずもなくて、様々な感情が混ざり合い泣くことしかできなかったのだろう。愛する女性を殺人犯の妻にし、穢れなき天使を殺人犯の娘にする。道は、氷河。
「やがてハルが娘の名前を告げたとき、舞い散る粉雪がはたとやんだ。
まるで、ずいぶんと早い春の訪れを察したかのように――。」
京介とハルを隔てるように降っていた雪は止み、FIN。魔王の企みどおり京介は人殺しとなりハルと引き離された。京介自身もハルの未来のためにハルから離れようとした。それでも権三の言葉通りに魔王の悪行はもろくも崩れ去り、京介はハルと結ばれた。感無量のEDである。
唯一の不満を挙げるならハルがヴァイオリンを弾くシーンが見られなかったこと。OPのCGで期待させられたからなおさら。
ついでにシナリオ外ではユキルートがないこと、瀬田真紀子の顔グラがなくEDクレジットにも載らないことも不満点。
シナリオ
ハル>椿姫≧花音>水羽
キャラ
水羽(成長前)>(ユキ)>花音>椿姫>ハル
好きなBGM
雌雄、道は氷河なり