個人的に前作(アメグレ)で感じていた不満点を大きく改善してくれていたので嬉しかった。キャラクターたちをキチンと「人間」として描いた上でトリックを組んでいるので殆ど首を捻ることもなく読了出来ました。なので最早ケチ付ける所もあまり無いというか、非常に完成度の高い力作だと思います。
グラフィック(19/20)
背景絵が凄く美麗で、大正時代に生きているという臨場感・没入感を高めてくれています。時代モノの背景絵ってマジで重要なんですよね。キャラデザについては、梱枝先生らしい可愛いタッチで描かれたヒロイン勢は安定。ただ実は僕的にはサブの方が描いている雪葉やリーメイの方が好きなキャラデザだったりするのは歯痒い。レアリティにも依るんですけどね。大正時代の駅員服着た職業婦人とか、アングラな賭場に出入りする華僑とか、他のゲームじゃ中々拝めないし。男キャラたちも個性的な面々ながら上手く描いていたと思います。ただ結構鍛えている軍人にはとても見えないショタ主人公はちょっと浮いていたかな。
ストーリー(41/50)
※「アメイジンググレイス」のネタバレを含みます。未プレイの方はお戻りください。
まず序盤で驚いたのが、大正時代についてかなり綿密に調べ上げられていたこと。所謂「なんちゃって」の雰囲気だけ拝借して大正ロマンと謳う作品では決してないということがすぐに窺い知れます。当時のデパートでの作法や陳列形式などから始まり、文語文で用いられる旧字や仮名遣い、食料事情や服装事情などなど。また華やかだったり楽しい部分だけでなく、政治思想面でも混迷を極めた時代の負の側面(街中でのシュプレヒコールなど)も1周目からバンバンに描いていますね。こういう正負問わず写実的に描いてこそ、というのは僕個人としても趣味が合います。
ただ環境は比較的シビアなリアリティを見せていますが、そこで生きるヒロインたちは良くも悪くもランプオブシュガーの空気感を持った子たちばかりで、大体ほのぼのしています。捻じれ構造とまで言うと大仰ですが、シナリオゲーの土台を整えながらフワフワ日常劇が展開されるシーンも多い。このアンマッチを気持ち悪く感じる人も居るのでしょうが、まあ個人的には「もう慣れた」というのが率直な感想ですね。冬茜さんは元よりランプのしげたチームで書いてきた人だし、キャラの掛け合いは既にこういう形で確立されているんだと思います。それに所長のキャラなんかは本当憎めない感じに仕上がっていたし、おふざけみたいな守銭奴設定が何か上手いこと事件解決に役立ったり(偽札看破が好例)して面白かったですしね。僕は好きですよ。
もちろん所長以外のキャラ達にも、それぞれ個性があり、駒ではなく生きている人間としての魅力が確かに感じられました。ナリゴンなどは初登場時は端役にしか見えず、「こんなキャラにまで立ち絵を設けるとか儲かってるなぁ」とか呑気なことを考えていたものですが、終わってみれば端役どころか、未来に帰る司が挨拶に行くくらいにはシナリオに深く関わったキャラでしたからね。傲慢で短気な所もあるけど、成り上がりは全て加藤のお蔭という事もちゃんと客観視できていたり、自身の直情径行で傷つけた司に謝ったりと、年長者らしい冷静な部分もある。たぶん、傲慢さは自分に自信が無いことの裏返しでしょうし、加藤の望む額を上納し続けなくてはいけないプレッシャーも彼から余裕を奪っていたのだろうし、要するに色々と心情を察せる、生きたキャラクターとして作れていたと思います。前作のリリィ先生なんかはマジで何がしたかったのか意味不明で、シナリオの要請に従って右に左にブレまくる駒でしかなかったことを思えば、格段の進歩かと思います。
といった所で、そろそろシナリオ本筋の話に移っていきたいと思います。
1周目が楽しすぎたツケを2~3周目まで払っていく展開。つまり間違いなく1周目は楽しいです。上述の通り上手く再現された大正時代に浸りながら、ポワポワしたヒロインたちと探偵稼業を楽しむ日常、「歪み」を正すというタイムスリップの解決法の模索、そして迎えた唐突で残酷なエンド。加藤が直接警告しに来た時点でデッドラインだったのですが、それでも今までのホンワカ大正紀行からのギャップが凄い。震災という日本人全員が心の奥底に抱えている恐怖の現出と、絶対にありえない発生年のズレを起こしたカラクリの不可解さに読んでいて鳥肌が立ちました。加藤さんがイキリ散らかしながら語った歴史観も興味深く面白かった。未だ迷信から抜けきらない民衆こそが残酷な百鬼夜行と成り果てる阿鼻叫喚の様相も凄くエグくて好きでしたね。
