瀬戸口氏が新たな可能性を描く、数多の登場人物と長期にわたる事件の無情な群像劇
体験版の時から嫌な予感はしていた。なんたって結婚式から描かれて、神視点の作家がそれを強調してるのだから。
瀬戸口氏は普段から豊富な引用をするが、今回の始まりはまさにゴッドファーザーだろう。偉大な父の死から始まり、主人公もまた神として君臨しようとするのだから。彼の在り方は学君のようで、司のようにあろうとして、しかしどこか鹿くんでもありきらりでもあった。ただ、本質は馨君にも近い。
まさにクソッタレな現代の幕開けにふさわしい、戦禍・同族憎悪・身内狩り・障害と医療といった現代の病床諸事情が描かれた傑作のシナリオだった。
演出も、声もなく、音楽もほとんどないが、効果音と淡々とした描写でここぞというときに流す効果はとてもよい。また、選択肢こそなくとも一つ読み進めるごとに増えていくチャプターと豊富な視点が、主体性のある読み物としてのVNの価値を生み出している。システム点は減点ない…と言いたいが、クリアしたらBGMとCGくらい堪能させて…。
まだ考察が済んでいない中走り書きを記す。
これまでの瀬戸口氏作品からは大きく外れ、今回は超能力の戦闘が多く描かれ、大胆なマフィアという反体制の権力の中枢につく主人公が、己の得たかったものを諦めて、それでも何かを得ようと情を捨てて最善を選ぼうとする。結果的に彼は上手くいったが、手元に残ったものはあまりにも僅かだった。
発表されてからいったいどんなものになるのか不安と期待の4年間だった。それでも何度も延期を繰り返すのを待ち続けた価値は存分に取り返せた。
作中時間は半年弱にもわたる長期間に、これだけ豊富なチャプターと視点が用意されれば、これだけの長期の開発期間というのも納得である。普通のライターにはここまでの多様な人材を扱いきれないだろう。よくぞここまで、ちょっとした人物でも描写したものだ。
雑多ながらも統制のないるつぼなY地区。この必死な環境で何かを得ようとする者たちはどいつもこいつも三癖以上持ち合わせていて、自分で何かを築こうとして朽ちていく。私にとってはその誰もが憎めない、一人減として出来上がっているように思えた。ダリオ…お前も最後には楽しませてくれたよ…。
最後までどう評価しようか悩んだのは見土だ。始めは気のいい兄ちゃんでダブル主人公かなというくらいにしか思ってなかったが、結局のところ自分の運命と言いたいかのように他人の示す道に従い続け、大きな過ちを防ぐこともできず、運命のままに死んでしまった。クソっこんなのに俺のシウが!! ノミさんを、やさしかった所員を返せ!
病院襲撃はあまりにも杜撰で胸糞だった。これぞ虐殺の起こり方なのだろうと近年の事件の解像度が大きく上がった。
彼は漠然とタイプBの勢力に幼少期から漬かりながら、結局自分で何かをなすというのを諦めてしまった結果がこれだ。おそらくSwansongの田能村のようになりたかっただろうにこの体たらく。彼が因果に応報されるところで本当に嫌でもスカッとしてしまう。
ただ、それでも田能村にはなれなかった。実績といってもガキ大将でしかなく結局は子供であり、他人の価値観を変えられず何も為せない自分に絶望していた。シウの胸に包まれた彼が本当の彼だったのだろう。分不相応な力と権威に潰された少年だった。それはガキ大将だったころを描いた最後のエピソードでよくわかってしまった。
主人公についても後ほどまとめたいと思うが、前半に書いたのが今のところすべてだ。ただ、彼は何度も失いかけながらも、最終的には家族だけは守り切った。彼は優先順位を付けられる人だが、守りたいものはしっかり守れたのだろう。
彼を思うと、実態は違うが瀬戸口氏の好むロシア文学で言うとストルガツキー兄弟の『神さまはつらい』が最初に思い浮かんだ。それにしても今作はトルストイ的な群像劇でありながら、ソ連・モダンロシア文学のカオスと悲惨に満ちていた。
さらに語りたいのは太刀川先生や灰上、ベルーハだったり、フェルナンド父やリャオなどのマフィアだったり、舞台装置の『コシチェイ』と松子、視点の路地さんだったり、超能力や舞台そのものだったり尽きないが、また気が向いて知人にゲームを投げまくって大いに語らった後にでも追記したい。
その他、考察したい内容のメモ。これまでも瀬戸口氏によって描かれてきたものだが、ヒロインの聖女像、アレクセイなどが描くキリスト教性、精神病、家族といったテーマから今後切り込もう。
雑多な書留となってしまったが、エピローグ直前に持ってきた彼らの子供のころのエピソーは悪趣味が過ぎるが、よくやった。あれのおかげでエピローグ後まで平静に読み切れ、寓話的な、最後を心安らかに読み切れた。あの結末で個人的には満足だ。
ちなみにおかずには『ローズ・クラブ』の退廃的な描写と、こいつらやったんだろ!やったやった!という複数の描写でちょっと使えた。非18禁だが思わぬ収穫だった。