さあこの鮮烈なバッドエンドからどう反撃していくのだろうというワクワク感を持って、物語は2周目へと移ります。ちなみに本作がループ構造になっていたことへの驚きはなかったですね。流石にね(笑)。基本ループモノしか書かない人ってのは知れているし。というわけで、半ば予定調和のように始まったループ世界で、加藤を止める策を練ることになるのか、と期待しながら読み進めるのですが……途中で気付くわけです。記憶まで持って枝を渡っているワケじゃないと。なので加藤を放置する危険性なども知らない状態の司からリスタートということになるんですね。しかも後藤氏暗殺事件を防いだ折に当の魔人さん直々にモラトリアムをくれてやると言われれば、そりゃね。気になった女の子に現を抜かしちゃうのも仕方ないし、司君の裏の思惑に沿えば「歪み」を追いかけ回すのも都合悪いし。そりゃこうなるかなとは思うけど、読んでいる側からすると寄り道感が拭えない。ただ同時に、駒のように思い通りに動かないけど、それは物語世界の中で彼らが生きているということでもあるワケで、多少焦れたのは否めないけど、批判する気にはなれないですね。内容に関しても、アメグレの個別ルートよりは全然頑張れていたと思うし。まあ遠子とリーメイの複雑な感情の応酬はもう少し力入れてやって欲しかったかなというのは忌憚ない所だし、何ならリーメイと着陸する派生エンドがあっても良かったまである。決してセクシーな唇に魅入られたスケベ心から言っているワケではあります。冗談はさておき。ぶっちゃけ蓮ちゃんルートがあまりに意義が乏しいので、いっそ彼女もサブの一人としてしまって、リーメイやチヨのプチ攻略(恋愛関係未満くらいの体の関係でも可)とか作って合計でエロシーンノルマを乗り切るのも手だったと思う。従来型のキッチリ個別攻略&エロシーン消化という型に嵌め過ぎない方が(本筋への帰還を過度に遅らせないという観点からも)書きやすそうにも思う。ただこの形式だと純愛感が著しく下がるので判断は難しい所か。
4周目はメリッサルート。幽霊騒動を契機に司を憎からず思うようになり、今周でのミステリートレイン連続殺人事件の渦中に想いを遂げるという粗筋。このミステリートレインの事件に関しては……単純にライターさんがやりたかったんだろうなと。ルートの意義としてはメリッサの異能という情報が手に入れば(本筋的には)それが全てなので、ここまで大仰なギミックが必要でもなかったでしょうに。なので多分ライターさんの趣味だと思われる。いわば大箱の中にある小さな箱内のロールプレイで息抜きとでも言いましょうか。さて、肝心の出来に関してですが、大きな破綻や矛盾も無く、綺麗に作られているなという感じでした。トリックや推理過程などについては、そういう感想なのですが、ただキャラ描写面に関しては少し納得のいきにくい部分も。犯人である柳楽さんの「危うさ」というか正義に傾倒するあまり視野狭窄になりがちという部分をもう少しこのルートまでに描写しておいて欲しかったです。或いはここで描き切るつもりだったなら、バックグラウンドを深掘りして欲しかった。例えば、自身の大切な存在(家族でも仲の良かった同僚でも)を悪に奪われ、自分が未来を視る事が出来たなら防げたんだという妄執に憑りつかれるようになった、みたいな過去とかさ。普通に生きてて一人称が「余」になることは多分ないので、何かしら人生を変えるような出来事があったとは思うんだけど。
ともあれ事件は解決。メリッサの異能がカードとして使えるようになり、いよいよ下準備も完了ということで、物語はオーラスの5周目へ。偽札事件、タイムマシンの開発、ついでに万斎の見合いの行く末、主人公と柳楽の暗躍の意味。色んなピースが綺麗に収束していきます。その中でも司の裏の目的についてですが、これは非常に上手く隠せていましたよね。後藤氏の暗殺を防いだことと、どこか同種のように捉えてしまいがちで、当然テロを未然に防ぐというのも「善」の行いとされる類ですから、漫然と読んでいると「司はようやっとる」って感じで流してしまう。そこの意識の間隙をキレイに突いた伏線だと思います。しかしまあ、今更だけど司君の知識量はちょっと凄すぎますよね。3大テロ事件なんて余は朧気に習った記憶がある程度です。犯人の服装までってのは有り得ないレベルかなと感じてしまう。重箱の隅をつつく指摘とは自覚しつつも、もう少し知識量は落としといた方が自然に思えたかな。ニコチンのトリックといった毒殺系の知識が豊富なのはわかるけども、戦時中(WW3だっけ?)に文系科目なんて学習している余裕はない気がします。まあ「たまたま知ってた」と言われればそれ以上追及のしようもない事柄(ゆえに重箱の隅)なんだけどね。話を戻すと、こういった暗躍を暴かれ、オナニーがリアル自家発電のカモフラージュだったと知られ、所長に全てのことが露見します。出会ってからずっと見てきた、たった一人の助手のことが分からない筈がないと、こともなげに言う彼女。静かに積み重ねていた愛情の深さが知れて、グッときましたね。余はこういうの結構弱いんすよね。晴れて両想いになれた後、四六時中キスしまくるのも好き。叶わない事と知りながらも、あの二人きりの事務所で、暇な時も忙しい時も兎に角ずっと一緒に居て、笑い合いながら添い遂げて欲しかったなあって。
詮無き僕の感傷は置いておくとして、二人の恋の成就と共に物語上の終わりも見えてきます。すなわち魔人討伐ですね。ナリゴンの協力もあり、いよいよ敵の本拠地へと乗り込んだ一行ですが、そこで加藤の真の目的を聞かされます。物語上、悪役を押し付けられていますが、実際の所、彼には彼なりの正義があるんですよね。ぶっちゃけ主人公サイドも(大正の皆の手によるので勝手にセーフ理論としてるけど)桜雲に至らないよう改変しようとしているワケで、加藤の腹案(震災以降の帝都復興計画からの政権掌握と歴史改変)を一方的に断罪できる立場でもないですよね。どうやら日本を善導したいという気持ちは本物のようでしたし。ただ柳楽同様、彼も今の信念を抱くに至ったエピソードを明かして欲しかったな。
決着は意外な形でしたが、僕としては結構好きですね。「人生を無視したロジックは人の心に響かないんだ」という所長の言葉。正直アメグレをプレイした時に僕が抱いた率直な感想そのままだったんですが、いやはや、次作で見事にキャラクターたちの生を描き、あまつさえラスボスにこんな啖呵を吐けるまでの物を書いてくるとは。参りました。大正の人々を、「今」を生きる同じ人間として対等に向き合ってきた司と、歴史の中の駒としか見ず、思い通りに動かすことのみに注力してきた加藤。最後まで魔人に寄り添ったのは雪葉ひとりだったのに対し、司の周りには大勢の仲間が居た。そうして「人」を軽視し続けた結果、人と人の結びつき、即ちナマ中出しセックスでしか人は産まれえず、自分もまた先祖から連綿と続くナマ中出しセックスの結果産まれたことすら忘れてしまった。大局ばかりを見て自分のルーツを置き去りにしてしまった。魔人も「人」でしょうに。
加藤との決着がつき、歪みも殆ど解消し、別離。わかっていても尚、ふたり桜の木の下で帽子を互い違いに被り、互いが互いの片腕を重ね合い、静かに最後の時を迎える一枚絵はグッときましたね。いや、色々とツッコミ所はあるんですけどね。未来人の子供を産むとか完全に歪みじゃんとか諸々。でもまあ良いんです。どうやっても、こういう系の話はご都合主義とは縁が切れないものだし、個人的には人間を描いてくれて、キャラに感情移入出来るなら、ある程度のご都合主義には目を瞑れる性質なので。結局キャラクターに愛着が持てていれば、彼・彼女らが望む形になるご都合主義は許せてしまうという勝手さ。しょうがないね、俺も人だからさ。
総括……に移りながらも、未だ余韻が残っている気がします。良いゲームでした。冬茜さんのシナリオはサイコロが面白くて、アメグレでゲロ吐いての1勝1敗で来た第3戦だったワケですが、今作は完勝ということで。アメグレの敗因たる完全な駒としてのキャラクターではなく、非常に生き生きした人々を描いてくれていたのが好評に繋がった。所長が万斎・柳楽といった主人公以外の男性にも気の置けない関係を築いているという昨今の萌えゲーでは滅多に見ないヒロインだったり、また彼ら含めた男性キャラ陣も個性が際立っていたり。蓮くらいか、影が薄いのは(暴言)。まあ中森氏みたいに悪目立ち(ミステリートレイン内で年甲斐なく醜態を晒したり、バイオリンを盗品と知りながら買ったり)するくらいなら目立たない方がまだマシかな(笑)。紳士なのは見た目だけだったよね。という感じにキャラ弄りしたくなるくらいには皆キャラ立ってましたね。そんな感じで、アメグレの弱点を克服してくれれば、そりゃ元々トリックの巧さは折り紙付きなんだから、評価は跳ねあがるというもので。大正ロマンにミステリーと最後はとても綺麗な純愛モノ……最初から最後まで楽しめた。次回作も大いに期待したいです。
エロ(15/20)
所長5、遠子4、メリッサ4、蓮4の合計17枠ですね。所長の1枠は夢オチ&非本番です。シーン内容としては、やたらM向けの傾向。余は微Sなので残念ながら趣向に合わないシーンが多かった。特に蓮のS化は著しく、普段の大人しい性格から期待していたエロとはかけ離れていた。それにしても相変わらず普乳キャラがエロシーンのときだけ胸が大きくなるのは如何なものか。そして今作はキャリアの浅い声優さん方を起用していることもあってフェラシーン(チュパ音)は厳しい出来だった。上述のように、正直サブキャラの女性陣が凄く魅力的なので、どうにかエッチしたかった。
音楽(9/10)
OP曲は和ロックのボカロ調かな。歌い方も大きな抑揚は付けずという感じで、ボカロっぽいですね。個人的にはやっぱり人が歌う以上もっと感情こもっている方が好きなんですが、まあコレも時代かなと。ムービーはメッチャ凝ってましたね。ハイカラでした。BGMに関しても質の良いものばかりでしたね。「からくり百景」の若干間の抜けた感じが万斎のイメージにピッタリで好きでした。「狐狗狸化灯篭」や「えだわたり」といった神秘的な曲調のものも良かった。そして「人魔天中殺」がクソカッコイイ。作業用BGMにしたいくらい。
合計(84/100)